第4話 「そんなの知らないし!!」


 

 村で阿鼻叫喚の地獄絵図を作り上げた後、宥めてこのリヴァイアサンは俺が連れて行くから気にするなと声をかけると村長から改めて感謝をされた。

 

 「リヴァイアサンを従えるとは…貴方でなければこの村から逃げることも視野に入れなければなかったでしょう…いや、それすら叶わぬ可能性だってありました。本当にありがとうございます」

 「本当にいいんだ、気にしないでくれ。中途半端な依頼達成だし、依頼料も半額で良いよ」

 「それは…助かりますが…でも」

 「助かるならそうしろって」

 

 へらっと笑ってやると村長がまた泣き出した。涙脆いなこの人。

 

 『ケルルルルル』

 「こら、舐めようとすんじゃねぇよ」

 近寄ってくるリヴァイアサンの頭を押し返すが、当然力が強い。半ば本気で押し返しながらへらへらと笑う俺を他の村人は恐れている気がしてきた。明らかに子供隠してる人とかいるし。

 

 俺が恐れられてるのか後ろのリヴァイアサンが恐れられてるのか。後者であることを祈ろう。

 

 「…馬は村長にあげたし、馬で半日だぞ、ここから」

 

 歩きとかぞっとする。何日あれば着くんだろうかと遠い目をした。現実逃避すらさせてくれない空気の読めないリヴァイアサンが俺に首を巻いているが。

 

 「離してくれよ…てか離れてくれよ…」

 『クルル?』

 「なんで着いてくる気満々なの?そんなキラキラした目を向けてもリヴァイアサンなんて飼えないぞ」

 

 凶悪な顔も慣れてくると可愛げが感じてくる。まぁ、恐れられるリヴァイアサンにこんなに懐かれてちょっとは嬉しさもあるが、このままでは街にたどりつけたとしても中に入れない。それまでに別れなければと口にしてもいないのに明らかにリヴァイアサンの目が鋭くなる。

 

 「え、り、リヴァイアサン?」

 『……』

 「急にめっちゃ静かになるじゃん、ねぇリヴァイアサン、どうしたんだよ」

 『…ケルケルケルルル』

 「また聞いたことない鳴き声ぇぇぇぇぇええええええ!?」

 

 聞いたこと無い鳴き声に驚いた俺はそれよりももっと驚くことになった。ぱくりと横から腹をくわえられてリヴァイアサンが畳んでいた大きな翼を広げて動かし始める。

 

 嘘だろ!?冗談だよな!?流石にしねぇよな!?

 

 愕然とした俺にリヴァイアサンは怒ったように鼻を鳴らして…───さらば、地上。

 

 「ぅ、うぁぁぁぁああああっ」

 速い!高い!!!

 

 びゅーびゅーとすごい風が当たってきて関節が持ってかれそう。てか痛くないように少し隙間を開けてくわえられてるから落ちそうで怖い。

 

 「離すなよ…絶対離すなよっ」

 『ケルルルルルルゥ!』

 「嬉しそうだなぁ!おい!」

 

 気分良さげに飛ぶリヴァイアサン。緑がかる美しい青の体をしているから傍から見たらとても幻想的だろう。…こっちは文字通り生死の境にいるけれど。

 

 「…てかこれ、どこに向かってるんだ?」

 『クルルゥ』

 「なんて言ってるのか、わかんねぇよ…」

 

 呆然とする俺にリヴァイアサンは少しずつ高度を下げていく。痛いくらいだった風も落ち着いて地面が見えてくる。ほっとしたのも束の間、見覚えのある街が見えて、ゾッとした。

 

 なんか砲台を向けられている。スキルまで発動準備されているようだ。

 

 そりゃそうだよ。感知系のスキル持ちならすぐ飛んでくるリヴァイアサンに気付くだろう。その上街に向かっておりてくるんだ。防衛しようとするだろう。リヴァイアサンだけならまぁいい、多分通じない気がするし。だけど俺がいるわけで。

 

 あ、死んだかもしれねぇ。

 

 スキル発動させるまもなく目の前に沢山の光が飛んでくるのを見て今日何回目かの死の覚悟をした。

 

 『グルゥゥゥゥ!!』

 「うわっ!ちょ!?」

 

 そんな覚悟も俺を咥えてるリヴァイアサンに足蹴にされたが。

 

 …今のって多分上位スキルの混合だったよな?普通のドラゴンなら大怪我負うよな?

 

 前足で踏みつけてぷしゅんって消えたんだけど。

 

 「た、助かった…ありがとな」

 お前のせいで攻撃されたんだけどありがとうよ。俺が礼を告げると嬉しげに目を細めるリヴァイアサン。

 

 やっぱり言葉理解してるよなこいつ。

 

 ダメ元で「説得するから近くに下ろしてくれ」と声をかけてみると『クルル』と鳴いた後、慌てふためく街のヤツらの前に降り立って俺を下ろしてくれる。

 

 …上から舐め回された時よりマシだが、やっぱりでろでろで、唾液まみれだった。

 

 気持ち悪いなぁと思いながらもとりあえず言った通りに行ったリヴァイアサンの頭を何となく撫でて、街のヤツらに向き合う。

 

 「…アレンさん?」

 

 珍しくマーロも剣を手にし、立っていた。唖然とした面々の中でも見知った顔は目立つものだ。

 

 「色々あって依頼は完遂出来なかったがとりあえずあの村はもう安全だよ」

 「いえ、そうではなく…後ろの…というか今咥えられてましたよね?帰ってくるの早すぎますし…もしかして飛んできたんですか…?」

 「うん」

 「そのリヴァイアサンは?」

 「わからん、何か知らんが懐かれたのか離れないんだよ」

 

 マーロの笑みが引き攣る。ついでに言うとマーロだけ残してほかのやつは後ずさっている。

 

 「…ドラゴンを殺したのって」

 「こいつっぽい。ドラゴンの死体があったっていう泉の中から出てきた」

 「なんであんな場所に海竜の住処が…!」

 

 こっちが聞きたい。マーロと話していると我慢が効かなかったのかまた首を身体にまきつけてくる。

 

 「こら!まだ話してるだろ!」

 「アレンさん…その子に何かしました?」

 「え?何もしてないけど…」

 「リヴァイアサンについて多少は知ってますけど…首を巻き付けるって…求愛行動ですよ?」

 「え?」

 

 ぎょっとすれば唖然としたマーロが明らか本気で言っている。よく見るとベテランなギルドメンバーがこくこくと頷いている。周りを見回すと目を逸らされる。

 

 「え?」

 首をまきつけて来てスリスリするリヴァイアサン。

 

 「………お前それ求愛行動なの?」

 『ケルルル』

 「さっき聞いた時愛情表現なのか聞いたら否定したじゃん!?なん…あっ」

 

 “執拗に舐めてくるのって、何?お前らって舐め合ったりするのが愛情表現かなにかなの?”

 

 先程聞いたことを思い出してみると、確かに首をまきつけてくることに対して口にしてない。

 

 「…え、ガチで?」

 「アレンさん…」

 「なん…え?だって俺人間でこいつ…え?」

 「その子随分頭良いみたいですけどほんと何したんです?もしくは何を言ったんです?」

 

 マーロの言葉に必死に何をしたか思い出してみる。えっと、突然こいつが現れて、SS級じゃん終わったなって現実逃避して…。

 

 「………」

 「早く言った方が楽になりますよ?」

 「その、鳴き声褒めたり、鱗とか褒めたりするのって…」

 「………それ人に例えると声と肌が綺麗ですねって言ってますよね?というかまさか翼褒めたりしてませんよね!?」

 「お、大きいねって褒めました…」

 「翼を持つドラゴンって大抵翼へのプライドが高いんですよ!翼が大きいことがステータスだったり、早く飛べるなどもステータスになります!それ、人間の女性を美人ですねって口説くようなもんですよ!?」

 

 マーロの悲鳴にひゅっと喉から空気が抜ける。え?なにそれ。

 知らないって、だいたい誰が人間に口説かれる海竜とか想定するの?つか初めて聞いたんだけどその情報。

 

 「ドラゴンは番から離れることはそうそうありません」

 「…どう、どうにか…」

 「なりません」

 「だって俺、悪くないよね!?ただ依頼クエスト受けて現場に行っただけだよ!?錯乱して媚び売ることだってあるでしょ!?」

 「大抵気絶しますけど…アレンさんがそもそも強い事も災いしたかと」

 

 『ケルルルルゥ』

 「…………えぇ」

 

 スリスリしてくるリヴァイアサンに唖然としてこちらを見てくる面々。

 

 …過去の俺よ、悪いことは言わない、S級になんてなるもんじゃないぞ。



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