4人め/ とあるスライムの独り言

 異世界というものは、はるか昔から人類にとって身近なものだった。

 最も有名なものを挙げるならば『天国』や『地獄』だろう。

 どちらも死後に訪れるとされる、れっきとした『異世界』だ。


 これらの概念が生まれた背景には、誰しもに必ず訪れるという恐怖に対する克服の意味が強い。


 ――だが、昨今その存在がささやかれている『異世界転生』は、違った側面も持つ。


 現実世界に居場所を無くし、新天地で人生をやり直したい。

 別の世界なら、自分の価値を発揮できる。理解してもらえる。

 そういった異世界への、強い憧れの意志だ。



 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ!」


 そう。僕は異世界で新たに生まれ変わった!

 異世界の存在は科学的にも立証され、広く知られている転生方法も科学的に『不可能ではない』されていた。


 異世界転生自体が『非科学的』だって?――違うね。

 『非科学的なものを科学によって解明する!』それこそが科学の存在意義なのさ。

 僕に言わせれば『非科学的だ』と最初から思考を放棄するような人間こそ、非科学的で迷惑な存在に他ならない。


 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ!」


 僕は人間が嫌いだった。

 人間である僕自身も嫌いだった。

 もっと社会に馴染まなければ、柔軟にならなければと、努力もしたつもりだ。


 ――でも、上手くいかなかった。だから願ったのさ。

 『異世界で、人間じゃない別のものに生まれ変わりたい』って。

 あくまでも、謙虚けんきょにね。


 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ!」


 新しく授かった体は、いわゆるスライムだった。

 ――まさしく僕の理想通りの姿だ!


 高い透明性に広い視野、柔軟な思考と体。

 それに、貪欲なほどに強い――食欲!


 常にストレスを抱えていた僕にとって、食事の時間は苦痛だった。

 胃の中は常に胃液で満たされて、空腹なんて感じた事も無かったんだ。

 現実で苦労した分、神様が気を利かせてくれたのかもしれない。



 「ねぇ!」

 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ! あっ、この先におじいさんが住んでるよ!」


 急に話しかけられて、僕は反射的に発言をする。

 見上げると、金髪の少年が嬉しそうに僕を覗き込んでいた。


 ここは森林の中にある、朽ち果てた祭壇の上だ。

 僕はここから動く事は許されていない。


 彼に話し掛けられた僕は、僕の意志とは無関係に言葉を発してしまうらしい。

 ――思えば、他人に何かを教える事なんて、現実世界に居た頃は一度も無かったなぁ。



 僕の言葉を聞いて、彼は森の奥へ走っていった。

 ――あの少年の姿には見覚えがあった。


 確か幼少の頃――まだ僕に友達が居た頃、一緒に遊んだゲームに出てきた主人公だ。確か名前はダンテ。

 友人は『タカシ』って名前に変更していたが、取扱説明書で紹介されていた名前は『ダンテ』だったと記憶している。



 「ねぇ!」

 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ! あっ、この先におじいさんが住んでるよ!」


 僕が過去へ想いを馳せていると、再び彼――ダンテが戻って来た。

 手には何やらゴミの山が入ったバケツをぶら下げている。

 そして、彼はニッコリと笑いながら、僕の体の上でバケツをひっくり返した!


 ――ああ! 僕の透明な体がゴミによって汚される!

 枯葉や何かの生物の死骸!

 僕の体は有機物も無機物も関係なく、汚物を吸収し始める――!

 その様子を、彼はニコニコしながら眺め、汚い木の枝で僕の体をかき混ぜながら消化を促した――!


 「ねぇ!」

 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ! あっ、この先におじいさんが住んでるよ!」


 もうやめてくれ! これは僕の意志で言っているんじゃない!

 それに、この文言における重要箇所は後半部分だ!

 僕に構わず、老人とやらの所へ行ってくれ!



 僕がゴミを消化し終えたのを見ると、彼は嬉しそうに森の奥へ走って行った。

 ――時として、子供というのは残酷だ。

 悪気もなく、笑顔で、こうやって生命をもてあそぶ存在なんだ。


 ああ、もちろん僕にも覚えがあるとも!

 でも、そのおかげで世界に一人、優秀な科学者が生まれたんだ!


 そうさ、が僕を、科学の道へ導いた!

 そう、あの犠牲は無駄じゃなかったんだ!

 ――だよね……? タカシ……?



 「ねぇ!」

 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ! あっ、この先におじいさんが住んでるよ!」


 再び戻って来た少年の両手には、さきほどと同じバケツがぶら下がっている!

 嘘だろ?――やめてくれ!

 少年はニコニコと屈託の無い笑顔を浮かべ、中のゴミを僕にブチまけた!

 そして再び、僕の地獄の時間が始まる!


 「ねぇ!」

 「ぷるぷる。お腹空いたなぁ! あっ、この先におじいさんが住んでるよ!」


 ああ! 悪かった!

 僕が悪かったよ! だからもうやめてくれ!

 許してくれ! 許して下さい!


 ごめん! ごめんなさい!


 ――やめてくれ! タカシィィ――!

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