第24話友人が来る話(ふたたび)


 外は非常に明るく、室内は冷房が効いていて快適。

 夏らしい情景の中で、俺は机につっぷしていた。


「き、筋肉痛ぅ……」


 恨みのこもった声をあげながら、足と腕とその他もろもろの痛みに悶える。


「まあ、仕方が無かろう」


「それはそうだけどさぁ……」


 そんな俺の様子に苦笑を漏らしながら、優し気に声をかけてくれるハクの優しさが身に染みる。

 昨日はそれなりにはしゃいだ覚えがあるし、珍しく朝はぼんやりした時間があった。

 無防備な姿をハクに見られなかったのは良いことだが、結局こうしてぶっ倒れているのを見られているので、あまり変わらないかもしれない。


「ぐぬぬ、ハクが筋肉痛で苦しまなくて良かったと安堵すべきなのに。ちょっと羨ましく感じてしまう自分がいる」


「なんじゃそれは。別にうらやましがっても良いじゃろうに」


「多分ハクが俺みたいになってたら、今日の俺はすごく落ち込んでいたので」


「難儀じゃのう……」


 ハクが苦しんでいる姿など一ミリも見たくないというのは、俺の本音である。

 そうした俺の感情に対して、いつも通りに呆れたような表情をするハク。

 この感じ、日常に戻ってきた感じがある。一日とはいえ、非日常の中へ飛び込んだ後だからこそ、強く日常を感じるというもの。

 大きなイベントもたまにはいいが、それはそれとしてこうした日常も良いものだ。


 ピーンポーン


 そんな俺の思いをいきなり打ち砕いていくチャイム音。

 ピクリ、とハクが耳を揺らしたかと思うと、眉を寄せる。

 見覚えのある反応に、誰が来たのか理解する。


「カナが来たの?」


「そのようじゃ。出迎えてくる」


 大きくため息を吐くと、きびきびと玄関に向かうハク。

 あの様子からするにまた怒ってるなー、などと考えつつも、筋肉痛もあってハクを追いかける気力は無い。

 案の定、ハクの怒った声が聞こえてきて、しばらくしてからカナと一緒にリビングに入ってきた。


「急にごめんなさいね。これ、お土産」


「これはご丁寧にどうも。ハク用ですよね」


「ハクにまた怒られちゃうから、明言は控えておくわ」


 俺に迷惑をかけるな、という理由で怒っている以上、俺に利益があれば矛を収めるだろうというのは共通認識のようで。

 俺自身は別に怒っているわけではないので、ハクの機嫌が取れればよいのだ。


「確認も無しに来た点については、許しておらんぞ」


 キッチンでお茶を淹れて来たハクが、ジト目でカナを見つめる。

 俺としてはいつものことではあるが、アポ無しの突撃は基本的に迷惑なことである。

 一応社会人であるカナも分かっているのか、気まずそうに目をそらす。


「だって、昨日はいなかったじゃない」


「……昨日も来ておったのか」


「えぇ……」


 二日連続でのアポなし突撃は、迷惑以前に学習能力が心配になるのだが。

 ハクはハクで驚きよりも怒りの方が勝っているのか、眉をピクピクと痙攣させている。

 ここまで怒っているハクは始めて見るが、かといって手を出すような性格でもないので止める必要もないだろう。

 怒りの矛先が向かっているカナはそういうわけにもいかないのか、まあまあとなだめながら話をそらそうとしている。


「ほら、お土産も結構いいもの買ってきたから。美味しいのよ?」


「ほんとだ。駅前の百貨店で売ってるやつ、高いんだよね」


「……はぁ。おぬしがその様子ならば良いがの」


 俺が特に気にしていないのを見て、怒りを霧散させるハク。

 別に一緒に住んでいるんだから、俺がどうこうで考える必要も無いのだが、もともと定住していないらしいし、そういう考えが根強いのだろう。

 どうやら特に気にすることも無くなったらしいので、カナが持ってきたお土産を広げる。


「美味しい。ハクもどうぞ」


「うむ。……美味しいのう」


「ほんと、老夫婦よねぇ」


 よくあるビスケットをちまちまと食っている俺たちを見て、カナがつぶやく。

 実際にハクは人間からすれば結構なご老人だが、俺はまだまだ若いつもりだが。


「……カンナほどでは無いじゃろ」


「なによう。独り身にイヤミは良くないわよ?」


 ……まあ、キャバ嬢に彼氏がいるのは……。いや良くある事な気がする。

 これまでそういったお店に行ったことが無いせいでよく分からないが、カナに言い寄る人は多そうだが。


「……その話は良い。何か用があるんじゃろう?」


 藪をつつく気はないのか、ハクは本題に入れとうながす。

 少なくとも、二日連続で家に訪れる程度には重要な用事があるのだろう、とは俺でも察せられることだし、カナをよく知っているハクからすればさらに分かりやすいのだろう。

 カナは肩をすくめると、お茶を一口飲む。

 仕切り直しとばかりの、わざとらしい仕草に、何事かとハクが首をかしげる。


「用件は、カカル。貴方のことよ」


「俺? ……思い当たることはたくさんありますけども」


 ドキリとしたのは嘘ではない。

 だが同時に、ハクのことをちゃんと考えている人が、何を言うのか興味があった。

 ちら、と何か言いたげなハクに目くばせをすれば、不本意そうに唇の端をゆがませ押し黙る。

 カナは、俺たちが心構えをするまで待っていたのか、一つ頷いて話を続ける。


「ハクの過去のことは、知ってるわよね?」


「……しらない」


「……教えておらぬ」


「え、うそ。……じゃ、ないみたいね」


 まるで当たり前のように言われたけども、ハクの過去のことは全く知らない。

 いや、全くというわけではないにせよ、俺と関係のある過去は聞いたことが無い。

 俺も聞かなければならない用事はないし、それは彼女にとって大きなことだろうから。


「まあ、何となく予想はつくんだけども」


「……まあ、そこは主題じゃないし、今度ハクから聞いてちょうだい」


 ハクの表情をうかがってから、カナはそれに触れないことを選んだ。

 俺も、ハクから聞いた方が良いだろうとは思う。

 どんな理由があろうとも、聞かないことを選んでいたのは、俺の方であることだし。


「じゃあ、俺の過去についてが主題なの?」


「それもあるけれど……。ああ、もう。調子狂うわね」


 カナはもう一度お茶を飲むと、今度は特に何のタメも無しに言い放った。


「貴方、ハクと結婚する気はある?」

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