15人め/ とある男の独り言

 僕は死んだ。

 炎上したんだ。


 ――ああ、現実で燃えたわけじゃないよ?


 そもそも、火を使うことは禁止されてる。

 「炭素を出すから」ってね。



 ハハ、こっけいだよね。

 地球上の生物はみな、炭素で出来てる。


 当然、食べるものも炭素だ。

 食えば炭素が排泄され、空気にも吐いた息にも炭素が含まれている。


 つまり、生物は全滅しろって言われてるんだろうな。

 ――誰にって? さあね。

 炭素生命体じゃない、宇宙人とかじゃないかな?



 ああ、炎上の話か。

 そう、お察しの通り情報空間での出来事さ。

 今の時代、火が拝めるのなんて情報空間だけだしね。


 でも、本当に自分の身体に火がつくとは思わなかったよ。

 ハハ、今思い出すと笑えるよな!

 なんか、「ボボボォー!」って感じだったし!



 ――おっといけない、お客さんだ。


 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 これが僕の役割。

 炎上して死んだ僕は、この世界へ飛ばされたんだ。

 情報空間において、炎上死は一発削除だからね。


 これは異世界転生ってやつなのかな?

 噂では聞いてたけど、本当にあったんだな。


 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 さっきから何言ってるんだ、って?


 仕事だよ。

 僕は脇役モブなんだ。


 この村に来る人に、村の名前を教えて挨拶をする。

 ――それが僕のお仕事。



 仕事があるだけでハッピーだよね。

 僕は仕事が無くてさ。

 元から情報空間でしか生きられなかったんだ。


 あそこなら、何も食べなくても生きていけるからね。

 の方は、誰かに使われちゃったか――

 見向きもされず、骨になってたんじゃないかな。



 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 ここも似たようなものさ。

 話しかけてきた相手も、には注目していない。


 何も食べなくてもいいし、ただ決められたことを言い続ければ良い。

 ――そう、余計なことなんか言うもんじゃない。



 ほんのちょっと、言っちゃったんだよね。

 思ってたことを、ちょっとだけ。


 ――うん? 炭素の話かって?

 まぁ、あれもそうだよね。


 軽率だったよ。

 ああいうのは、もう言っちゃいけないもんね。



 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 僕なんて、普段は注目もされないのに。

 変なことを言った時に限って、皆こっちを見るんだよ。

 「犯罪者を見つけた!」とばかりに、大騒ぎさ。


 お祭りってやつなのかな?

 ――お祭りって、嫌な風習だったんだね。


 正義の味方によっていっせいに糾弾され――

 あっという間に、僕の身体に火がついた。


 熱かったね。

 普段は調整されてる『痛覚伝達率』も解除される、ってのは本当だった。

 僕が犯罪者になったっていう、何よりの証拠さ。


 むしろ、上乗せされてたんじゃないかな?

 地獄だったよ。



 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 ――焼かれながら、僕は願った。

 『もう誰にも注目されず、平凡に生きたい』って。


 願いが通じたのかな?

 神様なんて概念は、ずいぶん前に否定されたって発表があったけど。

 実は、本当に居たのかもね。



 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 この暮らしには満足だよ。

 同じ所を、行ったり来たり。


 人に話しかけられたら今の台詞を言うだけ。

 それ以上の会話は無いしね。

 気楽なものさ。



 ――でもね、実は一つだけ嫌なことがあるんだよ。

 本当に、嫌なことが起きるんだ――。



 「ねぇ!」

 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 ……ああ、来ちゃったよ。


 この金髪の少年は勇者なんだってさ。

 よくわからないけど、主人公みたいなもの?


 ――それで、来るんだよ。

 アレがさ……。



 「ウギャギャギャ! 人間ドモメ! 丸焼キニシテクレル!」

 「キャー! 魔物よー! 助けて!」


 そう。

 この村って、『魔物に襲われる村』なんだ。


 あの少年が村にやって来るのが、襲われる条件トリガーらしい。

 すでに魔物が放った炎によって、村は大火事さ。


 ――何でそんなに冷静なのかって?

 僕は動けないからだよ。


 このまま焼かれて死ぬ。

 そういう運命なのさ。



 少年はニコニコしながら、村の井戸やらツボやらを覗いてる。


 まぁ、仕方ないよね。

 この状態じゃないと、手に入らないアイテムもあるらしいからさ。


 「アッチッチー! 助けてくれぇー!」


 村の皆の悲鳴を聞きながら、こうやって叫ぶのが僕の仕事さ。


 もちろん、もう僕の身体には火がついてる。

 やっぱり熱いね。何度焼かれたって慣れないよ。


 ――でも、やっぱり情報空間での炎上が、一番熱くて苦しかったな。



 やがて僕の体は燃え尽きて、視界が真っ暗になった。


 ああ、心配しないで。

 いつも通りさ。


 もうすぐしたら、また元通りの村で元の台詞を言うんだ。



 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 ほらね、村もみんなも元通り。

 もちろん、僕の身体もさ。


 そう、つまり――

 何度も何度も焼かれるのも、僕に与えられた仕事なんだ。



 「ねぇ!」

 「こんにちは。ここはニシの村だよ」


 しばらく仕事をこなすと、必ず彼がやって来る。


 ――さあ、また炎上しなきゃ!


 こうして前世での経験が役に立つなんて思わなかったな。

 あれが無かったら、もっと地獄をみていたに違いない。


 もし仮に、『異世界ここ』が地獄だったとしても――

 『あの世界』より酷い地獄なんて、あるわけないもんね――。

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