第12話 かえろうよ。
「にぃさん、かえろ」
アラタに手を引かれ、生徒会室を後にする。粉砕した扉をどうするのか聞いたところ、既に後処理は頼んであるそうだ。
誰に頼んだかは教えてくれなかったけど。
というかどうやってあの硬い扉を粉砕なんてしたのだろうか。まさか自前の肉体で何とかしたとか言わないよね。
……駄目だ自信ない。ウチの弟妹はもう人外だからなぁ。
「……アラタ、どうしてここが分かったの?」
「愛の力だよ」
普通に推理したんだろうな。アラタと別れてからの時間的にも行動範囲は限られてだろうし、予想する事はそう難しい事じゃないだろう。愛の力とはまた大袈裟な。
「……ねぇ、にぃさん。あの女の名前、教えて?」
アラタが突然、妙に真剣な表情でそんな事を言う。
「え?……あの女って、会長の事?駄目だよ自分の先輩をあの女呼ばわりなんて……………ごめん、そうだよね。早く教えて欲しいよね。あの人は高等部の生徒会長、
アラタの冷たい視線に急かされるようにして、僕は会長の名を直ぐに口にした。
会長にさよならを告げずに部屋を後にしてしまった事が悔やまれる。きっと粉々になった扉の前で途方に暮れてるよ。明日謝らなきゃ。
「……ふーん。生徒会長、ねぇ…………にぃさん。もう二度とあの女に近づいちゃ駄目だよ?にぃさんはか弱いんだから、ペロッと食べられちゃうんだよ?」
「え?無理だけど」
「………は?」
「……う、うんうん、そうだね」
無理だよ。そんな凄まれても無理だよ。同じ学年なんだし。でもアラタが怖いから頷いちゃうよ。こんなの家庭内ハラスメントだ!ドメスティックヴァイオレンスだ!いつもの優しいアラタはどこに行った!
そもそも僕生徒会役員だし。会長には近づけないとなるとこれからの活動は困難を極める事になる。誰がやりたがるんだそんな縛りプレイ。
「……ふーん。まだにぃさんに本性を見せてないんだねぇ。まぁ、にぃさんが鈍感なだけなんだろうけど……そこも可愛いんだけど……」
一人で納得している弟を見ると、つくづく病んでいる方々の思考は読めないものだと実感する。
彼ら彼女らと接して10年以上経つ僕でも未だに理解できないのだから、全く難しいものだなぁ。
若干の悟りを開き始める僕。
「とにかく!あの女には気をつけてよ?絶対ににぃさんの肢体を虎視眈々と狙ってるから。油断しないでね!」
「……うんうん。そうだね」
普通、逆じゃないかな。会長にも思ったけど、普通、逆じゃないかな。僕だけ貞操観念逆転世界に迷い込んでないかな。
僕は一つため息を吐いた。
こんなハプニングが起こるのも、精神的には慣れたもんだけど、体力的に問題がないかと言えばそうでもない。
きっちり疲れるのだから、あまり頻繁にトラブルなんて起こって欲しくないのだ。そもそも頻繁に起こるものでもないでしょうに。
僕らは今、昇降口へと向かっている。勿論帰宅するためだ。
時刻は下校時刻を大幅に超過しているので、息を潜めての下校である。校則の厳しい学校であるため、教員らにバレてしまえば結構重めの罰が下されると聞いた事がある。こうしてアラタと会話しているのも、しっかり小声である。
「なんだか、ドキドキするね、にぃさん。逃避行みたいで」
「……うんうん、そうだねー」
この弟の頭はおかしいんじゃなかろうか。
今も小声できゃーきゃー言いながら僕の体に引っ付いてくるし、テンションが高い。
いや、もうとっくに気づいていたはずだろう。何を今さら言っているのか。頭がおかしいなんて今さらだ。
ようやく下駄箱についた。さっさと靴を取り出して帰ろう。
そう思って、自分の下駄箱に近づいたその時、ぬっ、と影がこちらに向かって動いた。
思わず声を上げそうになったが、すんでのところで堪えた僕を誰か褒めてください。
「……お兄ちゃん。遅い」
「その特徴的なお兄ちゃん呼びは……サキ?」
「ずっと、待ってたのに、連絡の一つも寄越さないなんて。電話も繋がらないし、もう、最悪……」
なんと、それはサキだった。
暗がりで見るサキの姿はその身に纏う悲壮感も相まって、まるで亡霊のように見えた。
本当に声を上げなかった僕を褒めて欲しい。
サキはキョロキョロと視線を彷徨わせ、ピタッと僕の背後に固定させる。
そこには確か、アラタがいたはずだが。
「……てめぇアラタ、今までお兄ちゃんと、どこで、何してたんだ……?」
「ん?僕?……ん、んふふふふふ、それは言えないなぁ」
そこでアラタが勿体ぶる意味が分からない。
案の定サキの機嫌は更に悪くなるし、アラタは何故か意味深な笑いを上げるだけで詳細を語ろうとしないし、何故か今日の僕の添い寝の権利をかけてジャンケンを始めるし……
なんでも良いけど、早く帰ろうよ。
……かえろうよ。
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