第8話妖狐仲間が来る話
「むむ? むぅ」
急にハクがうなりだした。
今日は講義が昼からのため、朝ごはんをゆっくりと食べている最中のことである。
「嫌いなものでもあった?」
「好き嫌いはせぬ。……あー、なに。こちらの話じゃ」
気を使われた。いや、ハクは普段から気配り上手なのだけれども。
それはそれとして、目が泳いでいて嘘を吐いているのが丸わかりである。
重大なことではないようだが、それほど俺に関係のない話でもなさそうな感じ。
綺麗にできた卵焼きを食べつつ、ハクの様子を観察していると、観念したように息を吐いた。
珍しい様子だったので見ていただけなのだが、催促されているように感じたらしい。
「知り合いの妖狐が来るんじゃよ。おぬしがおらんでも、わしが対応するわ」
「ああ、退魔師の話か。それならなおさら俺が居たほうがいいんじゃない?」
「そう言うじゃろうと思った」
諦めたように、耳をぺたんと倒しながらこぼすハク。
そうは言っても、退魔師の話は俺が持ってきたことだし、ハクは当人と合ってもないのだから、俺が立ち会うのは当然の話だろう。
それに、急な予定になったのは、急ぐ理由があるからで、たぶんそういう事だろうし。
俺が全面的に協力するのは、やっぱり当然の話である。
「授業は良いのか?」
「必修じゃないし、一回くらいは大丈夫。落としても何とでもなるし」
幸いにも、それほど厳しい授業ではない。
一回程度の欠席で単位を落とすほどのことはないし、仮にとても重要な内容をやっていてテストが悪くなったとしても、単位の貯金は十分にある。
総じて、気にしなくても良いことだと伝えると、ハクは複雑な気持ちを浮かべつつも納得した。
「おぬしがそう言うのであれば、手伝ってもらうがのう……」
「まあ、ハクの知り合いって言うのも気になるし。いつぐらいに来るの?」
「昼前、らしいのじゃが。あやつは時間を守らん故な……」
「昼前、って言うだけでもだいぶルーズな感じなのに……?」
割と温厚というか、寛大な心を持っているハクにそう言われるほどとなると、相当なものなのだろう。
知り合いの悪いところを話すときに歯切れ悪くなる辺りが、ハクの優しさを象徴していると言えるのに、結果として知り合いの時間にルーズという特徴が際立って見える。
あまり変な時間に来られても困るのだが、大丈夫だろうか。
「それについては心配いらぬ。あやつも例に漏れず、夜は仕事の時間じゃからな」
「じゃあ、昼から夜の間か。掃除でもしておく?」
「いや、あやつの場合は――」
ピンポーン。
ハクの言葉をさえぎって、インターフォンのチャイムが響く。
それに対し、ハクがキュッと眉をひそめる。
言わんこっちゃない、と聞こえてきそうなほどの不満顔だ。
ついでに耳が後ろに倒れているうえ、尻尾が股下に入っている。
珍しい、ハクがお怒りの様子に目を瞬かせていると、もう一度チャイムが鳴る。
「はーい、今出ますー!」
ハクの様子からするに、妖狐の知り合いであろうお方を、これ以上待たせるのもいけない。
インターホンに通話機能はついていないため大声で返事をし、急いで玄関に向かう。
ハクもとことこと後ろについて来たが、依然として不機嫌な様子である。
もしかして、あまり仲が良くないのだろうか。
あのハクがこの様子だと非常に不安だが、退魔師の件を解決してくれる方なのだし、出迎えないわけにもいくまい。
「はい。どちら様でしょうか」
「あら、ハクから聞いていない? 彼女の知り合いなのだけれど」
いつもの癖で、出迎えではなくて訪問販売への対応になってしまった。
……決して、ハクの様子を見て不安になったわけではない。
薄くドアを開けて見ると、真っ黒な髪の毛を肩甲骨で切りそろえた、つややかな美人が居た。
目線が俺とそれほど変わらないので、160前後くらいの身長だろうか。
ハクとは似ても似つかない、色々と大人な女性だ。
むしろ、ハクと正反対な要素を集めたようにも見える。
「茶番をするでない。カンナ、おぬしまた時間を遅めに言いおったな。言ってすぐに来るのであれば今すぐ行くと言え」
後ろから、ハクの声がした。
随分とトゲのある声だったので、思わず後ろを振り向く。
にらみつけるような、呆れかえるような、そんな表情で、俺越しに黒髪の女性を見ているハク。
俺の茶番を見たせいか、いくらか怒りは収まったらしいが、それはそれとして一言言っておかないと気が済まないようだ。
「ごめんなさいね。そうね、今は貴女一人じゃないんだもの、もうちょっと正確な時間を言うべきだったわ」
「まあ、急かしたのはわしじゃからな……。おぬし、構わんか?」
黒髪の女性があっさりと謝ったせいか、ハクも毒気が抜かれたように表情を緩める。
最終的に、俺に迷惑を掛けないかが問題であったようで、俺を見て承諾を求められた。
「さっきも言った通り、俺は別にいいよ。どうぞ、お入りください」
「そんなに硬くなくていいわよ。ハクの恩人なら、私にとっても他人じゃないわ」
ドアを開けて招き入れると、失礼するわね、と思ったより礼儀正しく中へ入る女性。
悪い人ではないようだし、ハクとの仲も別に懸念するようなものでは無いようだ。
何より、ハクについて話すときに少し優し気な目つきになるのを見れば、信頼できると判断するには十分だろう。
とりあえずハクと一緒にリビングに通して、俺はお茶を淹れに……。
「わしが淹れるのじゃ」
「いや、家主の仕事でしょ」
「わしの客じゃぞ?」
わしが、俺が、と仕事の取り合いをしつつ、ハクが茶葉を出し、俺がお湯を沸かし急須を出し、ハクが茶葉を調整して蒸らし、俺が三人分を均等になるように淹れる。
結果として共同作業になってしまったわけだが、なんだかんだで一か月ちょっと、何も言わずともこれくらいの連携はできるようになっている。
そんな俺たちを見ながら女性はニコニコと楽しそうに笑っている。
「粗茶ですが」
「ありがとう。随分と仲が良いのね、ちょっと驚いたわ」
お茶を出して、やっと三人そろったところで、女性が言った。
ハクと顔を見合わせ、否定することもあるまい、という共通認識の確認をする。
仲が良いのは事実だが、さっきのはそういうのではないので、複雑な気分である。
もっといつもの日常でキャッキャウフフしている姿から言ってほしかった。
「まあ、よい。今回はわしらの関係について話に来たわけではなかろう」
「そうね、それについてはまた今度聞かせてもらうわ」
しずしずとお茶を飲みながら、しれっと次回の訪問の予定を取り付けようとする女性。
ハクの知り合いなら来てくれても問題は無いが、ハクの表情は渋い。
特に俺たちの関係に問題があるとは思えないのだが、居候どころか置物扱いだったころならまだしも、日々の努力のおかげでだいぶと待遇は改善されていて、今なら居候扱いで充分通るだろう。
そんな思いもあって、ハクの渋面の理由がわからず首をひねると、ハクは何かに気づいたように耳をピンと立てる。
「そういえば、おぬしは知らなんだか。わしらはテレパシーのようなものが使えるのじゃ」
「あ、さっきも何か受信してたな」
「電話みたいなものよ。こうやって出会わないと分からないこともあると思わない?」
「そうなの?」
「近い概念ではあるのじゃが、思念じゃからなぁ……」
女性の流し目を受け流しつつ、ハクの肩を持つことにする。
思念、テレパシー、という事は感情なども多少は伝わるのだろう。
そう考えると、初対面から女性の対応が柔らかいのにも納得がいく。
つまり、わざわざ会いに来るのは、顔が見たいからか、からかいたいからか。
「随分と好かれているのね、羨ましいくらいだわ。貴方、名前は?」
「
「ああ、ごめんなさいね。ただの癖よ、職業病ってやつかしら」
流し目や、しなを作ることを自然と行われているせいで、気があるのかと思わせられる。
露出の多い服装も相まって、誘惑でもされているのかと思ったのだが。
なるほど、これがプロの技か。妖狐なんだし、年季が違うというわけだ。
「なんじゃ、こっちを見て。納得したような表情をするでないわ」
別にハクのことを疑っていたわけではないのだが、こうして実例を見ると、本当に働いてなかったのだな、と納得してしまう。
ハクはいつも自然体で、そういった女性ぶったというか、色のある仕草をしないのだ。
悪気はなかったのだが、ハクの気に障ったらしく、歯をむき出して威嚇される。
「ええい、わしのことは良いじゃろ。わしのことは!」
「ああ、そうね。私はカンナ、源氏名はカナよ。私のことはカナって呼んでちょうだい。これ、私の店の名刺よ」
「これはご丁寧に」
渡されたのは少し派手目の、夜の雰囲気のある名刺、つまりキャバクラの名刺。
ぱっと見たところ、「ホットスター」という店に勤めているらしい。
彼女の職業を考えれば当然のことなのだが、何かやましいことをした気分だな。
ハクも気にはしていないのだけども、キャバクラ帰りのお父さんの気分だ。
あまり目に触れないところに保管しておこう。
「かわいい子ね、お店に来たらサービスしてあげる」
「社交辞令として受け取っておくけども。ハクが居るので十分かなって」
「こんなところで客引きかの? おぬし、そこまで仕事熱心じゃなかろうに」
冗談よ、とクスクス笑いながら言う様子は、どことなくハクに似ている。
まあ、俺みたいな大学生をひっかけたところでたかが知れているので、社交辞令以外の何物でもないだろう。
どう見ても、店のナンバー1やってるだろう美人さんだし、顔見知りとか言って行った日には、黒服に追い出されそうだ。
ハクは憮然とした表情だが、俺は真面目に受け取ってないので心配はいらない。
「ま、いいじゃない。それより、お話は何かしら?」
「はぁ……。ほれ、これじゃ」
ハクとカナが何やら意味深に視線を交わした後、本題を切り出した。
ハクが名刺を取り出して手渡すと、カンナはそれを見てふうん、と納得したような声を出した。
「確かに、聞いたことのない名前ね。間違いなく新しい所だわ」
「妖狐ネットにも上がっておらんのか?」
「ええ。おそらく、妖狐は専門外なんじゃないかしら」
二人が話しているのを黙って聞いている俺。
退魔師とか、妖狐ネットとかには見たことも聞いたことも無い一般人ですので。
専門があるとか聞いてなかったし、妖狐専門の退魔師とか居るんだ。
でも、妖狐は専門外だとしたら、俺に声をかけた理由が分からないよなぁ。
「そやつは狐に化かされておらんか心配されたそうじゃぞ?」
「ふぅん。じゃあ、どういう事かしらね」
そこは二人にも分からないようで、三人で首をかしげる。
妖狐に害が無いのであれば、無いものとして無視すればいいのだけれども、前例がある以上はそういうわけにもいかない。
どうしたものかと考えていると、ふと思った。
「本人と話せばいいのでは?」
「……そうね、それがいいわ」
「じゃ、呼ぶか」
「話が早いのう……」
早速電話をかけ始める俺に、ハクが置いてけぼりの様子。
しかし、手っ取り早く済ませるのが、往々にして一番なのである。
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