2人め/ とある婦人の独り言

 人生って上手くいかないものよね。

 ――でも、だからって二度目の人生でも経験させる必要はないじゃない!


 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 私は慌ててキッチンへ移動する。

 夫と息子の夕食のシチューを作っているのよ。

 ちなみに昨日もシチューだったし、明日もシチューよ。

 きっと明後日も、その次も、来年も――ずっとずっとシチュー!


 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 リビングに戻って来た途端、また私はキッチンへ走る。

 ――そう、それが脇役モブである私の役割しごと



 何もかもが嫌になった私は、大型トラックが絶え間なく通る『通称・異世界通り』で命を絶ったの。

 あそこでの交通事故は運転手側の過失にはならないからね。

 そして、私はこの世界に『転生』した。


 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 でも、何なのよ! このお鍋女のキャラは!

 確かに転生前に願ったわ。けんきょにね。

 『特別な事は何も望みません。ただ、素敵な人と結婚して幸せな家庭を持ちたい』って。

 ――その結果が、よ!

 毎日毎日、シチューを作り続けるだけ!


 しかも、夫と息子は最初からセットだったのよ!

 私は自分で、新しい世界で――素敵な相手を探すつもりだったのに!


 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 お鍋に映る自分の顔を見て、いつも悲しくなる。

 ――オバチャンになってるのよ! 私、まだ20代だったのに!


 しかも、この顔って紛れも無く私なのよね。

 昔、『歳をとった自分の顔がわかるアプリ』ってあったじゃない?

 あれを使った時に見た、40代の私そのまんまな顔。

 だから、これが私の『現実』なのよね……。



 「ねぇ!」

 「ウチは夫と息子の三人暮らしなんです。早く平和にならないかしら」


 いきなり家に上がりこんできた、金髪の男の子に話し掛けられた私。

 ――なんで知らない子に、ウチの家庭環境を説明しなきゃならないのよ!

 しかも、その子は真っ直ぐにタンスに向かって、勝手に引き出しとか開けてるしっ!


 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 今度はツボの中を覗きこんでいる少年を横目に、私はお鍋の確認に行く。

 あー、きっとあの子が俗に言う『勇者』ね。

 でも残念ながら、ウチには何もアイテムは無いのよ。


 私がもう一度リビングへ戻ると、彼はまたタンスをあさってた。

 そして、なんか私の下着を取り出して観察してるっ!?


 「ねぇ!」

 「ウチは夫と息子の三人暮らしなんです。早く平和にならないかしら」


 少年は下着を広げながら、堂々と私に話しかけてきた。

 ――で、残念そうに下着をタンスに戻して出て行っちゃった!


 ちょっと! どういう意味よ!

 もし息子じゃなくって答えたらどうしてたのよ!

 あのエロガキ! セクハラで訴えてやるわ!

 その前に住居侵入よ! 現行犯よ!



 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 あー、この世界にはそんな法律とか無いんだっけ。

 冴えない兵士みたいな人は居たけど、警察なんて居ないだろうし。


 何もかも嫌になって現実世界から逃げ出したけど――

 今思えば、あれはあれで住みやすかったのかもね。

 もう何もかも遅いけど……。


 「大変! お鍋が吹きこぼれてしまうわ!」


 それにしても、私はいつまでお鍋の世話をしなきゃいけないのかしら?

 ねぇ、この地獄は、いつ終わるの?

 さっきの少年が世界を平和にしてくれるまで?

 それとも、私が年老いて動けなくなるまで?


 まさか永遠に終わらないってことは――

 ないわよ……ね……?

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