第21話


帰ろうと支度をしていると、よく栞がオフィスにやって来る。


僕の勤務終了の時間を知っているから、その時間を見計らって来ているのだ。


いつも今日あった事や誰かの噂話、何でもないような他愛のない会話をして、一緒に居る所は目撃されないように別々に帰る事が多い。


でもノック無しに扉を開けた今日の栞は不機嫌な顔をしていた。


綺麗に描かれた眉をぐっと寄せ、こちらに歩み寄ってくる一歩一歩が力強い。


全身で‟イライラ”を表現している栞は、デスクを挟んだ僕の前に立った。


目黒 修:「喧嘩でもしたの?」


僕は困った表情を浮かべ、栞の怒りを抑えようと子供をあやす様な優しい口調にする。


内田 栞:「……しそうになったわ」


栞が僕を見下しながら腕を組む。


目黒 修:「……誰と?」


鞄に書類などを入れながら聞く。


チラリと栞を見ると綺麗な顔には不釣合いな青筋が浮かんでいた。


内田 栞:「舞とよ! ってか告られたって本当なの!?」


バンッ!!


栞は僕のデスクを手の平で叩く。


目黒 修:「今朝、いきなり言われたんだ……」


僕に非は無いと訴えるつもりで栞の目を見る。


内田 栞:「私がいるのに何で直ぐ断らなかったわけ!?」


やはりその点で機嫌が悪かったのか。


目黒 修:「仕事場が一緒だからすぐ断るのはかわいそうかなって。少し時間を置いてからの方が気持ちの整理がつきやすいかと思ってさ。それに……」


僕は一度言葉を区切り、栞の表情を窺う。


栞は眉を寄せながらも、僕の言い訳を聞いてくれていた。


目黒 修:「仕事で一緒になることが多いし、きっぱり諦めてもらうには栞の名前を出すべきなんだろうけど、僕の判断で言えるものじゃないから、栞に相談しようと思ってたんだよね」


僕の言い訳を一通り聞いた栞は黙り込む。


心の中を見透かされているような気がして怖かった。


我ながら酷い言い訳だが、信じてもらえるだろうか。


長く感じた沈黙は栞が息を吸い込んだことで終りを迎える。


内田 栞:「……それ本当? キープしようとしてない?」


目黒 修:「そんなわけないだろ。栞が思ってる様な事は無いから、心配しないで」


僕は下から栞の顔を覗き込む。


栞は僕の言葉を信じるか悩んでいるようだった。


やがて栞はため息をついて、僕を見上げた。


内田 栞:「疑ってごめんなさい。私はてっきり……」


栞は僕の方へ回り、僕の存在を確かめるように抱きつき、胸に顔をうずめた。


僕は心の中で安堵の溜め息をつく。


目黒 修:「大丈夫だよ。僕は栞だけを愛してるから」


その気持ちは嘘ではない。


栞の髪を優しく撫でる。


顔を上げた栞は背伸びをして、潤んだ瞳をそっと閉じ、僕と唇を重ねた。


内田 栞:「ん……」


唇を合わせるだけの小さなキスを繰り返し、やがて口を開いて舌が絡み合う。


僕は心の底から栞を愛している。


栞を、栞だけを愛してる。


それに嘘偽りはない。


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