第8話 栗田結衣の影

「パパ、お弁当箱洗ってきてくれたん? あら、お箸も」

「う、うん」

 缶ビールを片手にキハダマグロの刺身をつつく遼平は、栗田結衣のことをなぜか言い出せずにいた。弁当箱を洗ってくれたのも彼女だった。

「パパ、卵焼きはどうやった」

 卵焼きは栗田結衣に取られて食べてへん。

 結衣、人のものを取る癖があるんです。その言葉がリフレインして、何度も遼平の頭の中を流れた。少し遅れて言った。

「うん、美味かったよ」

「そうやのうて、甘くなかった? 勇気に合わせて作っているから」

「うん、勇気に合わせてくれたらええから」

 ミカは流しから離れて、タオルで手を拭きながらダイニングテーブルに近付いた。

「パパ、疲れてるん? 何やさっきから上の空やで」

「ごめん、仕事のこと考えとった」

「家で仕事のこと考えるやなんて珍しいね」

 2階からパジャマ姿の勇気が下りてきた。

「パパ、お帰り」

 後を振り返った遼平。

「ただいま、ユウ」

「あのね、僕ね、今日幼稚園で」

「ユウ、パパ、お仕事で疲れているから、また明日にしよう」

 ミカに遮られ、勇気はトイレに向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る