第6話 合否
造船場の資材置き場に捨てられていたと聞いています。
なぜか、左手に、工具のスパナを握っていたそうで。スパナと呼ばれていて、そう呼んだ時だけ笑うので、それがそのまま名前になったと、由来を教えられました。
王都の施設に保護され、物心つく前から、ずっと工具で遊んでいたそうです。
模型や、時計が好きで、分解して、また組み立てて、そんなことをずっと一人でやっている内に一日が終わる。
他の人と、自分が違うことに気づいたのは、5歳くらいでした。
一度見たものを、全て覚えている。
何でもかんでも、見たもの、聞いたことは記憶してしまう。
自分は忘れることができない。
何も忘れられない。
見て、聞いて、話したこと。
全て正確に覚えている。思い出せてしまう。
良いことも、悪いことも。
そして、自分の人生は、始まりから、悪いことの方がずっと多かったのですから。
記憶の中には、自分が生まれてから、捨てられるまでの記憶もありました。
大きくなって、言葉が自由になるにつれ、その記憶の意味が分かるようになりました。
望まれた出産ではなかったこと、産むなと言われていたこと。それでも、産んだことがばれて、捨てざるを得なくなった母親が、自分を殺そうとしたこと。
殺しきれなかった母親が、自分の国から船に乗って、アレステリアまで来て、真夜中に、誰もいない港の資材置き場で、自分のことを捨てたこと。
新月で、月はなく、代わりに星のとても綺麗な夜だったこと。
それから、その記憶を思い出さないように、なるべく、人を避けるようにして過ごすようになりました。
本を読んだり、模型や時計をいじったり、色々な液体を調合したり。
物に向き合っている時だけは、そのことを思い出さずに済みました。
そのうち、気付いたんです。記憶を、物の知識だけで埋め尽くしてしまえば。記憶の領域のほとんどを、それで満たしてしまえば。
嫌なことが浮かんでくる頻度は、少なくなるはず。
それからは、むさぼるように本を読み、分解した模型や時計、家具の構造を記憶し、液体の性質を調査し、記憶し続けました。
そんな自分を、ある日王都の人が呼びました。
「警官学校に行って、研究者を目指してはどうだ。」
警官学校も、研究者も考えたことはなかったけれど、もしそれになれたら、生活の心配もなく、ずっと研究に没頭できるという話でした。
人と関わらずに済む時間が増やせる職業なら、断る理由もないので、受けることにしました。
それは、大抵は、一人で居ようと思えば、一人で居続けることができたけれど、班を作らされることや、集団行動が求められることが意外と多く、正直苦痛でした。
嫌だったんです。もし拒否されて、自分だけ一人になったら。
強く、深く、あの記憶を、捨てられた時の記憶を思い出してしまいそうで。
だから、一年生の最初の夏休みが終わった後、やっぱり辞めて、施設に戻してもらおうと思っていました。施設なら、大人になるまでは、自分で望んで、一人で作業に没頭できるから。
でも、あの日。
ソラさんが、自分の部屋に飛び込んできて、急に大声で叫んだ日。
「スパナ君、あなたも沢山本を読んでたわよね?覚えていたら教えて!キング・オラトリオの系譜を書いた本、皇位について書いた本があったはず…どこかにあったの!でも、でも…どこにあったか、どこのページか、思い出せないの!」
ソラさんとキリンさんは、自分と同じで、いつもクラスで、誰とも話さず本を読んでいました。なので、そうしていても良いんだと思えて、正直、ありがたい存在でした。
なので、こんなに取り乱した姿に、ひどくうろたえたのを覚えています。
「地下書庫3ーBの7、「7つなぎの国の系譜についての一研究」、327ページ、18行目。」
突然のことにびっくりしていたので、反射的に、そう言ってしまい、しまったと思った。
こんなの、気持ち悪いに決まってる。
でも、ソラさんの反応は予想外だった。
「すごい!嘘でしょ?!ありがとう…ごめん!お礼するから、一緒に来て!」
それから、自分はその本を取りに行き、キリンさんのところに持って行った。
その記述は、本当にあっさりしたもので、「キング・オラトリオの皇位継承権は、執筆日現在で第三位まで有ることを確認している。」というものだった。
もう、72年も前の本で、今現在どうなってるかなんて全く分からない。さしたる価値のある記述とは思えなかった。
でも、その場にいた、ヤクモ君も、キリンさんも、ドレイク君も、みんなが凄く喜んでいて。
何でそんなに喜ばれているのかは分からなかったけど。
自分の記憶力で喜ばれたのは、これが最初だった。
それから、みんなは、良く調べ物や、分からないことを自分に聞きに来た。
最初は、便利な奴だと思ったのだと思っていた。
でも、あの日。山登りの班を自分たちで作れ、というのがもう本当に嫌で、やっぱり辞めようと、時計をいじっていた日。
ヤクモ君が、この先必ず、自分と班を組むと言った日。彼が、それを本気で言っていて、本当にそうするつもりだと分かった時。自分の中では、辞める理由が薄れてしまった。
それから、ヤクモ君は、本当にそうし続けてくれた。自分はもう、一人になる不安を感じる必要はなかった。それどころか、ヤクモ君が言ったとおり、キリンさんや、ソラさんや、ドレイク君が、いつもそこにいた。
気が付くと、あの記憶が、勝手に浮かんでくることはなくなっていました。
★★★
「アルテナ」を発現させた、俺たち5人を含めた12人の生徒は、3日間の休みの後、また講堂で合格発表を待つように言われた。
そう、ソラも、スパナも、ドレイクも、無事「アルテナ」を発現させていた。
それだけ聞くと、もうすっかり力が抜けて、最初の1日は、泥の様に寄宿舎で眠った。もう食事も摂れないほど衰弱していた。
2日目の朝に食堂に行くと、ソラ、スパナ、ドレイクが居た。
「ばりばりばり~。」
「痺れさせる力」を発現させたソラが、空中に放電して見せてくれる。
すげ~。プチ・ララ先生だ。
「これ、すっごく良く固まるんですよ。2の試験の、ガーゴイルの液体を真似たんです。」
一層不思議な薬品が作れるようになったスパナは、「調合する力」を延々と試し続けている。
そして、ドレイクは…。特にひけらかすことなく、刀を磨いていた。
なんでも、「速く動く力」の特殊なタイプで、特に上半身を早く動かせるらしい。スザク先生みたいな高速移動にはあまり向かないと言われていたが、あの居合抜きがさらに速くなるとしたら、恐ろしい…。
「あれ、キリンは?」
「あ、キリンちゃんは、外にいるよ。「アルテナ」の練習をしてるはずです。」
…あいつ、まじめだよな…。
練習って、どうやんの?
俺はひょこひょことソラに聞いた校庭の方に行った。
キリンは、右手の先を校庭の木に向けて、集中していた。
パン、パンと乾いた音がして、校庭の木の葉が2枚落ちた。
これも、すげぇ力だよな。不思議だ。
キリンが俺の方を向いた。
「できる限り、弱い球を作って撃つ練習をしてるの。加減をして、疲れすぎないように、力をコントロールできるように。」
腰に手を当てて、そう言うキリンの姿は、何だか立派な警官補に見えた。
見えたのだが…。
★★★
「キリン・アリストリア・ノノ 不合格。」
「何でですか?!」
信じられない。
キリンは真っ青な顔をして、王都の審判官長ラティスに詰め寄る。
「お前は合格の要件を満たさなかった。」
「そんな…どういうことですか?!」
「話は以上だ。なお、その力について手続きがある。お前を明日、王都に連行する。」
ガチャン、と手錠が掛かる音が響いた。
見えなかった。
いつの間にか、ラティスはキリンに手錠をかけていた。
講堂を静寂が包みこんだ。
★★★
「それで?揃いも揃って、何をしにきたのかしら~?」
ララ先生は笑顔だった。が、明らかに怒っていて、顔の周りから電撃が漏れている。
でも、そんなことに構ってはいられない。
「先生、王都に掛け合ってください!キリンが不合格なのも、王都に連れていかれるのも、納得がいかないんです!」
ララ先生は、椅子に座ったまま、ぷい、と俺たちに背中を向けた。
「先生に頼むの?」
「へ?」
「あなた達は、文字通り、死ぬ思いをして、何の力を得たの?」
「…。」
まさか…。
「あなた達は、警官なんじゃないの?」ララ先生は背を向けたまま、言葉を強めた。
「捕まえたい相手がいるなら、自分で捕まえなさい。先生は手伝いません。」
「せ…先生、それって…。」
ララ先生が、なにやら、ペンを走らせながら話を続ける。
「キリンさんはね、幽閉されるわ。」
「!?」
「キリンさんの力は、禁忌の力なの。だから、あれが発現したときは、危険を避けるため、あの力が消えるまで、王都に捕らえておくことになっているのよ。」
なんだよそれ。
嘘だろ?
「そんな…先生…駄目だよ。あいつは、これからやらなきゃいけないことがあるんだ!」
「どうしたいの?」
「決まってるだろ、キリンを助けたいんだよ!」
ララ先生は、後ろを向いたままため息をついた。
「方法は一つだけ。あなたたちが王都に対して発言権を持つことよ。」
発言権?
「王都の試験官は、私たち教師とほとんど同等の階級だけど、「挑戦」を申し込んで、捕縛することができれば、あなたたちの階級は一気に上がるのよ~。高等階級の警官が王都に進言すれば、幽閉について聞き入れてもらえる可能性があるわ。」
何それ?嘘でしょ?
そんな制度、初めて聞いたぞ?
ソラも首を傾げている。
「でも、もし「挑戦」をして負けたら、階級が2つ下がるわ。あなたたちの場合、そこで警官生命は絶たれることになる。」
「!!」
「それでも、「挑戦」する?5年間を棒に振るかも知れないのに?たかだかお友達一人のために、正直、リスクが大きすぎると思うけど。」
ララ先生は、引き出しから何やら紙を取り出す。「挑戦状」と書いてある…。
「もしやるなら、用紙はこれだから、書いていって。王都には私から提出しておくわ。」
ララ先生はすっと立ち上がる。
「あら、王都への経路、いつもと違うのね。ずいぶん遠回り。そう言えば、ここの橋、こないだの嵐で壊れちゃってたわね~。馬車は無理だけど、徒歩でこっちから行ったら相当早いのにね~。今から出発しても、徒歩で追いついちゃうわね~。護送って大変だわ~。」
なにやら、独り言を言いながら、先生はすたすたと部屋の出口に向かう。
「ちょっと、お茶の葉を摘みに行くわ。」
振り向きもせず、ララ先生は部屋の外へ消えていった。
俺たちは、顔を見合わせて、挑戦状と先生の書いた経路図を手に取った。
★★★
「教えてやっても良かったんじゃないか?キリンは、まぁ、追試なんだって。待ってるって手もあったんだぜ。危険な方を選ばなくても。」
スザク君がため息をついている。
「それじゃ、どうなるか分からないじゃない。キリンさんの合格には、あの子達の助けが不可欠よ~。」
「キリンの性格なら、ほっといても合格になりそうな気がするけどなぁ。」
「キリンさん、前に出身地の話で他の生徒たちと揉めたことがあったでしょ?キング・オラトリオ出身だって。」
「…アンナとの件か?良く覚えてるな。」
「身元調査結果の書類と全然違うから、本人の嘘ってことになっているけど…ずっと引っかかってるの。」
そう、上手く言えないけど、嫌な予感がする。
「王都で適性検査を切り抜けるためには、きっと一人じゃだめ。あの子を本気で信じてくれる、仲間が必要だと思うの。」
「過激なことをさせるねぇ。」
「私は、私の生徒を信じているだけ。あ、私、嘘ついたから、しばらく力が低下するので、よろしくね。」
★★★
身の周りの物を入れたリュックを背負い、手錠を掛けられて、私は馬車に乗せられていた。
「お前、なんで警官になりてぇんだ?身入りは悪くねぇが、危険ばっかりだぜ。それより王都の事務官にならねぇか?良い仕事だと思うぜ。」
ラティスは、私の前にしゃがんでそう言った。にやにやしながら、低い声で。
私は、全力で睨みつけた。
「私は。警官に、ならないと、いけないの。」
「そんなに睨むなよ…理由は何なんだ?」
「絶対に捕まえなきゃいけない奴が、2人いる。」
「誰だよ。」
「一人は、私の大切なものを全部奪った奴。そいつから、全部、取り返すため。」
ラティスの顔から笑みが消えた。
「もう一人は、ハル。ハル・インバクタス。」
ラティスが首を傾げた。
「何だ、金か?史上最高額の懸賞金だからな。」
「へ、そうなの?」
「何だ、違うのか?あんなやべー奴、金でもなけりゃ、何で追う?」
「約束だから。」
「約束?」
「ヤクモと約束したの!捕まえるのを手伝うって。」
ラティスが、吹き出した。
「それだけ?」
「それだけって何?私はヤクモと約束したの!だからあいつと一緒に、捕まえに行かなきゃいけないの!」
とにかく、どんどん腹が立ってきて、声ばかり大きくなっていく。
ラティスが、じっと私の目を見た。
「何よ…。」
「良いぜ、自分のためだけじゃないってことだな。それは悪くねぇ。だが。」
ラティスが手錠の鍵を手に持った。
「口だけなら何とでも言える。そうだろ?だから、それが本当か、確かめる。」
ガチャン、と、私に掛けた手錠を瞬時に外す
「選べ。警官になるのをあきらめるなら、王都で上級事務官に採用してやる。悪いことしなけりゃ、一生安泰だ。」
「は?」
「それを捨てて、警官になりたいなら、俺と戦え。俺に手錠をかけることができたら、お前を警官にしてやる。」
ラティスがにやりと笑う。
「その代わり、もしお前が、手錠を掛けられたら、お前の負け。その時は単なる退学。無資格で…。」
「戦うに決まってるでしょ!」
「お、おいおい、ちょっとしゃべらせろ。お前、俺は「教師」達と同格以上だぜ?勝ち目ねーだろ?」
「私は!警官に、ならなきゃ、いけないの!!」
手錠を持って構える。
「威勢が良い奴だ、嫌いじゃねぇが…。」
ラティスがにやりと笑い…。
消えた、と思った瞬間。
私はとっさに両手をクロスさせて身体を守る。
「!!!」
視界に空が広がる。
馬車の薄い木製の壁を突き破って、私は吹き飛ばされ、放り出された。
「っ…!」
受け身を!
背中に背負ったリュックをクッションにして接地し、転がりながら衝撃を逃がす。
「結構良いセンスじゃねぇか。これで終わりだと思ったぜ!」
馬車の上にすらりと立ったラティスが、私を見下ろしている。
大切なのは、現状の把握。
少しだけ身を起こして、周囲を見渡す。
ひどく狭い、山の中の崖の合間に作られた道。 両脇を10メートルはある壁のような岩肌が囲い、馬車の走る道だけはかつて舗装された跡がある。
この狭さは、的を絞るには悪くない。
ラティスは、馬車の上に立って両手を組んで、私を見下ろし続けている。
「どれ、次で終わりにしようか。」
ラティスの「アルテナ」は…どう考えても「早く動く力」。
でも、それをどう使ってるのか、まだ分からない。
十分な力で撃てる弾は、あと5発くらい。
体術じゃ勝てない。
弾を当てて、意識を飛ばしている内に手錠を掛ける。
やることはシンプルだ。でも、どう実現するか。
「教師達と、ガチで戦ったこと、ないだろ?あいつらが、どんぐらい手加減してくれてたか、せめて最後に思い知れ。」
ラティスが消えた。
右と、左。
ほぼ同時に、壁に何かが叩きつけられる音がした。
ここに居ちゃ駄目だ。
背筋を冷たい汗が伝う。
私は、単なる勘で斜めに飛び退く。
背後で、さっきまで私が居た場所に、何かが弾ける音が響く。
「良いぜ!持ちこたえるなぁ!」
私は振り向かずに全力で馬車の方に走る。
左手に、空気弾を固めながら。
ラティスの姿は見えない。その代わり、あっちこっちの壁を蹴り飛ばす音が響く。
「速く動く力」で、壁から壁へすさまじい早さで移動をし続けてる。
あんな高速で左右に動かれたら、弾を当てるどころじゃない。
嫌な予感がして、私は右に飛んだ。
「何だお前。まぐれか?」
さっき私が走っていた辺りの地面を、ラティスが激しく蹴り、砂埃が上がる。
見えた。
堅い地面を蹴った衝撃で、ラティスの動きが止まった。
「こぉのぉぉっ!」
私は、左手に閉じこめた空気の弾を右手に移し、ラティスの足下辺りに撃ち込んだ。
「うおっ!」
空気弾は、ラティスの周囲の地面に着弾し、地面を削り、激しく砂埃を上げる。
「…なるほど、実物は初めて見た。厄介な力だな。」
私は馬車の裏手に逃げ込み、再び左手に空気を固め始める。
あと、4発。
馬車を背にしている、この状態は良い。
上、左、右、前。
見えなくても、4方向に絞れる。
…。
こんな時、ヤクモが居たら。
どの方向から来るか、見分けるに違いないのに。
ラティスが地面を、崖の岩肌を蹴り飛ばす音の間隔がどんどん短くなっていく。
加速してるんだ。
間断無いその音は、まるで豪雨のよう。
でも、やらなきゃ。
一人で。
もう、私は昔の私じゃない。
雨の中、待ってたって、何も変わらない。
一人でも、戦うんだ。
上は、ない。
もし外したら隙ができる。2回同じ隙は見せないはず。
それなら、残り3方向。
全部撃ち抜く。
私は、空気を次々に、別々に閉じこめる。
左手が鉛のように重くなる。
「良い判断だ。相手の技の特性と、自分の力の特性。考えて、考えて、考え抜け。」
壁を弾く音が響き始める。音と音の間隔がどんどん狭くなる。ラティスの速度が、衝突の威力が上がっていく。
音が近づいてくる。
来る!
「当たれぇぇ!!」
私は、装填した3つの弾を、右・左・前に連続で解き放った。
その瞬間、私は背中に、猛牛に突っ込まれたような衝撃を受け、宙を舞った。
嘘…。
何で…!
吹き飛ばされた先は、崖。
★★★
良い発想だったけどな。
最初に馬車の壁は吹っ飛ばしたじゃねえか。
思いこんだら、負けなんだよ。「あらゆる可能性を想定したか?」だろ?
と…崖に落っこっちまうな。
どれ、拾ってやるか…。
ん?
…何だよ。ララ。
けしかけやがったな。生徒を。
悪い先公だぜ
★★★
落ちる。死ぬ。
そう思った私の左手を。
ヤクモの右手が掴んだ。
「両手で掴め!」
ヤクモが、私を引っ張り上げる。
崖の縁に、私は横たわった。
「…ヤクモ…。」
「悪ぃ、遅くなった。」
「何で…。」
どうして、来てくれたの?
「ってか、お前もほんと、何だかんだ俺より無茶ばっかりだ。」
「何よ…。どういう意味…。」
「教師級に、一人で勝てるわけねーじゃん。」
「そんなこと…言われなくたって…。」
だって、私は…一人でも…。
「みんなでやろーぜ。何か、いつも通り、ぞろぞろ付いてきたからよ。」
顔を上げた先に。
ソラ、ドレイク、スパナが居た。
「な、泣くな!」
「泣いてない!砂埃のせい!」
私は目をこすった。
★★★
「で、お前等、何しに来たんだ?」
ラティスが、ボコボコに破壊された馬車の上に立って、俺たちを見下ろしている。
「あんたを捕まえに…。」
言い掛けた俺を遮るように、刀に手をかけたドレイクが叫ぶ。
「キリンさんを傷つけたな!!!地獄に落ちろ!!!」
え、ちょっと…。
ドレイクが加速して、馬車の上のラティスめがけて飛ぶ。
一気に間合いを詰めたドレイクの、凄まじい速度の居合い抜きは…空を切った。
「?!」
「良いぜ、不意打ちは、「速く動く力」の有効な使い方だ。」
空中で盛大な空振りをしたドレイクが、突如現れたラティスに吹き飛ばされ、俺の前に仰向けに倒れる。
…つーかさ、お前…。
「…一人じゃ無理だっつーの…キリンかお前は…。」
「ちょっと!どういう意味?!一緒にしないでよ!」
ブーブー言うキリンの足下で、ドレイクがピクピクと手を動かしている。
キリンの一言がトドメを刺したのか…。
大体、同じ能力の上位互換に、いきなり突っ込むか?普通。
ん?
ああ、そういうことか。なるほど。
「4人でやるぞ。」
ソラとスパナが頷く。
「私、残りの弾、一発しかないわ。」
俺の脇でキリンがつぶやく。
「分かった。」
使いどころを見極めなければ。
「全員、同じ目に遭う覚悟は出来たか?いくぜ。」
ニヤリと笑ったラティスが。
消えた。
砂埃と、壁を叩きつける音が響く。
響きわたる音と、風の流れが、一筋の光になって、視界に映る。
俺は瞬時に振り向き、小手を付けた両腕をクロスさせ、衝撃に備える。
「っ!!」
分かっていて、なお吹き飛ばされた。
何とか空中でバランスを取り、転倒を避ける。 速い。
めちゃくちゃだ。捕まえようがない。
だが。
「ソラ!斜め上だ!」
「えいっ!」
ソラが中空に向けて手をかざし、電撃を放つ。
「!」
驚いた顔でつまずいたような姿勢のラティスが、中空から姿を現す。
「スパナ!前方3・4メートル位!」
「はいっ!」
ラティスが落下する地点を狙ってスパナが液体の入った瓶を投げつけ、飛び散った液体が、ちょうど着地したラティスの足にまとわりつく。
「何だこりゃ…!」
スパナの調合した、接着剤が、ラティスの足を地面に固定する。
勝機!
俺は即座にラティスとの間合いを詰める。
鳩尾のあたりに、光が見える。
ラティスが腰から抜いた警棒をなぎ払うように振るう。
それを屈んで交わし…。
取った!
ラティスの鳩尾めがけて掌底をたたき込む。
ずしりとした手応えが…。
ない。
ラティスが消えた。
「ヤクモ!!」
キリンの叫び声。
影が日光を遮る。
上!
見上げた俺の頭めがけて警棒が振り下ろされる。
「このっ!!」
ラティスが何かに弾かれる。
キリンの空気弾。
空中で一回転し、姿勢を整えたラティスは、もう馬車の上に立ってこっちを見下ろしている。 「お前、俺の動きが見えてんのか?」
ラティスの顔に、笑みはなかった。
「まあね。」
方向だけだけど。
速すぎる。
「にわかには、信じがたいが。なるほど、ハルの弟か。普通じゃねぇな。」
「兄貴を知ってんのか。」
「さぁな。俺は今、すげー機嫌が悪ぃんだ。もう、手加減しねぇぞ。」
見ると、ラティスは裸足になっていた。
スパナの接着剤で固定された靴を脱いで、かわしたのか。
ラティスが、すっと、組んでいた腕を下ろした。
「「アルテナ」、は強化できる。掛け合わせることで、な。」
ラティスの雰囲気が変わった。
「行くぜ、新米ども!」
ラティスが消えた。
光も…追えない!
「みんな!止まるな!動け!」
的を絞られたら終わりだ。
地面にすさまじい勢いで、無数の足跡が刻まれていく。
超高速移動!
裸足で?
これは…。
堅くする力と速く動く力?!
一人で、二つの力を使っているのか?
そんなことが…。
「!」
ソラが走りながら闇雲に電撃を放つ。
「ソラ!」
「きゃあああああ!」
突如現れたラティスに、ソラが吹き飛ばされ、山肌に打ち付けられた。
「がっ!」
ほぼ同時に、周囲に接着液をばらまいていたスパナも吹き飛ばされる。
「くそっ!」
「ヤクモ!」
駆け寄ってきたキリンと、背中合わせになって構える。
俺たちの周囲に、無数の足跡が刻まれ続ける。 鮫の大群にでも囲まれた気分だ。
ヤバすぎる。
これが教師級の力。
いや、知らなかった訳じゃない。
ララ先生が、竜の群を一撃で壊滅させた時から、化け物だとは思ってた。
「じゃあな新米ども!」
見えない、高速の敵。
それでも、物理的な攻撃だ。
このままじゃ見えないだけで、そこにいる。
「キリン、撃てるか?」
「さっき、半分撃ったから、次で本当に最後よ。」
「了解だ、任せろ。」
俺は、背を向けたまま、右手を伸ばし、キリンの左手を握った。
★★★
視界が、鮮明になる。
ヤクモの見分ける力だ。
残ってる力で、限界まで固めた空気弾。
完全に見えてるわけじゃない。
でも、一番確率の高い方向。
できるだけ広範囲に、弾けるように!
「行け!!」
あれ…?何…これ?!
★★★
「!!」
超硬度・高速化した右足が、空を切る。
地面がない。そして、凄まじい爆風。
あの吊り目のガキ。
空気弾で地面をえぐりやがった。
俺の動きを先読みして、そして、ありえない高出力。明らかにさっきと違う。
ヤクモとくっついてから、力の波長が変わりやがった。
バランスを整えろ。
身体を反転させて、左足で着地した。
その瞬間、青い目のガキが低い姿勢で飛び込んでくる。
「遅ぇんだよ!」
高速化を腕に移行し、警棒を振り下ろした。
はずだった。
警棒が、何かに弾き飛ばされた。
「なっ!てめぇ!」
刀を振り抜いたのは、最初にぶっ倒したガキ。
「不意打ちは、確かに有効だ。」
こいつ、気絶したふりをしてやがった!
こいつら…。演技か!サインを送りあってやがった!
★★★
「うおおおおおお!」
ドレイクに警棒を弾き飛ばされ、がら空きのラティスの鳩尾に、俺は掌底をたたき込んだ。
「がっ!!」
勝った!
そう思った瞬間。
一瞬白目になったラティスの目が、光を取り戻し、ぎらりと俺を睨みつけた。
そして、腹の辺りに破裂するような衝撃を受け、俺は意識を失った。
★★★
やばかった…。手こずらせやがって…。ちくしょう、手加減しすぎた。
死んだふりをしてた方のガキも、顎を揺すって、意識を飛ばしてやった。
釣り目のガキは…力の使い過ぎで倒れたか。
「ずるい~!反則!今のはこの子達の勝ちでしょ!」
「てめぇ!ララ!見てやがったのか!」
馬車の影から、ララが現れた。
「フォーチュナムまで使って~。王都にばれたら減給よ~。言ってやろ~。」
「うるせぇ!最後に立ってた方の勝ちに決まってんだろ!」
ちっ、全くムカつく…。
だが、確かに、5人掛かりとはいえ、新米にここまで手こずるとは…。
あの、ハルの弟の掌底を受ける瞬間、俺は緊急事態用に、奥歯に硬化して仕込んであるフォーチュナムの硬化を解いて、かみ砕いた。
意識が飛ばされた後、戻って来るために。
「強くなりそうでしょう?」
満面の笑みを浮かべているララ。
変わんねーな。昔から。
「さぁな。ただ、弱ぇーくせに、良い連携だったかもな。」
最初から、最後まで、シナリオ通りだったとしたら。急場で、2の試験を応用して見せたのだとしたら。
良いチームだ。
そして、もう一つ。
ハルの弟と、この吊り目女。
あれは能力共有じゃなかった。
こいつらは気付いてねぇだろうが。
共有した能力が、変質した。妙な増幅の仕方だった。
見たことのない現象だ。
「面白ぇ連中なのは確かだ。」
ララは、笑って振り返った。
「手加減してくれて、ありがとう。ラティス君。相変わらず優しいわね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます