第2話 「トラウマになりそうな水音」

 「はぁ…俺もエールが飲みたい」

 だらんと馬に身を任せて項垂れていたら手に持っていた花が丁度馬の口元に行ってしまいむしゃむしゃと食べられた。

 

 …手は唾液でベタベタである。

 

 あれ、念願叶ったのに俺すっごく不幸じゃない?気のせいかな?

 

 …────────

 半日かけて依頼のあったラド村に到着した。そわそわとした村人たちに出迎えられ歓声をあげられる。既に何人かは感謝まで述べている。

 

 「…派遣されてきました、アレン・ダヴィンです」

 「S級冒険者様!ありがとうございますっ、ありがとうございますっ!」

 

 村長はお礼ゴーレムと化してひたすら頭を下げてくる。依頼の細かい説明を聞いたいのにずっとそれを行っているから少し実は村長って本当にゴーレムなのではと疑い始めた時、やっと村長は話し出した。

 

 「実は息子のラバンが狩の時にドラゴンの死体を発見したのです、場所はここを真っ直ぐ行った泉のそばで周りは何かが争った形跡と大木が幾つもなぎ倒されていました。」

 「争った…」

 「足跡も死体の物よりも明らかに大きなものがいくつかありまして…恐らく縄張り争いが起こったのだと思うのです」

 

 魔物達の縄張り争いは珍しくない。良い狩場なほど多い傾向がある為、魔物も縄張り意識が強いと考えられている。

 

 厄介なのはそうした縄張り争いを経て、強い魔物が居座ることだ。放っておくとまた縄張り争いがおき、もっと強い魔物が来ることもある。

 

 死んだドラゴンよりも強いドラゴン。想像もしたくないとため息を吐いた俺に不安そうな顔を見せる村人たち。

 

 …悪いことしたなぁと少し自己嫌悪。

 俺は嫌だなぁと思うだけでもこの人達にとっては故郷と命の危機なのだ。子供や老人も少なくない。いざ村を捨てようにもこれだけ働けない者がいると次の土地での生活も難しいだろう。

 

 腹を繰繰れ、アレン。冒険者を目指したのは魔物が理由で生きるのを諦める人を見たくなかっただろう。

 

 自分を鼓舞してゆっくりと表情を作る。安心させるようにしっかりと目を見て自信満々に見えるように口元を緩ませる。

 

 「安心しろ、俺がドラゴンを倒してくる」

 「おぉ…おぉ!アレン様…本当に、本当にありがとうございます!」

 

 ぼろぼろと泣き出した村長の肩を叩きキリがないので馬を走らせる。来た時よりも大きな歓声で見送られるが、俺の心境は今にでも死にそうだった。

 

 昔から成功するか不安のクエストは胃の辺りが痛くなる。特に今日のは酷い痛みだ。後に引けない戦いってこんな悲壮感や痛みを寄越してくるんだなと少し遠くを見ながらぼんやりと考えてしまった。

 

 「…ここか」

 

 村長に言われた道を進んでいけば水の音がした。音に誘われ進むと、良く澄んだ美しい泉があり、周りの木々はなぎ倒されていた。

 

 地面には大きな足跡。爪の地面にくい込んだ跡を見ると結構重量もありそうだ。周りの木々には大きな爪痕や、摩擦の様なすった後もある。どうやらしっぽも立派そうだ。

 

 

 嫌だ嫌だと心の中で駄々をこねながら近くの木に馬を繋ぎ、地面の痕跡に手を当てる。

 

 ほんのりと湿っていて周りの草木の育ち具合を見ると土もいいのだろう。そしてこれだけ美しい泉もあれば魔物達が寄ってきてもおかしくはない。

 

 「スキル発動、《索敵》」

 神に祝福を受けた証として人はLvを授けられ、個性としてスキルを手に入れる。有用なスキルほど神からの祝福が大きいとしてそれはもうありがたがれる。

 

 索敵は文字通り探す相手の魔力を記憶し、辺りを探すスキルだ。似たようなもので魔物以外に使える捜索というスキルもある。こういうのは持ってると有利だよなとつくづく思う。

 

 捜索の場合は薬師が持っていることが多い。理由は勿論便利だからに限るが。

 

 とりあえずは近くに原因の魔物は居ないようで腹の底から息を吐き出す。良かった。まだ生きれるらしい。

 

 「にしてもドラゴンの死体だけあって…なんで荒らしたやつは死体を喰らわなかったんだ?」

 

 たとえ自分よりも弱かったとしてもドラゴンだ。豊富な魔力に肉にだって力が宿っているとされていて、縄張り争いに敗れた場合、相手に食われている事がほとんどだ。

 

 「…」

 

 そう考えた時にゾクリと背筋が冷える。え、なんかすごい嫌な予感するんだけど。

 

 キョロキョロと周りを見回しても何も見当たらないし、索敵にもやっぱり反応もない。

 

 「うぇ!?」

 ほっと息を着く前に繋がれていた馬が激しく暴れだした。何か気に食わないことでもあったのだろうかと宥めにかかるが、明らかに様子がおかしい。

 

 「…はぁ」

 

 不穏な気配に諦めて剣に手を添える。何時でも抜ける様にしながら周りを足音を殺して探し回るが、やはり見当たらない。

 

 ───ぴちゃん


 

 そんな時聞こえた水の音はトラウマにずっと残りそうだなと他人事のようにぼんやりと考えながら振り向いた。



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