13人め/ とある神父の独り言

 「神父さま、どうかお導きを……」

 「信じなさい。神のご加護があらんことを」


 私の前に、哀れなかいらいどもが列を成す。

 来る日も来る日も。飽きもせず。


 ここは『異世界』らしいですね。

 そして私は、神父という立場らしいです。



 ――ええ。「らしい」というのは、私が望んで就いたわけではないから。

 気づいた時には教会におり、この姿・この立場だったというわけです。


 私の背後には十字架があり、『神父』などと呼ばれてはおりますが、恐らく現世での『あの宗教』とは無関係でしょう。

 安易に宗教的なイメージをかもすために用意された、チープな小道具です。



 「神父さま、どうかお導きを……」

 「信じなさい。神のご加護があらんことを」


 意志なき傀儡へ道を示す。

 それが私へ与えられた役目。


 なんとも滑稽ですね。

 これでは元居た世界と変わらない。

 ――何も変わらない!



 きっかけは単なるマスクでした。

 マスクといっても『金魚鉢』のことではありませんよ?

 鼻と口をおおうだけの、小さなものだったそうです。


 「謎のウィルスがまんえんしている!」


 信じられないことに――

 その一言だけで人々は支配を受け入れたそうです。


 歴史の授業で教わった通り、当時の者らは率先して支配の象徴を受け入れたのでしょう。

 ――この者らのように。



 小さな布きれから、やがて金魚鉢へ――。

 さらに全身防護服義務化への世論が最高潮に達した時、私は呆れ果てて世界へ別れを告げました。


 もはや考える頭すら亡くした人類。

 思考なき肉の塊。

 まさしく人形。傀儡そのもの。



 「神父さま、どうかお導きを……」

 「信じなさい。神のご加護があらんことを」


 傀儡にんげんの操り手は――

 『神』から『ウィルス』へと移り変わりました。


 それを表すように、二千年以上使用された年号も見直されました。

 神は役目を終えたのですから、あんな数字は何の意味も成さない。

 ――当然です。


 別に不思議ではありません。哺乳類が持つ『胎盤』という器官。

 あれはウィルスによってもたらされたものです。


 つまり、ウィルス様の導きがなければ、人間も卵を産んでいたということ。

 『神』などという概念が誕生する――はるか以前より、ウィルス様は我々をお導きくださっていたのですよ。



 「神父さま、どうかお導きを……」

 「信じなさい。神のご加護があらんことを」


 こちらの世界の傀儡どもも、胎生による繁殖を行なうのであれば――

 やはりウィルス様の導きを受けたということになりますねぇ……。


 いやはや、この人形どもの信ずる『神』とやらの姿を拝んでみたいものです。

 真のしゅは、ウィルス様だと知らしめてやりたい!



 「神父さま、どうかお導きを……」

 「こんな夜ふけに教会を訪れるとは。信じなさい。神のご加護があらんことを」


 深夜となっても、私の前には列が絶えず。

 ええ、一日中このままです。

 数日・数ヶ月・数年は、こうして過ごしたでしょうか。



 今や私も傀儡にすぎない。

 だが、私の主は『神』などではない――!

 ――そして、ウィルス様でもないのです。



 ある日――私は視線を感じ、勤めの合間を見計らって窓の外へ目をりました。

 そこでは金髪の少年が、こちらへ笑顔を向けていました。


 ええ、即座に気づきましたよ。

 ――彼こそが、我が主。


 あなた様が導かれたのでしょう? この私を。

 今の私は、不要な言葉を発する権利すら与えられていない、哀れな傀儡。


 ――だが、良いのです。

 こうして、あなた様のお姿を拝見することができたのだから!



 「神父さま、どうかお導きを……」

 「信じなさい。神のご加護があらんことを」


 さて、私を導かれた金髪のあなたは、果たして救いの神でしょうか?

 あるいは、進化の導き手・ウィルス様でしょうか?


 クックック……。

 もしかすると、地獄の悪魔なのかもしれませんねぇ――?

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