第9話 マリナと阪田

 街の大通りはクリスマスのデコレーションで溢れていた。今日はクリスマス・イブ。ユイが見合いの会場として利用しているホテルのラウンジは、混んでいた。それでも、常連客のよしみで、何とか席を押さえることができた。大きなガラス窓に面した、通りの賑わいがよく見える席だった。

 ユイはルカを連れ立ち、待ち合わせの時間よりかなり前に、ホテルに着いた。ラウンジのマネージャーに挨拶に行こうとしたとき、ユイは驚いた。入口のソファーに阪田さんが座っていた。濃い茶色のシックなスーツを身に着けていた。今日のために新調したに違いない。磨き抜かれた革靴の光沢が、彼の心の高ぶりを表しているようだった。

 それ以上に、ユイにとって驚きだったのは、彼の隣に父親が座っていたことだった。

 (まさか、見合いに同席するつもりでは・・・!? )

 と、疑ったのだが、さすがにそれは杞憂だった。

 ユイの姿に目を留めた阪田さんの父親が、おもむろに立ち上がり、挨拶してきた。

 「いいお嬢さんを紹介してもらって、感謝しております。ひと目、お嬢さんの姿を見たくて、のこのこ付いてきてしまいました。いらしたら、挨拶だけして、おいとまするつもりです。いい年をした息子なのに、親バカにもほどがある、とお笑いでしょうが、私の方がどうにも落ち着かなくて・・・。今度こそ、上手くいってくれることを願うばかりですよ」

 ユイが如才なく阪田さんとその父親に対応していたところ、ホテルの入り口にマリナさんと中年の男性が入ってきた。それをいち早くルカが見つけ、ユイに伝えた。ユイは傍に阪田さん親子がいるのを忘れて、声に出していた。

 「あらっ!マリナさんも父親同伴だわ」

  マリナさんは白いシャツにクリーム色のニット、柔らかなピンクのタイトスカートを合わせた、上品で清楚な服装でキメていた。

 ユイと目が合ったマリナさんの父親が、娘の後ろからにこやかな表情で近付いてきた。ユイはマリナさんに挨拶をした後、父親に声をかけた。

 「偶然でしょうけど、阪田さんもお父様とご一緒です。やはり、可愛くてしようのないお嬢様のお見合いということで、いてもたってもいられなかったんですか? 」

 からかうつもりなど、ユイにはなかったのだが、マリナさんの父親は照れ笑いを浮かべた。

 「いや~、ま、そんなところです」

 と答えた。足早に阪田さんとその父親のもとへと向かい、何度も頭を下げた。

 「今日はよろしくお願いいたします」

 という声が、ユイの耳にも届いてきた。父親同士、名刺交換をしている。マリナさんの父親は、もらった名刺を手にしたまま、積極的に何かを語りかけているようだった。阪田さんの父親は、もっぱら聞き役で、愛想笑いを浮かべていたが、ユイの目には、どこか戸惑っているようにも見えた。

 何でもない、ごくありふれた光景と言えば、そうなのだが、盛んに喋っているマリナさんの父親の後ろ姿をみている内に、ユイは心の中であるひっかかりを覚えるようになった。

 この一年間で生じた阪田さんの大きな変化。そこに感じた過剰さを、ユイはマリナさんの父親の後ろ姿に感じたのだった。

 娘の見合いに、ハイテンションになっているだけなのかもしれない。たぶん、そうだろう。でも・・・それだけでは説明しきれない、マリナさんの父親の過剰な言動。気にするようなものではない、と思いながらも、ユイには気分のいいものではなかった。

 ユイは腕時計に視線を落とした。見合いの時刻が迫っていた。説明のつかない気分の悪さを吹き払うかのように、ユイは動き始めた。完璧な営業スマイルを浮かべ、柔らかな声音を作って、こう告げた。

 「予定の時刻になりました。洋一さんとマリナさんはラウンジにお入りください・・・」

 ユイの指示を合図に、ルカは小走りにその先頭をいき、ラウンジ・マネージャーのもとへと向かった。マネージャーが予約席へと案内していく。二人の父親は、嬉しそうに、でも、不安げに、子供たちの後ろ姿を見送っていた。

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