第31話
震える声を上げたのは、櫻井舞だった。
廊下に視線を向けると栞の姿は無かった。
警察の男:「えっと……」
男は驚いた様子で、櫻井舞を見上げている。
目黒 修:「あ、紹介します。看護師の櫻井舞さんです。……櫻井さん、どうしたんですか?」
僕も櫻井舞を見上げる。
櫻井舞は自分から勝手に入って来たのに、僕たち二人の視線に困惑し、口をもごもごと動かすだけで理解できる言葉を発しなかった。
目黒 修:「櫻井さん……?」
もう一度名前を呼ぶと、櫻井舞は意を決したように男の目を見た。
櫻井 舞:「め、目黒先生はゆゆゆ誘拐なんて絶対にしませんっ!」
警察の男:「い、いや、そうと決まったわけでは……」
男は僕を誘拐犯だと、もしかしたらそれ以上の犯罪者だと疑って、話をするためにここへ来た。
それは話を廊下で盗み聞きしていた櫻井舞も分かっていた。
櫻井 舞:「先生は誰にでも平等に優しくて。……だ、だから小山さんが酔っているのを助けてあげただけなんですっ!」
櫻井舞は自分が疑われているかの様な必死さで、涙目になりながら僕の無実を訴えている。
警察の男:「わ、分かりましたから、落ち着いて下さいっ! せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうじゃないッスか」
男は慌てて立ち上がり、スーツのポケットに入れていたハンカチを握って櫻井舞に駆け寄る。
櫻井 舞:「わ、私……心当たりがあるんです」
目黒 修:「え?」
警察の男:「えっ?」
櫻井舞の言葉に、僕と男の声が重なる。
警察の男:「ま、まじッスか……?」
男は櫻井舞の背中を撫でる手を止め、顔を覗き込む。
櫻井舞の‟心当たり”に僕も興味があった。
櫻井 舞:「小山さんが居なくなったのは、何か危ない事に巻き込まれてしまったんだと思うんです」
警察の男:「つまり?」
櫻井 舞:「小山さん、副業してるって言ってて、よくバーに行く話を聞いていたんで、そこで働いているんだと思っていたんですが……どうやら、その……薬を売っていたみたいなんです」
警察の男:「薬って、覚せい剤や大麻とかの薬物の事ですか? なぜそれを?」
櫻井舞の涙目を見てあたふたしていた男は、薬と聞いて目つきが変わった。
櫻井 舞:「前に、白い粉が入った小さな袋が、小山さんのバッグの中に入っているのを見ちゃったんです」
僕は小山るうのバッグを没収した時に中を確認している。
白い粉が入った袋や空パケなどは見ていないし、スマホの履歴にも誰かと会う約束をしているものは無かった。
ただブランド物の長財布に万札が多めに入っていたのには違和感を覚えたが、特に気にも留めず二桁の万札を捨てていた。
薬物を売りさばいた後なら、麻薬所持の形跡がなく長財布に多く万札が入っていたのと辻褄が合う。
警察の男:「なるほど。薬物売買か……。確かにバーの防犯カメラには一緒に男と飲んでる姿が映ってたし……」
男は顎に手を当てて床を見つめながら考え込み、顔を上げて櫻井舞を見た。
警察の男:「小山るうさんのロッカーとかって触ったりしてませんか?」
櫻井 舞:「はい、まだ手をつけてない状態です」
警察の男:「案内してください」
櫻井 舞:「はい、わかりました」
警察の男:「目黒先生、突然お邪魔しちゃって申し訳なかったです。薬物に関する事件は僕の管轄外なんで、別の刑事がまた先生の所に来るかもしれません。その時はまたご協力お願いします」
男は僕に頭を下げた。
目黒 修:「僕はあまり小山さんのプライベートを知らないので役に立つかは分かりませんが、次はアポを取ってからにしてくださいね」
僕はソファから立ち上がって、苦笑いを浮かべながら男に会釈した。
警察の男:「すみません、急いでたもので。担当する刑事には伝えておきます。それでは、先生、失礼します」
櫻井 舞:「私も、失礼します。刑事さん、案内しますね」
櫻井舞も僕に深く頭を下げ、男を連れてオフィスを出て行った。
目黒 修:「はぁ~……」
静かになったオフィスに僕の安堵の溜め息が響く。
崩れ落ちるようにソファに座り込み、櫻井舞に感謝をした。
櫻井舞が居なかったら僕は捕まっていたかもしれない。
コレクションを続ける事が出来なくなり、殺人鬼の恋人として栞を悲しませていたかもしれない。
命の恩人である櫻井舞に感謝をすると共に、ますます欲しくなった。
容姿も心も美しい櫻井舞は、やはり僕の10体目のコレクションに相応しいと再確認した。
目黒 修:「あ、そうだ……」
僕を捕まえ損ねた男の名前が知りたくなった。
僕は胸ポケットに入れた男の名刺を取り出して、印刷された文字を見る。
目黒 修:「ふりがなが無いと、読めないな……」
‟
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