第11話 なんかデジャブ


「スマホで助けを呼びましょうか。学校に迷惑がかかりますが、ここで一晩過ごすよりはマシでしょう。業者の人でも呼んでもらって———————圏外?」


 僕はスマートフォンを開いて知り合いに電話をかけようとしたが、何故か圏外となっていた。


 どうしてだろう?ここは都心もほど近い場所にある。まさかここまで電波が届かないとは思えない。


 狐につままれたような気分になる。


「…………不思議ですね。何故このような事になったのでしょうか。これではここで一晩待つしかありませんね」


「……いやいや、待ってください会長。他の手立てを考えましょう」


 そう。答えを出すにはまだ早い。きっと何か手があるはずだ。


 例えどんな理由があろうと、無断で異性と一夜を明かしたとなればあの論理道徳クソくらえの妹と弟による邪智暴虐の餌食となろう。主に僕と会長が。


 それだけは避けたい。


「大声を出してみるとかどうでしょう。職員室にはまだ先生方が残っているはずです」


「この部屋は防音処理がされています。例え大声を出したとしてもここから三階層ほど離れている職員室までは聞こえないと思われます」


「窓から外に出るとかは」


「ここは五階です。落下する危険性を考えると一晩待ち、教師の方々が気付くのを待つ方が得策かと思いますが」


「……この扉を破壊するとかは」


「学校の備品である以上、弁償の請求が来ると思います。理由を説明すれば学校側不祥事として処理されると思いますが、我々はどちらかと言うと学校側の人間なのでそれもどうかと思います。敢えて壊す必要性もそれほど無いのでやはり一晩待った方がよろしいかと。そもそもこの扉を壊す手段が今のところ無いように思われますが」


 やけにハッキリとした彼女の回答を聞き、僕は頭を抱える。


 まずい。何がまずいかと言うと全部まずいことがまずい。つまりまずい。


 彼女はこの泥那奴盧学園の生徒会長だ。その彼女が言うのだからその言葉はどれも正当な根拠があるのだろう。


 はい詰んだ。



「…………私と一晩を明かすのが、ご不満なのでしょうか」


 彼女は寂しげにそう呟いた。この目にはその姿が儚く映る。


 僕は慌ててフォローに回る。彼女に勘違いをさせてしまっては悪い。一番悪いのは予断を許さない僕の弟妹であるのだから。


「滅相もないですよ!会長。嫌なわけないじゃないですか。……ただ、家族に心配させては悪いと思っただけで。それより、会長はいいんですか?」


 僕の言葉にキョトンとする会長。普通、気にするなら会長の方だと思うのだけれど。


「……いい、とは?何の事でしょうか」


「…………いや、僕も男ですし。年頃の男女が密室に二人きりで一晩を明かすというのは、宜しくないかと」


 彼女は目を数回瞬かせた後、薄く笑みを浮かべる。その表情に、僕は少し、ドキリとしてしまった。



「……つまり、三神さんは、私を異性として意識している、ということでしょうか?」


 妖艶だ。酷く男としての本能を揺さぶる。


 本人に自覚は無いのだろう。僕を誘惑する理由なんて、会長には無いのだから。


 しかし僕も百戦錬磨のヤンデレキラー(無自覚)だ。数多くの修羅場を乗り越えてきた(不本意)男だ。彼女には失礼だが、まさかこの程度で獣性に走るわけがない。


「確かに、会長を異性として認識はしていますが、貴方をどうこうしようとは決して思いません。言葉だけでは信用できないと思いますので、僕を一晩拘束していただいても構いませんよ」


 どうだ、この完璧な返答。


「……ふふ、そんな事を言って、私が拘束しようとした瞬間、襲いかかってくるんじゃないですか?」


 ……どうやら穴があったようだ。


 だが、そうすると身の潔白を証明する手段が無いように思われる。僕が自ら自身を拘束したとしても、自身で拘束したのであればそれは拘束していないのと同じだ。


 いや、そもそも彼女は僕が安全である事を証明せずとも信頼してくれているように思う。最初にそれを証明すると言ったのは僕であって彼女ではないのだから。

 

 ごちゃごちゃと考えていると、目の前の彼女は可笑そうに笑った。


「ふふふっ……すいません。三神さんの事は信頼しています。意地悪な事を言ってすいませんでした」


 軽く頭を下げられる。


 予想した通り、彼女はすでに僕を信頼してくれているようだった。しかし面と向かって言われると気恥ずかしい気持ちもある。


 だがまぁ、こうして信頼されている以上、それに応えなければという思いが強くなったのを実感する。


 ……もしやそれが狙いなのだろうか。



「……幸い、仮眠室にはベッドが有りますし、寝床も問題ないですね。二人でも大丈夫そうですし」


「…………すいません。僕の勘違いだったら悪いんですけど、確か仮眠室のベッドって一つしかありませんでしたよね?」


「……はい?そうですよ?」


 寝床に問題ありまくりじゃないですか。


 なんで当たり前の事を訊くんですか?みたいな顔しないで下さいよ。


 え?何?僕が可笑しいの?


「……僕、ソファで寝ます」


「……三神さん。私は信頼していると、言いましたよね?」


 ソファに向かう僕の腕を後ろから掴む会長。


 言われました。でもそれとこれとは別だと思うのですが。ほら、本音と建前と言うか。


 というか普通、立場が逆のように思うんですけど。なんで僕が男に言いくるめられる女子みたいな立ち位置になってるのさ。


「……三神さんは、私と同衾するのが、嫌なのですか……?」


 彼女は寂しげにそう呟いた。


 滅相もないですよ。……って、このくだりさっきもやった気がするんですけど。



 ふと時計を見る。時刻は既に夜八時を指していた。


 彼女との会話で随分と時間が経ってしまったようだった。


 窓の外は月の光と夜の闇が覆っている。 


 防音処理が為された部屋。


 高層に置かれた生徒会室。


 頑丈な癖に壊れて開かない扉。



 ……なんだ?何か違和感。


 これは今までよく体験した感覚だ。既視感と言うか、デジャブと言うか。


 違和感なく、自分が追い詰められているような感覚。だんだんじわじわと、退路を塞がれていくような感覚。


 つい最近、こんな状況に陥ったような——




 ———ドンッ!!!と、突然何かが破裂するような音が扉の方からした。


 急いで振り向くとあの頑丈な扉が吹き飛んでいて、そこにはお馴染みの光景が。




「……遅いと思ったら、にぃさん、こんなところで何してんのさ」

 

「……アラタ。扉を壊しちゃ駄目だよ」


 ホッとしたのは、多分気のせいではないだろう。


 

 




 

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