第18話海水浴の準備をする話


 急に決まったショッピング、俺の水着を買うだけなのだから、歩いて10分ほどにある、いわゆる一般的な服飾店に……。

 ということはなく、前回のショッピングと同じモールまで足をのばしていた。

 まあ、単純にここ以外だと複合店がほとんど無いせいである。


「というわけで、今日の目的は海水浴を楽しむグッズです」


「うむ、とりあえず浮き輪が必要じゃからな」


 モール内にある雑貨店に立ち寄りながら、買うものを確認する。

 海水浴グッズが全く思い浮かばないので、雑貨店の力を借りようというわけである。

 ちなみに、ハクの言ってる浮き輪は俺用である。


「ゴムボートとかある」


「しまっておく場所が無いじゃろうな」


 何歳になっても男は馬鹿なもので、使いどころが無いと分かっていてもつい目を奪われてしまう。

 ハクは冷静にたしなめつつも、日焼け止めを見て悩んでいる様子。

 外出中なので尻尾は隠しているが、あればゆるゆると左右に揺れていただろう。

 代わりに腰のあたりで結ばれた髪がさらさらと涼やかに揺れている。


「ハクは白いし、日焼け止め必須じゃない?」


「わしらが日焼けするわけが無いじゃろ。むしろ、おぬしの方が必要ではないのか?」


「俺? あ、そっか。実は俺、日焼けで痛くならないんだよね」


 ひどい日焼けで肌が真っ赤になるというのは、まあ聞く話だが。

 こんがり焼けても何の影響も無いのでつい忘れがちだ。

 日焼けしないというわけではないので、今肌白いのは外に出る時間が短いせいである。


「ならよい。しかし日差し対策はいるじゃろうな」


「パラソルとか? どちらかと言えばブルーシートが欲しいかも」


「足元と言えば、サンダルもいるじゃろうな」


 あれこれと言いつつ、必要そうなものを集めていく。

 海水浴どころか、アウトドアに行くことが少ないのもあって結構な量になってしまった。


「さすがに水鉄砲はいらんじゃろ。海水じゃぞ」


「それを言ったらライフジャケットもいらないでしょ。普通の海水浴場だし」


 流石に多すぎるという事で、カゴの中身を見直す。

 なんでライフジャケットが売ってるんだろう……。というツッコミは飲み込んだ。

 どうせ長居はしない、という事もあり遊び道具をだいぶ減らし、海水浴場の周辺にも売店はあるだろうと緊急性の低いものは抜いておく。


「うむ、こんなものじゃな」


「まあ、こんなものかな」


 二人でカゴをのぞき込みながら同意する。

 結局、浮き輪やブルーシートといった無難なものに収まってしまったが、初めての海水浴ならば不足も楽しんだ方が得というものだ。

 ハクはハクで別の判断基準があったようだが、それについては触れないでもいいだろう。

 そしてまあ、大事なのはここからが本番という事である。


「思っておったよりも、時間がかかってしもうたのう」


「ほんとだ。まあ、男の水着なんて楽しくも無いし」


「……それを言うたら、女も似たようなものじゃろ」


 腕時計を確認すると、午後2時である。

 ハクの言う通り雑貨店でここまで時間を使うとは思っていなかったので昼ご飯を食べてから出たのだが、あまり俺の水着を探している時間は無いだろう。

 ほとんどパンツだからなぁ、という裏のある俺の発言に対し、ハクは呆れたように目を細めながら反論する。

 そう言われれば、確かにそうだけども。そのままだとハクが俺の水着姿を楽しみにしているという事になってしまうが、それでいいのだろうか。


「どうしたのじゃ?」


「いや、なんでも」


 あまりにもデリカシーが無いので、それを言うことはできなかったものの、ハクの表情に茶目っ気がある。

 気付かれている、というのもそうだが、そういう事なのだろうなぁ。

 妖狐とはいえ、人並みの恥じらいがあるハクだし、さもありなんと言った感じである。


「お、ここでいいかな」


「なんじゃ、あれが気に入ったのか?」


 ふらふらと歩いていると、ショーウィンドウにあるマネキンが目を引いた。

 チャック全開の薄いパーカーに海パン、まさしく海の装いと言った感じで、海水浴シーズンの客を狙っていることがわかる。


「これ見て、安くない?」


「ぬ……。確かにそうじゃが……」


 セール中と大きく貼り出していることもあり、悪くない値段である。

 それを指さして同意を求めると、ハクが複雑そうな顔をする。

 安いのは認めてくれているようなので、それ以上言う前に店へと引っ張り込む。


「別にいいじゃん、どうせハクの分は無しでしょ?」


「それはそうじゃ。ぬぅ、ならばわしが口を出すのもお門違いか……」


「デザインについては意見聞くけどね。それに、安くても海パンでしょ」


 年に二、三度使う程度なら別段問題ないはずだ。

 渋々といった様子のハクを慰めつつ、男性用水着コーナーを見て回る。

 正直なところ、どれがいいとかは全くない。

 ハクが居なければ適当に目についた無難なデザインのもので済ませていただろう。

 いや、まず買いに来ないか。


「わしとて、デザインに詳しいわけではないのじゃがなぁ」


 水着を前にうんうんとうなり始めた俺を見て、仕方ないのうと言わんばかりにため息を吐くハク。

 そうは言いつつも、ハクは並んでいる水着をさらっと見渡したかと思うと、4つほど抜き出してきた。


「こう言うては何じゃが、男物はサイズに種類が無いんじゃな」


「ウエストだけだからねぇ……」


 本当に益体のないつぶやきを拾いつつ、ハクの持ってきた水着を観察する。

 一つ目は学校指定じみた、いわゆる男のスク水のようなデザイン。

 ハクとのお揃いを意識してなのか、シンプルなデザインが俺の好みだからなのかは聞かないでおこう。

 二つ目は黒をベースに赤で模様が入れられている、シンプルでメジャーなデザイン。

 そういえば腕時計も赤色っぽいし、赤が好きなのだろうか。俺も好きな方ではあるので、それならば嬉しいのだが。

 三つめは白地に赤のチェック模様のトランクスのようなデザイン。

 ほとんどパンツどころか、もろにパンツなデザインである。さっきの話を引きずっているのだろうか。

 四つ目は競泳水着のような、ぴっちり張り付くデザイン。

 泳ぐのであればいいデザインだと思うが、泳げという事だろうか。


「気に食わぬか?」


「ちょっと考え事をね……。うん、じゃあこれにしよう」


 水着を見て黙り込んだせいか、ハクが首をこてんと横に倒して聞いてくる。

 できればハクのおすすめも聞いてみたかったが、ここまで選んでくれた上に聞くのは任せきりにもほどがあるだろうという事で、直観で決めることにした。

 ぶっちゃけ二つ目である。さすがに張り付くタイプは男には危険だし、トランクスタイプはほんとにパンツと間違えそうなので。


「まあ、そうじゃろうな」


 ぼそっと呟くハクの声は聞こえなかったふりをして、さっと会計を済ませる。

 まあ、普段から俺の私服を見ているハクが俺の好みを理解していないはずも無く、ほとんど茶番と言っていいだろう。

 そうでなくとも、赤は暫定ハクの好きな色だし、黒は俺がよく身に着けている色なのだから、これ以外を選ぶ方がどういうこっちゃと言う話である。


「うん、これで海水浴の準備はオッケー」


 今日のショッピングの成果を手に持ちつつ、誰に言うでもなく声を出す。

 ハクはクスリと笑って、そうじゃな、と軽く返した。

 時刻としてはまだ早い気もするが、こうして手荷物がある状態で歩く気にもならない。

 自然と足取りは帰り道に向かって歩き始める。


「やっぱり、ハクの分も買いたかったなぁ」


「わしのは要らんじゃろう。見たい水着でもあるのか?」


 ついつい口から出ると、ハクが楽し気に唇を曲げる。

 からかわれてるなぁ、と思いつつも図星なので唇を尖らせるにとどめる。

 しれっと買ってしまおうかなんて考えたのだが、やっぱり気づかれていたらしい。


「ふふ……。そんなに使うものでも無いじゃろうに。物好きなことじゃ」


「だったら、使う機会が増えればいいってことだね」


「なんじゃ、ひと夏に二度も三度も海水浴に行くつもりかの?」


「いやいや、来年だってあるでしょ。来年以降はもっと水着を着る機会を増やせるように勉強するからね」


「は……」


 ハクの言うことに反論を重ねていくと、ハクが言葉を詰まらせた。

 めずらしい言葉の詰まり方に、慌てて振り向く。

 ハクは、何かを受け止めきれないかのように、口を半開きのまま呆然と固まっていた。


「どうしたの?」


 一歩分後ろに居たハクに近づいて、目線を合わせる。

 ハッと我に返ったハクは、また一歩後ろに下がって目をそらす。

 見たことのない様子に、どう反応すればいいかわからず首をかしげるしかできない俺をよそに、ハクはいつものように口を開いた。


「……毎年行くほど、泳ぐのは好きではないのう」


「それは確かに」


 言っておいてなんだが、毎年海水浴に行くのは現実的ではないだろう。

 ハクは俺の気づかないところまでよく気づくのは、今に始まったことでは無い。

 うーむ、もしや俺の馬鹿さ加減に本格的にあきれ果てたか。

 もう少し思慮深くなったほうが……などと考えているうちに、ハクはさっさと歩き始める。


「ほれ、はよう帰るぞ」


「おっと、ごめんごめん。考え事してた」


「おぬしに、考え事は似合わんじゃろうに」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 ちょっと以上にダメージを負って、空を見上げる。

 だから、ハクが珍しく目をそらしたまま話していることは、何も言わないことにした。

 何より、その声にはおさえきれない喜びが混ざっていることに気づかないほど鈍感ではなかったから。

 しばしの無言とともに、帰り道は過ぎていった。

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