第17話海水浴の予定を立てる話
夏と言えば海、海と言えば夏。
終わってみれば言うほどでもなかった課題地獄を終え、夏休みに入った今こそ、夏本番。
「というわけで、海に行こう」
夏休み初日から欲望全開な言葉を聞きつつも、いつも通りにお茶を飲むハク。
この程度なら日常茶飯事と言わんばかりの態度に、何とも言えない気分になる。
慣れてきた、と言えばいい事なのだろうけども、その慣れは良い事なのかどうか。
そんな悩みを知ってか知らずか、ハクは薄く唇を吊り上げると、意地悪な笑顔で俺を見つめ返してくる。
「つまり、水着が見たいのかの?」
「正直見たい」
「素直じゃのう……」
からかうような言葉だが、実際にはそういたった反応を求められているわけではないので、結局欲望にまみれた返答をするだけである。
普段からキッチリとした和装をしていることもあり、ハクの素肌はそうそう見れるものではない。
もちろんのこと見たいと言えば見せてくれるだろうが、それでは風情が無い。
何より、俺は水着と言うお洒落をしたハクが見たいのである。
俺の熱意がこもった返答に、嬉しそうに目を細めながらも、呆れたような声を出すハクも、そういう意味ではまんざらでは無いようだ。
「しかして、おぬしの好みがわからんのじゃがな」
「ハクならどんな姿も好きだよ」
「言いおるわ」
「まあ、ハクがどういう格好が好きなのかとかもあるでしょ。肌出すの嫌いなら、パーカーとか。ほらコレ」
以前服を買いに行って以来、ファッション雑誌の大切さを学んだので、ちょっとコンビニで買ってきていた。
水着特集と言われれば、読まないわけにはいかないし。
どれ、とハクがのぞき込んできたので、一緒にどんな水着があるのか見る。
「ふむ、別に肌を出すのは良いのじゃが。この体系では、やはり似合うものは限られるのう」
「俺は良いと思う」
「はた目から見れば、子供の背伸びじゃがな」
すっとんとんな胸元にビキニを想像すると、確かに子供が背伸びしているようにも見える。
想像しても、俺では肌がまぶしいとしか思えないので、別にいいのではなかろうか。
今更、人目を気にしている風でも無いし、何が問題だというのか。
「いや、おぬしが……あー、問題なさそうじゃな」
ハクが言おうとしたことを途中でやめるというのは、当然言いにくいことなわけだが。
そこで俺の顔を見ているのはどういう事でしょうね。
すいっ、と気まずそうに目をそらさなくても、俺が童顔なのは良く知っておりますけども。
ええ、たとえハクを連れて海水浴に行ったとしても子供二人にしか見えないでしょうね。
「だが、それこそ好都合。ちょっとイチャイチャしても子供のやることなら大目に見られるもの。このアドバンテージを活かさない手は無いというもの」
「外でもその調子なのは知っておるが、イチャイチャの内容次第じゃな」
「……」
そう言われても、生まれてこのかた彼女の一人もいたことのない男。
恋人のような行為など思いつくはずも無く、虚空を見つめてだんまりである。
ここでサッと出てくれば、もうちょっとかっこいいところが見せられるのだが。
見せられないからいつも通りである。
「時期も時期じゃからな。海水浴に行くと言っても、あまり派手なことはできまい」
「まあね、砂浜でボケっとするくらいでしょ。俺も泳ぐのは得意じゃないし」
「……そうじゃな」
不本意そうに目じりを尖らせながらも、渋々同意するハク。
しれっとハクは泳げないと思っていたのだが、別に外れでもないらしい。
よく考えたら、狐だから泳ぎ方は犬かきなのかな?
「え、ハクの犬かき見たい」
「何を考えておるんじゃ。普通にクロールで泳ぐのじゃが」
「……いや、クロールでも見たいな」
「それなら、海よりもプールの方が良いじゃろ」
「それは確かに」
海で泳いでいる姿が見たいというのは、無くも無いが、じっくり見たいというのであれば話は別だろう。
近くに市民プールもあるし、それはそれでアリと言えばアリだが。
市民プールなので、面白いことは何もないのが問題だよなぁ。
ハクと居ればどこでも楽しいのは実証済みだけど、まずプールに行く理由が泳ぎを見たい以上の理由が無い。
「やはり、海と言えば砂浜でできることじゃろう」
「砂山でも作る? それほど想像力のあるタイプではないんだけど」
「わしもまぁ、年じゃからなぁ……」
しみじみとしつつも、冗談めかした雰囲気で言うあたり、自分で年齢をネタにしているらしい。
ハクは300以上500以下と言う大雑把な年齢把握をしているあたり、自分の年齢については適当に考えているらしく、その高齢を気にしている素振りは無い。
気にしていても滑稽じゃろ、とは本人の言だが。たとえ彼女が年に見合った、あるいは妙齢の見た目をしていても同じようにあっけらかんと笑うだろうという確信がある。
「砂遊びと言う年ではないよねぇ」
「頭が固くなっていかんのう。昔は山を作るだけでも楽しかったものじゃが……」
「あ、なんか本当に老いを感じてしまう。この話題は終わりにしよう」
ハクの回想に本格的な時間の流れを感じてしまい、そそくさと話題を撤収する。
まだ21歳ですよこちとら。
20歳を越えた時点であまり若者と言う感じはしなくなったが、それでもまだ十分に若いつもりだ。
ちゃんと朝のウォーキングも気の向いたときにやってるし、それなりに健康に気を使っているのだ。
まだまだ小学生の体力にだって負けないのだ。……いや、高校生くらいで勘弁してもらおう。
「では、装いだけでも若くしてみるかの?」
「それは、どういう」
「ずばり、スクール水着じゃな。見た目の違和感も無いじゃろ」
嫌な予感がすると思ったら、割と本気の顔をしてハクがぶちまけた。
そこまではっちゃけるような人……妖狐じゃなかったはずなのに、これが夏の魔力か。
などと現実逃避をしていたらマジでスクール水着を着ていきそうなので、急いで否定する。
「さすがに嫌だよ。この年であれ履くのは、ちょっとどころじゃなく恥ずかしい」
「ふぅむ? わしが着るのは良いのか?」
「めっちゃ見たい」
ハッ、と気づいた時にはもう遅く、ハクがにやにやとこちらを見ている。
誘導尋問とは卑怯な。いつも通りだけど。
「本当に、素直じゃのう。まあ、わしとしても難しいことを考えんでよいし、渡りに船なのじゃが」
「そうなの? ハクが良いなら是非にと言いたいけども」
「妖力じゃからなぁ、あまり複雑じゃと疲れてしまうんじゃよ。その点、和服やスクール水着は単純でよいのじゃ」
なるほど、と手を打ちつつ納得する。
ファッション雑誌に載っている水着は、フリルやリボンがついているなど、装飾があって可愛らしいが、その分手間がかかりそうだ。
ついでに言うなら、立体縫製が苦手なのだろう。
「……あれ、スク水もそこまで単純じゃないような」
「…………慣れじゃよ」
哀愁の漂うハクの返答に、察せないほど鈍くはなれないので、そっと目をそらす。
見た目的に妥当、と言うのは意外と大切な要素なのだ。
俺もまあ、それなりに覚えがあるので、何も言わずに頷くだけにとどめておく。
「まあ、今はおぬしに見せる分じゃし、それについては良いんじゃ。おぬしの分はあるのか?」
「……そういえば無いな」
さらっと失念していたが、俺もそこまで海が好きなわけではない。
泳ぐわけでもないしテキトーに、と思ったが海水浴客の中で水着じゃないというのも変な気分だ。
周りの目はどうでもいいが、ハクが水着なのに俺が水着じゃないのはあまりにも空気が読めてなさすぎる。
つまり、無い。つまり――。
「ショッピングじゃな!」
「あっ、やっぱりそうなります?」
嬉しそうに瞳を輝かせるハクに、俺がかなうはずも無く。
あっという間に明日の予定が決まってしまうのだった。
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