第16話 突撃


「おらぁー!御用改めじゃコラァー!」


 ん?少し違ったかな。まぁいいか。


 昼休みになったので、早速部室のドアを蹴破る勇気はないので若干強めにピシャリと開き、先輩を探す。


 先輩は公には授業免除。裏では堂々としたサボりという事で大体いつもこの場所にいる。


 そして大体器具類に埋もれている。


「先輩〜!せんぱーい!何処ですかー!」


 そこらへんのなんだかよく分からないごちゃごちゃとした器具をひっくり返しながら、ダンゴムシ先輩を探す。


 ダンゴムシは大きな石の下とかに沢山いる、湿ったところが大好きな虫である。


 一通りひっくり返してみたが、何処にも先輩は見当たらなかった。


「どこかに行ったのかな……?」


 俺はついでに部屋の片付けも済ませると、先輩を探しに部室を出た。



£££



「……ここなら誰も来ませんよ。部長さん、どうぞ腰掛けて下さい」


「ふむ。突然拉致されたかと思えば、何だね?君は確か、アキラ君の弟だったかな」


「その通りです阿須先輩。僕は中等部の筈ですけど、見かけた事でもありました?」


「まぁ、ほんの数回だがね。君は高等部でも多少有名なようだし、それに唯一人の、我が部活に共に所属するアキラ君の家族ともなれば、私が把握していないわけないさ」


「ふーん?……」


 アラタは知っている。この女は兄と同じく16歳の筈だが、高等部では天才と称される傑物である事を。


 アラタは激戦になる事を想定し持ち手の怪物を可能な限り動員して彼女のいる部室に確保に向かったが、何の抵抗もなくあっさりと彼女はこの場まで捉えられてきた。


 報告用の怪物によれば、彼女は山と積まれた研究器具の中に埋もれて猫のように丸くなり眠っていたらしい。


 その話を聞いた時は拍子抜けしたものの、アラタは目の前にいる阿須麻里に向けて警戒の籠った視線を向ける。


 どうも優雅に足など組んで、その長い髪の毛先を弄んでいる様子から見るに、緊張など僅かにも孕んでいないように見えた。


 寝て起きたら知らない場所に拉致されていたのだ、もう少し焦りが見えても良いだろうに、アラタにその目的すら問いかけてこないところを見ると、余程の備えを持っているのか。


 それともただの虚仮威しか。


 ここは家族の中でもアラタとサキ、そして今のアラタには何処にいるかも分からない姉しか知らない秘密の地下室である。全面にコンクリートが敷かれた、脱出不可能な場所。


 アラタとその正面の椅子に腰掛ける阿須麻里の周囲にだけ光が差し、その外は暗闇が覆っておりここが何処かも分からない。逃げられる筈もない。


 そこまで違和感のない程度の時間だけ頭を回した後、アラタは微笑みを浮かべて阿須麻里に話しかけた。


 何はともあれ、現在有利なのは自分なのだ。74の怪物も、兄の警護に向けた68体以外は全て揃っている。


 万全だ。これ以上ない。


「それで、阿須先輩?何か僕に言いたいことはありませんか?」


「言いたいこと?君にかい?」


「ええ、阿須先輩」


 直接本題に入ったりはしない。余裕を見せて、会話の余地があると思わせることが交渉の基本である。あとは相手が、勝手にベラベラ話してくれる。


 だが、目の前の女はそんなアラタの思惑を見透かすように目を細めた後、心の中で薄く笑みを浮かべた。


 しかし表面ではまるで心当たりなどないように、うーんと唸って見せる。


 そうかと思うと目を見開いて、思い出したとばかりに手を叩いた。


「……あぁ、そういえばアキラ君の弟だったね、君。どうも似ていないから、一瞬反応に困ったよ。そのつながりで言えば、ない事もない」


 アラタは一瞬、頭に血が昇りかけた。すんでのところで理性を保つと、阿須に向けてもう一度笑みを浮かべる。


 似ていないなんて、初めての言葉だ。挑発のつもりなのだろうか。


 考えてみれば、それはアラタを直接侮辱する言葉にはなり得ない。しかしどうにも、大好きな兄と似ていないなどと言われると、我慢ならない部分がある。


「……何が言いたいんですか?」


「いやね———君には勿体無いくらいのお兄さんだと思っただけだよ。それ以外に意味はない」


 そう言って、阿須麻里はケラケラと笑った。


 アラタの余裕は一瞬でなくなった。



「……何のつもりだい?」


「兄さんに処方したあの薬の製法と解除法を教えろ。そうすれば命だけは助けてやる」


「まるで悪役のセリフだねぇ」


 阿須麻里の周囲に、無数の手があった。それは彼女の四肢にまで伸び、その体を強く押さえつける。


 だが、阿須麻里は余裕の表情を崩さなかった。少なくとも虚仮威しだけではないと、アラタは冷静な脳の一部でそう感じ取った。


 しかし、その暴挙を止めるには至らなかった。

 

 阿須麻里の全身に置かれた腕に籠る力が強くなる。筋肉が押し込まれ、骨がミシミシと音を上げる。常人なら痛みで叫び出し、口の端から泡を飛ばしてもおかしくない状況だった。


 それでも阿須麻里は笑っている。


「くく、くすぐったいよアラタくん」


「こんな状況で、よく笑えるね」


「おや、取ってつけたような敬語が消えているよ?アキラの前でも、同じように猫を被っているのかな?」


「黙れ」


「おいおい、追い詰められているのは私の方じゃないのか?余裕がないぞアラタくん。いつもの媚びたような笑顔はどうした?」


「黙れよ、女が」


 一際強く、アラタはドス黒い声を出した。普段の愛想の良い態度は鳴りを潜め、そこには殺意と怨嗟があった。


 阿須麻里は途端に無表情になる。それは普段のように、若干眠たそうな目をしていた。


「ふむ。それが君の本心だと言うことで宜しいかね、アラタくん」


「……もう、お前は生きて帰さないことに決めた。新しい怪物の一体になってもらう。薬の製法もお前の研究室を見て自分で見つける」


「それは困るな。研究室を荒らされるのは。しかし、それは私を殺せたらの話だ」


「ボケてんの?殺すって言ってんだよ」


「君には出来ないよ、アラタくん」


「……もう、問答にも飽きた。やれ」


 怪物達に指令を出すアラタ。その膂力については当然よく認知している。人一人をバラバラにするなんて造作もないことだった。



 そう、次の瞬間には阿須麻里の小さな体は萎びた雑巾のように搾られ、赤い血でその足元を濡らすはずだったのだ。


 そのがこなければ。


「う、うわ、暗い……。麻里部長ー!ここに居るんですかー!返事して下さーい!」


 その声は二人のよく知るものだった。


 言わずとも、三神輝である。


「なっ?!」


「ふむ、来たか。随分ギリギリだったな」


 驚くアラタに対し、阿須麻里は冷静だった。まるで彼がここに来ることが分かっていたかのように。


 どうして———?


 その原因を考える前に、アラタの脳はフル回転していた。この状況をどうやって誤魔化すか。


 幸い、この場所は広い。今少しの猶予がアラタには残されていた。


「クソっ、お前達はその女を隠せ!兄さんは誰かを探してるみたいだ!諦めるまで身を隠し続ける!」


 アラタは根比べに出た。

 


 



 






 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る