第9話 シーフ

「キリンさん、僕が来たからにはもう大丈!ヤクモ、お前は部屋で寝てて良いぞ!」

 「何言ってるの、ヤクモ君がいないと駄目に決まってるでしょう?ね、キリンちゃん。」

 「う、うん…。」

 「…。ドレイク君、調合が不安定になるので、揺らさないでください…。」

 うん、何かうるさい。

 何かとってもうるさいぞ。こいつら。

 「お前ら、うるさいぞ…。」

 「何だとヤクモ!お前では不安だから、管理官がこの僕を、この僕を!ドレイク・アルベスタを指名して!!」

 「あ、ソラとスパナもご指名だったわ!」と、キリンはにこにこしている。

 「キ、キリンさん…。」

 「とにかく、みんな、ごめんね。せっかく休んでたのに…。ただでさえ、今回はお世話になりっぱなし…何かお返しができれば良いんだけど…。」

 キリンが申し訳なさそうに言った。

 「お返しなど要りません。キリンさんの為なら、どこへでも駆けつけますよ。」

 「…今度また試薬の感想をくれたら良いです。」

 前髪を整えながら、笑顔で目を閉じるドレイクと、調合を続けるスパナを見向きもせず、ソラが顔に手を当てて、何やら思案している。

 「お返し…か…。ねぇ、キリンちゃん。」

 「ん?」

 「キリンちゃんは、警官になった後の3年間の各国研修で、キング・オラトリオにも向かうんでしょ?」

 「もちろん。」

 「それじゃ、私も一緒に行って良い?」

 「え?もちろん良いけど…一緒に行ってくれるの?」

 ソラが両手を上げて嬉しそうにしている。

 「私は、「森と魔法の国」フォレストリアの「青の書架」に行きたいんだけど、一人じゃ大変そうだから。キング・オラトリオに行く通り道になるし。だから、よろしくね!」

 「うん!」

 キリンとソラが手を取り合っている。

 「…あ、自分もそれ、良いですか?フォレストリアに行くには、「気球の国」スカイシアと、諸島連合、「剣の国」カナグシスを通るルートになると思いますけど、自分の探している調合の材料が、どこかの国にあるはずなので。良ければご一緒させてください。」

 「え、本当?じゃあ一緒に行こう!」

 スパナが調合を続けながらぼそぼそと言うと、キリンがソラの手を掴んだまま嬉しそうに言った。

★★★

 「あああぁ!ぼ、僕も、あー、カナグシスに!「剣の国」カナグシスに、祖先は縁があるらしく、行かなくてはと思っていたんだ。ご同行させていただきたい。」

 「うん!一緒に行こう!」

 キリンがくるりと振り向く。

 「それで良い?ヤクモ?」

 へ?俺?

 「ん?どういうこと?」

 「どういうことも何も、だから、このメンバーでしばらく旅になるわよ。だから、一応意見を聞いておこうと思って。」

 …あ、そうか。

 「?!ヤクモは要らなくないですか?!」

 ドレイクが俺に向かって剣を構える。

 「ん~、ていうか、だって私はヤクモに付いてかないといけないから…。あ、だから、ごめん、みんな、途中でもしハルと遭遇したときは、私とヤクモで捕まえるから…。」

 「そのときは良いよ。ついでだもん。手伝う。」

 「…指名手配を逮捕するのは警官の仕事ですし。」

 「ヤクモの手伝いをする気は全くありませんが、キリンさんのお手伝いなら、いくらでも。」 「だって。」

 キリンがニコニコしながら俺を振り向く。

 うえ…ぞろぞろと…。

 まぁ、別に良いけど…。

 「俺に止める権利はねぇよ。」

 「もー、いっつもそう、はっきり言わないんだから!「みんなよろしく。」だって。」

 「勝手に翻訳するな!そんなこと言ってねぇ!」

 まったく…。

 !

 「えっ!ちょっと…。きゃっ!」

 俺は目の前のキリンの肩を掴んで、ソラが居る方のソファに倒れ込んだ。

 「コ、ヤクモ!貴様何を…!」

 ドレイクの叫び声をかき消すような、ガラスの割れる音と、金属音が響きわたった。

 さっきまで、俺が立っていた場所に、真っ黒な槍が突き刺さっていた。


 「ああ…忌々しい…。まさか本当に、その力の持ち主か…。」

 なんと言えば良いのか。

 嫌なもの。

 関わりたくない、離れたい。

 嫌悪感。

 その声には、そんな陰湿さがあった。

 外の通路に面した窓ガラスは、槍の貫通した部分が割れ、その周りに細かなひび割れが走っていた。

 ガチャン、と鍵を掛けていたはずのホールの玄関扉が開いた。

 俺は急いで立ち上がり、そいつに向かって身構えた。

 夏の風が、ひどく重い湿り気を帯び、体中にまとわりつくように体を押す。

 夏だというのに、フード付きの真っ黒なコートを着た、背の低い影が、ゆっくりとホールに入ってくる。

 「ああ、本当に残念だ…。もう少しで完成だったのに…。」

 目深に被ったフードの影で、口元しか見えないが、黒い髭が生えている。それなりの年齢の男性なんだろう。

 そして、そいつは、部屋の中にいる、キリン、ソラ、スパナ、ドレイクの誰にも目を向けてない。

 俺、ただ一人に向けて、ゆっくりと移動している。

 そう、移動しているのだ。

 何の音も立てずに。

 ただ、少しずつ、俺に近づいている。

 「おい、止まれ!」

 ドレイクが剣を構えて、フードの男に警告する。

 「ドレイク!しゃがめ!」

 「?!」

 フードの男が、左手をドレイクに向けて振った。

 「うおっ!」

 カカカッと乾いた音が立て続けに響く。

 身を屈めたドレイクの背中の壁に、針の様な物が3本刺さった。

 「ああ…重ね重ね忌々しい…。」

 見える。

 この男が、何をしようとしているのか。

 「このっ!」

 男の後ろに移動したキリンが空気弾を。

 スパナが液体の入った瓶を。

 ソラが電撃を。

 3方向から同時に放つ。

 「ああ…。」

 うめき声のような音を、フードの男が発する。 何か、黒い布のようなものを振ると、それは3人の放った、空気の塊を、液体の入った瓶を、電撃を。

 全て、その中に包み込んだ。男は布の四方をもの凄い早さで縛り、腕にだらんとぶら下げた。

 「…ひよっこの警官、か。」

 ぼそっとつぶやいた。

 「嘘…。」

 目の前で起きたことに、誰もが理解を出来ずに立ち尽くしている。

 俺はドレイクにサインを送った。

 そして、警棒を取り出し、低い姿勢から男に向かって警棒を振り上げる。

 男は音もなく俺の警棒をかわす。

 その先に、ドレイクが凄まじい速度で刀を振り下ろす。

 その軌道は、避けようがないはずだった。

 しかし、ドレイクの刀は当たらなかった。

 いや、当たるも何も、ドレイクは刀を持っていなかった。

 「…!」

 男がいつの間にか、空いていた左手でもう一枚黒い布を取り出し、それはドレイクの刀の形にくるまれていた。

 まるで手品…。だが!

 狙いは変わらない。

 俺は、見えている光に導かれるように、男の顔の辺りをかすめる軌道で警棒を振り回す。

 「ヌゥっ!」

 男がそれをかわしたその先。

 俺の警棒は男の右手の黒い布を切り裂いた。

 吹き出した、雷撃と怪しげな液体を取り込んだ空気の玉が、男に向かって吹き出す。

 男は左手の、ドレイクの刀を包みこんだ黒い布を盾のようにかざして後ずさった。

 「…ああ、間違いなくその力…。」 

何だろう。

 俺は、多分こいつと相性が良い。

 上手く言えないが、こいつの裏をかける。

 どうすれば、こいつを追いつめられるか、光が導いてくれる。

 多分、俺は、こいつの天敵だ。

 「お前さえいなければ、また一つ、嘘が完成していたのに。」

 その一言で、俺は悟った。

 こいつだ。

 「お前か…キリンに呪いを掛けたのは!」

 「だとしたら?」 

 「一つ手間が省けたぜ!」

 少し、涙目になったキリンが、フードの男に右手の人差し指を突き付ける。

 「こいつが…!」

 「キリン!」

 キリンは一瞬、俺の目を見た。

 「私を返せ!!」

 キリンが、ありったけの力を込めて、空気弾を放った。

 黒男の足下めがけて。

 「!!」

 自分の体めがけて撃たれたと思った黒男は、足下の床が破壊され、バランスを崩して倒れ込む。 

死ぬほど憎いだろうに、キリンは冷静だった。

 俺はよろけた黒男の懐に入り込む。

 光に導かれるまま。

 その鳩尾の辺りに渾身の力で掌底を撃ち込む。

 入った。はずだった。

 手応えがない。

 俺は、黒男をすり抜けた。

 「…調子に乗るなよ。ひよっこが。」

 いつの間にか俺の左側に移動していた黒男が体をひねり、裏拳を叩き込んでくる。

 とっさにガードした左腕の小手にすさまじい衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

 ★★★

 「ヤクモ!」

 ヤクモがホールの壁の方まで吹き飛ばされ、壁際に置いてあった椅子とテーブルに突っ込み、ぐったりと床に倒れ込んだ。

 私は、弾を作り始める。

 ドレイク君がソラとスパナ君に目配せをする。

 早く動く力。

 床に落ちていたヤクモの警棒を拾い上げると、円を描くように回り込む。

 「スパナ君!」

 ソラもそれに合わせるように、ドレイク君と逆の方に回り込む。

 黒男がため息をついた。

 「何に刃向かっているのか、分かっているのか。」

 スパナ君が中空に液体の入った瓶を投げ、スリングショットで撃ち抜く。

 瓶から煙が噴き出し、黒男の周囲だけを包み込む。

 すごい、あんなものまで作れるの?

 「キリンちゃん!」

 「うん!」

 さっきは、あのよく分からない黒い布に吸い込まれた。

 でも、視界が奪われた状態で、別方向からなら!

 「くらえ!」

 私とソラが同時に、電撃と空気弾を叩き込む。煙の中、それは確かに黒男の居る場所に着弾した。

 それと同時に、加速したドレイク君が、煙の中の黒男を薙払うように警棒を振る。

 「!」

 警棒は、煙を素通りした。

 「うっ!」

 「きゃっ!」

 スパナ君とソラが何かに弾き飛ばされた。

 黒男は、ドレイク君の後ろに立っている。

 「速く動く力…?!」

 「違うよ。」

 黒男は、両手を組んで、ハンマーのようにドレイク君の背中に叩きつけた。

 「ドレイク君!」

 床に倒れ込んで、動かなくなるドレイク君。

 「無駄な殺しは、悪影響があるから、しないよ。」

 音もなく、黒男がヤクモの方に向かっていく。

 「でも、この子だけは、邪魔だから。」

 まずい、まずい、まずい!

 「止まれ!」

 私は警棒を抜いて走り、黒男の背中に振り下ろす。

 「!」

 手応えもなく、すり抜け、私はバランスを失ってヤクモの前でよろけ、何とか踏みとどまる。

 振り向くと、黒男が腰に手を当てて立っていた。

 「しかし、本当に、今回は不運だった。」

 私は、黒男を睨みつけた。

 「…あんた…一体何なの…。」

 こいつが、私から、全部奪った奴。

 間違いない。

 何のために…どうしてこんなことを。

 「どうせ、君の言うことは、そこの邪魔な奴しか信じてくれないから、教えてあげようか?」

 黒男が、右腕を振った。

 「!!」

 ヤクモの左足に、太い針のようなものが刺さった。

 「特別に調合した猛毒だよ。後1時間くらいで、死にます。」

 胃が、心臓が、体中の血管が凍り付いた様だった。

 全てを鷲掴みにされたような、恐怖。

 「もう、呪いを超えて、君のことを本当の意味で信じてくれる人は、この世にいなくなるよ。キリン・アリストリア・ノノ。」 

 ゆっくりと、黒男が近づいてくる。

 「また、独りぼっちに逆戻りだ。残念だったね。」

 心の中に闇が広がる。

 何度も、何度も感じてきた絶望。

 それでも。

 私は警棒を構えた。

 「何のために戦う?もう、何をどうしようと、お前は、どこまで行っても一人だ。」

 私は、黒男を睨みつけた。

 涙でにじむ。

 「どうして…私から、大切なものを奪うの?!私が何をしたっていうの?!」

 「何もしてないさ。」

 黒男は即座に言い放った。

 「君は、ちょうど良かっただけ。知っている人は少なくないけど、有名すぎるわけでもない。嘘でだますのにちょうど良いサイズだったんだよ。」

 「…ちょうど良い、サイズ…?」

 何…何を言っているの?

 「嘘で置き換えるにも、下準備が必要だから。物や記録、それから関わる人々の記憶。100人位で済んだ君は、うってつけだったんだ。」

 「何を…何を言っているの?!」

 「タネ明かしだよ。もう一度絶望してもらおうと思って。」

 絶望…!

 「この嘘は、自信作なんだ。だから、絶対大丈夫…のはずだったんだよ。君は、まもなく絶望して、嘘の一部になるはずだった。」

 嫌だ。

 黒男の声が、心の中に入り込んでくる。

 私の意識の中に、土足で。

 

 嘘はね、栄養なんだ。

 この世界が、嘘で満ちてくれれば。

 それが全て養分になるから。

 君が嘘を受け入れて。

 嘘の方が本当だと信じてくれたらいい。

 もう少しだったのにな。

 でも、厄介な能力を持った奴が、たまたま君の側に現れてしまった。

 君のことを疑わない能力。

 君のことを、信じるだなんて。

 迷惑な話さ。

 だけど、もうすぐ、そいつは居なくなる。

 死ぬから。

 そしたら、君の言うことを信じる人はいなくなる。

 みんな、表面的には合わせてくれても。

 心の底から信じてくれる人なんていない。

 だから君は独りぼっち。

 辛いだろう?

 抗うから辛いんだよ。

 だから、止めたら?

 抗うのを止めたら、楽になる。

 楽に…

 

 「うるさい!黙れ!」

 私は叫んだ。

 ありったけの力で。


 黒男が後ずさった。

 「私はもう疑わない!絶望しない!私はキリン!何度でも言うわ!私は私!キリン・アリストリア・ノノ!」

 

 ちっ。

 と、舌打ちが聞こえた。

 「じゃあ、やり方を変えよう。ここに解毒剤がある。」

 黒男は、右手に試験管のようなガラス瓶を取り出した。

 中には黄色い液体が入っている。

 「これを飲めば、その毒はすぐ中和されるよ。欲しいか?」

 こいつ…何を…。

 「交換条件だ。「私はキリン・アリストリア・ノノではありません」と、心の底から言ってごらん。」

 催眠だ。

 催眠をかけて、信じ込ませる。

 嘘でも、本当だと。

 そして、多分一度信じたら、もう戻れない。

 「さあ、言ってごらん。ちゃんと、心を込めて。」

 こいつは…どこまで、…私を…。

 私の存在を…踏みにじろうと…。

 

 ヤクモ。

 ヤクモがいなかったら、私はどうなっていただろう。

 

 多分、今日まで持たなかった。

 自分を失っていた。

 

 もし、私が、私を失っても。

 ヤクモが居れば。

 ヤクモが生きてくれてれば。

 ヤクモの言葉が、この胸にあれば。

 きっと私は戻ってこれる。

 どんな呪いをかけられても。

 

 「わたしは…。」

 

 黒男は私をじっと見つめていた。

 その時、ぽん、と左肩を叩く感触があった。

 「何を考えてんだ、お前は。」

 ヤクモが立ち上がって、私の隣に立っていた。

「泥棒の話なんて、聞く必要ねぇよ。」

 ヤクモが黒男を睨みつける。

 「何をしたか、知らねぇが…。返しやがれ!キリンから盗んだもの、全部!ついでに、それも寄越せ!」

 黒男がため息をついた。

 「駄目か…。」

 黒男は、ひょいと試験管を摘んだ。

 「!」 

 そして、口を開けて飲み込んだ。

「その目はもう駄目だ。心が支えられてしまっている。「思いこませ」すらできない水準とは、残念だ。想定外のケース。深刻な不良債権だ。」

 黒男が、ドレイク君の刀を構えた。

 「キリン、君のことは殺せないけど。そうだな、こうなるとただただ、邪魔なだけだ。自由に動き回れないよう、この際、手足の自由を奪っていこうかな。」

 ★★★

 「全放出(トール)雷撃(ハンマー)!!」

 視界が真っ白になった。

 一局に超集中させた雷。

 こんなことができるのは…。

 「ララ先生!」

 「ごめんね!遅くなったわ!」

 ふわふわの長い髪が、電流であちこちに逆立っている。

 「せ…先生…これ、死んじゃったんじゃ…。」

 「それは、人間じゃないわ!」

 「?!」

 すさまじい電撃に打たれ、ローブからは煙が上がり、焦げた匂いが漂う。

 ローブがぼろぼろと崩れ、そこから現れたのは人の肌ではなく、土や岩だった。

 「ゴーレム…!」

 電撃で黒こげになったローブの燃えカスがぱらぱらと落ちる。

 「「迷い道」を抜けるとはね。いくら走ってもホールにたどり着けないよう…。」

 「全放出雷撃!」

 話途中のゴーレムに、容赦なく、馬鹿みたいな威力の電撃をたたき込む。

 …ララ先生だけは、やっぱり怒らせないようにしよう。

 俺は改めてそう誓った。

 ゴーレムが膝をつく。

 ララ先生が荒い息をついている。

 「…頑丈過ぎるわ…。」

 「出力が落ちてるぞ。昔より。」

 「調子悪いの?ララ?」

 ラティスとハルモニアさんが、姿を現したかと思った、その瞬間。

 ゴーレムを挟み込むように、ラティスとハルモニアさんが、凄まじい速度の蹴りをたたき込む。生身の人間が、あんなもの食らったら…。ラティスの動きのキレも、俺たちを相手にした時とは全然違う。

 手加減してたってことかよ…。

 「…!」

 「こいつ…!」

 ラティスとハルモニアさんが、顔を強ばらせてゴーレムから離れる。

 ザクリ、と、柔らかい土にスコップを深々と差し込んだような音がした。

 ゴーレムの周りの床が、ぽっかりと穴を開けた。

 「…何しやがった…。」

 「…削り取った…?」

 ララ先生、ラティス、ハルモニアさんが、ゴーレムを取り囲むように並ぶ。

 「上級の警官、3人を相手にする準備はしてこなかったが…。」

 ゴーレムは、もごもごと、石と土で作られたその口を動かす。

 「良い機会だから、試してみようか。」

 ゴーレムの落ちくぼんだ真っ黒な目が、一瞬、赤く光った。

 「異様に堅い。だから…。」

 ハルモニアさんが、ラティスとララ先生に目配せした。

 「…!」

 目の前が、霞む。

 俺はよろけて、ひざを突く。

 「ヤクモ!…毒が…。」

 キリンが俺を支える。

 情けねぇ。

 回って来てんのか。

 その霞んだ目の先に、ぼんやりと光が見えた。ゴーレムの額のあたり。

 そこに、ゴーレムの体のあちこちから光が集まっている。

 「キリン。」

 思いつきだけど、多分できるはず。

 「俺の右手を握って、あいつを見てくれ。」

 「え…。うん…。」

 キリンもはっとした様子だ。

 「先生たちが、引きつけてくれてる。あいつは俺たちを気にしてない。」

 頭痛と、吐き気におそわれながら、俺はキリンの目を見た。

 「俺が空気の弾を作る。あそこ、狙って打てるか?できるだけ、細く、針のように。」

 「…できる、やる。」

 「頼むぜ。」

 あの場所は俺にしか、正確に見えない。

 俺が動けない以上、この方法しかない。

 「あいつをぶち壊せば、解毒剤も手に入るさ。」

 「うん…うん!」

 そんな不安そうな顔すんなよ。

 大丈夫だ。

 キリンが、握った手に力を込める。

 「痛てぇよ!馬鹿力…!」

 「この方が、光がはっきりするの…!」

 「なるほど、そういう仕組み…か…。」胸やら関節やらが痛む。

 「ヤクモ!!」

 「大丈夫だ…気にすんな…。」

 空気を折り畳んで、閉じこめて、圧縮していく。小部屋に押し込めていくイメージ。

 少しずつ、少しずつ重ねていく中で、左手から体中の力が抜き取られていくようだ。

 改めて、よく、こんなのを何発も作って、撃ってるもんだ。

 甲高い金属音が響いた。

 ハルモニアさんが、ゴーレムの斬撃を小手で受け止め、その隙にラティスがゴーレムの右足の、膝の辺りに激しい蹴りを加える。

 みしっ、と、土と石でできた体のきしむ音が響き、ゴーレムの体が傾く。

 「一局集中雷撃(ジャベリン)!」

 ララ先生の指先から、一筋の光線のような雷光が走る。

 「グっ!」

 ラティスが蹴りを入れた辺りを、正確に、その雷光が射抜いた。

 ゴーレムの右足が崩れ、ゴーレムは左膝をつき、右手で体を支える。

 「!」

 ゴーレムが、壊された右足の残骸を掴むと、胸の中心から、右手の先に向けて赤い線が伸びていき、右足の残骸が赤い光を放ち始める。

 「いけない、伏せて!」

 ララ先生の声が響いた。

 キリンと手をつないだまま、反射的に身を伏せた。

 瞬間。

 爆風が巻き起こり、視界が粉塵で覆われる。

 「…!」

 少しずつ、視界が戻ってくる。

 ララ先生が膝をつき、青ざめた顔で荒い息をしている。

 床には、ジグザグに焼け焦げたような跡。

 多分、ララ先生が、爆風を閉じこめるように、雷撃を走らせた。

 それが、どれほどの出力を必要とするのか。

 ララ先生の消耗の具合を見れば分かる。

 「面白い力の使い方をするね。警官も、どんどん進化しているんだな。」

 見ると、ゴーレムの右足が元に戻っている。どういう仕組みなんだ…。

 「ただ、こちらも残りの力をだいぶ使い果たしてしまったよ。」

 「それは良かった。」

  ハルモニアさんの声が響いた。

 「!」

 部屋の四方から、赤い布が伸び、ゴーレムの両手を縛り上げた。

 「む…!」

 縛られたゴーレムは、その場所から微動だにできなくなった。

 「これは…。」

 「なかなか筋の良い調合士だ。」

 部屋の四隅のカーテン。

 それだけじゃない。

 何かの液体で、強度が高められている。

 いつのまにか、スパナが部屋の四隅に駆け回り、カーテンを変質させたんだ。

 「せーの!」

 ソラとララ先生が手をつないで、カーテンを掴む。ソラが先生の力を補ってる。

 「ぬぐぅうううううおおおおおおおおお!!」カーテンを伝って、二人で増幅した電撃がゴーレムを襲う。

 ゴーレムにヒビが入る。

 「!」

 ゴーレムの胸辺りから、また、足に向けて赤い線が伸び始める。まずい、また爆発が…。

 次の瞬間、ゴーレムの右足が、次いで左足が、付け根から寸断された。

 刀を振りぬいたドレイクが姿を現す。誰にも見えない、凄まじい斬撃。

 流石だぜ。お前は、天才だ…。

 「ラティス!顔を!」

 俺はすぐさま叫んだ。

 「先輩を呼び捨てにすんな!オラァ!」

 ラティスの前回し蹴りが、ゴーレムの顔を捉える。

 「!!」

 顔と頭がひび割れ、真っ赤な球体が露出した。

 「キリン!!」

 俺は固めきった空気弾をキリンに渡し、全神経を集中して、真っ赤な球体に照準を合わせた。

 ★★★

 細く。

 強く。

 研ぎ澄まされた、矢のように。

 私は、極限まで押しつぶした空気弾の通り道を、ヤクモが定めた照準に向けて、寸分の狂いもなく、解き放った。

 ★★★

 金属のこすれるような、甲高い音が響き、真っ赤な球体が割れると、ゴーレムは頭の先から崩れ落ち、跡には砂と土と石の山だけが残った。

 「やったじゃん。」

 俺は、隣のキリンに声をかけた。

 キリンは、まだ何が起きたのか、理解できないかのように、放心した顔で立っていた。

 「…もう、標的はねーぞ。」

 「っ!」

 キリンははっとして、俺の右手を放した。

 キリンが噛みついた跡が残る、俺の右手を。

 キリンの手が離れた瞬間、ドクン、と動悸がして、急速に目の前が真っ暗になった。

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