第10話神の名の話
退魔師との話し合いは、それ以降何事もなく。
終わり際には和やかな雰囲気で見送られるくらいには打ち解けることができた。
「一件落着、だねぇ」
「そうじゃな。思うたよりも楽に済んだのじゃ」
気がかりが一つ減ったというのは、心を軽くするもので。
ハクものんびりとした口調で俺に追従する。
「これもカナさんが来てくれたおかげです。本当にありがとうございます」
「別にいいわよ、いつかはやることだもの」
何でもないことのように手を振ってカナは言うが、カナがいたおかげで布津牧が簡単に矛を収めたようなものだ。
楽に済んだ理由の5割くらいは担っていると思うので、感謝の意は伝えておきたい。
「いい時間ですし、お礼もかねて晩ご飯でも食べていってください。ね、ハク」
「うむ。わしとしても、それぐらいはしたいのう」
「……ハクが作るの?」
その言葉に、ハクと顔を見合わせる。
一応、晩ご飯を用意するのはハクの役目だ。
カナの言いようからするに、あまり料理をしないのだろうかと疑問符を浮かべれば、そんなわけはないとハクが眉をひそめる。
「……ハクが作ると、その。頑張りすぎちゃうわよ?」
「あぁ……」
俺の心底納得したような声に、ハクが目じりをとがらせる。
耳があれば、後ろに倒していただろうくらいには、一気に不機嫌になってしまった。
しかし、ハクから抗議の声は特にあがらなかったので、やっぱり自覚はあるのだろう。
「ハク?」
「なんじゃ」
少し不機嫌ながらも、平静なハクに言い聞かせるように続ける。
「いつもの感じで」
「ここまで言われて、なお加減を間違えると思われておるのか、わしは」
さすがに不機嫌をにじませた声で問うハク。
それに対し、俺はカナと顔を見合わせ、即座に共通の返答に至る。
すなわち、首を一回縦に振る、ということ。
それを見たハクは、頬を膨らませて、腕を組むと、ずんずんと歩き出す。
あまりに可愛い怒りの表現に、鼻血が出そうになりながらも、何とか機嫌を取るために急いで後を追いかける俺とカナであった。
***
帰りの道すがら、さすがに言い過ぎたと平謝りをして、いつもの美味しいハクの料理が食べたいとなだめ、何とか家に着くころには機嫌を直してくれた。
「わしとて、張り切りすぎるのはわかっておるがな。しかし、時間もそれほどないじゃろうに、張り切りようにも限度があるじゃろう?」
「確かに、ハクが張り切るのは暇の裏返しだもんね」
「わかっておるなら、配慮せんか」
いやぁ、とハクの愚痴を受け止めつつも生返事をする。
客を待たせるのもどうかということで、二人で台所に立つことにしたのだが、俺は手際の良いハクの影で雑用をしつつ愚痴を聞く係になっていた。
ちなみに、カナは料理ができないと、ハクに断言され、リビングで伏せている。
泣いてはいない、かろうじて。
「よし、これぐらいでよいじゃろ。あとはわしがやっておくゆえ、あちらに行くがよい」
「ん、ありがとね」
大体の下ごしらえを終えて、愚痴も吐き切ったのか、お役御免を言い渡される。
残りの時間はカナと話でもしていればいいだろう。
「あら、ハクは?」
「僕の役目は終わりだそうです」
「つまり、私と同じね」
ふふん、と元気を取り戻したカナが胸を張る。
……五十歩百歩とは言うが、0と1の間には絶望的な差があるだろう。
そんな言葉を飲み込みつつ、カナの向かいに座れば、娘の恋人に詰め寄るような目で見つめられる。
「それにしても、随分ハクと打ち解けているみたいね」
「もう2か月ほどですからね。時間は偉大です」
「……そうね。時間が解決してくれることは多いもの」
俺の返答に、急にアンニュイな表情で目を伏せるカナ。
今の状況を簡単に言うと、世間話のふりをした探りを入れられたと思ったら地雷を踏んだ。
いや、いくら何でも展開が急すぎる、もうちょっと猶予時間か、そうでなければハクを呼ばせてほしい。
「……時間と言えば、随分と昔の話をしていましたね」
「え? ……ああ、退魔師としてた話のこと?」
「それです。あの布津牧さんが黙るほどのこと、気になりまして」
何とか話題をひねり出し、重たい空気から抜け出すことに成功した。
こんな流れで聞く気はなかったが、ちょうどいい話題がこれくらいしか思い浮かばななかった。
カナは、面白い話でもないわよ、と困ったような笑みを浮かべながら前置きをして、さらりと話を始めた。
「だいたい、200年前くらいのことよ。とある妖狐が人間との抗争を始めたの。正直なところ、珍しくないのよ? 何十年かに一回は起きること。でも、その頃は時期が悪くて、退魔師の数が少なくて、妖怪が調子づいていたの。そのせいで、随分と大きな戦いになったわ」
意外な話ではあるが、同時に、そういうこともあるだろうとも思う。
人間に敵意を持つ妖狐がいるならば、それを行動にする妖狐もいるだろう。
……ただ、それがハクの仲間であることは、少し気を重くさせる。
「あまりに大規模になったものだから、退魔師だけでは対応が追いつかなくなって、地方の村が妖怪に襲われるようになったわ。それで、まあ。退魔師のふがいなさとは言え、同族の始めたことの不始末よ。仕方ないから、一般人への被害は防いでいたのだけれど……。それが、どうも人間たちの間で人気になっちゃったのよねぇ……」
「……なるほど。当時、人間の味方になってくれた恩を、忘れずにいるわけですね」
「そんなに気にしなくてもいいのにねぇ? そのあと十数年くらい、村で祭り上げられたし、もう十分よ」
村の守り神を祭り上げる、実に想像しやすい図ではある。
しかし、同じ妖怪であるはずの妖狐をそこまで信頼していた、ということでもある。
それだけのことをした人が記録に残らないわけもないだろう。
「あ、祭り上げられてたから、神の名と呼ばれてるんですか?」
「まあ、そうなるわね。ほんと、たいそうな名前よねぇ……」
「そんなに嫌ですか」
「貴方も、神様って名前を付けられたらわかるわよ」
「あー……。付けられる前から遠慮したいですねぇ……」
「そういうことよ」
なるほど、カナと呼ばれたがるわけだ。
意外と庶民的な感覚のカナと、のんびり話をして過ごした。
晩御飯にひとしきり賞賛の言葉を述べながら食べている姿は、ちょっとおもしろかったのは、ここだけの秘密。
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