第6話近所のお菓子屋さんに行く話

 てくてく、ちまちま、てくてく、ちまちま。


 そんな音がしそうな歩みで、俺の半歩後ろを歩いて着いてくるハク。

 大学で噂になっているお菓子屋さんが、家から大学をはさんで向こう側という事で、10分程度の距離を歩くことになったわけだが……。


 ちらりと様子をうかがうと、ハクは楽しそうな様子で歩いている。

 なぜだか口数は少ないが、退屈はしていないらしい。


「これが、おぬしの通っている大学か」


 大学の正門前を通るときに、ハクが声を上げた。

 あまり外に出ている様子はなかったので、見かけたのは初めてなのだろう。

 興味深そうに校舎を眺めているのを見て、俺も足を止める。


「立派なものじゃのう」


「そこまで良いところでもないけどね」


「ふふ、謙遜するでない。あまり詳しくはないが、地方国立じゃろ?」


「それこそピンキリだよ」


 ニコニコしながら、のんびりと話すハク。

 褒められて悪い気はしないにせよ、俺自身そこまで努力して合格したというわけでもなく、不当な評価に感じられてしまい、居心地が悪い。


 そこらを歩いている学生だって、それこそ冴えない様子に見えるものだ。

 まあ、それについては大学生なんてそんなもんだと思っている、俺の偏見のせいだろうが。


 最近はハクを見慣れているせいで、かわいい女大生だとか、イケてる男大生だとかに興味が全く湧かなくなったせいもあるのだけども。


「みな、生き生きとしておるではないか。良い学校である証拠じゃよ」


「ハクにそこまで褒められるなんて、ちょっと羨ましいな。きっと学校も嬉しいと思うよ」


 掛け値なしの本音だったのだがハクは、お世辞はよせとでも言いたげに袖を口に当てて困ったように眉を下げて笑う。

 白い髪に赤い瞳で異国情緒あふれる見た目なのに、そういった仕草はどこまでも大和撫子である。

 心なしか、通行人の目線も集中しているような気がする。


 いや、実際に注目されてるわ。ハクほどの美少女なら当然の話ではあるんだけど。

 親しい友人はこの時間には大学に居ないはずなので、多少の噂は問題ないのだが。

 問題になるとすれば、ハクの幼すぎる外見だろうけども、俺の身長を考えるとあまり犯罪的な絵面にはならなさそうだな。

 別にハクも居心地悪そうにはしていないし、何も問題は無いようだ。


「……ふむ、これが既成事実、というやつじゃな」


「そうかなぁ? どう考えても違うでしょ」


「では、外堀を埋める、というやつかの?」


 注目されているのに気付いた風も無く、いつになく明るい表情で、ぼけたことを言う。

 それに突っ込むと、楚々と笑いながら訂正する。

 さっきまでは大和撫子だったのに、いつの間にやら家で見るハクになっていた。

 300歳には見えない表情に、周りの視線も温かいものになり始める。


「いやー、いいとこ背伸びした中学生でしょ。俺を知ってるやつも、あ」


 そんな様子に気配り上手な部分を感じつつも、ハクが気にしないならそれに合わせようと考えたところに、大事なことを思い出した。

 即座に辺りを見渡すが、それらしい人影は見当たらない。


「大学に居るかもしれないんだった、早く移動しよう」


「ん? ……ああ、なるほど」


 ちょいちょい、と片手を頭の上に付けて耳を示すジェスチャーをすると合点がいったらしく、ハクも気持ち早足で一緒に歩きだした。


 完全に忘れていたが、いつぞやの退魔師が居る可能性があるんだった。

 思い出したついでに考えてみると、お菓子屋さんに居る可能性もあるのだが、さすがに店の中で騒ぐことは無いだろうし、ここよりはマシだろう。


「わずらわしいのう」


「そうだなぁ、いつかちゃんと話し合わないとだめかも」


 大学近辺での懸念が主とはいえ、ゆっくりと外で会話をするのに懸念があるのはよろしくない。


 こういう機会が一度でもあると、これからも何かしらお出かけ機会があるのでは、と期待してしまうのが人の性というもので、ハクとのお出かけを邪魔される可能性はできる限り排除したいのである。

 特に、以前話をしていたような、服飾店に行ってハクの服を買おうとすれば、あの退魔師は絶対に引き留めるだろうし……。

 やっぱり、話し合いというか、勘違いを解消するための時間を取っておいた方がいいかもしれない。主にハクを愛でる時間の確保のために。


「接点はあるのかの?」


 先ほどまでとは違い、隣で歩くようになったハクが俺を見上げる。

 サラサラと綺麗な白髪が光を反射しながら揺れる。

 いつもの狐耳がないせいか、髪の毛の美しさに目を奪われがちだ。

 軽く思考して、退魔師の名前を思い出そうとする。


「名前を……なんとか覚えてる。名刺に電話するのが早いかな」


「ふむ。では、わしも早いところ同族につなぎを付けておこうかの」


 なんだか近所トラブルで、どこに相談するのか考えている夫婦みたいだな。

 変に所帯じみた考えではあるものの、退魔師と妖狐も長い付き合いらしいし、近所付き合いと同じようにハクのつなぎ次第で考えたほうがいいかもしれない。


「まあ、後でいっか。あれだよ、お菓子屋さん」


 しんみりとした思考を打ち止め、見えて来たファンシーなお店を指さす。

 ピンク色をメインに、アクセントに白色が入った洋風の外観は、ファンシーというか、キュートというか。


 そういえば、大学でも話していたのは女性ばかりだったような気がする。

 特に気にしていなかったが、なるほど男には入りづらい店構えをしているのが原因か。


「入るのか?」


「もちろん」


 ちょっと心配したようなハクの確認に即答して、店の扉に手をかける。

 カランカランと、古風な鐘の音とともに扉が開き、甘い匂いが中から漂ってくる。

 やはりと言うべきか、中身も変わらずの色使いでファンシーだった。


 そんなことは覚悟していたのでどうでもいいが、ショーケースを見て、俺は驚きに身をこわばらせた。


「ぬ? なんじゃ、やはりおぬしは外で……。ほぉ……」


 俺の後ろからのぞき込んだハクも感嘆の声を上げる。

 両脇のショーケースは俺の身長ほどあり、上から下までぎっしりと商品が並び、正面のレジ前まで所狭しと並んでいる。


 端的に言って、数が多い。


「うわ、すっごい。ケーキだけで何種類あるんだこれ」


「クッキーやチョコレートもあるのう。おや、ここにあるのは一部じゃと」


「マジで? あ、ホントだ」


 昼時のランチタイムなこともあり、他の客もいないのをいいことに、メニューの物色を始める俺たち。


 俺の好きなチーズケーキは、レアをはじめ、ベイクド、クリーム、スフレと種類も豊富なうえ、ソースは好きなものを選べるようになっている。そのうえ、ハクの指さしたところを見ると、クッキーの種類が多いために代表的なものを一種類だけショーケースに置き、一覧で書いてある。


「これは……どうしよう」


「むむ。この中から、一つか二つに絞らねばならんのか……」


 本格的なお菓子屋さんの宿命か、お値段も本格的な感じになっているため、大人買いというわけにはいかない。

 甘いものを食べ過ぎないようにする、という話もしたばかりだし、多くても二つくらいしか買っていけないだろう。

 好きなスイーツ、ということでチーズケーキ……いやでも他では売ってないようなものも捨てがたい。二つ買う、にしても選択肢が多すぎる。


「のう、相談があるんじゃが」


「はい。どうかした? お金出そうか?」


 くいくいと袖を引っ張られたので弾かれたようにハクを見る。

 俺のボケに呆れた目を一瞬向けられるが、すぐに気を取り直して相談を始めた。


「半分ずつ、分け合うのはどうじゃろ? そうすれば四つ分食べれるのではないか?」


「え、割とアリ。ハクは何か食べたいものある? 買うよ?」


「そこは、おぬしの食べたいものを買わんか。被らなければよかろう。そうじゃな……、わしは抹茶ロールとカスタードエクレアを買おうかの」


 楽しそうで嬉しそうな、見たことも無いほど上機嫌な様子で言うハク。

 漫画化すれば音符が出てそうなくらいルンルンで、キラキラが出てそうなぐらいニコニコだ。

 お気に召したようで、なにより。俺はその様子だけでも満腹に……はならないわ。目の前のスイーツ食いたいです。


「んー……、俺はブルーベリーソースのレアチーズケーキと、オリジナルクッキーの詰め合わせにしようか」


 ハクの言う通り、自分の食べたいものを選ぶことにした。その方がハクも嬉しいだろうし。

 オリジナルクッキーの詰め合わせは、分けやすそうだし、他の店では買えないであろう珍しい品。まあ手堅いチョイスというやつだ。

 ちょっとかわいい店員さんに二人でお金を払い、一つの箱に入れて持ち帰る。


「良い店じゃったな」


 店から出ると、ハクがニコニコと笑いながらそう言った。

 尻尾があれば振ってそうなほど機嫌が良いようで、足取りも少し弾むように進む。

 ハクが嬉しそうなら、俺も嬉しいのは世界の道理なので、俺の足取りも軽い。


「また行きたいね」


「そうじゃな、また一緒に行こうぞ」


 いつになく幼げな笑顔を浮かべて、何気なく言われると、反応に困る。

 面はゆい、というか、胸の奥がキューっとなるような感覚。

 もにゅもにゅ、と口を動かしつつ、どうにか言葉を探す。


「なんじゃ? 照れておるのか、愛いやつめ」


 そんなことをしていれば、当然ハクは気づくわけで。

 うりうり、と肘でつつかれながらからかわれた。


「……照れてると言うか、ハクはどうなの? デートのお誘いは嬉しいけども」


「む? そうか、デートか」


 今気づいた。と言わんばかりに目をぱちくりとさせる。


 考え込むように顎に指をあてつつ、俺の一歩先を歩き始める。

 顔が見えなくなって、いつもあてにしている耳や尻尾も無くなっている。

 何の情報も得られなくなって、ハクのありのままの姿や、所作が浮き彫りになる。

 サラサラ、と前後左右に揺れる白髪と、小幅でゆったりとした足の動き。確かに、小さくはあるのだが、それ以上に、落ち着きがあって、安心感がある。

 親の後ろを歩いているような、そんな感じだろうか。

 ざわついていた胸の内が落ち着いていき、ほんのりと嬉しさがにじむ。


「……良いかもしれんな」


 しばらくしたのち、ハクは小さく見返りながら、唐突にそんなことを言いだした。

 デートの話だったはずだから、デートを肯定されている、ということになる。


「こうして出かけるのも、楽しいものじゃからな。エスコートは頼むぞ」


 パチン、とウインクを飛ばしながら言い切ると、すぐに前を向いてしまった。

 その様子が少しおかしくてつい、ふふ、と笑ってしまう。

 それが聞こえたのかは定かではないが、ハクの歩く速度が上がった。


「張り切って、エスコートさせてもらうよ」


 ちょっと作った声で、臭いことを言ってみる。ついでに、見えていないとは思うけどもウインクもつけておく。

 うん、思った以上に恥ずかしいなコレ。


 ハクはそれを聞いてピクリと肩を震わせると、足の速度が緩む。

 熱くなった顔を見せないように、後ろについて俺も速度を落とす。

 ちら、とこちらを見ようとすれば、スッ、と横を向く。


「くくっ、耳が赤いのう」


 我慢しきれなかったように、喉の奥で笑って指摘される。

 そういえば、俺には耳があるんでしたね。などと思いつつも、横を向いたまま。


 きっと、意地の悪い顔で笑っているだろうハクを見るのはできなかった。

 多分、彼女の顔もまだ赤いだろうから、まだ。


 二人でゆっくりと、昼下がりの街を歩く。

 ただそれだけの時間が、ずっと続けばいいと思った。

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