第22話海水浴に行く話(その3)


「あっ、ごめん!」


「よっと、それ」


 あらぬ方向に飛んだビーチボールの落下点にするりと走りこみ、片手でボールをすくうように投げ、正確に俺の元へ返すハク。

 砂浜にあがってビーチボールで遊び初めてから、似たような光景が何度も続いていた。


「ちょっと待ってね。疲れて来たから……」


 ついでに言うと、正確にパスされたボールを取りこぼすほど俺も運動神経が悪いわけではない。

 当然のことながら、それなりに長い間、ボール遊びを続けることになっていた。

 まあ、俺の方はほとんど動く必要が無かったので疲れているのかと言われれば微妙だが。


「少し休んだ方が良いじゃろ。ほれ」


「ん、ありがと。……で、妖力ってそういうのもできるんだ」


「やはり、バレておったか」


 ハクがもってきたスポドリを飲んで一息ついたところで、ハクに気づいたことを言う。

 ほんの少し照れたように頬をかきながら、白い炎が揺らめく瞳を細める。

 その白い炎は、荷物に結界を張った時のオーラによく似ていることから、妖力が使われているのではないかと予想を立てたわけだが。

 すぅっ、と薄れるようにして瞳から炎が消える。


「ちょっとばかし、見栄を張っただけじゃ。おぬしの予想通り、わしは妖力なしではそこまで動けんのでな」


「妖力で身体強化ってやつかぁ、俺もやりたいくらいだけど」


「それは難しいのじゃ。妖力は人それぞれじゃからな」


 肩をすくめたハクに、ボールを投げてみる。

 先ほどまでの動きとは打って変わって、砂に足を取られて体勢を崩しながら両手でボールをつかむ。

 こんなものだ、と言わんばかりに肩をすくめると、両手で高くボールを上げる。


「それに、おぬしはそこまで動けんわけじゃなかろう」


「さっきまでのハクを見てるとねぇ……。俺も男だし」


「男や女以前に、わしは妖狐じゃからな。取り柄で負けるわけにはいかんよ」


 緩やかに飛んできたボールを両手で受け取る。

 苦笑するハクに対して、色々と聞きたいことが無いわけじゃないが、踏み込むラインを明確に決められていない状況で焦るのも良くない。

 ハクも、海水浴を楽しみに来ているのだし、この話題はこれくらいにしておこう。

 そう思い、ボールを脇に抱えると、ハクも意図を察してこちらに寄ってくる。


「小腹がすいたし、何か買ってこようか」


「海の家、と言うやつじゃな。わしも気になっておったところじゃ」


 視界の片隅に入り込むそれに興味をひかれていたのは、ハクも同じだったようで、すんなりと話が通る。

 海水浴らしい海水浴というものは初めてなわけで、よく話に出てくる海の家の焼きそばがどんなものなのか気になっていたのである。


「どんな味なんだろうね。出店の焼きそばくらいかな」


「海に入っておる者が相手じゃし、塩味控えめだったら面白いのう」


 ハクはハクで違うところが気になっているようだが、欲しいものは同じだったので焼きそば一つを二人で分けて食べることにする。


「子供扱いじゃのう」


「まあ、仕方ないのかなぁ……」


 こうして海水浴に来ている子供は珍しくないだろうし、海の家の人がちょっと温かい目をしていたのは仕方のない事だろう。

 シートを敷いたところに戻れば、うっすらと白く輝く結界が荷物を守っている。


「そういえば、妖力の色って尻尾とか髪色と関係あるの?」


 その様子がいつも見ている尻尾の色に似ている気がして、ぽろっと口からこぼれる。

 口にした後で、踏み入るのは後にしようと考えていたことを思い出して、口に手を当てる。

 一足先にシートに座り込んだハクは、そんな俺を見て不思議そうに首をかしげながらも、特に気にした風は無く答えた。


「無いとも言い切れんが、有るとも言えぬ。先例が少ないからのう」


「ああ、妖力を見れるのは珍しいから」


 失言ではなかったようで、安心した。

 ハクの色は、特別だから。それに触れるのはできる限り避けていたのだ。

 とはいえ、妖力の色を見れるのはかなり特別だと言われていたことをさらに失念していたわけで、一つ気にすると一つ忘れるのはどうしたものか。


「しかし、おぬしの言う通りなら、はっきりと一致するのは珍しいじゃろうな」


「……ハク以外の妖力は見たことないけど」


 立ったまま話していると、ハクに目で急かされたので隣に座る。

 持っていた焼きそばを渡して、空気を抜いたボールをバッグにしまう。


「何となくは理解されておるのじゃよ。火の妖力は赤い、氷の妖力は青いなどのようにな」


 そうしているうちに、ハクは話を続けながら焼きそばを口に入れる。

 軽く眉を上げて、感心したようにうなずく。割と気に入る味だったらしい。

 妖力の色は、割と直感的にわかりやすい色のようだが、本当にそうならハクは珍しいだろう。


「赤い髪や青い髪の妖狐はいない、と」


「そういう事じゃな。うまいぞ、食うてみよ」


 話を締めくくって、ハクに渡された焼きそばを食べる。

 具材や味はオーソドックスな焼きそばだが、キャベツはほどよいシャキシャキ感で、玉ねぎもほんのり甘い。

 ちゃんと下処理をしているか、良い材料を使っているのか、どちらにせよ、世間一般で言うような微妙な味の焼きそばではなかった。


「うん、美味しい。美味しいんだけども、これはこれで期待と違う」


「はは、贅沢じゃな。美味ければそれで良かろうて」


 それはそう、と同意しつつ、カラカラと笑うハクに焼きそばを返す。

 ハクは結構気に入ったようで、受け取ったそばから口に運び始めた。

 もぐもぐ、と咀嚼するハクから目をそらして、傾き始めた太陽を見やる。


「思ったよりも、時間がたってるねぇ」


「むぐ。確かに、夕飯を考えるとそう時間は無いようじゃな」


 来る時間が遅かったというのもあるが、時間が過ぎるのを早く感じるのもあるだろう。

 ハクと過ごす時間が早く感じるのは今に始まったことでは無いが、こうして特別な時間でも同じように過ごせているというのは、良いことだ。

 家で過ごすのも好きだが、いつもと違う時間も、同じように好きになれたら。


「夏は始まったばかり、だね」


「うむ。今日はこれくらいで切り上げるかの」


 きれいさっぱりと焼きそばを食べ尽くし、ハクが立ち上がる。

 立ち上がったかと思えば、手に持ったパックをしばし見つめて、くるりと周りを見回す。

 見渡す限り、砂浜。見える範囲にはゴミ箱は無いように見える。


「今度は、ゴミ袋もいるのう……」


「……そうだね」


 二人で顔を見合わせて苦笑する。

 準備の足りなさもまた、初めてらしい、というものだが。

 次を考えるのは早すぎる、なんてことはないのだから。

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