9人め/ とあるゴロツキの独り言

 真面目ってヤツは損だよな。

 ――そうでもないって?

 なら、アンタが居る環境は恵まれてるってことだ。

 喜んでいいと思うぞ。


 俺はいわゆる『真面目だけがとりえ』の男だった。

 真面目で優しいって評判だったよ。


 これに『おとなしい』が付いたら――

 如何いかにも犯罪者予備軍って感じがするだろ?

 何でだろうな?


 まあ、おれはその三拍子が揃っていたのさ。

 真面目に学校に行って、真面目に仕事をした。


 だが、恋愛だけは駄目だった。

 『真面目すぎてつまらない』

 『優しすぎてつまらない』

 『おとなしすぎてつまらない』ってな。


 別にそれはいい。

 俺は結婚は諦め、独身を貫くことにした。

 自分で稼いだ金で好きなように生きる。

 独身貴族ってヤツさ。



 ――だが、それも駄目になっちまった。

 やらかしてしまったんだ。

 そう、『ついカッとなって』しまったのさ。


 ああ、勘違いしないでくれよ?

 傷害も殺人もやってない。


 ただ、相手と言い争いになっちまった。

 そして、つい口走った言葉が原因で、すべてを失うことになったのさ。

 一瞬で、すべてな。


 『あいつの本性はとんでもない奴』

 『嘘つき』

 『真面目なフリをしていた』

 さんざん好き勝手言われて、俺は職場を追い出された。


 真面目って損だよな。

 長年の間、どれだけ真面目に生きてたとしても――

 ほんの一回の失敗で勝手に『俺の本性』を決められてしまう。


 本性があらわになった真面目な奴には、あの世界に居場所なんて無かったんだ。



 ――そう、だから俺はこの異世界に来た。異世界転生さ。

 『自由に、不真面目に生きたい』

 それだけをけんきょに願って。



 「どけッ! 邪魔なんだよ、このクソババア!」

 「ヒィー! お助けぇぇ……! ふがっ!」


 俺は、道の真ん中をノロノロと歩く老婆ろうばを押しのける。

 次に町の花壇を踏み荒らし、注意しに来たヒョロい男を突き飛ばす。

 そのまま酒場に入ってタダ飯を喰らい、料金を請求に来たウェイトレスとマスターをブン殴った。


 『なんでそんなことをするんだ!』って?

 さあな。それが俺のキャラなんだってさ。


 この異世界で、俺はゴロツキの姿になってた。

 体はレスラーのような巨漢で、腕は元の俺の三倍以上は太い。


 それに、これだけのことをやらかしても――

 相手は悲鳴を上げるだけで抗議も反撃もして来ないんだ。


 酒場から出たあとは家に戻って、酒瓶さかびん片手に眠りに就く。

 それが脇役モブである俺の、毎日の役割なんだってさ。



 「どけッ! 邪魔なんだよ、このクソババア!」

 「ヒィー! お助けぇぇ……! ふがっ!」


 目覚めた俺は、今日も老婆に罵声ばせいを浴びせて押しのける。

 その後も同じさ。


 なぜか皆、ご丁寧に同じ場所で待機してるんだ。

 もしかしてあの連中も、俺と同じように役割を与えられているのか?


 しかし、酒場で飯を食うまでは良いが――

 その後、人を殴るのは何度やっても気分が悪い。


 真面目な俺はもちろん、人を殴ったことなんて無かったしな。

 殴った感触が残る手が、いつも気持ち悪い。

 ――何度やっても慣れない。

 耳に残る悲鳴が、いつまでも俺を責めさいなむんだ。


 ああ、こんなことをいつまで続けりゃいいんだろうな?

 俺は不真面目に生きたいとは願ったが、暴力を振るいたいとは思わなかった。

 世界が変わったところで、何もかも上手くいくってワケでも無いんだな。



 ――気になってたんだけどさ。

 町に出ると、いつも金髪の子供が俺をジッと見てるんだ。

 ニコニコしながら。


 あの笑顔だけは本気で殴り飛ばしてやりたいんだが、残念ながら俺は決まったルートしか歩かせてもらえない。

 ニコニコ笑顔の前で老婆を怒鳴りつけ、花を踏み、男を突き飛ばす日々さ。


 しかもだ――俺が酒場に居る時には、しっかりと窓から覗いてやがるんだ。

 こっちは内心苦しんでるのに、無邪気なニコニコ笑顔でさ。


 まるで俺を監視してる上司じゃないか。

 俺は結局、真面目に生きるしか無いってワケだ。



 今日も仕事・・を終えた俺はベッドに入る。

 飯は食えるし、酒も飲めるし、たっぷりと睡眠時間もある。


 ――だが、これは異世界に来てまでやることなのか?

 普段から人を殴りたいと思ってる奴なら、もしかして天国なのかもしれないが。


 ハッキリ言って俺には地獄だ。

 いつ終わるとも知れない、無限に続く地獄。



 ――なあ、金髪の。

 どうせ今も見てるんだろ?


 この地獄は、いつまで続けりゃいいんだ?

 あと、今の俺はどう見える?

 俺を連れて来たのは――アンタなんだろ?


 教えてくれよ。

 俺の『本性』ってヤツは――アンタには、どう見えてるんだ?

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