第15話
雨がパラつく水曜日。
この日は男女合わせて23人の診察と、一週間前に手術した2人の患者の抜糸の処置を行った。
小山るうの食事の誘いを断り、大急ぎで帰宅する。
僕のコレクションが増える日。
僕はこの日を楽しみにしていた。
予定より少し日にちは過ぎてしまったが、それはそれで構わない。
日にちを延ばせば延ばすほど‟楽しみ”は増す。
僕は今、その‟楽しみ”が頂点にある。
これで予定が明日にでもズレたら僕は耐えられないだろう。
硝子の向こうに居る會澤小春は自分の足首に付いた鎖をただ見つめていた。
下を向いているが、その顔は死んだ魚の様な顔をしていた。
その中にも儚げな美しさを秘めていて、まるで悲劇のヒロインの様だった。
L字型の取っ手を下ろし、僕は部屋の中に入る。
白いタオルを持って――。
會澤小春:「……私をどうするつもりですか」
會澤小春は視線を鎖に向けたまま淡々と言った。
目黒 修:「前にもお伝えしたとおり、神秘的な理由から貴方の体が欲しいんです」
會澤小春:「神秘的って、綺麗な体って意味ですか?」
目黒 修:「はい、貴方のことは遺伝子が創り上げた芸術作品だと思っています」
會澤小春:「……服を着てる姿しか知らないはずなのに、どうして私の体が綺麗だって分かるんです? 盗撮でもして服の下の体を把握しているんですか?」
會澤小春は顔を上げて、扉の前で立っている僕を見上げた。
目黒 修:「盗撮なんてしていませんから、會澤さんの言う通り僕は貴方の服の下の肌を知りません。ですが僕には美しい体を持つ女性を見抜く力があるんです。きっとキメ細かい滑らかな肌が広がっているだろう、と」
會澤小春:「だったらその力が本物かどうか、今すぐ確かめてみてください」
會澤小春は立ち上がると、この地下室に招待する前にコンビニで購入した服を脱ぎ始める。
パサリ、パサリ……と静かな硝子部屋の床に服や下着を脱ぎ捨てていく。
そして最後の一枚となったショーツに手をかけ、一瞬だけ迷ったあと、會澤小春はショーツを下ろした。
會澤小春:「……どうですか? 想像と一致しましたか?」
表情ひとつ変えずに服を脱いでいく會澤小春を見つめていた僕は、改めて彼女の裸体を眺めた。
細長い手足、鎖骨や肋骨がわずかに浮かび上がる上半身、小ぶりな胸、寒さで立ち上がる乳首、縦に伸びた臍、整えられたアンダーヘア、重力に逆らう小尻、毛穴の目立たない滑らかな肌。
そして――。
目黒 修:「……まさか、太腿に入れ墨があるなんて思いませんでした」
正直、派手な身なりではない會澤小春の太腿に這い上がるような「蜘蛛」の入れ墨があるとは思わなかったし、上品そうに見える彼女には不釣り合いにも思えた。
會澤小春:「先生の思う美しい体ではなかったでしょう?」
目黒 修:「そんなことはありません」
僕は意外性があるからといって「美しくはない」とは思わなかった。
目黒 修:「美しい作品に芸術が刻まれたにすぎません。貴方の体も、入れ墨も美しいと思います。例え傷跡だったとしても結果は変わりませんよ。それは貴方が生きた証ですから」
會澤小春:「そんな……」
會澤小春は困惑した様子で視線を彷徨わせた。
入れ墨をみせることで僕が手放す可能性に賭けたようだが、そんな些細なことで僕は會澤小春を解放するつもりは毛頭ない。
目黒 修:「大人しく僕のコレクションになることを受け入れてください」
會澤小春:「……コレクション?」
目を細めた會澤小春は小さな声で聞く。
目黒 修:「貴方は僕の8人目のコレクションに選ばれたんです」
僕は優しく微笑み、ゆっくりとした足取りで會澤小春に近づく。
当然、會澤小春は死を直感し、美しい顔を恐怖に歪める。
會澤小春:「こ、来ないでッ……!」
尻を床に擦りながら後退りをする。
でも僕から逃れる事など出来ない。
この硝子部屋の唯一の出口は僕の背後にあり、會澤小春の足首と床は短い鎖で繋がれているのだから。
會澤小春:「いやっ!来ないでったらッ!!」
壁に背中をぶつけた會澤小春に手を伸ばす。
會澤小春:「いやあぁぁあああーっ!!」
耳を塞ぎたくなる悲鳴が分厚い硝子に覆われた部屋に響く。
會澤小春は近付く僕から逃げようと壁に手をついて立ち上がり勢い良く駆け出したが、鎖につまづいて前に倒れ込んでしまった。
焦る會澤小春は無我夢中で
僕に背中を向けるなど、殺してくれと頼んでいる様にしか見えなかった。
會澤小春:「いやッ!いやッ!」
僕は隙だらけの背中に馬乗りになって、必死に動く肩を力尽くで床に押さえつける。
會澤小春:「いやああぁあぁぁーっ!!」
ジタバタ動く肘を僕の膝で押さえ込み、大橋美鈴の上半身の動きを封じる。
會澤小春:「やめてッ!触らないでッ!!」
僕は會澤小春の華奢な首に白いタオルを巻き付け、一気に締め上げる。
會澤小春:「うッ……!」
途端に會澤小春の悲鳴が途絶える。
會澤小春:「うっ……んぐ……がっ……!」
美しい會澤小春とはかけ離れた醜い呻き声を上げながら、華奢な体からは想像もつかない力で僕を振り下ろそうとする。
僕は暴れ馬に乗っているような気分で必死に首を締め続けた。
やがて會澤小春動かなくなった。
僕はそっと白いタオルから手を放し、脈を測る。
目黒 修:「貴方の美しさは、老いることなく続いていきますからね」
僕は事切れている會澤小春の耳元で囁き、そのまま処置室に運び込んだ。
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