第54話説明を求める話


「最悪の場合、ハクからのお仕置きを受けてもらいます」


「しないのじゃ」


「意思疎通ができてないみたいだけど」


 三者三様、といった感じでリビングに座る俺とハク、そしてカナ。

 叔父さんから電話があった翌日、ハクからの連絡を受けたカナは二つ返事で来た。

 ハクも、昼間は暇だからどうせ来ると言っていたが、思った以上に即座に来たのでかなり怒る気が失せてしまっているのが困りどころ。

 ハクも別に怒る気はないようなので、何もしないままに無罪放免が確定してしまった。


「まあいいか。とりあえず、説明をしてもらいたいと思って、来てもらいました」


「ええ、それはハクからも聞いてるわ。何の説明をすればいいのかは知らないけど」


 本当に分からないと手を顎に当てるカナ。

 別にごまかしている風でもないし、おそらく叔父さんがきちんと対応したのだろう。

 勘違いを抱えながらもおくびにも出さなかったのだろうし、大人の対応と言わざるを得ない。

 ちら、とハクに目線をやれば、特に気にもしていないようでのんびりとお茶をすすっている。

 良くも悪くも、友人の暴走でしかないのだろうし、そんな反応にもなるだろう。


「ぶっちゃけ、叔父さんのところ行ったときに何を話したのか聞いておきたいんですよ」


「叔父さん? ああ、サトルさんのところね」


「うむ。わしにも言わずに行ったじゃろうて、少しはこちらにも話をしておけ」


「あら、許可してくれたの」


「それぐらいしますよ……。というより、俺たちも報告に行かないとな、って感じでしたし」


 同意を求めるようにいハクを見れば、うむと軽くうなずいてくれた。

 夢の中でとはいえハクのお父さんとも会ったことだし、俺の方も機会を見て言いだそうとしていたので、かつての俺たちとはかなり違うのである。

 そのあたりを察したのか、頭をかいてバツの悪そうな顔になるカナ。


「少し見ない間に、ずいぶんと変わったわね」


「なんか最近、よく言われますねぇ、それ」


 本当に、最近出会った人全員に言われている。

 望と誠也は二年ほどの付き合いだし、それなりに理解できるのだが。

 二度しか出会っていないカナにまで言われるとは思っていなかったので、つい言ってしまう。

 そりゃそうでしょと言わんばかりの雰囲気なのはいまいち納得できないが、自分が変化しているのは事実なのでそれ以上のことは言わないでおく。


「おぬしは何も変わっておらんとおもうのじゃがな」


「ねー」


 しかし、ハクからそう言われれば、自分は変化していません。と手のひらを回転させるのに是非もない。

 少なくとも、一番自分をさらけ出している相手であり、最も自分を理解してくれている相手から言われているわけで、それがきっと正しいのだろう。


「甘やかしちゃだめよ、ハク。いい変化ばっかりとは限らないんだから」


「どんなカカルでもわしは好きじゃぞ」


「「わーお」」


 あまりにも大胆な告白にカナと二人で歓声を上げる。

 しれっとした表情のまま、不思議そうに首をかしげるハクからは、何の恥じらいも感じられない。

 カナへのポーズも多少はあるだろうが、言葉に出すことで彼女自身が安定を得ている面もあるようで、隙あらば俺へののろけをぶちまける気満々なようだ。


「ハクも、変わったわねぇ……」


「いい変化、ですかね」


「それはあなた次第じゃないかしら?」


 わかってますよう、とちょっとすねた感じを出しつつも同意する。

 カナは本当に分かっているのか疑問なようだが、ハクをちらっと見て矛を収めたようである。

 俺もハクを見れば、ハクは何事もないかのように穏やかな表情でこちらを見返してくる。


「とりあえず、今は親御さんに挨拶に行った話よね」


 一体何が何やら、と顔を見合わせながら首を傾げれば、カナは呆れたようにため息を吐いて話題を元に戻した。


「そうそう。で、何の話をしたんです? 変な誤解受けてましたよ?」


「え、そうなの? 普通にアポ取ってお話ししただけよ?」


「カナさん……。アポ取れたんですね」


「私をなんだと思ってるのよ。まあ、今はいいわ」


 さすがにアポなし突撃は冤罪だったらしい。

 ハクは特に驚きもないようで、ちゃんと大人の対応ができるのはカナも同様だったらしい。

 軽く反省している俺に、カナはどうでもいいといわんばかりに手を振る。


「もしかしてだけど、名刺がまずかったかしら。ちょっと反応が変だったのよね」


「あー……、そうかもしれません。どうやらきれいなお姉さんに入れ込んでいると思われたらしく、釘を刺されかけました」


「ごめんなさい。それは悪いことをしたわ」


 思い当たる節があったらしく、原因はすんなりと分かった。

 カナの仕事を知って、どんな繋がりかを考えた結果としては、まあ順当と言えるだろう。


「ハクの話はしなかったんですか?」


「軽くしたわ。ただ、付き合ってることまでは言ってないわよ」


「そこはありがとうございます。俺が言わないといけないことですからね」


 誤解を招きそうな要因その2も判明。

 ハクとの関係について言及してないのであれば、俺との関係も不明瞭になるわけで、想像する余地が大きくなってしまうだろう。


「わしからも補足でな、カンナは平然と噓を吐くのじゃ」


「イメージの悪くなるような言い方はよしてほしいわ。リップサービスは商売道具よ」


「……なんとなく分かった。ありがとう、ハク」


 カナの責めるような視線をやり過ごしながら、誤解されそうな要因その3を発見。

 ハクのことは言わず、俺や叔父さんにはリップサービス……、どう考えてもカモを見つけた猟師にしか見えないわな。

 職業病のようなものだろうし、上手な使い方も心得ているだろうが、警戒している相手には逆効果になることもあるだろう。


「まあ、最終的にはいいきっかけになりましたし、とんとんとしましょうか」


「私に非がなかったとは言わないけども、抗議したい気分だわ」


「わしらにも非があるのじゃ。謝った方がよいかの?」


「ハクがそう言うなら……」


「そういうつもりじゃないわよ。もう……、ほんとに気安くなったわね、あなた達」


 呆れたように俺らの茶番を打ち切ったカナは、しんみりとした表情に変わり、安心したような言葉をこぼす。

 後ろめたいものを感じてしまった俺はハクに助けを求め、ハクはうっすらと嬉しそうに微笑んだかと思うと、椅子から立ち上がる。


「わしらは、元からこんなものじゃよ。のう、カカル?」


 何をするのかと見守る中、ハクは俺の腕をとったかと思うと、それを自分の腰に巻き付けて俺の膝の上を占拠してしまった。


「コヒュ……。ソノトオリデス」


「かなり無理してそうだけど」


 ご満悦なハクと対照的に、俺の様子がおかしくなったことに触れるカナ。

 残念ながら、ここで平然とできるほど俺の心臓は強くないのだ。

 しかし、ハクの幸せは俺の幸せ。こうして腕の中で幸せそうに尻尾を摺り寄せてくるハクを見ていれば、ほわほわと胸があったかくなって落ち着いていく。


「見ての通りですよ」


「ええ、よくわかったわ」


 しばらく俺たちの様子を観察していたカナに対して、苦笑いをしながら言う。

 今度はちゃんと伝わったようで、カナもまたハクの幸せそうな様子を見て穏やかに口元を緩めている。


「では、カンナよ。少し手伝ってはくれんか」


「別にいいけど……。何をかしら」


 そんな弛緩した空気の中心人物は話題が落ち着いたところを見計らってカナに話しかける。

 目をまたたかせながらも、二つ返事で受け入れるあたりは、ハクへの信頼を感じるが、不思議なものは不思議なようで。


「挨拶の準備じゃよ」

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