第13話 ぶちょう
翌日学校に行くと、他の生徒の誰よりも早く来ていた多月風会長に出会った。
そもそも朝礼なので生徒会執行部である会長が早く来ている事に違和感などないのだが。
「あ、会長。昨日はどうも、うちの弟がご迷惑をおかけしました。普段はちょっと頭がおかしいだけの子なんですけど、昨日は大分おかしかったみたいで」
「……いえ、お気になさらないで下さい。元はと言えば生徒会室の主たる私が管理してしかるべき事を怠ったのですから。あれほどの事でめくじらを立てたりは致しませんよ」
「いや、あれはどう考えても常識を持たないうちの弟が悪いと思います」
ふふふ、と微笑をたたえながらすんなりと許容してくれる会長は、きっと育ちが良過ぎるのだろう。似非上流階級の駄目息子とはえらい違いである。
「……」
ところで、昨日アラタが言っていた粉砕した扉の片付けを頼んだ者とは、一体誰なのだろうか。会長はそれを知っていたりするのだろうか。
「……」
「会長、昨日僕が帰った後に誰か人が来ませんでしたか?弟が人をやったとか言っていたんですけど」
「……人、ですか?……そう言われれば、そんな気もしますね」
「……それはどういう意味ですか?」
「……全身を黒い雨具で覆った巨大な人間のような怪物が、昨日せっせと扉の後片付けをしてくれたのです」
……?おいアラタ。なんだよ人間のような怪物って。人外に後片付けを頼むとか、そんな事聞いてないんだけど。あの弟なら普通にやりそうだけど。それが逆に怖いわ。
「……こんな事もあるんですね」
「流石にそれはないと思いますよ、会長」
許容する出来事にも限度があると思います。
それから僕らは二言三言会話してから、その後の朝礼に臨んだ。
生徒会の活動といえば、学校行事の取り締まりだったり、風紀の維持だったり、学校外部との連携や交流を仲介したりなど多岐に渡るが、何事においても枕詞に『多忙な』がつくほど忙しい事は言うまでもない。
大体生徒会本来の仕事がない日ほど、予定が空いていると思われて色々と頼まれたりするのである。
昨日の僕みたいに。
そんなことを思いため息を吐くと、もう放課後だった。
本日は生徒会での活動がないにも関わらず、珍しくなんの仕事も託されなかった。ラッキーである。目下取り組まなければいけない仕事もない。
……確か今日は部長が来てるんだっけ。
ふと僕は部員数二名しか居ない部活の存在を思い出し、下階の部室へと足を向けた。
£££
なんか、また様相が変化しているような……。
僕は部室の扉を開けると、真っ先にそんなことを思った。
一言で言うと、まるで新築のように壁が白い。この空間だけ本来の校舎とは切り離されているような感覚に陥る。その理由を知っているだけに、どうも素直に喜べない自分がいる。
僕は荷物をドアの横に置き、部屋内を見渡す。長机や床下に色々な器具が散乱している。また物が増えたな。
「部長ー、居ますかー?部長ー?」
二人しか部員がいないというのに、この部室はかなり広い。元はどれだけ居たかは知らないが、結構な人数が居たとは聞いている。部長を除き全員やめてしまったようだが。
机の上に山と積まれた物が視界を遮るせいで、なかなか視界が悪い。幾つかの長机をぐるりと回って部長を探す。
しかし見つからない。どうやらまだ此処には来ていないらしい。
それならしばらく腰を落ち着けて待っていようと、近くのクッションに座ろうとして———
「プギゃっ?!」
「うわっ?!」
そのクッションから生々しい感触が帰ってきた。ついでに生々しい悲鳴も聞こえた。
「い、いたたたた……誰だ、私の上に乗ったのは……?」
「ぶ、部長……?」
「……あれ、アキラ君じゃないか。どうもおはよう。もしかして、今のはアキラ君かい……?」
眠そうに目を擦りながら、ひょっこりと上体を起こしてこちらを見上げる白衣を着たお子様。それは我らが科学研究・発明部部長、
「部長、もしかしてまた部室に泊まっていたんですか?」
僕の質問に、部長はこくりと怠そうにうなづいた。
「うむ。その通りだ。少し滞らせていた薬の調合があったのでな。徹夜で仕上げたのだ。そのまま寝落ちしてしまったようだが、さて。成果物はどこに置いたのだったか……」
周囲を見回して、様々な実験器具の山から保管用の小型冷蔵庫を捜索する部長。僕もそれを手伝う。
お、あったあったと声を上げながら、部長は僕を手招きした。どうやら見つかったらしい。
「これは私が思いつきで作った物なのだがな。その効能を当ててみてくれないか」
「部長の事ですから、またしょうもないものを作ったんじゃないですか?」
僕はとある理由があり、この人の前では猫を被らずに接する事ができる。それが良い事かと言えば、そうとも限らないのだが……。
「しょうもないものとはなんだね。しょうもないものとは。これはきっと人類史に残る、世紀の発明になるぞ」
「思いつきで作ったものなんですよね」
「私は天才だからな。思いつきで作ったものが、世紀の大発明となったりするものなのだ」
「なるほど……」
僕は生返事を返すが、部長は満足そうな顔で小型冷蔵庫を開き、そこから真っ赤なグロい液体が入った瓶を取り出した。部長が天才だという言葉には同意せざるを得ないだけの実績があるが、僕はその事実を素直に認めたくはないのである。だって凄く調子に乗るし。
「それで、どうだね。この薬の効能を当ててみろ。当てる事ができたら、この薬の被験者第一号となる栄誉を与える」
「そんな怪しげで毒々しい薬の被験者になんて、大金積まれてもなりたくないんですけど」
「そうだ、この薬の効能とは性転換である」
「僕が正解を当てたみたいに言わないでくださいよ。被験者なんて、絶対に嫌ですからね。それより本当に世紀の大発明っぽいのが癪に障るんですけど」
「そんな事を言って、断れる立場にあると思うのかね……?」
部長は眠そうな目をいつもの三パーセントほど見開いて言った。ついでに白衣の懐から取り出した、僕のとある写真をぴらぴらと振る。これが僕が彼女に忌憚なく接する事のできる理由である。これが彼女の手元にある限り、僕は彼女に逆らう事は出来ない。彼女が部活に来る日には必ず僕も部室に行かないといけないというのも、これが原因となっている。
「くっ、汚いですよ部長……ついでに風呂にも入っていないので部長は汚いですよ……」
「黙ってさっさと薬を飲むがいい。あと女の子は汗をかかないんだ。トイレにだって行かないし、細胞レベルで清潔なのだ。だから私は汚くないっ!」
「それもう人の形をした何かですよ……」
「それよりさっさと飲むがいい。折角私が徹夜で調合を行なったのだ。アキラ君はその努力を無為にする気か?」
「僕なんかに飲ませる方がよっぽど無為な気がするんですけど……」
「やかましい。飲めったら飲め。飲むんだ。さもなくばこの写真を日本全国に名前と住所をつけてばら撒くぞ。さぁ、飲め」
ずずいと僕にグロくて赤いドロっとした液体をすすめる部長。
僕はそれを恐る恐る手に取る。ひんやりとした温度が手の平に伝わる。部長の目を見ると、さっさと飲めという目で顎をしゃくった。
まじまじとその赤い液体を見直すと、どう見ても体に良さそうなモノとは思えない。だがまさか命の危険があるモノではないだろう。流石にそうだと信じたい。いや信じるしかない。
もうどうにでもなぁ〜れ。
僕は一息にその液体を飲み干した。
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