第15話 心当たり
「あ、お兄ちゃん、おはよう」
「ああ、おはようサキ」
意を決してリビングに降りると、そこには椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせているサキがいた。
「今日は珍しく起きるの遅かったんだな。アラタから聞いたんだけど、昨日ぶっ倒れたんでしょ?大丈夫?」
「う、うん、平気。何ともないよ、サキ」
「ふーん」
内心では少々焦りながらも、それを表には出さないように、いつも通りの話し方を心がけて喋る。
何故焦っているのかと言えば、僕が私になってしまったからである。この意味が分からないとは言わせない。アラタやサキにこの事がバレたら、何をされるか分かったもんじゃないのである。変わってしまった僕の体に悪戯をするのか、調査と評して悪戯するのか、寄り添うふりをして悪戯をするのかは分からない。ひょっとしたら何も起こらないかもしれない。しかし、想像の及ばない事態を楽観視は出来ないのである。よって僕はこの事態を隠し通すことに決めた。
と、そこで背後から何者かに突然抱きつかれた。当然心当たりはある。
「にぃさーん!おはよ!昨日の僕の料理食べてなかったでしょ?だからね、にぃさんの分だけ、僕が昨日作ったやつを温めたモノなんだ!愛情沢山込めたから!沢山食べてね!あーんしてあげる!」
顔だけ振り向くと、僕の腰あたりに抱きつくアラタが見えた。大変嬉しそう。いつも通りである。
これを見たサキが不機嫌そうに、唾を吐いて眉を顰めた。汚っ。
「おいアラタ、あんまりベタベタすんじゃねえよ。お兄ちゃん困ってるだろうが」
「えー?にぃさんが僕に困ることなんてあり得ないよー。どっちかと言うとにぃさんと僕の蜜月を邪魔するねぇさんが困らせてるんじゃないかなー?そーだよねー、にぃさん?」
「……え?いや、それ「そうだよね?」」
アラタが腰に抱きつく力を強めると、骨盤の辺りからミシミシと音が聞こえてきた。いたたたたたたたた。流れるような武力行使。
「……う、うんうん、そうかもね?」
「でしょー?」
「てめぇ……」
朝から険悪な雰囲気を作るのはやめてほしいなぁ。
£££
ところ変わって我らが学び舎、泥那奴盧学園。本日は確か放課後に文化祭の打ち合わせがあるとかなんとか。しかし、部長に自身の肉体の変化について問い詰めたいため、昼休み程に先輩のクラスに突撃する所存だ。
「意外と気づかれないもんだな……」
そして現在の僕は、校庭でサッカーの授業を受けている最中である。
あのMAD部長から押し付けられた薬の効果とは、全くもって凄まじいものであった。
だってさ、なんか体の作りというか、骨格からまるで女子みたいな形になってたんだもん。違和感を抱いて鏡を見てみたら、体が女性特有の丸みを帯びていたんだ。よく童顔だって言われるけど、顔立ちもそれっぽくなっちゃうし。クラスメイト達にも何か言われるかもとか内心すごく焦ってたんだけど。
まぁ、気づかれなかった。何だろうね。結構顕著な変化だと思うんだけど。そんなに僕に興味がないのかな?納得。
「まずいぞ抜かれた!そっち行ったぞ!」
「ふはは!サッカー部エースでクリスティアーノ・ロナウドの生まれ変わりと言われた俺を止められるものか!」
「ロナウド生きてるだろ……」
「クソ、止められねぇ!」
『おおっと!サッカー部エースでクリスティアーノ・ロナウドの生まれ変わりと呼ばれる男、西原!次々と相手を抜き、ハーフラインを超えました!これは凄い!どうですか、解説の栗本さん!』
『えー、そうですね。まずロナウドは生きています。マラドーナ辺りが妥当じゃないでしょうか。そしてハーフラインを超えたくらいで西原くんもイキらないで欲しいですねぇー』
ん、なんか前の方が騒がしいな。人がわちゃわちゃしてて良く見えない。
「やばい、また抜かれた!」
「ちょ、やばいって!こっち来ないでよ!」
『おぉーっと!これで西原4人抜きです!ゴールへの道が開けました!流石はクリスティアーノ・ロナウドの生まれ変わり!まるでマラドーナのような流れるようなステップ!」
『じゃあもうマラドーナでいいだろ……』
「ふははは、どけどけどけーいっ!」
「ちょ、まじ無理だって!こいつのシュートとか受け止めたくないぞ!絶対痛い!」
『そしてキーパーに迫る西原!キーパーをするのは痛がりの柔道部員、鈴代!体格の良さのみでキーパーに選ばれた男!西原のシュートを受け止められるのか?!』
『いや、やめてやれよ。無理矢理キーパーやらすなよ。可哀そうだろ。そして何故痛がりの癖に柔道部に入った鈴代』
む、前方から騒がしい奴が来たぞ。よく見たら敵チームのユニフォーム着てるじゃないか。たしかサッカー部の西原くんだっけ。しつこく勧誘されてるから、他クラスだけど名前は知ってる。あれ、こっちチームの他の皆んなは何してるんだろ。
「ふはははははははははははぁっ?!」
まぁいいか。
西原君が前を過ぎた半瞬後、左斜め後ろから足を差し込み、そのままボールを抜き取るように横にずらす。
足元に当たるボールの感触が喪失した事に気づいた西原君がこちらを向く。
その数瞬前に彼の死角である右背面に移動していた僕は、敵陣へドリブルを開始する。
「ちょっ、あれっ?!」
「おいっ!何やってんだ西原っ!」
『混乱する西原!しかし、状況は待ってはくれない!彼のボールをいつの間にか掠め取った者の正体とは?!次回!西原死す!お楽しみに!』
『お前、それ解説じゃねえよ。西原死すじゃねぇよ。ていうかこの展開読めてただろ。わざわざ煽るようなこと————ちょ、誰!待って、マイク奪わないで!出ていってギャアアアアアアア!!!!!!———————』
ピー、ピー、ピー、ガチャ。
『えー、ただいま実況を変わりました。泥那奴盧学園生徒会会長多月風と申します。前任の栗本さん及び他一名は急な腹痛で保健室へと運ばれました。解説は私が引き続きさせていただきます。相方は同じく生徒会執行部、森さんでお送りさせていただきます』
『も、森です!よ、宜しくです!』
ん?実況変わった?それにこの声、会長じゃないか。あと割と仲良しな森さん。
『さて、サッカー部の西原さんからボールを奪ったのは生徒会執行部、三神さんですね。彼は生徒会の一人として選ばれるだけあり、文武両道に精通しています。部活動では、科学研究・発明部に所属しているそうです』
『す、凄いですね。西原君はサッカー部なのに……あ、凄い、おぉ、うぉ、ほぉ』
『森さん、実況解説になっていませんよ』
『え、あ、はい!すいません!えぇーっと、あ、凄い沢山人を躱してますね、ドリブル?上手です……な、なんかボールを背中に載せてますよ。あ!蹴り上げました!人を、越えて、おぉ!足でキャッチしましたよ!』
『……はい、凄まじい技量ですね。彼は様々なスポーツ競技に精通しているそうですが、その裏で途轍もない努力をしていると聞きます。早朝三時からトレーニングに励み、肉体改造を怠らず、多くのスポーツに手を伸ばしています』
『会長、よく知っていますね……』
『一部では常識ですよ。……あぁ』
『おお……。……入りましたね』
ピピー!
『入りましたね。そしてここで試合終了のホイッスルです。皆さん、お疲れ様でした』
『でした』
ピー、ピー、ガチャ。ツー、ツー、ツー。
「それにしても、三神君女の子みたいな顔してますよね。男子の中に女子が混じってるのかと思っちゃいましたよ」
「そうですね。三神さんは中性的な容姿をお持ちですからね。弟のアラタ君はより女性的な容姿ですが」
「あ、そうですよね!最初に出会った時は妹さんかと思いましたけど、違うんですよね!あと、三神くんって、男子と仲良くしているところを見ると、その……ぐふっ、ぐふふふふふふっ!」
「……森さん。貴方の趣味は否定しませんが、程々にお願いしますよ?」
「わ、分かってますよ、会長———ぐふっ、サッカー部×三神くん、ぐふっ、ぐふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「……」
£££
————これは、三神輝が三神邸を出る前のこと。兄弟二人の会話である。
以下、アラタ視点。
£££
「なぁ……てめぇ、気づいてるよな。アラタ」
ねぇさんが、剣呑な様子で話を切り出した。脈絡のない言葉に思えるが、僕にはその心当たりがあった。
「何言ってるの、ねぇさん。当たり前じゃない」
あのいつもと異なる柔らかな触り心地。ふよふよしていて、ふわふわしていて、あれは良いものだ。ちゃんと全身、見て、触って、嗅いで、確かめたから。
「まぁ、気づいてるよな。……おい、アラタ。やりすぎんなよ?」
僕に釘を刺すねぇさん。言われなくても、分かってるよ。
「ん、んふふふふふふふふ。どうかな?」
でもまぁ、素直には返答しない。大体本心を言っても信用されないし。それはお互い様か。
僕の返答に、訝しげな表情で返すねぇさんを見る。
「でもそれより、先ずはあんな事になった原因を探ろうと思うんだけどさ」
「ふーん?」
まぁ、それも心当たりはあるんだけど。夜のうちに検査したにぃさんの体内から、なんか変な薬が検出された。原因は恐らくこいつだろう。そしてこんなものを作れるのは、考えられる中で一人だけだ。
僕は笑みを浮かべる。
「作り方を、教えてもらわないとね」
「……やり過ぎんなよ」
だから、分かってるって。
ヤンデレがいる日常より 御愛 @9209
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