第40話夕飯のメニューが決まらない話
何とかスーパーにたどり着いて、すぐに俺たちは困難に直面した。
「何か希望はあるかのう?」
「正直なところ、ないかな……」
赤い瞳で見上げながら晩御飯のメニューについて聞いてきたハクに、俺は少し言葉を詰まらせながらも素直に答える。
現状の前提として、ハクがこれでもかというほど料理を用意したのが買い出しに行かなければならない理由なのである。
当然のことながらメニューも大量だったわけで、ここで食べたいと挙げられるものはこの二日間でしっかり味わってしまっているのだ。
「飽きたってことは無いんだけどね……」
「よい。間違いなくわしが悪いのじゃからな」
そう言いつつ、困ったようにため息をつくハクを見て、何とか知恵を絞ろうとするが、そう簡単に新しい献立が浮かぶはずもなく。
とりあえずスーパーを歩いてみれば何か思いつくかもしれない、という行き当たりばったりな状況になってしまったのだった。
「とりあえずメインだけど、肉も魚も食べたねぇ」
「いっそのこと芋にしてみるかの?」
「さすがにそれは……。いや、コロッケはありかもしれない」
「残念じゃが、一から作るには時間が足りんのう」
行き道でそれなりに時間を使ってしまったこともあって、手間のかかる料理を作るような時間が無いというのもネックだった。
時間をかけてもいいのならいくつか思い浮かぶのだが、晩御飯の時間には間に合わないだろう。
「晩御飯の時間を遅らせてもいいけど」
「生活リズムが崩れるじゃろ。しかし、一時間でもずらせば選択肢が広がるのう」
「一時間くらいなら何とかなるよ。その方針で行こうか」
もともと晩御飯の時間は早い方だし、一時間くらいなら十分にリカバリできる。
変に悩んでしまうのも良くないので、思い切って決めていく。
「それでも、一品か二品じゃな」
「メインはコロッケでいいよね」
「いっそ、総菜を使ってもよいんじゃがな」
ハクが何気なく出したその意見を、少し考えてみる。
味はともかく、値段としても時間としても手間としても、総菜のコロッケでも大きな問題は無いだろう。
同時に、時間の問題がないのであればハクの作った料理が良いというのも偽らざる本音なのですぐには同意しにくい。
「総菜ですませるなら、汁物に時間をかけることになるかな。何にする?」
「ふぅむ……。やはり洋風のほうがよいじゃろうし、ポタージュ……。いや、肉の入ったものがよいな、ポトフじゃろうか」
「ポトフだとジャガイモばっかりになっちゃうね。肉なら豚汁はどう」
「みそ汁は食べたじゃろう」
「さすがに味噌汁と豚汁は別だと思う……」
和風というくくりでは同じかもしれないが、その二つを一緒にするのは違和感がある。
俺の言い分を聞いて、ハクもそう言われればそんな感じがするという顔でうなずいた。
「しかし豚汁じゃと、メインを食いかねんな……」
じゃあ豚汁で決まり、と行くかと言われればそうでもなく、ハクがぼそりとつぶやく。
それを言われると弱いのだが、肉を食べられる汁物というのもあまり思いつかない。
意見が出尽くした俺の様子を見て、ハクは少し考えるそぶりを見せた後、ピンと人差し指を立てる。
「野菜たっぷりのコンソメスープ、じゃな。細切れのベーコンを入れればよいじゃろう」
「異論はないよ」
ふふ、と笑うハクに肩をすくめて同意する。
そのメニューであればサラダを作らなくてもいいし、ハクの手間も減るだろう。一石二鳥というやつだ。
しかし、そうなるとやっぱりコロッケの話に戻ってくる。
「コロッケ、総菜じゃなくてもよさそうだね」
「そうじゃな、時間に余裕はあるが。そんなにわしのコロッケが食べたいのかの?」
それはもちろん、と一も二もなくうなずいて、その理由は後から考える。
ハクの手料理だから、というのが最も大きな理由だが、それ以外にも理由はあった。
「最近、揚げ物食べてない」
「……む。……健康に悪いじゃろ」
俺の言葉を理解するまでにしばし、そのあと、言葉を選ぶのにしばし。
それなりに間をおいてから、目をそらしながら出てきたハクのその言葉が、本当ではあるものの、嘘でもあることはすぐにわかった。
二週間ほど、もちろん先日の一件でも揚げ物が出されていないわけだが、ハクにとっては大きな意図があるわけではないことを知っているからだ。
つまつところ、無意識のうちに揚げ物を避けていたのだが、こうして指摘されたときに一番に思いついたのがその理由なのだろう。
揚げ物、油物が健康に良くないというのは、広く知られている話ではある。
しかし、無意識に避けるほどの危険物ではないはずだが。
「とりあえず、久しぶりに食べたいなって」
「まあ、そういうことならば。よいじゃろう」
時間的にも余裕ができたことだし、ハクが手作りしてくれたコロッケは是非食べたい。
揚げ物が特別好きというわけでもないので、そちらの方が理由としては強いのだが、ハクからすれば久しぶりのほうが理解しやすいようだ。
納得がいったと目を閉じてうなずいているハクに、献立を再確認すれば、任せておくがよいと力強い答えが返ってきた。
献立も決まったので、必要な素材を集めて回ることにする。
「ポテチの新味出てる」
「ほどほどにするんじゃぞ」
スーパーの中に誘惑はあちこち転がっていたが、そこまで自制心のない二人でもない。
さっさと必要分をカゴに入れて、レジを通してしまう。
そうなれば帰るだけ、という時になって、やっと考え事に納得のいく答えが出た。
「……どうしたのじゃ?」
「うーん。いや、なんにもないよ」
「煮え切らんのう。言いたいことがあるなら言うがよい」
怪訝な顔をして催促するハクには悪いが、いったん心の奥にしまっておく。
ハクがどちらなのか、今のところ判断がつかない以上、伝えるには早いと思ったからだ。
一つは、俺の影響を受けて健康志向が強まっているだけの可能性。
もう一つは、俺の健康を損なうことを恐れている可能性。
小首をかしげて不満を隠そうとしないハクに、心の奥がざわつくのを必死でごまかしていた。
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