第10話 生徒会室にて
コンコンコン、三回ノック。今時珍しい木造の、どこか雰囲気のある扉からは乾いた音が響く。
「お入り下さい」
中からは少女の声。数秒待って、音を立てずに扉を開ける。
「……失礼します」
ここは生徒会室。あの後アラタと別れた僕は黒桜先生を伴い大体育館で打ち合わせを行った。
その後先生から連絡事項を伝えられた僕は、こうして生徒会室まで足を運んだという訳である。
扉を開けた先には、独り勤勉に机に向かう我らが会長の姿があった。
「……こんにちは、三神さん。本日は生徒会での活動は無いはずですが……どうされましたか?」
揺れる銀髪。白く透き通る肌。まるで人形のように左右対称の容姿からは、無機質さながらの様子が窺えた。
ペンを走らせる腕を止め、顔を上げてこちらを向く。
彼女こそ、この泥那奴盧学園の高等部を纏める頂点。生徒会会長である多月風伊佐子だ。
「こんにちは、会長。明日の朝礼について追加の動きが入りました。少しお時間宜しいでしょうか」
彼女は僕と同じ二年生だが、生徒会内での役職が上の為敬語を使わせてもらっている。彼女自身いいとこの出生なので、互いに敬語を使い合う仲となっている現状どちらが上かも傍目には分からない状態だが。
「構いませんよ。書く仕事ばかりで退屈だったところです。お茶でも淹れましょうか」
少し伸びをして、そう答える会長。
ここは生徒会室だ。しかし僕含めた執行部役員の皆んなは割と自由に使わせてもらっている。
この部屋から繋がる隣室には仮眠室があるし、菓子類や茶葉の類も棚に収納されている。中にはちょっとしたゲームもあるし、談話室のようである。
コポコポと、お湯を注ぐ音。
会長の淹れるお茶は美味しい。お家柄そういった習い事には一通り精通しているらしく、飲むと心が安らぐような心地になる。
僕はソファに腰をかけながら、お茶の完成を待った。
「どうぞ。熱いので、気をつけて飲んで下さい」
目の前に二つのカップが置かれる。加えて茶菓子まで。カップからは淹れたてを証明するようにゆらゆらと湯気が立っている。
長机を挟み彼女が対面に座ったのを確認すると、僕は早速話しに入った。
£££
「……以上ですか?」
「はい、一応全て伝え終えました」
数分で伝えるべき内容は全て話し終えてしまった。
ズズズ、とお茶を一口。美味い。アラタとのやり取りですり減った神経が癒えていくのを実感する。一家に一台会長が欲しい。
「……」
「それでは、要件は済みましたので」
「……もう帰ってしまわれますか?良ければ、少し仕事を手伝っていただきたいのですが……」
名残惜しそうに会長はそんな事を言う。
僕はそれを聞いて少し驚いた。
仕事を手伝って欲しいとは。あの会長からまさかそんな事を言われるとは思わなかった。
彼女とは長い付き合いであるが、大体完璧な彼女は何でも一人でこなしてしまう能力を持っている。それ故に頼られる事など今までほとんどなかったと記憶している。
僕は頭の中で考える。
会長との仕事。帰りが遅くなればアラタに怒られるだろうか。
しかし彼女に頼られる事など滅多に無いだろう。あまり弱みを見せない彼女のその言葉がやけに引っかかる。もしかすると、何か事情があるのかもしれない。
ここは普段の恩を返すと思って、一丁手伝いますか。
「いいですよ会長。手伝わせていただきます」
「本当ですか?……ありがとうございます」
丁寧な礼。素直、素直だ。会長曰く、彼女の方が僕より誕生日が遅いらしい。僕もこんな素直な妹が欲しかったなぁ。サキに話すと泣かされるので面と向かっては言わないけど。
ちなみに会長は僕の妹と大体同じくらいの身長体型だ。いわゆるちみっ子である。そんな彼女がキビキビ働く様は、見ていて少し面白い。
結局僕は、会長と椅子を並べて紙面に向き合う事になった。
会長のお茶を飲んだせいか、心も体も温かい。気力も充実しているし、これだけ幸せな労働もなかなかないだろう。
「……お仕事早いですね。流石三神さんです」
「いえ、会長には及ばないですよ」
そんな世辞を言い合いながら、片っ端から仕事を片付けていく。
しかし多いな。会長は毎回こんな量の仕事を抱えているのか。僕なら一日で卒倒してしまいそうだ。
「会長。明日からも仕事手伝いましょうか?流石にこの量を毎日こなすのは大変だと思うのですが……」
「……そうでもないですよ。お気遣いありがとうございます」
今の間は何だったのだろうか。ひょっとして本心では手伝って欲しいと思っているにも関わらず、僕に気を遣わせまいとしているのだろうか。
うーむ。これはどうするのが正解なのだろうか。配慮してくれている以上それを無碍にも出来ない。偶然を装って偶に手伝いにでも来ようかな。うん、そうしよう。
「……」
一人心の中で納得をつけると、手を動かす事に集中する。もう少しで終わりそうだ。
「……あの、三神さん。体が熱くありませんか?」
突然彼女からそんな事を言われる。
「確かに、熱いですけど。会長のお茶を飲んだからですかね?」
何故か僕の一言に、肩をビクリとさせる会長。どうしたのだろうか。
「………………そんな事ないと思いますよ」
そんな事あると思います。それ以外に何の原因があると言うのでしょうか。そもそも僕に問いかけて来たのは会長だというのに。
気になる。その言葉の間。意味ありげに顔を逸らさないでほしい。余計気になる。
「会長?どうかしましたか?」
「いえ。それより今は仕事に集中しましょうか。あと少しです」
あからさまに話題を逸らされたよ。
しかしその理由が分からない為、疑問を抱えながらも仕事に集中する。
そうすること数十分—————
「お、終わりました…………」
「漸くですね。お疲れ様でした」
やっと全ての書類を片付けた。何故こんなにも多いのだろうか。学園は生徒会を奴隷か何かだと勘違いしてはいないだろうか。断固抗議したい。
ぐっと伸びをする。ポキポキと気味良い音を立てながら、体が伸びる。
「ふー……さて、そろそろ帰りますか。会長はいつも通り車の送迎があるんですよね。ここでお別れですか」
僕の問いに、彼女は無表情で答える。
「……いえ、今日は久しぶりに歩いて帰ろうかと思いまして、迎えは寄越して頂いてないのですよ。……それより、本日はありがとうございました。また明日お会いしましょう」
僕らは荷物をまとめ、帰り支度を行う。
そして準備も終わり、いざ帰ろうと会長は扉を開けようとしたが、何故か扉が開かない。
「……一体どういうことでしょうか。扉が開きません」
不思議に思い始めた矢先、会長はそんな言葉を口にした。
僕も扉に手を添えて、押して引いて殴りつけてみる。びくともしない。これは一体どうした事だろう。
「……どうやら、この部屋に閉じ込められてしまったようですね」
その言葉が、何故か僕の耳に残ったまま消えなかった。
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