第30話


目黒 修:「それで、えっと……僕に何の用ですか?」


警察の男:「あ、その前に自己紹介をしておきますね。申し遅れました」


そう言って男はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、名前が大きく印刷された一枚の名刺を僕に差し出した。


僕は名前を確認するフリをして、受け取った名刺を白衣の胸ポケットにしまった。


僕はこれから目の前の男に捕まるのだ。


僕の邪魔をする男の名前など知りたくもなかった。


目黒 修:「今、僕も名刺を持ってきますね」


警察の男:「あ、お手間を取らせてしまうので大丈夫ですよ」


男はデスクの上に置いたバッグを取りに行こうとした僕を止めた。


中には名刺が入っているのだが、僕は大人しくソファに座り直し、口を開く。


目黒 修:「じゃぁ簡単な自己紹介を。僕は目黒修です。ここで心臓外科医をしています」


男は僕の簡単な自己紹介を書き留める為に、手帳を取り出した。


目黒 修:「それで……ご要件は?」


警察の男:「最近、こちらのナースさんが行方不明になっているのはご存知ですか?」


僕は警察が仕事中に”ナース”という言葉を使うなんて変わった男だなと思いながら、彼が僕の自己紹介を手帳に書き込んでいるのを静かに眺めた。


目黒 修:「小山るうさんですよね? 他の看護師達から聞いています」


警察の男:「まぁさすがに知らないはずないですよね。毎日コーヒーを持って来てくれるらしいですし」


男は小さな手帳にボールペンを走らせながら話を続ける。


警察の男:「先ほど、小山るうさんのお写真を拝見させて頂きましたけど……ちょー美人さんッスね。毎日一緒に居られるのが羨ましいですよ」


男は人当たりの良い笑顔を浮かべながら、羨ましそうに僕を見る。


目黒 修:「いや、毎日ではないですよ。他の看護婦も持って来てくれますから」


警察の男:「え!? じゃぁ毎日、代わる代わる美人ナースがコーヒー持って来てくれるんスか! ますます羨ましいです」


目黒 修:「ん~まぁ、そういう事になりますね」


僕は本気で羨ましがる男を見つめ、苦笑いを浮かべた。


警察の男:「この病院、若くて美人なナースさん多いじゃないですか。ぶっちゃけ、摘まみ食いとか本命とか居るんじゃないですか?」


男はいやらしい笑みを口元に浮かべ、ぐっと僕に顔を近づけて小声になる。


目黒 修:「そんなことしたら僕の首が飛びますから、してませんよ」


警察の男:「えー! もったいないなぁ。俺だったら片っ端から……あ、すいません、話がそれてました」


栞が嫌いなタイプのチャラい男は、咳払いをして本題に戻った。


警察の男:「その小山るうさんが 無断欠勤が続いていたので院長先生が親御さんに連絡をしたみたらしいんですが、実家にも居なかったようで、今回捜索願が出ました」


小山るうは僕の地下室で、既にコレクションに加わっている。


まだ眺めながら酒を飲んでいないのに、僕は捕まってしまうようだ。


警察の男:「こちらの方で色々調べたところ、都内のバーで飲んでいる目撃証言がありまして……確認したところ、お店の防犯カメラにもちゃんと映っていました。結構酔ってたみたいですね。お店を出る時はフラフラでしたよ」


‟酔ってたみたいですね”と言われ、僕を試しているのだと直感する。


男は酔った小山るうを、僕が車に乗せた事を知っているようだった。


それとも家に連れて行った事まで知っているのだろうか?


目黒 修:「そういえば僕、夜中に小山さんが道路に座り込んでいるのを見ました」


警察の男:「ほぉ……」


目黒 修:「危ないから家まで送るつもりだったんですけど、車酔いしちゃったみたいで途中で降ろしたんです」


僕は逃げられるか、賭けをする事にした。


警察の男:「それは目黒先生の車に乗せた、という事ですね?」


目黒 修:「はい、助手席に乗せました」


廊下で栞が盗み聞きしていたらと不安になったが、いくらでも言い訳はできる。


今は目の前の男から逃げられるか、見極める事に集中しよう。


警察の男:「なるほど。確かに助手席に乗せている姿が防犯カメラに映っていましたね」


やはりは男は僕が小山るうを車に乗せた事を知っていた。


知らぬ顔をしなくて正解だったらしい。


小山るうが酔っていた事や車に乗せていた事を黙っていたら、僕は瞬殺だっただろう。


警察の男:「ちなみにどの辺りで降ろしましたか?」


目黒 修:「あぁ……あんまり覚えてないんですけど」


僕は小山るうを乗せた場所から数分走った適当な場所を教えた。


警察の男:「本当に、お持ち帰りしてません? なんだか先生は」


バンッ!


男の言葉を遮って、突然オフィスの扉が開いた。


???:「あ、あのっ!」


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