第21話海水浴に行く話(その2)


「やっぱり、ちょっと熱いね。足元、大丈夫?」


「この程度なら大丈夫じゃ。おぬしこそ、熱中症には気を付けるのじゃぞ」


「もちろん。そのためにスポドリも買ったからね」


 砂浜にシートを敷きつつ、互いの心配をする。

 平日なこともあり、ごった返すというほど人が居るわけではないが、やはりそれなりに人はいるもので、白い髪をお団子にまとめたハクに見とれる人も多少はいる。

 顔立ちを見て、身長に気づいて、その水着を見て、そそくさと目をそらして去っていく人もいるわけだが。


「ある意味、スク水で正解だったかもねぇ」


 ハクは事前の宣言通り、紺色一色のスク水。

 ファッション雑誌によるとワンピースタイプの水着の一分類らしいが、どう見ても小学生なのでスク水と言う呼称が正しく思える。


「幼い見た目なのは理解しておるがの、服装でこうも扱いが変わるとは思わなんだわ」


 お尻に張り付いた布を引っ張って直しつつ、ため息交じりに呟くハク。

 普段は和装に草履と現代的な装いでないうえ、振る舞いが落ち着き払っていて丁寧なこともあり、見た目のような年で扱われることは少ない。

 しかし、こうして小学生のような装いになると扱いは変わるもので。

 更衣室で子供一人かと声を掛けられたり、子供だけでの水泳は危ないとライフセーバーさんに忠告を受けていたりする。


「俺が免許持ってて良かったなって……」


「わしも何かしら身分証を持つべきじゃなぁ……」


 どちらも俺が保護者という事で免許証を見せて成人の証明をしたので、子供二人で海水浴という誤解は解けたわけだが。

 まさかこんなことで免許を使うことになるとは思わなかったが、ハクの助けになれたならこれもアリ……なのだろうか。


「どちらかと言えば、新しい水着を買った方が良いと思う」


「ううむ、そうじゃなぁ……」


 二人でシートの上に座り込みながら、空を仰ぐ。

 まだ遊んではいないが、移動の疲れと合わせてちょっとゆっくりしたい気分だったのだ。

 ハクも疲労しているのか、どこか気の抜けた返事をする。

 抜けるような青空と、直視どころか視界の片隅にも入れられないほど眩しい太陽。

 実に夏らしい陽気の、実に夏らしいロケーションで、二人で飲み物を飲んで一息。


「……なんか、ジジくさい感じがする」


「人間の基準で言えば、わしは相当なおばあちゃんじゃからな」


 せめて背もたれ付きの椅子があれば、バカンス気分になれるのだが。

 砂浜に敷いたシートにベタ座りなのだから、完全に縁側で日向ぼっこするご老人である。

 そんな俺のつぶやきに、自虐なのか事実の指摘なのかよくわからない答えを返すハク。

 ちらっとハクの表情をうかがえば、少し口角が上がっていたので、分かりにくい自慢だったようだ。


「……まあ、こうしていても仕方ないし。まずは、何しよっか」


「せっかくじゃから、水に入りたいのう。浮き輪を膨らませねばならんな」


「よし、任せて。……よっと。荷物はどうしよう」


「そこはわしに任せよ。結界は得意分野じゃからな」


 浮き輪を広げながら聞くと、ハクが胸を張って言う。

 荷物から空気入れを取り出して、浮き輪に空気を入れる俺の横で、ハクが軽く指を振る。

 ふわりとハクから白いオーラが立ち上ったかと思うと、うっすらと膜のようなものがシートを囲う。

 なんとも、ファンタジーなことである。ハクの服装であったり、日差しをやわらげたりと妖力を使っているところは見ていたが、こうしてしっかりファンタジーなのは始めて見る。


「これが結界?」


「ん? 何のことじゃ?」


 ハクが首をかしげるので、俺も同じように首をかしげる。

 目の前でシートの周りを覆っているうっすらと白い靄のような膜を指さして、これこれと言えども何も伝わらず。

 いったい何のことやら、といった様子のハクに対して、どういうことなのかと思考を回す俺。


「んー? あ、もしかして見えないやつ? これ」


「……なぬ。もしや、妖力が見えておるのか、おぬし」


「やっぱり。てことは、あれかな。特別な魔眼の持ち主的な」


 年甲斐にもなく、興奮してしまうな。

 男の子はいつだって、特別な存在にあこがれるもの……。

 テンションの上がった俺とは裏腹に、ハクは冷静に首を振って否定する。


「魔眼の持ち主ならば、すぐに分かる。あれを誤魔化すのは難しいのじゃよ」


「あれま。じゃあ、俺が見えてるのはなんでなのかは分からないのか」


「うーむ、おそらくは波長が合っている。という事じゃろうが。わしでは詳しくは分からんな」


「そんなもんか。ほい、浮き輪二つ出来上がりっと」


 とりあえず、今のところは良く分からない。という事でひと段落つけておく。

 海でするような会話でもないし、また次の機会に詳しい人をよんでからの方が良いだろう。

 割とテキトーに買ってきた浮き輪を持ちつつ、波打ち際に向かう。


「うむ。いよいよもって子供らしくなったな」


「正直なところ、すごくかわいいと思う」


 浮き輪に体を通し、脇に抱えた姿は確かに幼げに見える。

 花柄の浮き輪なせいで余計にそう見えるのかもしれないが、いつもよりもはしゃいでいるハクの様子は非常に可愛らしい。

 子ども扱いも老人扱いもそれほど気にしていないハクだが、さすがに幼すぎるように見られると複雑なようで、俺の誉め言葉に何とも言えない表情を浮かべる。


「思ったよりも冷たくは無いね。入りやすいよ」


「この天気じゃからな。……あまり遠くへ行くでないぞ」


 太陽の頑張りのおかげか、入るのにためらいが出るような水温ではない。

 ハクも入ればいいのにという考えだったのだが、帰ってきたのは親のような心配であった。

 実際、身長の低い二人ではどこに危険があるのか分からないので、気を付けるべきではあるのだが。

 自分のことを棚に上げていることに気づき、少々苦笑しつつ、ハクの手を取る。


「これなら良いでしょ」


「そうじゃな。……やはりライフジャケットが」


「心配性だなぁ。ハク、行こ」


 少し強引に手を引いて、一緒に海に入る。

 浮き輪が少し邪魔だが、手をつないだまま二人で海面に浮かぶ。


「ぬう、大丈夫か? あまり海には来ておらんのじゃろ」


「そうだね、普段はプールだから。でも、こうして波に揺られるのも悪くないね」


 いまだに心配そうな目を向けるハクに、心配ないよと笑いかける。

 足の届く場所で足を浮かせているだけだし、ハクと手もつないでいる。

 ふわふわと、波に揺られるたびに視界が上下する。その感覚が楽しくて、自然と笑みを浮かべる。

 じっと、俺の様子を観察していたハクも、俺が楽しそうにしているのを見て安心したのか頬を緩める。


「ハクは浮かばないの?」


「おぬしが楽しそうなら、……満足じゃよ」


 ほんのりと頬を赤くするハク。


「慣れぬことはせんほうが良いのう……」


 ぼそぼそと、瞳をそらして呟くハク。

 つまるところ、俺と同じように本音を話したという事なのだろうけども。


「さすがにそう言われちゃうと、俺もなんにも言えないけど」


「そういうことじゃな。おぬしは自分が楽しむことに集中すればよい」


 まあ、俺の追求を避けるために、というのは分かっていたのだが。

 それにしても、いきなり本音を言うような状況には思えない。

 そこまで追求を嫌がっているような雰囲気でもないし、どうも別の理由があるように思えてならない。


「なんじゃ? 別にわしのことは気にせんでもよいぞ」


「……あっ、髪か」


 分かりづらいが、髪の毛を海水につけないように気を付けているようだ。

 そのせいで動きがぎこちない、おそらくは激しい動きをして水しぶきが上がらないようにしているのだろう。

 と言う気づきがつい口に出てしまい、ハクが目を見開く。

 ハクはバツが悪そうに髪を触ろうとして、手が濡れていることに気づいて止める。


「……塩じゃからな。溶けてしまうんじゃよ」


「へー、あれ。じゃあ海に来るの不味かったんじゃ」


「いや、そこまで酷くは無いのじゃがな。ほれ、おぬしは……その……」


 先ほどの比ではないほど顔を赤くしながら、しどろもどろに言葉を紡ぐハク。

 手が離れてしまったので、足を付けつつ、言葉を待っていると、ぷいと顔をそらされる。

 そうすると、頭の後ろでお団子にまとめられた白い髪が良く見える。

 いつもと違う髪型は新鮮で可愛いのだが、やはり下ろしている姿の方が好きではあるな、とどうでもいいことを考えているうちに、ハクが口を開く。


「おぬし、わしの髪が好きじゃろ」


「それはそう。ハクの髪が海水で溶けてたらだいぶヘコむ」


「そういうことじゃ。あまり痛まぬように気を付けては、おる」


 水に浸かっているのに首筋まで赤くなったハクがそう締めくくる。

 ハクの様子から察するに、溶けると言っても思うほどの影響は無いのだろうけども。

 俺が良く髪に見とれているから、気づかれるかもしれないということで、念には念を入れて対策しているのだろう。


「となると、海に浸かるのはほどほどにしとこうか」


「おぬしが楽しければ、別によいのじゃぞ?」


 少し赤みが抜けるくらいの時間を過ごしてから、俺は提案した。

 流石にあれだけ赤くなった後では本音を言うハードルも下がるらしく、さらっと嬉しいことを言ってくれるハク。

 とはいえ、ハクがそう言うように、俺もハクが楽しそうに見ているのが楽しいのである。

 ならば、両方とも楽しく過ごせるのがウィンウィンというもので。


「せっかくだし、ボール遊びでもしようか。少しは体を動かした方が良いでしょ」


「む、よかろう。おぬしの勘違いを正してやろうではないか」


 挑発じみた遊びの誘いをすれば、それにハクも乗る。

 波に揺られているのが思ったより枯れている感じがしたとか、そういう意図は少ししかないが、やはり若者らしくキャッキャしたいのも本音である。

 どれくらいハクが動けるのか、そういえば見たことが無い。

 自信ありげなハクの表情を信じて、砂浜に戻る。


 ――ハクが妖狐なのだと再確認する、十数分前の出来事である。

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