第6話 「沈む月」
体を洗い終え、ゆっくりと湯の中に足先から入っていき、腰掛ける。深く踏み固められた地面は意外につるつるしていて座っても痛くなければ、土がまじり湯が濁ることもなかった。
夜空に浮かぶ満月が水面に映り込み、風にその水面がゆらげば月も揺らぐ。
遠くから聞こえる虫の鳴き声意外になんの音もない。多少は聞こえるだろう魔物の鳴き声すらも皆無だ。
「いい湯なんだよなぁ…」
『クルゥ…!』
湯の中で手足を伸ばす俺の隣でその巨体を上手く丸め同じように湯に浸かっているのは…露天風呂作りに協力もした例のリヴァイアサンだ。
人生初の混浴がリヴァイアサンという事実に、かつて夢見た好みの異性ときゃっきゃうふふな混浴の夢は絶たれたと言っても過言ではない。
「せめて好かれるなら人間が良かった…」
産まれてこの方彼女なんて一人も出来なかった。強さばかりを追い求める俺にはよく周りが直面している“仕事と私どっちが大切なのよ問題”すらも姿を見せる機会は一切なかった。
26歳の男盛りなはずなのに、S級冒険者にまでなったのに。
まぁアレンだし?と言われた事は数しれず。
いい雰囲気かも!と思った異性からは良い奴だよね、顔も体格も良いしと言われるものの、脈はなし。
元々少し発言か軽いと取られやすい俺の必死の褒め言葉は“はいはい”と流されてしまう。
だからリヴァイアサン相手に出た言葉も焦りから必死に逃げ道を探してただけでまさか真に受けると思わなかったんだ。
人間に効かないのにドラゴンに効くってなんでだよ…。
『?』
「お前さぁどうする気なの?」
『クゥルル』
「リヴァイアサンと人間の俺は番にはなれないぞ 」
『クァー』
また知らない鳴き方をしてリヴァイアサンは俺のすぐ隣に頭を下ろす。大きな頭は俺を簡単に丸呑みに出来るだろうが、今はしないだろうなとは思えるのだから、人間は思った以上に強かにできてるのもしれない。
ぼんやりと大きな月と星を見上げる。
「なぁ、お前本当にどうすんのさ」
『…クル』
「何言ってるかわかんないんだけど」
『…ケルルル』
「その鳴き方やめてくれない?なんか背筋がゾッとする…」
深く溜息を吐き出すリヴァイアサンに溜息を吐きたいのは俺の方なんだけど…と少し不貞腐れながら湯をかける。
すると真っ直ぐ俺の方を見て、リヴァイアサンはするりと俺の頬に頭を擦り付ける。何倍も大きな頭だが多分頬と頬を擦り合わせる感じに。
その仕草が少し可愛らしいと思うのは俺の頭の中が何処か可笑しくなってしまったからじゃなければいいが。
《アレン》
《アレン》
《一緒に居よう、アレン》
不意にそんな柔らかな声が聞こえた。綺麗な透き通るような柔らかな声。まるで沢山のファンを抱える歌姫の様な。
思わず周りを見回しても誰も居ない。
声からして美人な気がするのに顔が拝めないのは少し残念だったな。近くを通った人の声を風の精霊かなんかがイタズラで運んできたのだろう。
にしても俺と同じ名前の奴があんな綺麗な声で呼ばれているのは少し…いや、すごく羨ましい。風の精霊もそんなイタズラしないで欲しいぞ、全く酷い奴らだ。
肩まで浸かりぼんやりとそんなことを考えていれば空を見上げる俺の眼前に大きなリヴァイアサンの顔が出てくる。
《アレン》
「え?」
ざぶんとリヴァイアサンが尻尾を器用に俺の体に巻き付け湯の中に引っ張り込む。ごぷごぷと口から空気が抜けていき力が抜けそうになるのを堪えて少ない空気を口に力を入れ留めると、犯人のリヴァイアサンも同じように湯の中に頭を突っ込んで俺を見ていた。
そんなに深くないはずの露天風呂が何故だかすごく深く感じる。こんなに手足を伸ばしても水面に届かなかっただろうか。遠くに見える月と無力感が激しく俺を動揺させ、リヴァイアサンの月のような瞳がそんな俺を見ている。
《アレン、アレン》
《言葉が嬉しかった》
《低く良い声で、甘く告げることば》
《アレン、共にいよう》
《ずっと一緒だ、アレン》
甘く告げた言葉なんてない。あの時の俺は怯えきっていたし、死にたくないからあんな言葉を口にしていただけだ。それもリヴァイアサンにとって口説き文句になるとも知らずに。
《契約はなった、アレン…愛しい番》
否定をしたいのに言葉は気泡となり上に上がっていくだけ。段々と意識が薄れてく中、リヴァイアサンが鳴くのを聞いた。
今までの鳴き声とは違う。
まるで、歌のような。
《おやすみ、アレン》
そんな声を最後に俺の意識はぶつんと強制的に切られた。
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