12人め/ とある看板の独り言

 「ほらオジイサン。イナカ村はこっちの方よ」

 「フォッフォ。マゴに会うのが楽しみじゃわい!」


 穏やかな老夫婦が、ボクの顔を覗きこむ。

 ボクの示した答えに従い、彼らはゆっくりと右側の道を進んで行った。


 「よし、デッカシティはこっちだな! 腕が鳴るぜ!」


 屈強な傭兵が、ボクの顔を覗きこむ。

 彼は意気揚々と、左の道を進んで行った。



 そう、ボクは看板だ。

 正しい真実のみが記された看板。

 ボクは嘘が大嫌いだから。



 昔、ボクは嘘にまみれた世界に居た。

 外へ出れば嘘。携帯端末を眺めれば嘘。

 すべてが嘘を吐く、嘘だらけの世界。


 でも、そんなけがれた世界でも、ボクに癒しと光を与えてくれる存在があった。

 それが、彼女たち・・・・だったんだ。



 アイドルなんて興味は無かった。

 でも、彼女たちRSK42(アールエスケィ・フォーセカンド)を一目見た時、ボクはとりこになった。


 デビュー曲『キ・ズ・ア・ト』にも表れている通り――

 隠したい過去をもさらけだす無垢さ。

 ほんの一瞬で壊れてしまいそうなはかなさや、可憐な美しさ。


 そのすべてが、ボクの心を掴んだ。

 大好きだったんだ。



 彼女たちのシンボルは、手首に巻いた聖布リボンだ。

 薔薇バラの形に織られ、それぞれのカラーに染められたガーゼで出来ている。


 その下には、誰も触れてはならない――

 彼女たちだけの『聖痕シルシ』が刻まれているんだ。


 プロフィールには聖誕記念日が記されていて、熱心なファンの間では自分自身にも同じ日に聖痕シルシを刻む者も多かった。

 もちろん、ボクもその一人だ。

 結成以来センターをつとめ続ける彼女と同じ日に、ボクも自分の手首に聖痕シルシを刻んだ。



 「フッ、テノールの町は向こうだね。愛するみんな、今行くよ!」


 竪琴を持った吟遊詩人がボクの顔を覗きこむ。

 彼は歌いながら、西へと進む。


 「メトロタウンはあっちね! よーっし、頑張るぞっ!」


 大きなハンマーを背負った少女がボクの顔を覗きこむ。

 彼女は元気よく、東の方角へダッシュする。



 ボクは看板。

 すべての人に正しい道を示す看板。


 ボクの情報はいつだって正確だ。

 ――そう、嘘や偽りなんて絶対に認めない。

 認めさせない。



 裏切りが発覚したのは、彼女の卒業記念ライブの時だった。

 愛が絶望と憎しみに変わる瞬間は、歓喜の中で唐突にやってきた。


 最後まで守り続けたセンターで、彼女はボクらに大きく手を振った。

 ずっと内気な彼女が大声で飛び跳ねている姿に、どこか感動したのを覚えている。


 ――その時、彼女の手首から聖布リボンがハラリと落ちた。

 そして、真実が明らかになった。


 無かったんだ。

 あるはずのモノが。

 ずっと信じてた彼女たちの証明アイデンティティが、そこには無かった。


 ボクらは騙されていた。

 一瞬で、すべてが砕け散った。


 一部のファンは彼女をかばったけど、ボクは許せなかった。

 ボクの腕には、もう烙印シルシが刻まれた。

 偽りの記念日に従い、悪意に満ちた嘘に騙された、まわしい傷痕きずあとが――。



 「ほらオジイサン。イナカ村はこっちの方よ」

 「フォッフォ。マゴに会うのが楽しみじゃわい!」


 いつもの老夫婦だ。

 どうやら一日が過ぎてしまったらしい。


 毎日、人々に正しい情報を示す。

 それが、与えられたボクの役目。



 すべてに絶望したボクは、あの嘘だらけの世界を捨てることにした。

 ――でも、その前にやることがあった。

 ボクが心から愛し、崇敬すうけいした彼女は、悪魔に魅入られてしまった。


 清楚せいそなイメージだった彼女は髪を切り、服装も攻撃的な物に変わった。

 言動も攻撃的になり、ボクら――かつてのファンを罵倒ばとうし始めた。


 それでも『ご褒美ほうびだ!』と喜ぶ熱心な狂信者も居たけれど――

 ボクの心には、もう信仰心は残っていなかった。



 ボクは自らをけがした、忌まわしき道具を忍ばせ――

 悪魔の住処すみかへ潜入した。


 そして、寝静まっていた悪魔の腕に、深々と聖痕シルシを刻んでやったのさ。


 飛び起きた悪魔は慌てふためいたが、もう遅い。

 ボクは、悪魔が干からびて滅びる様子を世界へ配信し、かつて崇拝あいしたむくろの隣で、異世界へ旅立った。


 『真実の番人になりたい』

 ――そう、謙虚けんきょに願いながら。



 「メトロタウンはあっちね! みんな、あたしが行くまで頑張ってね!」


 いつものハンマー少女を見送ったあと、ボクは違和感を覚えた。

 彼女の後ろに、もう一人居る。


 剣を背負った金髪の少年だ。彼は笑顔でボクの顔を覗きこみ――ッ!?

 何をするんだ! やめろ――ッ!


 少年の手には、先のとがった黒い石!

 それをボクのかおにガリガリと押し付けて、傷をる!


 痛い! やめろ!

 石の先からは黒い液体がインクのようにあふれ、ボクの真実をケガしてゆく!


 やめろ! ボクは真実の番人だ!

 うそいつわりで、ボクをケガすな!



 「この看板、間違ってたじゃないの! 嘘ばっかりだねぇ!」

 「けしからん! ワシのゲンコツで叩き割ってやるわい!」

 「詐欺看板め! ブッた斬ってやろうか!」

 「嗚呼ああッ! いま、いやしきしるべに裁きが下るッ!」

 「もうっ! このゴミ、粉々に粉砕しちゃおうかしら!」


 いつもの連中がボクを罵倒し、攻撃を仕掛けてくる!

 ――違う! 正しい情報はこっちだ!


 その落書きは嘘なんだ!

 ボクは嘘なんか言わない!

 ボクは真実の番人!


 悪しき嘘を、『正しき真実』にしてあげただけだ!

 ――それなのに何故、こんな目に遭うんだ!


 もう叩くのをやめろッ!

 攻撃をやめてくれッ!

 ボクの真実を、攻撃しないでくれ――ッ!

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