第5話 3の試験
3の試験に残ったのは、20人だった。
まぁ、平均的な結果らしい。
最終日の朝、俺達は講堂に集められていた。
最終試験は、教師との一対一の試合だとか、生徒同士のバトルロワイヤルだとか、そんな噂もあったが、本当のところは誰も知らなかった。
不意に講堂の扉が開き、朝日が射し込む。
「これから、試験場に移動する。その前に、これから20分やる。一人1枚、この紙に書き残したいことを書け。そして、一番下にサインしろ。ただ、サインをしたくない者は申し出ろ。そこで試験は終わりにできる。」
俺は試験官から渡された紙に目を落とした。
その一番上には、「遺言」と記載されていた。そして、一番下の行の手前には「私は私の意志でこの試験を受け、その一切の結果を受け入れます。」と記載されていた。
死んでも、恨むな、ということか。
右手が少し震えた。
左手で押さえつけて、深呼吸した。
それでも、引き返す選択肢はなしだ。
遺言なんて、縁起悪い。
俺は、遺言という文字に、×を付けた。
「俺は、警官になって兄貴を捕まえる。」
子供っぽいが、こんなところで、飲まれちゃいられねぇ。
サインをさっと書いて、立ち上がった。
あ、一番最初か?と思ったが、ほぼ同時に立ち上がった栗毛のショートヘアが見えた。
なんだよ、くそ、俺が先に出す。
どたどたと試験官に向かって走り出すと、キリンも走り出し、結局ほぼ同時に紙を提出した。
ちらっと見えたその紙には「遺言」に続けて「なんて書かない。」と走り書きしてあった。
子供みてーな奴だな…。
「消しちゃだめでしょ!書いてあること!」
「お前だって、続けて書くもんじゃねーだろ?」
「…ヤクモ・インバクタス、キリン・アリストリア・ノノ、受け付けたぞ。外に出て馬車に乗れ。」
「俺も書けました!」
ドレイクも追いかけてきた。ふと振り向くと、ソラとスパナも、何か悩んでいたようだったが、意を決した様に立ち上がる所だった。
★★★
持っていきたい物を一つだけ選べ、と言われ、それ以外は全て取り上げられた。キリンのリュックサックは無駄になったな。
目隠しをされて、耳栓を突っ込まれ、手には手錠をかけられ、方向感覚も無いまま、俺は延々と馬車に揺られ続けた。
否応なしに不安ばかりが高まっていく。
本当に、これは試験の会場に連れて行かれているのか。
それすらも疑う気持ちが沸いてくる。
でも。
「試験会場まで、話してはだめ」というルールが、また課された。
それを破るわけにはいかない。
心臓が押しつぶされそうな不安を、俺は押し退けた。
ここまで来たんだ。こんなところで、こんな程度で。
永遠に続くかのような歩行。
いや、実際は大した時間じゃなかったのかも知れないが。
不意に、目隠しが外され、目の前の明るさに顔をしかめた。
「着いたぞ。」
試験官ではなく、スザク先生の声がした。
「20人の内、3人が脱落した。」
「え?」
「まぁ、毎年そんなもんさ。受けたら死ぬかも知れないと脅されて、視覚も聴覚も奪われて、長時間黙らされたらな。ま、でも警官やってりゃ、敵に捕まってそういう目に遭うこともある。持たないなら、そこまでさ。それに、ここからが、本当の地獄だ。」
光に目が慣れてきた。
見慣れない森の中。うっそうと茂る木々の隙間から、夏の日差しが差し込んでいるが、森の奥は、夜のように暗い。そこかしこの地面から、人工的な円形や四角形の石柱が顔をだしていて、その上をたくさんの蔦が這っている。何かの遺跡の跡なのだろうか。
俺の他に、生徒は誰もいない。
「3の試験にして、最終試験を開始する。」
スザク先生がそう言った。
「「アルテナ」を発現させること。発現が確認できたら、王都の試験官か、教師が迎えに来る。」
「え?」
スザク先生は、もういなかった。
警官学生服を着て、手ぶらの俺は、ただ一人森の中に取り残された。
「アルテナ」を発現しろったって。一体どうやって。やり方も教わってないのに。
立ち眩みがした。
いや、違う、地面が揺れている。木々も、葉っぱも、石柱も。
体を揺らすような叫び声が聞こえた。人じゃない。もっと大きな体を持った何かが、全身を震わせて、吠える声。
来る。
細い木々をなぎ倒し、地面を揺らしながら、それは現れた。
ヌラヌラと輝く鱗、長く延びた尾をバタつかせながら、俺の2倍以上はある高さから、ギョロギョロとした血走った目で睨みつけ、獰猛な牙をちらつかせながら、空に向かって吠える。
本でしか見たことが無かったが、目の前に居たのは、紛れもなく、竜だ。
じゃあ、ここは、竜の巣…。
俺は震える足を叩くと、一目散に森の藪の中に駆け込んだ。
冗談じゃない。
竜の巣に、丸腰で放り込まれた。
小さい頃から、アレステリア人の子供は、竜の巣に気を付けるように言われて育つ。竜は、縄張りに入りさえしなければ、襲ってくることはない。大人達は、竜の巣の場所を知っていて、そこには間違っても、絶対に近づかせない。壁や標識や、何重にも警告をして。
それでも、好奇心が勝って、近づいた子供が命を落とした話は、何度聞かされたかわからない。竜と人間の暗黙の了解なんだ。お互いの縄張りを侵さない。
それを、俺は盛大に侵している。
細い木々をなぎ倒し、太い木を避けながら、その中型の竜はどんどん近づいてくる。
無理だ、追いつかれたら、殺される。
喰い殺される。
頭の中で、火花が散っているようだった。
死ぬ。このままだと。
「!」
森の木々が薄くなって、目の前には、ごつごっとした岩肌が広がる。
ここは、谷の底なのか。
背中に、竜の足音が迫る。
俺は、足元の砂利を掴んだ。
振り向いた瞬間、竜の顔をめがけて細かな砂交じりの砂利を全力で投げつける。
ギョロギョロと開いた目に石や砂の粒が直撃し、突然のことに竜は混乱したようにのたうちまわった。
その隙に、俺は右手の茂みの中を駆け抜け、うっそうと茂った藪の中に身を隠した。
心臓が破裂しそうなほど脈を打っている。今は切り抜けられた。でも、ここは竜の巣。どれほどの竜が居るのか、見当もつかない。
俺は、うずくまり、息をひそめた。
ガサガサっと、藪をかき分ける音がした。心臓を鷲づかみにされるような緊張感の中、俺は覚悟を決めて掌底を放つ為の構えを取った。
「…ヤクモ!」
現れたのは、竜じゃなくて、栗毛の釣り目。
「キリン…。」
情けないが。こんなに心強いと思うなんて、思ってもみなかった。
「ヤクモも…追われた?」
「ああ、ここは竜の巣だ。とんでもない数の竜がいるはず…。」
地鳴りがした。
「私を追ってきた奴だわ…。」
「いや、俺の方のもいそうだ。」
右、左。ほぼ同時に、藪を突き破るようにして、2匹の竜が現れた。そして、正面の木をなぎ倒して、2匹の竜より二回りほどでかい、黒い竜が現れた。
キリンが、ポケットから何かを取り出す。
「護身用に、いつも持ってるやつよ。」
スリングショットだ。キリンは、どこかで拾った石をゴム紐でつまむと、吠えながら迫ってきた右手の竜の眉間あたりに直撃させた。
悲鳴を上げて、竜がよろける。
左からもう一匹の竜が迫る。俺はまた、手に掴んだ土を竜の顔に投げつけ、ひるませながら、竜の脇腹あたりに潜り込む。
「おおおおぉ!!」
渾身の掌底を叩きこむ。
手ごたえはあった。
だが、竜はうめき声を上げながら、俺に向かって前足を振り下ろして来る。
体をそらす。鼻先を竜の前足がかすめる。
キリンの放ったスリングショットが竜の眉間に命中し、左の竜もよろめく。
いけるんじゃないか。そう思った俺たちを、影が覆った。
正面から迫った巨大な黒い竜が、体を回転させ、その巨大な尻尾を薙ぎ払うように、俺たちに叩きつけてきた。
「キリン!」
スリングショットを放ち終え、無防備なキリンの盾になるように、俺は尻尾とキリンの間に飛び込んだ。
「ヤクモ!」
そのすさまじい質量に、俺とキリンは、なす術もなく吹き飛ばされた。
「!」
地面が、ない。
崖?
★★★
どれくらい意識を失っていたのか。
目を開けると、森の藪の中、あたりは薄暗くなっていた。
あの、くそでかい竜の尻尾になぎ払われた腹部は、感覚がなくなってる。
空腹だったのは幸いか。何も吐かなくて良かったから。
「ちくしょう…。」
キリンはどうなった?
最後に覚えているのは、崖の斜面を別の方向に転がり落ちていくキリンの姿。
助けなきゃ。
重い、獣の足音が聞こえる。
うなり声を上げて、近づいてくる。
あの黒いデカい竜の近くにいた、最初から俺を追っかけてた、中型の奴だ。
逃げる体力は無い。
立って、戦え。戦え。
茂みを切り開いて、竜が姿を現し、ドスドスと音を立てて飛びかかってきた。
獰猛な牙の生えた口を開け、噛みつこうと。
もう馬鹿な選択肢しか浮かばなかった。
逃げるんじゃねぇ。
右の拳を握りしめて、迫り来る竜を睨みつけた。
するどい牙が、俺の面前に。
俺の喉元を食い破り、この命を断ち切ろうと。
その時、また、辺りが暗さを増し、あの暖かな色の、光が見えた。
いや、ドレイクの時よりも、木人の時よりも、ずっと鮮明に。
その光が、竜の顎のあたりに集まっていくのが見えた。
そして、竜の動きが、ひどくゆっくりと見えた。
その光に導かれるように、俺は地面すれすれまで身をかがめ、飛びかかってきた竜の下に潜り込む。
「うおおおおおおおお!」
頭上の光に吸い込まれるように、俺は全力で右の掌底を突き上げた。
一瞬、何か柔らかいものに拳がめり込むような感触。
甲高い、コウモリのような声を上げて、竜が地面に崩れ落ちた。
「…。」
俺は、自分の右拳に目を落とした。
何だ、今の。
あの、堅い竜の、鱗で覆われた身体を?
素手で?
そんな筋力も、皮膚の硬さも、俺にはない。
だが、俺の右拳は、驚くほどに無傷だ。
竜は、口から青い血の混ざった、泡ぶく状の涎を垂らして、横たわっている。
「!」
竜の全身は、鱗で覆われている。
だが、顎の下、ちょうど、俺の拳一つ分くらいの隙間。
そこだけ、鱗がない。
咀嚼するために良く動かすところだからか。
もちろん、そんな竜の身体のことなんか知る訳ない。
あの瞬間。
間違いなく、俺には見えた。
どこを殴れば良いか。
そして、竜の動きも、スローモーションのように見えた。
それに身体が反応した。
「…火事場の馬鹿力ってやつ?」
何にせよ、切り抜けた。
死ななかった。
「…キリン!」
あいつは、あっちの崖に落ちた。俺より重傷かも知れねぇ。
急がねぇと、また竜が、人間や、血の匂い、仲間の気配を察知して、集まってくる。
「キリン!」
俺は、滑るように崖を駆け下りた。
転がる様に走る先に、一瞬、何かが光った様に見えた。
キリン?
何だあれは…。
藪の中に横たわるキリンの周りに、無数の黒い蛇の様な何かがうごめいている。
いや、キリンの中から…出てきている?
あれは、駄目だ。俺にははっきりと分かる。あれだけは駄目だ。
あれに飲み込まれたら、キリンは居なくなる。キリンが、死ぬ。
★★★
動けなくなって、どれくらいたったろう?
指先の感覚がない。
もう、疲れたな。
ヤクモは、どうなった?
ごめん、私をかばって。
私のせいだ。(お前のせいだ。)
思考を、どす黒い闇が覆っていく。
私が悪い。
結局、どうにもできなかった。(お前は何もできなかった。)
お父さん、お母さんを見つけるどころか。
スタート地点にも立てなかった。
何か、もうよく分からないや。
何も証明できなかった。
自分が自分だって。
忘れてるのは、間違ってるのは、みんなの方だって。(間違ってるのはお前だ。)
本当は。
私が、間違ってたのかな。
私、本当に、キリンなのかな。
嘘をついてたのは、私の方なのかも。
正しいのは、みんなの方で、間違っていたのは、私。
狂っていたのは私。
よく考えたら、そうだ。
当たり前じゃない。
世界中の、みんなが、私はキリンじゃないって言う。
私の記憶は、嘘だって言う。
なんだ、そうだ。
嘘をついてたのは、私の方だ。
世界中の人が、私が嘘つきだって。
(そうだ。お前は嘘つきだ。)
その通りだ。そっちが正しいに決まってる。
(お前は、キリンじゃない。)
私は、キリンじゃない。
私なんて、いない。いない人間は、いなくなればいい。
みんなに、迷惑かけちゃったな。嘘なんかついて。
私は…いなければ良かった。
私は…
「キリン!!!!」
「キリン!!」
「キリン・アリストリア・ノノ!!」
「ふざけんな!目を開けろ!!」
「あきらめたら許さねぇぞ!!起きろ!!」
ヤクモ。ヤクモの叫び声が聞こえた。
★★★
そうだ、私は、キリン。
キリン・アリストリア・ノノ
嘘じゃない。
絶対に嘘じゃない。
お父さんとお母さんが。
私だけに付けてくれた、私の名前。私だけの名前。
「嘘じゃない!私は、キリン!キリン・アリストリア・ノノ!」
★★★
崖の下の藪の中で、ぐったりしていたキリンが、自分の名前を叫んだ。
その瞬間。
キリンにまとわりついていた、黒い蛇のような影も、消え去った。
なぜか、5年も前の記憶が、まるで目の前で起きていることのように、脳裏に鮮明に蘇った。
キリンが、自分のことをキング・オラトリオの皇族の娘だと言ったときのことを。
俺は今、はっきりと、それが真実だと理解した
そして、それはキリンから盗まれたということも。
キリンが皇族の娘ではない、という嘘が、この世界に言いふらされていることも。
キリンが、ずっと、ずっと長い間、人生を盗まれ、孤独と戦い続けてきたことも。
誰一人、自分のことを分からない。
自分が自分だということを、誰も信じてくれない。
自分のことを知っているはずの人にさえ。
そんな孤独に俺が、ずっと気付いてやれなかったことも。
昨日まで優しかった人が、急に冷たくなる。
世界中が、一瞬で、よそよそしくなる孤独。
自分が味わった疎外感なんか比べものにならないほどの、ひとりぼっち。
「…キリン。」
たった一人で、耐えてきたのか。
「ほんとに本当だったんだな。お前の話は、一から十まで何もかも。ごめん、何か訳はあるんだろうと思ってたけど、あの時、すぐに信じてやれなくて。」
キリンが、レディッシュオレンジの吊り目を、大きく見開いた。
「そして、それを盗んだ泥棒がいる。それが、お前が捕まえたい奴なんだろ?」
許せねぇ。
許せねぇ奴だ。
「泥棒は捕まえなきゃな。」
俺は警官になる。
「兄貴を捕まえるついでだ。「警官」になったヤクモが手伝うぜ。」
俺もお前も、こんなところで死ぬわけにはいかない。
「生きて、捕まえに行こう。」
★★★
そう言って、私を抱き抱えたぼろぼろのヤクモは笑った。
あの日、家族も家も、地位も財産も、友達も名前も。
全部盗まれたあの日から。
友達はできた。
住む場所も見つかった。
美味しいものだって、食べた日もある。
でも。
私は、本当の意味では、この世界でずっとひとりぼっちだった。
もう、誰も自分のことを、自分だと分かってはくれないんだと。
私の記憶が嘘で、狂っているのは私なんじゃないかと。
必死で。
お父さんと、お母さんの顔を、何度も何度も思い浮かべて。
自分の名前を握りしめて。
消えてしまわないように。
嘘じゃない。
嘘なんかにさせないように。
「うん…う…。」
でも、もうひとりじゃない。
私の記憶は嘘じゃない。
やっと、見つけてもらった。
ここに私がいることを。
「うぁわあああああん、、、」
どうしようもなく、嬉しくて、暖かくなって。 私はこどもみたい泣きじゃくった。
「おい、馬鹿、何で泣くんだ…まだ何も解決してねーぞ!…いや、どこか痛ぇのか?」
「…ってあげる…。」
「?」
「ヤクモの…お兄さん、捕まえるの。…私も…手伝う。」
ヤクモは、少し驚いたように、ダークグレーの瞳で私を見て、それからもう一度笑った。
「兄貴は、やばいぜ。」
「知ってる…だから手伝うの。」
「じゃ、それで貸し借り無しだな。約束だぜ。」
私は、大きく頷いた。
★★★
地面が大きく揺れた。
「気付かれた?!」
竜だ。あの、デカいのが迫っている。
俺は身体を起こして身構えようとして、よろけた。
「ヤクモ!」
そんな心配そうな顔すんなよ。
「さっき、中型の奴を一匹倒した。顎のあたりに弱点がある。そこを突く。」
「え?倒した?嘘でしょ?素手で?」
「ほんとだって、俺も信じらんないけど。」
大きな声を上げた後、キリンが顔をしかめた。 崖から落ちて、身体をあちこち痛めてる。動けはするようだが、かなりきつそうだ。
そういう俺も、あの、不思議な光が見えてから身体の力が戻った感じが薄れ、身体の痛みを感じるようになってきていた。
せめて、戦うか逃げるか。その力を回復できれば…。
ふと、目の端に、また穏やかな光が見えた。
「ヤクモ?」
急に藪の方に向かった俺を、キリンはいぶかしげな目で見ている。
俺は、藪をかき分けると、その奥で光っていたものを2本、地面から抜き取った。
「それ…フォーチュナム。」
キノコを持ち帰ってきた俺を、キリンが困惑した顔で見つめている。
フォーチュナム。別名、ヒスイタケ。
アレステリアの、このあたりの地方にだけ自生する、キノコ。
昔、戦争の時に兵士に最後の手段として配られていたという、悪名高いキノコ。
死にかけた兵士が、最後に口にする道具。
栄養分が凝縮されている上、少しの間、身体の機能も大きく向上すると言われている、奇跡の食料。
アレステリアの言い伝えでも、これを食べて竜を撃った若者の話があり、特に男子はその話が大好きだ。
でも、大きな問題がある。
ヒスイタケは、ヒスイタケモドキと区別が付かない。
ヒスイタケモドキは毒キノコ。
というか、その後の研究で分かったのは、ヒスイタケそのものの成分が、人に対してランダムに毒性を持つタイプと、ごく一部、毒性を全く発揮しないタイプに分かれるらしい。
しかも、毒性を発揮するタイプは、食べても大丈夫な部分もあれば、駄目な部分もある。
毒性を発揮しないタイプは、まさに奇跡の食料で、空腹も、傷の痛みも取り、確かに一時的な身体の機能向上が見られ、副作用もないという。
だが、結論として、ヒスイタケとヒスイタケモドキを見分ける方法はないとのことだった。
だから、兵士は、死ぬ前に一か八かで食べる。上手く行けば、体力を回復して、目の前の敵を倒す、逃げ帰る力を、失敗すれば、ヒスイタケモドキの毒で、頭からつま先まで全身がしびれて3日ほど動けなくなる。
致死性はないが、追いつめられた状態で毒が回れば、当然致命的だ。
ちなみに、食べた兵士で、当たりを引いたのは50人に1人くらいだったそうで、その後ヒスイタケは採取すること自体禁止になった。
「それは駄目よ、ヤクモ。ほんとに自殺行為だわ。授業でもならったでしょ?ほとんどがヒスイタケモドキ。見分ける方法もない。ここでそんなギャンブルはできないわ。」
「キリン、大丈夫だ。これは本物だ。」
俺は確信を持ってそう言った。
「ヤクモ…!」
ひょいと、フォーチュナムこと、ヒスイタケを一本ほおばった。
「ちょっと…。」
驚いた。
咀嚼すると、ナシのような甘い汁が口いっぱいに広がり、それから、身体の節々の痛みが消え、力がみなぎってくるのを感じた。
いける、これなら切り抜けられるかも知れない。
不安そうな目で見つめていたキリンも、明らかに顔つきが元気になった俺を見て、ため息をつくと、俺の右手からフォーチュナムをひょいと摘んだ。
「私のことを信じてくれた、あんたのことを信じるわ。」
キリンはフォーチュナムを口に放り込んだ。
★★★
「…うまっ!」
口の中で、ナシのような甘い汁が弾け、熟れたイチゴのような香りが鼻孔を抜けていった。
何これ、美味しい。
お腹空いてるのもあるけど、それを差し引いても、今まで食べたどんな果物やお菓子より美味しいなんて。
ほんとにキノコなの、これ?
空腹が満たされただけじゃない。
さっきまで、力の入らなかった足下が、明らかにしっかりしてきた。
すごい長距離走れそう。
ヒスイタケモドキは、死ぬほど苦くて、食べた先から、舌先から一気にしびれ始めると、本に書いてあった。
だから、これは間違いなく、当たりだ。
「…それが、ヤクモの力、「アルテナ」なのね。」
なんとなく分かった。
ヤクモに現れた「アルテナ」。
見分けることができるんだ。
「俺の…?」
「そうよ、きっと。それがヤクモの力なのよ!」
私は、少し興奮してそう言った。
その一方…ヤクモは広げた両手に目を落とすと、がっくりと肩を落として深いため息をついた。
「…やっぱりはずれじゃねぇか…!」
まぁ、確かに6つの力のどれでもなかったけど…。
でも、どうなんだろう。
見分けることは不可能と言われた、ヒスイタケモドキを見分け、竜の弱点を見抜いて倒したとしたら。
使い方次第じゃすごい力なんじゃないの?
「俺は、「重くする力」が欲しかったんだ。」
「ハルと同じだから?」
「まぁ、兄貴にその才能があったんだから、俺にもあればな、と思ってただけだ。」
「発現したんだから、良いじゃない。後は使い方でしょ。少なくとも、今、その力のおかげで助かってる。それは、きっと大事なことよ。」
ヤクモが、青い瞳で私を見た。
「ま、それもそうだな。「持てうる力を使い尽くせ。」アレスターの心、第2条か。」
そう、ヤクモは、力を得た。
私は、まだ「アルテナ」を得ていない。
気が付くと、うっすら、空が明るくなってきている。
「!!」
耳障りな、コウモリと興奮した猫が同時に耳元で叫んだような鳴き声が、空の方から響いた。
「来たぞ!!」
ヤクモが叫んだ。
森の木々をなぎ倒しながら、それは私たちの前に突如降り立った。
「わっ!」
地面が揺れ、私は膝をついた。
爬虫類特有のごわついた岩のような黒い肌。
激しい憎しみの目で私たちを睨みつけているのは、私たちを尻尾で吹き飛ばした黒い大きな竜。
私はとっさにスリングショットを構え、竜の眉間をめがけて石を放った。
が、その大きさからは想像できないほど俊敏な動きで、黒い竜は石をかわし、私には目もくれず、ヤクモに向かって走り出す。
「ヤクモ!!!!!」
★★★
でけぇくせに速い!
獰猛な牙が、顎が、俺の頭を目掛けて一直線に、大砲の様に突っ込んでくる。
顎の部分に光が見える、でも、なんだ?あの時みたいに、竜の動きはゆっくりとは見えない。
横に飛んで、黒い竜の突撃をかわす。
さっきまで俺が居た空間を、周りの木の枝ごと、竜の牙がかみ砕く。
「!」
視界が反転する。
バランスを失って、藪の中に、仰向けに倒れこむ。
右足が蔦に絡まっている。
背筋が凍った。
雷のような衝撃とともに、俺の顔の両脇に、竜の巨大な前足が振り下ろされた。
竜が巨大な口を開ける。俺を食おうと。
何も間に合わない。
キリンの叫び声が聞こえた気がした。
★★★
嫌だ!
嫌!
ヤクモを、殺さないで!
ヤクモを奪わないで!!!
中空に伸ばした左手が、何かを掴んだ。
何か、強い力の固まりを。
私は、それを掴んで、右手に移した。
これは、撃ち出すことが、できる。
私は、導かれるように。
右手の人指し指を竜に向けた。
銃の様に。
「ヤクモ!!!」
指先が、その刹那、ずっしりと重くなった。
私は、その重みを竜めがけて撃ち放った。
ヤクモに迫っていた竜の牙が、頭が、何かに殴られたように弾かれた。
「うぉおおおおおおお!」
ヤクモが立ち上がり、のけぞった竜の顎を突き上げた。
甲高い叫び声を上げ、竜はのけぞると、森の方へ逃げていった。
「…キリン…?」
少し驚いたような、でも、嬉しそうな顔で、ヤクモが私を見ていた。
私は、うなずいた。
どんな顔して良いか分からなかったけど。
「…わたしも、はずれみたい。」
開いた両手に目を落とした。
銃…なのかな?
私は、何か強い力の固まりを撃ち出した。
何なのかは分からないけど。
「キリン?!」
あれっ?
私は、ぺたんと地面に座り込んでいた。
腕と足に力が入らない。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん…何か身体が重い、みたい…。」
身体がしびれる感じがする。
さっき、あの強い力を撃ち出した時、身体にも波のような衝撃が走った。
あれのせいなのかな…。
これはちょっと、きついかも…。
「…?」
「何か…聞こえない?」
「これは…。」
ヤクモの顔に緊張が走る。
かすかに地面が揺れている。
地鳴りのような音が少しずつ、大きくなってきている。
「…そりゃないぜ…。」
「な、なに…?」
「5…いや、10…もっとか…。」
嘘でしょ…そんな…。
「仲間を呼びやがった…くそ…。キリン、動けるか?」
「…ごめん…。」
駄目だ、立てない。
「先に、逃げて。」
このままじゃ、二人とも死ぬ。
ヤクモだけでも。
「…お前は何を言ってんだ!」
ヤクモが、私の前に背を向けてしゃがみ込んだ。
「?」
「早く乗れ、走って逃げる。」
「む、無理よ!私結構重いし…。」
「何馬鹿なこと言ってんだ!早く!」
私はヤクモにおぶさった。
ヤクモはひょいと立ち上がると、一目散に森の方へ駆けだした。
「…力持ち…。」
「まだフォーチュナムが効いてる。多少重くても大丈夫だ。」
「ど、どういう意味よ!そこまで重くないでしょ!」
「あーもう、訳わかんねぇな…。」
ヤクモが、足を止めた。
「?」
強い緊張が伝わってくる。
「…まじかよ…。」
地鳴りの音が、強くなっている。
「…ヤクモ…。」
「囲まれてる。」
森に、甲高い獣の叫び声が響きわたった。
私たちの四方八方から。
10匹どころじゃない。
小さいのから、大型の個体まで。
怒りで我を忘れた竜達が、私たちを取り囲んで睨みつけていた。
「歩こう、道はある。」
ヤクモがつぶやいた。
「目を開こう。方法はある。」
それは、警官の誓いの最後に書いてある散文。
「「持てうる力を尽くすなら。」」
ヤクモは笑った。
「教科書、ちゃんと読んでたのね。」
死ぬかも知れない、とは思わなかった。
「さっきの、あと一発なら撃てるかも。」
私はヤクモの背中から降りた。身体は少しずつ動くようになってきていた。
「多分、右手に大きいのが数体。左と前と後ろは小さいのが…なんかたくさんいる。」
「そんなのも分かるの?」
「ぱっと見た感じ、そんな気がした。多分合ってる。」
「どっち?」
「強いのは、右だ。が、数は少ない。」
「これね、多分、もっと強く撃てると思う。」私は、左手を握りしめた。
そう、これは、さっきよりももっと強く撃てる。
「駄目だ。止めろ。」
ヤクモが、少し怒った様な口調で言った
「何でよ。」
「それ、強く撃つと、お前の身体を傷つけて、動けなくなるだろ。それじゃだめだ。」
「でも…。」
「ここまで来たんだ。一緒に、無事に帰るんだ。じゃなきゃ、駄目だ。「アルテナ」を発現したんだ。ここを切り抜けりゃ、先生か試験官が迎えに来るはずだ。」
右手に、巨大な3頭の竜の姿が見えた。
「真ん中の、赤くて一番でかい奴。あれがボスだ。」
地鳴りが、一層激しくなった。
「っと…。」
少しよろけて、左手でヤクモの右腕を掴んだ。
その時、何でだろう。
力が、回復した?ううん、違う。ヤクモから力が流れ込んでくるような感じがした。
「何だ?」
ヤクモが、ヤクモの左手を見つめてる。
「これ…。」
ヤクモが左手を握る。
私には分かる。
「ヤクモ!それを折りたたんで、丸くして、閉じ込めて、固めて!」
ヤクモが私の目を見て、頷いた。
竜が迫ってくる。
「キリン!」
ヤクモが、それを私に預けた。
すごく、強い力。
これなら。
私は、3頭の竜めがけて、その球を放出した。
「!!!」
竜巻のような暴風が吹き荒れ、3匹の竜が森の木々を巻き込みながら吹き飛ばされた。
何なの、これ…。
★★★
すげぇ…。これがキリンの力…。
だが、反動か、左手が痺れて持ち上がらない。
誤算だった。ボスをやられても、竜たちは逃げる気配はない。
くそ、何とか、もう一発…。
俺が左手に力を込めたその時。
辺りが真っ白に光り、轟音が響いた。
★★★
「ごめんなさいね。遅くなったみたい。」
一瞬の出来事だった。
俺たちを取り囲んでいた竜達は、全て気を失って地面に横たわっていた。
これが、ララ先生の力。
これが、ララ先生。
目の前に立っているのは、間違いなく、いつも学校で俺たちに授業をしてくれていた、ララ先生だった。
だが、今ははっきり分かる。
怖い。この人が。
象の前の蟻みたいなもんだ。
「そんな目で見ないでよ~。でも…そういうことよ。それも「アルテナ」に目覚めた証拠。相手と自分の差が分かるって、強くなったってことよ。」
ララ先生はそう言って笑った。
いつもの、教壇で話すときの様に。
「それに、私なんて大したことないのよ。そう、あなたのお兄さんとかに比べたら、ね。」
はっとした。
俺は、先生が、俺の兄貴の話をするのを初めて聞いた。
「先生…兄貴のこと、詳しいんですか?」
「最初の教え子だもの~。」
ララ先生は、両手を顔に添えて、ちょっと恥ずかしそうにしている。
あれ?何か、顔赤くなってないか?
顔だけじゃなくて…何かぼんやりと赤い光が見えるような…。
「せ、先生?!」
キリンがびっくりしたような声を上げた。
見ると、ララ先生の周りに倒れている竜達がビクンビクンと跳ねている。
「あ、ごめんなさい…。びりびりが溢れちゃった…。」ぺろっと舌を出す。
痺れさせる力の電流が漏れ出してたってこと?
危険すぎる…。
いや、それぐらい、普段は力を抑えていて、今は出力を大幅に上げてるんだ。
「帰ったら、力の調節の話をしようと思ってたけど、だめね、これじゃ。」
小さく舌を出して、少女のように笑うララ先生は、急速にいつものララ先生に戻っていった。 いつもの穏やかでちょっとぼんやりした感じに。
「「アルテナ」は、命の危機に瀕した時のみ発現するの。だから、どうしてもこんな、危険な試験になるんだけど…。」
ララ先生が、拍手を始めた。
「二人とも。第三の試験の合格、おめでとう。ぱちぱちぱち~。」
高く澄んだ、でも柔らかい先生の祝福が、俺たち二人を包んだ。
俺はキリンに視線を送った。
その瞬間、俺の視界は、飛びかかってきたキリンで覆われた。
「いやったーーー!!!!」
キリンの不意打ちに、俺はそのまま地面に押し倒された…。
「何すんだ…!」
「やった!やった!やった!!うわーー!!」、「痛ぇ!やめろ!馬鹿…!」
俺に馬乗りになったキリンが、ポカポカと俺の胸を叩く。
ポタッと、俺の頬に水滴が落ちた。
「…泣くなよ、馬鹿。」
「う~…。」
全く、忙しい奴だな。
でも、こいつのおかげかもな。
一人じゃ、どうにもならなかった。
「あら~、どきどきしちゃう。」
視界の端に、何かよく分からないことを言って、また赤くなっているララ先生が映った。
★★★
おめでとう、ヤクモ君。でも不思議な記録。「アルテナ」は、キリンさんの力を共同行使した時、発現したことになっているのね。助けに行くの遅れちゃった。
…キリンさんは、残念だったけど。
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