第3話 「SS級とエンカウント」


 「…この泉ってどこ繋がってるんだろう…あは、は」

 

 するりと首や胴体が長く爪も鋭く大きいそれはよく知ってはいるが出会いたくはなかった“リヴァイアサン”だ。基本は海の中に生息している海竜だが、何故こんな所に?

 

 そりゃ普通のドラゴンが勝てるわけない。リヴァイアサンの方が圧倒的に大きいだけでなく魔力量も豊富で水の中、陸、空中なんでもござれな厄介な存在だ。

 

 クルルと美しい歌のようにも聞こえる鳴き声が死を暗示しているようにしか聞こえない。こんなのが近くにいたら馬だって暴れるだろう。俺だって暴れたい。

 

 「…リヴァイアサンってS級よりもSS級って言われてたよな?明らかに俺の出る幕じゃないって言うか、出たところで勝てるわけ?無理でしょ?」

 じとりとリヴァイアサンを睨む俺はもう平常心ではない。叫び出しそうだ。今なら心臓だって口から飛び出る自信すらある。

 

 「き、綺麗な鳴き声ですね」

 『ク…ルルルルル』

 「う、鱗や翼も大きくご立派で…その…」

 

 あ、死ぬんだな俺。

 

 折角苦労してソロでS級になったのに死ぬんだ。うわぁ、上には上がいるとは言うが現実見せてくるの早くない?夢見始めて半日しか経ってないよ、嘘でしょ。

 

 「あの…帰ってくれませんか」

 『…クゥ』

 「俺も帰るんで、他で暮らしてくれません?ほら、こんなんでも一応傷は付けられると思うんだ…」

 

 悲しいかな。必死こいて買った名剣をこんなんと称する日が来ようとは。

 未だにクルクル鳴いてるリヴァイアサン。

 

 「……あの」

 『クルルル』

 

 そろそろ泣きそう。目に潤いが溢れてきたタイミングでバシャリと泉から這い出してきた。

 

 「…ひぇ」

 

 大きい。俺何人分だ?S級試験のドラゴンの倍はあるだろうか。いや、スラリと長い分リヴァイアサンの方がもっと大きい気もする。

 

 『ケルルル』

 「ふぉ!?」

 え、何?!なんなの?

 鳴き声が急に変わったんだけど、え?!

 怖々としながら急に近づけられたリヴァイアサンの美しいが凶悪な顔に背筋が凍る。うわぁ、体が硬直して動けねぇ。

 

 『…ルルルル?』

 「…?」

 

 でも、何故こいつは俺を食べようとしないんだろうか。

 

 不思議そうにキョロキョロと俺を色んな角度から見つめるリヴァイアサンは正直いって怖いんだけど少し愛嬌すら感じてきた。これが吊り橋効果ってやつか?

 

 「うぉあ!?」

 ベロンと舐められ顔がべっちゃべちゃになる。味見か、味見されたのか?美味くないぞこんな筋肉だらけの筋張ったやつなんて。

 

 なんだか目を離したらいけない気がしてじっと見つめていると俺の首ほどある大きな目が俺の目を見つめ返す。

 

 『グルルル』

 「…また鳴き声変わっ!?」

 

 鳴き声が変わったなとつぶやこうとした俺の言葉は出なかった。頭からこう、ガブリとくわえられて話せる奴いるんだろうか、ああ、とうとう食われるんだなと辞世の句を読みかけたところではて、と生ぬるい口の中首を傾げる。

 

 そう、首が傾げられる。

 

 絶え間なくれろれろと舐められてはいるが首を傾げれる位には隙間がある。

 

 それに鋭い牙は俺を噛まないようにか一定の隙間が確保されたまま硬直していてどうも噛んでくる様子はない。

 

 いよいよおかしいなと思い、俺を美味しく咥えてるリヴァイアサンの鼻あたりをとんとんと撫でるように叩くと、大人しく俺が吐き出された。

 

 でろんでろんでべちゃべちゃの26歳の男って、誰得なの?

 

 「…お前俺を食う気ないの?」

 『クルル!』

 「執拗に舐めてくるのって、何?お前らって舐め合ったりするのが愛情表現かなにかなの?」

 『…』

 「愛情表現では無いんだ…嫌われてんの俺?」

 『…』

 「嫌われてもないんだ…じゃあなんで俺でろでろなの…」

 

 念願のS級冒険者証も首から下げているからもちろんでろでろになっているだろう。泣くぞ。

 

 成人してるとかいい歳こいてとか言うやつもいない。実際問題ついて無さすぎて泣きそうだ。でろでろでもう泣いてもバレない気もしなくもないが。

 

 「なんなのお前ぇ」

 甘えるようにしゅるしゅると長い首を俺に巻いて頭をスリスリと俺のでろでろの頭に擦り付けて来るリヴァイアサン。

 

 「なんなのこれぇ…」

 かと思えばぎゅっと大切なもののように抱き締められる俺。もうお婿行けない…。

 

 『ケルルル』

 「もしかしてその鳴き声ってご機嫌なの?ねぇ?」

 俺の気分は最悪だけどお前ご機嫌なの?

 

 ……結局どうにか宥めて下ろしてもらい泉で全身洗ってなにか大切なものを失ったような気分で帰路につこうとする。

 

 「…」

 『ルルルル』

 

 ずるずる

 

 「……」

 『クルルルル』

 

 ずるずる


 飛びもせず俺の後ろにピッタリ張り付いてくるリヴァイアサンのせいで馬にも乗れず俺はとぼとぼと歩いている。…まぁ、討伐とは言われたが、これを引き離せばこの村は安心だろう。

 

 なぜ俺にこいつが懐いているのかは全く理解できないが。

 

 「……なんでこんな目にあってるんだろう、俺」

 

 朝のうきうき状態でS級になった喜びを感じていた俺。もしもお前に一言でも伝えられるとしたら俺は『A級が1番幸せだったぞ』と言いたいよ。

 

 『ケルルル』

 「…はぁ」

 

 勿論この後、村が阿鼻叫喚の地獄絵図になった。

 

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