第3話 1の試験

「それでは最終試験の一つ目の説明をするぞ。」

 スザク先生が腕を組んだまま、教室に集められた生徒達50人を見渡す。

 「それから、再確認だが、この試験は、落ちる者の方が多い。一人も合格しない年もある。」

 部屋中に緊張が走る。

 「厳しいようだが、今回落ちても「予備警官補」として生きていく道もある。」

 「最初から、何で落ちた時の話をするんですか?」

 誰かが声を上げた。

 「なぜなら、この中の大半は、落ちるからさ。」

 落ち着いた声で、スザク先生は言った。

 「5年間もかけて、やってきたことが、あっさりと否定される。これから、それがこの中の大半の生徒に降りかかる。」

 50人の生徒達が静まりかえる。

 「落ちて自ら命を絶った奴もいる。それは事実だ。お前等の一人として、頑張らなかった奴はいない。だが、これから、大半は落ちる。それが現実だ。」

 スザク先生が、水差しからコップに水を注ぐ音だけが響いた。

 「だがな、これは所詮、試験だ。警官になったらなったで、辛いことなんてごまんとある。なってから、辞める奴だってもちろんいる。警官になっても、ならなくても、そっから先の方がずっと長い。だから。」

 スザク先生は、一口、机の上のコップから水を飲んだ。

 「まずは全力を出せ。結果は自分なりに受け入れろ。」

 そう言って、スザク先生は机の下から書類を取り出した。

 「じゃ、試験1の1は通告通り、筆記試験。100問あるから、頑張るように。」

 試験1の1??

 「試験1の2もあるんですか?」

 あ、キリンが質問した。

 「ああ、試験1は3種類あるぞ。」

 「え。」

 「1の1が筆記、1の2が測定、1の3が実技だ。まぁ、1の2以降は順番に都度説明するから、頑張れ。ちなみに、どれか一つでも落第点だったら、他のがどんなに点数良くても落第だから。あ、ただし、一つでも満点があったら別な。」 

 教室中がざわつく。

 「試験1じゃないじゃないですか!」

 誰かが悲鳴を上げる。

 「警官の仕事は、イレギュラーなことばかりさ。このぐらい気にしてたらやってけないぜ。」 スザク先生の姿が消えた。

 気が付くと、目の前に冊子と答案用紙が配られていた。

 再び、スザク先生が教壇に現れ、右手には懐中時計を持っている。

 「試験時間は3時間。トイレは一回まで。手を挙げて申告するように。じゃ、9時ジャスト。始めと言ったら始めだぜ。」

 は、速い…何もかも…。

 ふと見ると、斜め前の席のキリンは既に鉛筆を握りしめて書き込む姿勢になっている。

 ソラも、スパナも、筆記は余裕があるだろうな。

 「ヤクモ。」

 隣のドレイクがぼそっとつぶやく。

 「俺は、この試験全てでお前を上回る。」

 「…好きにしやが…。」

 ドレイクの顔は既に汗でびっしょりだ。

 …そういや、こいつ、筆記は苦手なんだよな、、。

 俺と同じで。

 俺は深呼吸した。いつもどおり、やるしかねーな。

 「始め!」

 スザク先生の声が響いた。

 一斉に、雨のように、答案を書き始める音が教室に響いた。

 ★★★

 わっからんかった。

 いや、これは、いきなり終わったんじゃねーのか?

 パズルみたいな問題と、計算問題は、駄目だ。 ただ、追いつめられた状況の切り抜け方とか、作戦を立てる系の問題は、書けた。

 書けた気がする…。

 試験1ー2までの間は1時間。

 昼食だが、あまり喉を通る気がしないので、食堂には行かず、西棟の屋上に逃げてきた。

 いつ来ても良い風が吹いていて、心地良い。

 一人で居るには一番の場所だ。

 「…まぁ、大体ここよね。」

 「…。」

 キリンはすでに、パンを食べ始めるところだった。

 「何よ!別に邪魔しないわよ!食堂で食べる気がしないから、ここに来ただけ!」

 はぁ、とため息を付きつつ、俺も屋上の床に腰を下ろした。

 「できたのかよ。」

 「パズルみたいなのと、計算は大体できた気がするわ。」

 ぐ…くそ…。だから勉強できるやつは…。

 「でも、何あれ。事件が起きたときの捜査の仕方とか、急に襲われた時の立ち回り方とか…。それっぽく書いたけど、自信はないわ。」

 ほう。

 なるほど、ほう。

 「…悪い顔してるわよ…。」

 「いや、別に。そうか、まぁ、ちょっと難しかったよな。そうだろう、なぁ。」

 「そうなのよ…。特に、3問目。あれは難しかったわ。」

 「ああ、武器を全部奪われた状態で、手を縛られた状態からの人質の助け方な。」

 「あれって、図書館の古書籍室にある「緊急救援・逮捕事例の17番目でしょ?前ソラに「このあたりの本って、試験に出たことあるらしいよ。」って教えてもらってたじゃない?それで一緒に読んだことあったのよね。でも、事例内容とかすっごいアレンジされてて、全然違う内容に見えたから、最初てこずっちゃって…。あれってまず、仲間と人質に、指先でハンドサインを送って、作戦を立てて…。」

 こらこらこら。

 「どこが自信ねーんだよ!!知らねーぞ!そんな本!」

 「前にその話したじゃん!ヤクモが覚えてないだけよ!」

 何だと…くそ…いつものソラのマニアックな古本話だと思って聞き流してた、、、。

 気を取り直して、次に進むしかねぇ。

 俺はぱさぱさのパンをかじった。

 ★★★

 「では、試験1の2の説明をしますね~。」

 俺たち生徒は、学校の東端にある講堂に集められた。

 講堂は、その中心を囲むように生徒用のベンチが並べられ、その中心には、初代校長の銅像があった。

 あったはずだったが、今日はそこに銅像は置かれていなかった。

 代わりに、1メートル四方位の銀の台座が設置され、その上には、成人の頭蓋骨の形をした…水晶が置かれていた。

 綺麗だが、気持ち悪い。

 よく見ると、銀の台座には沢山の管が刺さっており、それは全て、台座の右に置かれた時計のような物につながっていた。

 「「警官」になるには、「アルテナ」を使えるようになる必要があるのは、よく分かっていますね~。」

 ララ先生が、空中に電撃を放ち、それが一瞬講堂を明るく照らす。

 「ただ、「アルテナ」は、人によって、一日の間に使える分量が決まっているのよ~。無限には使えないってことなの。」

 それは何となく、そうなんだろうな、と思っていた。あんな、化け物みたいな力、いくらでも無制限に使えたら、それこそ悪いことを考える奴だって出てくるだろうし…。

 「さて、ここにあるのは、何だと思いますか?はい、ドレイク君。」

 「水晶のドクロであります。」

 「はい、そのまんま~。」

 あ、軽く馬鹿にされた。

 「ソラさん。」

 「試験の為の道具、、、ですよね。水晶のドクロ…。水晶は、「映し出す」性質があるものですよね。先生のさっきの話も合わせると…「アルテナ」を使える量を量る装置ですか?」

 「はい、御名答。」

 講堂が一気にざわつく。

 そんな物が有るなんて。

 「そんな物があるなら、入学の時に測れなかったんですか?」

 能力の有無はずっと知りたかったことだったから、俺はつい、そう口走った。

 「「アルテナ」は、14歳にならないと発現しません。というより、14歳の時に発現させなければ、その後も発現しないままになります。この装置は、14歳になったあなたたちにしか反応しないの。しかも、この装置の感度が良くなる…ていうか、作動するのが、この夏の数日間だけなのよ~。」

 ララ先生はにこにこと説明してくれた。

 「警官試験が夏にある理由の一つが、これなのよ。」

 確かに、何で中途半端な夏なんだろうとは思ったけど。

 「そんなわけで、これから一人ずつ、ここに来てこの水晶に手を当てて、そして、「力の放出」をイメージしてみて。」

 力の放出って言ったって…。

 「先生の、「痺れさせる力」を共同行使させてもらったときみたいな感じですか?」

 ソラがそう言った。

 共同行使…苦い経験だ。「アルテナ」を使えるアレステリア人が体の一部を接した状態で、別のアレステリア人に触れると、その触れられた者も「アルテナ」が使える場合がある。適性のあるアレステリア人は、共同行使で6つの力のうちどれかが使えるが…俺は使えなかった。

 「そうね、ヒントみたいになっちゃうけど、それも一つの方法よ。先生達の力を共同行使したときのことを思い出して。大切なのはイメージ。自分がその力を持っている、と仮定して、それを水晶にぶつける、あるいは水晶を持ちながら使うイメージかしら。三回やって、その一番高い数値を結果として記録しますね。」

 ★★★

 それから、50人の生徒が順番に試験を受けることになった。

 順番はくじ引き。

 そして、俺は見事に50番目を引いた。

 逆に、ソラは1番目。

 スパナは28番目。

 ドレイクは32番目。

 キリンは39番目。

 そして、1番目のソラの出力を見たスザク先生は目を丸くしていた。

 その理由は、その後しばらくしてから分かった。

 ソラの結果を越えた、最初の生徒は、39番目のキリンだった。

 そこまで、ソラがダントツだった。

 キリンが、水晶に手を添えたとき。

 明らかに、それまでとは違う光を、水晶が放った。

 それまでは、ソラも含めて、薄い水色や緑色、黄色など、違いは有っても、色の種類は一つだった。

 キリンが触れたとき。

 水晶が、青・赤・黄色・緑・黒。それらを次々に混ぜ合わせたような、複雑な色の光を放った。 それに呼応するように、目盛りは、これまでよりもずっと強く、右の端近くまで勢いよく振れた。

 みんなはあっけに取られながら、その、複雑な、でも美しい、万華鏡のような光を呆然と見つめていた。

 特に、3回目は、光の中に、虹のような光線がほとばしり、特に美しさを増した。

 スザク先生は腕組みをしながら。

 ララ先生は顔に両手を当てながら。

 じっとその光を見つめていた。

 それから、49番目の生徒まで。

 そんな特殊な光を放つ生徒はいなかった。

 

 そして、最後の順番。

 俺の番が来た。


 俺は、ちょっとした期待を持って、水晶の前に立った。

 確かに、これまで、どの力も俺は上手く使えなかった。

 だけど、本当は、何か隠された力が有るんじゃないか。

 ちょっとぐらい、何か自分には優れた力が有るんじゃないか。

 だから。

 きっと、ここで、それが明らかになって。

 俺の本当の力が分かるんだって。


 天才の弟。そして犯罪者の弟。

 

 お前等、ずっとそう言う目で見てきたろ?


 得意なものなんて、掌底と突きくらいだ。

 兄貴とは違うなって。そう思ってたんだろ?


 悔しくはない。

 兄貴はすげぇ。

 

 でも、俺は。

 俺だってさ。

 

 俺は、水晶に手を当てた。

 生徒たちが、静まりかえり。

 みんなが俺を見ていた。

 

 目盛りは、動かない。

 一ミリも。

 

 スザク先生が目を丸くしている。

 水晶に手を触れ、目盛りをぐるぐると回す。

 「ヤクモ、二回目だ。やってみろ。」

 「…はい…。」


 分かってる。

 俺は兄貴じゃない。

 俺じゃ、駄目なんだ。

 

 俺はもう一度石に手を置く。

 でも結果は同じだ。

 何も変わらない。

 目盛りは微動だにしない。

 

 「0だ。」

 

 スザク先生の声が、凄く遠くから発せられたように聞こえた。

 「三回目、やってみろ。」

 ★★★

 俺は再び屋上に来ていた。

 さすがに、なぁ。

 これは落第だろ。

 元から、駄目なら最初からそう言ってくれよ。入学とかさせて。

 5年もかけて色々教えて。

 期待なんかさせるなっつーの。

 頑張れば、何とかなるんじゃねーか、と思っちゃったんだ。

 だってさ、兄貴は、天才だぜ。

 犯罪者だけど。

 くそだぜ。あいつ。

 あいつさえ居なかったら。


 ちょっとぐらい、もしかしたら、自分も天才の力が眠ってるかもって、思うじゃん?


 本当は、船を作りたかったんだ。

 馬鹿兄貴がいなかったら。

 ここは、アレステリアは、島国だから。

 遠くまで、どこまでも行ける船を造って。


 そう、キング・オラトリオは、本当に行ってみたかったな。 


 バシン、と背中をひっぱたかれた。

 何だよ。

 キリンが、俺を睨みつけている。

「まさか、あきらめてるんじゃないでしょうね。」

 「何だよ…。ほっとけ。良かったじゃんか、お前、凄い才能あるじゃん。先生達も驚いてたぜ。」

 「…たまたまよ。」

 「?」

 「才能が0ってことないでしょ?」

俺の話かよ。

 「「アルテナ」は今までもだめだった。そのまんまの結果だ。もう良いだろ、ほっとけよ。」

 劣等感を、上塗りすんなよ。

 キリンは多分何とかなる。

 悔しくないと言ったら嘘になる。

 頭も良いし、才能がある。俺とは違う。

 予備警官補か。

 まぁ、でも、予備警官補から、二等警官までは昇進できるって話だしな。

 別の道もあるさ、ハルを捕まえる。

 それだけは。

 ちゃんとやるさ。


 どがっと、何かに吹っ飛ばされた。


 「…痛ってぇな!何すん…。」

 荷物をぱんぱんに詰めたリュックサックで、フルスイングで殴りやがった。

 怒ろうと思ったが、それ以上にキリンが吊り目を吊り上げて、めちゃくちゃ睨んでいる。

 

「…まだ終わってない!」


 なんだよ。


 別に、終わったなんて思ってねぇよ。

 

 何でお前が怒るんだよ。

 本気で。


 何でお前が泣いてんだよ。

 馬鹿じゃねぇの。

 

 恥ずかしいじゃねぇか。


 お前は良いよな、なんて思っちまった。

 筆記もできて、すげぇ才能もあって。

 天才に努力されたら、手も足も出ねぇって。

 でも、別に今日分かったことじゃない。

 薄々気付いてたことに、向き合っただけだ。

 

 「まだ終わってねぇ。当たり前だろ。」

 キリンが、俺の目を見た。

 「1の3がある。そこで満点取ればいいんだろ。」

 そう言ったら、少し力が湧いてきた。

 だから、お前が泣くなよ、お前に泣かれるの、苦手なんだよ。

 ★★★

 「ララ、これどう思う?」

 「どの子のこと?キリンさん?ソラちゃん?それとも…。」

 ララは、気になった生徒の名前を次々に上げていた。

 もちろん、俺もそいつらは気になるが。

 俺はヤクモの評定結果を見ていた。

 出力が0。

 測定不能。

 「…ヤクモ君?」

 「ああ。」

 「お兄さんと一緒だわ~。」

 「だが、ハルは、重くする力があまりにも強すぎて、測定不能だったんだろ?一応、重くする力が共同行使できたから、再調査したじゃんか。ヤクモの場合は…それもないし。どうなってるんだ?」

 血液検査は間違いないし、アレステリア人で全く反応しないなんてこと、ないだろう。

 「ハル君の時も思ったんだけど…。」

 ララが、中空を眺めながらぼんやりと言った。

「秤は、測れるものしか測れない。」

 「なんだそりゃ?」

 「そもそもね、秤って、それで測れるものを測るものなのよね。私たちも一緒。生徒の成績とか付けるけど、それって私たちが測れる範囲でしか測れてないのよね。」

 「…。測れる範囲を、越えているってことか?」

 「それか、そもそも測り方を間違えているとかね。分からないけど、これで何もかもを測れるわけではないと思うの。だから、1の試験は3つあるんだろうし。」

 それは、そうかも知れないな。

 もしそうだとしたら、ヤクモがどんな力を持っているのかは、興味深いが。

 2の試験まで進んで欲しいような、欲しくないような。

 悩ましいところだ…。悩ましい…。


 ぷっ。ぐはは。


 「何笑ってるの?」

 「いや…さ…。」

 キリンは、面白かったな。

 「あ、キリンちゃんのこと、思い出し笑いしてんでしょ?性格悪い!」

 ララがむっとした顔で睨む。

 「いや、だってさ…ぶははは!」

 我慢してた分、腹が痛ぇ。

 「あんな剣幕で「取り消せーー!!!再試験しろーー!!!」とか、一人で乗り込んで来て叫ぶか普通?あのパターンは初めてだぜ、俺。何か恥ずかしくなっちまったよ。自分の結果に不満があって文句言う奴は山ほどいたけどよ。」

 「女の子の本気を笑うとか!敵よ!スザク!」 部屋中がびりびりし始める。

 これは、やべぇ。

 ララの本気の電撃を食らったら炭になっちまう。

 俺は瞬時に教官室から消えた。

 「逃げるなー!!!!」

 まぁ。

 キリンがあそこまで言うんだ。

 何かあるんだろ、あいつ。

 ヤクモ・インバクタスは。

 ★★★

 「試験1の3の説明をする。」

 警官服に着替えた生徒達は、学校の庭園に集められていた。

 午後は、スザク先生とララ先生のほか、4人の先生も総出だった

 「1の3は、体術の実技になるわ~。」

 …何だあれ?

 庭園に、大量の、木で作られた俺より少し身長が高い人形がそれぞれ、直立した姿勢で整然と並んでいた。

 50体以上はあるんじゃないだろうか?

 ぽんっと、ララ先生が、木人の頭を叩く。

 虫の羽音のような重低音が響くと、木人の目のあたりが少し光る。

 「王都技術開発局作成の、木製ゴーレムよ。これと1対1で戦うのが試験内容です。」

 王都ってこんなのも作ってるんだ…。1対1か、シンプルな実技だな。

 だが、これなら。

 チャンスはある。

 っていうか、これでだめなら。

 これもできないんだったら、そりゃ諦めもつくってもんだ。

 「ちなみに、これ、めちゃくちゃ強いから。」 

へ?

 「まともに倒そうと思うと、怪我じゃすまないわ。1分ごとに加点されるから、20分、気絶しないで逃げ切ることを目標にしてね。」

 「先生。」

 俺は声を上げた。

 「満点の条件は?」

 ララ先生が微笑んだ。

 「動きを止めて、手錠をかけることよ。歴代で、できた生徒はほとんどいないけど。」

 シンプルで良かった。

 目標がはっきりしたら。

 後はやるだけだ。

 「ヤクモ。」

 ドレイクが俺の隣にやってくる。

 「何だよ。」

 「僕は、こいつをぶっ倒す。お前にはできないだろうがな。」

 こいつは、こんな時にまで何を…。

 「お前に構ってる暇は…。」

 あれ、こいつ、まためっちゃ汗かいてないか?

 緊張してる?

 あ、そうか。

 そういや、こいつも何か筆記試験いまいちだったんだよな。

 …キリンが凄すぎて忘れてたけど、「アルテナ」の出力もぱっとしなかったな…。 

…。

 「生き残ろうぜ、ドレイク。お前は満点じゃなくても、大丈夫だろ。」

 俺は自分しか見えてなかったんだな。

 崖っぷちは、俺だけじゃないんだよな。

 「当たり前だ。僕はキリンさんとともに、2の試験に行く。お前なんて大嫌いだ、おいてけぼりだ。」

 ドレイクが汗を拭った。

 「だが、こんなとこで居なくなるようじゃ、興ざめだ。警官になった上で、正式に決着をつけようじゃないか。」

 「望むところだ。」

 こいつは本当、日頃から鬱陶しいし、面倒くさい。

 五年間ずいぶんやりあってきた。

 俺とドレイクとは友人とは違う。でも、間違いなく五年間の一部だ。

 「試験の準備をするわよ~。指示に従って移動してね~。」

 ララ先生の声が響いた。

★★★

 目の前に木人が立っている。

 生徒一人一人が、かなりの距離をとって、木人とそれぞれ向き合っている。

 3秒間、その落ちくぼんだ、木の虚のようになっている両目をのぞき込むこと。それが試験開始の条件だ。

 深呼吸をした。

 やれるさ。

 こんな木偶の坊。

 その目をのぞき込んで3秒間。

 背筋に悪寒が走った。

 即座に飛び退いた、さっきまで俺が居た場所に。

 風を切る轟音とともに、木人の蹴りが放たれた。

 食らったら終わってた。

 怪我じゃすまない。その通り。

 五歩以上の距離を取った。

 だが。

 もう目の前に居る。

 掴みかかってきた右腕をしゃがみ込んでかわすと、低い姿勢のまま木人の横をすり抜けて後ろに回り込む。

 右足で強く地面を蹴り、反動を付け、つるつるとした木人の背中めがけて、右手の掌底を叩き込む。

 堅い。

 堅いだけで、手応えはない。

 ぐるり、と、木人の顔が一回転してこっちを睨む。

 そのまま木人の体も回転して…。

 やべぇ、間に合わねぇ!

 右腕と右膝でガードを固める。

 馬にでも衝突されたような衝撃が走る。

 力に逆らうな。

 俺はその力を受け流すように、力を受けた方向に飛んだ。

 体が中を舞った。

 空中で体勢を整えて、着地する。

 ちらりと、周りを見ると。

 開始3分位にも関わらず、少なからず、生徒達が地面に倒れている。

 あれ?ソラも倒れてね?

 あ、スパナも、突っ伏してる。

 ぶん殴られて意識を失ってるっぽい。ただ、動けなくなったら、木人も止まるようだった。

 試験用か、よく出来てるな。

 死ぬわけでもないようなものなら。

 

 よそ見をしたその瞬間。

 視界の端に映った光に、俺は反射的に両手でガードした。

 衝撃が腕から全身に走り、目の前が真っ暗になった。

 

 意識は、まだある。

 口の中を少し切った。鉄の味がする。

 瞬間的に間合いを詰められた、木人の延髄蹴りだ。

 後ろに飛んで距離をとりながら、視界がはっきりしてくるのを待つ。


 俺は木人に向かって構える。

 深く呼吸を整え、体の隅々まで、力が満ちるように。

 その時。

 視界が薄暗くなり。

 ぼんやりと、木人が光ったように見えた。

 これは、以前に一度だけ記憶がある。ドレイクと本気でやりあった時の、あの光。

 空から注ぐ、夏の光とは違う。

 ほんのりと、オレンジ色に。

 木人の右胸の辺りが、丸く。

 

 目標がはっきりしたら。

 後はやるだけ。


 俺と木人は、ほとんど同時に、地面を蹴った。

 なんだろう。

 殴られてぼんやりしていた景色が、急に鮮明に見え出す。


 右の回し蹴りをおとりに、左の裏拳が来る。

 その軌道が、光の線のように、確かに見えた。

 不安はなかった。

 一歩後方に跳んだ俺の鼻の先を木人の足先がかすめた。

 そのままの勢いでくるりと回転した木人の左腕が凄まじい勢いで、振り払われる。

 それは空を切った。

 俺はしゃがみ込んで、力強く地面を蹴った。  

矢の様に、槍の様に。

 俺は一直線に、木人のがら空きの左胸、オレンジ色に光る一点に、右手の掌底を叩き込んだ。  みしり。

 明らかに、背中とは違う、何か柔らかい部分にめり込む感触が伝わる。

 木人の目の光りが薄れ、俺の掌底に持ち上げられるように、もたれかかるように、木人が力を失い、だらんと両手を下げた。

 俺はすかさず、手錠を取り出し、支えを失い地面に崩れ落ちた木人の両手に手錠をかけた。

 大きな鐘の音が鳴った。

 「そこまで!」

 俺は、地面にへたりこんだ。

 空を見ると、大きな入道雲に向かって、何羽かの鳥が飛んでいった。

 見渡すと、そこかしこに、倒れ込んだり、荒く息を付いている生徒達の姿が見えた。

 「また、お前は素手でやったのか?」

 振り向くと、ドレイクが居た。

 少し離れた所に、刀が突き刺さり、手錠を掛けられた木人が倒れていた。

 「やるじゃねぇか。」

 「峰打ちでは止められなかった。失敗だ。」

 何発か蹴られたか、足を引きずっていたドレイクは、どっかりと腰を下ろした。

 ふと気が付くと、俺たちの前にララ先生とスザク先生が立っていた。

 「…まじかよ。」

 「…ちょっとびっくり~。」

 二人とも目を丸くしながら、口々に感想を述べていた。

 カラン、と何かが落ちる音がした。

 キリンが、警棒を落っことして、そこに立っていた。

 こいつは、木人から逃げ切ったんだな。

 「キ、キリンさん…!大丈夫ですか?木人に殴られましたか??」

 キリンがぽろりと涙を流したもんだから。

 ドレイクが立ち上がって、顔を抑えて首を振るキリンの周りでおろおろする。

 お前、足痛めてなかったっけ…。

 キリンを見たら、何か力が抜けて、右手の痛みが戻ってきた。

 地面に寝ころんで、真っ青な空を見つめた。

 ★★★

 「1の試験の結果を発表する。」

 次々と読み上げられていく名前。

 ソラ、スパナ、キリン、ドレイクも読み上げられて。

 その一番最後だった。

 「ヤクモ・インバクタス。」

 キリンが心底力の抜けたような表情をして、こっちを見ていた。

 「1の試験の合格者は、明日、2の試験に進む。2の試験からは、王都の試験官が試験監督をすることになる。また詳細は、明日の朝だ。0800までにここに集合すること。不合格者は、この後、俺の部屋に来い。以上。解散。」

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