第9話退魔師の事務所にお邪魔する話


 プルルル、プルルル……。ガチャ。


 ちょうど2コールで、電話がとられる。

 すぐにスピーカーモードにして、カナとハクの二人にも聞こえるようにする。


「はい、こちらバスターズです。除霊ですか? 妖怪退治ですか?」


 電話に出たのは、布津牧ではない、若い男のようだ。

 110番のような問いに対して、カナがおかしそうに口元を緩ませる。


「あ、妖怪退治です……かね。狐? のことについてお聞きしたいんですけど……」


 あくまでも、何も知らない風を装って話を進める。

 その口ぶりに、ハクが驚いたような顔をする。

 まあ、ハクに対しては絶対にしないからね。


「狐、ですか? では、担当者に……」


「それで、布津牧さんに、お願いしたいんです。この連絡先も、その人から教えてもらって……」


 今回は、彼女に用事があるので、ここは譲れない。


「……布津牧に、ですか。少々お待ちください」


 保留の音楽が流れる。

 ちょっと困惑した様子だったが、あの口ぶりからするに間違いなくバスターズの一員だ。

 二人と顔を見合わせて、少しの間待つ。


「……お待たせいたしました。布津牧と一緒にお伺いいたしますので、事務所に来ていただけますか?」


「はい、わかりました。お伺いしますね」


 プッ、ツー……ツー……。


 どうやら話はついたらしく、最後のやり取りは簡潔に終わった。


「そういうことになった」


「おぬし、そんな風な話し方もできるんじゃな」


 呆れたような、感心したような、半々くらいの面持ちで、ハクが感想を述べる。

 それは電話口での話し方についてなのか、しれっと相手をごまかすようにして口車に乗せた部分についてなのか。

 ハクに対してはそういう話し方はしないので、おそらく後者だろうけども。

 ただ、安心したような表情になるのは、違うんじゃないかな。

 時々お母さんみたいな目線になるのは、なぜかは分からないけども。


「とりあえず、事務所に行けばいいのね」


「場所は、名刺に乗ってるな。うん、そんなに遠くないし、歩きで行けそうだね」


「ちょっと気の毒じゃのう」


 まあ、気分としてはカチコミか家宅捜索だもんね。

 布津牧さんは悪い人ではないだろうけども、バスターズと名乗る退魔組織がどうなのかは分からない。

 気を引き締めて行かなければ。


 ***


「ほんっとーに、申し訳ありませんでした」


 出会って早々に、深々と、頭を下げて謝られた。

 事務所に入って、すぐの話である。


「うーん?」


 あまりに急な展開に、俺は首を傾げ、ハクは怪訝な顔をし、カナは困ったような顔をする。

 三者三様に反応する中で、バスターズの長とみられる男性がもう一度謝った。


「本当に、うちの布津牧がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。このようなことは今後一切起こしませんので、どうかお目こぼしを……」


「え、なに。シャバ料でも取ってるの?」


「そんなわけないじゃない。ただ、私たちを相手にするのも楽じゃないのよ」


 困ったような顔のまま、俺の疑問に答え、どうやら行き違いがあったようだと説明をはじめるカナ。

 つまるところ、バスターズはやっぱり妖狐退治は専門外で、妖狐に目を付けられると困ってしまうような退魔師たちであるということだ。


 じゃあ、そんな勘違いを起こした犯人はというと。


「もが、もが」


 応接室のソファーの上で、正座させられてぐるぐる巻きである。

 時代劇で、籠に入れられている人みたいな格好で、煮るなり焼くなり好きにしてくださいという事だろうか。

 猿轡までされており、割と不本意そうに目をとがらせている。そりゃそうだ。


「……狐には気を付けろ、という言葉を勘違いしてしまったみたいでして」


「なるほどのう。狐に近づくのは危険、ととらえたわけじゃ。それを、こやつにも教えようとしたわけじゃな」


「なるほど、一応悪気はなかったと」


 気の毒なほど身を縮こまらせた男性の前で、ほのぼのと説明をかみ砕く俺とハク。

 なんだか、すさまじく怯えられているのだけども、それに覚えがないわけでもないので気にするほどではない。

 俺が怯えられてるわけじゃあるまし、怯えられてる本人たちはまったく気にしてないし。


「まあ、妖狐を相手にしない人たちなのは分かったわ。私たちとしては、そこが気がかりだったのよ」


「あー、はい。それについても、すみません。ご挨拶が遅れまして」


「やっぱり、ヤの付くお方なのでは」


「あちら側では妖狐の影響力が強いのは事実じゃからなぁ……」


「そこ、私たちを何だと思ってるの」


 落とし前を付けるのかと、ちょっとハラハラしながら見てたらカナに突っ込まれた。

 どう見ても舎弟だもの、そりゃあ思いつくのはそういうものでしょうよ。


「別に、脅してるわけじゃないわよ。どちらかというと、相互理解が大事なんだから」


「今回の場合ですと、妖狐さん達に認められていないのを理由にはぐれ妖狐に邪魔される可能性もあったわけです」


「なるほど?」


「そのような顔でこっちを見るでない。無関係なふりをした手先などではないぞ、前も言った通り、人嫌いな妖狐もおるだけじゃ」


 ハクからも阿漕なことはしていないと確認が取れたので、ちゃんと納得した。

 自警団と警察みたいな関係らしいし、相互理解が大切なのは事実だろう。


 何かしら理由を付けて難癖をつけてくる妖狐と、その逆と。

 どちらも防止するためにも、こうした確認作業は必要ということだ。

 ちょっと大人になった気分で、うんうんと頷く。


「バスターズとしての方針は分かったが、そちらはどうなんじゃ? ああ、これはわしの個人的な話じゃから、かしこまらんでもよいぞ」


 ちらちら、とハクとカナが目くばせをして、話役を交代する。

 おそらくテレパシーのやり取りがあったんだろうけども、急に話しかけられた男性は面食らっている。


「あー、えっと。布津牧にはよく言い聞かせておくので……」


「はは、別に責を問うとるわけではないぞ。こやつの学友との事じゃからな、仲良くしたいだけじゃ」


 しどろもどろと述べる男性に対し、穏やかに話しかけるハク。

 取って食おうというわけじゃないし、ここは忌憚のない意見が欲しい所。

 そう思って布津牧さんを見てみると、彼女も渋々納得したという様子で、敵意は無いように見える。


「……そうですね。フツマキ、分かってるな?」


 それを男性も確認したのか、嫌そうながらも猿轡を外す。

 圧までかけている様子から察するに、俺たちが来るまでにひと悶着あったのだろうか。

 ついでに、ちょっとガラの悪そうな雰囲気は彼の素なのだろう。


「ぷはっ。……なにか?」


「俺から話そうか。単刀直入に、妖狐を払おうって気持ちはありますか?」


 随分とけんか腰なので、ハクを下げて話しかける。

 流石に人間相手だと目を尖らせ続けるのは難しいのか、喉を詰まらせる布津牧さん。


「……人に仇なす妖怪は、許せません」


「フツマキ」


「いえ、構いません。つまり、ハクが人にとって害のない妖狐なら良い。そういう事でしょう?」


「そりゃあ……。悪いことをしていないのに、払うようなことはしません」


 止めようとした男性を制して、続きを聞く。

 予想通りの答えに、うん、と頷いてハクを見る。

 実際、問答無用で払おうとする人なら、俺を見た瞬間から敵対してたわけで、害のないことを証明出来たら問題が無いのは分かっていた。


 つまり、勝てることの分かり切った交渉である。


「そうか。わしはそう言うのはないのう。……カンナはともかく」


「一言余計よ。……ほら、こっちをにらみ始めたじゃない」


「急にコントを始めないでくださいよ。話がこんがらがるから」


 ハクが急に茶目っ気を出し始めた。

 カナの昔に何があったのかは聞いてないんだから、言う必要は全くないのである。


 いたずら気な表情をしたハクと、不穏な一言に目を尖らせる布津牧さん。

 そして、とばっちりを受けてため息を吐くカナと、話の収拾を付けるのに頭をひねる俺。


「カンナ……。もしかして、神の名のカンナですか?」


「そうよ。仰々しくて好きじゃないのよね、その名前」


 そんな状況に一石を投じたのは、蚊帳の外だった男性である。


 知っているのか、男性。といった感じで全員の目が集中する。


「こっちじゃ有名人ですよ。ほら、フツマキも聞いてるだろ、200年前の……」


「え、あ。確かに、黒い妖狐だって……」


「懐かしい話じゃな」


「ほんと、人間って、何でも記録を残すのが好きよね。私も忘れてたわよ、それ」


 今度は俺が蚊帳の外になった。


 俺以外の全員があれのことか、と納得顔になっているが、俺はまったく分からない。

 今に始まったことではないので、気配を消して場に合わせておく。

 後でハクにでも聞こう。


「疑いも晴れたという事で、良い? 布津牧さん」


「え、あっ。えぇっと……」


「お前の負けだ。これ以上引っ張っても言うことないだろ」


 男性の援護射撃もあり、むぐと口を閉じる。


 渋々と言った様子もないし、随分とカナの名前は大きかったらしい。


「これで、ハクに思う存分貢げるな」


「やめんか」「いや、それはだめでしょ」「やめなさいな」


 なんでさ。

 抗議をしようにも、ハクを筆頭にした女性陣からの集中砲火を受け、ハクに過度に貢がないことを約束させようとしてくる。

 男性も常識の範囲で、という様子だったので、味方は居ません。


 やだー、ハクにブランド服貢ぎたいー!

 と、身もふたもなく欲望の声をあげるものの、劣勢は否めない。

 そうでなくとも、ハクに強めに否定されれば涙を呑んでしまうのが俺。


『いいの?』


『いいんじゃよ。そういうものじゃろ?』


『そういうものかしらね』


 駄々をこねながらも、ハクの言う事に従う俺の様子を見ながら、妖狐たちがふふと笑う。

 平和的解決で一件落着しつつも、夏に向けての目標がまた一つできた日だった。

 そう、とっておきの方法を考えておかなければならない。


 絶対、ハクに貢ぐのだ!

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