第3話 アオイと副島

 ユイはすぐに動き出した。アオイさんの見合い相手に白羽の矢を立てたのは、あのハイスペックなイケメン、副島さんだった。彼からは会員に登録して以後、既に催促のメールが二度送りつけられていた。せっかちなタイプなのだろう。だから、写真と釣り書きを付けてアオイさんを紹介すると、待ってましたとばかりに返事が届いた。20代で美人の、家柄の良いお嬢さんを、という副島さんの要望にぴったりと当てはまる。文句の出るはずがない。是非見合いしたい、との返事だった。

 アオイさんにしても同じような反応で、連絡するやいなや、OKの返事だった。予想していたことではあったが、だた一点、38歳という年齢が気になるようであった。25歳のお嬢さんにアラフォー男だ。気になっても不思議ではない。だからといって、迷っている雰囲気はまるでなかった。

 「こんなイケメンで、学歴、家柄も申し分なくて。きっと性格も素敵な方なんでしょうね。お見合いの日が待ち遠しいです」

 と言い、副島さんへの期待で胸が高鳴っているようだった。


 トントン拍子で話は進んでいった。見合いの場所は、ユイの結婚相談所がよく利用する市内の大型ホテルのラウンジを提案した。テーブルの間隔があいていて、隣席の会話が気にならないという利点があった。


 どこからどうみても美男美女のカップルだ。上手くいかないはずがない。ユイはそう思い込もうとしていた。今は余計なことを考えずに、前向きな二人の勢いに乗って、見合いに至るまでの手順をテキパキとこなしていこうと心に決めていた。    


 そして、見合いをいよいよ翌日に控えた夕方、ルカと事務所で語り合っていたのだ。特に何かをルカに相談したいというわけではなかった。それでも、胸の中にあるひっかかりを誰かに吐露したいとの思いが強まっていた。その相手がたまたま傍にいたルカだったというに過ぎなかった。

 ルカは婚活の仕事に関わるようになって、まだ一週間だ。そんなルカが、ユイに意見を言えるはずがなかった。それが良かった。今は、他人から意見されたい気分ではなかった。

 「副島さんが持ってきたこの三枚の写真をもう一度見て。ルカにはどう見える?」

 と、ユイは三枚の写真をルカの前に差し出した。何度か見せてもらった写真だが、改めて眺めても、感想は変わらなかった。ルカは写真を手に取ろうともせず、あっさりと応えた。

 「どれもイケメンぶりが、これでもかというぐらいに写し出されてます。ファッション雑誌にでも載っているような写真ばかりです。気分が引いちゃうくらい・・・完璧に思えます」

 その言葉を聞いてユイの目がキラリと光った。

 「そう!完璧なのよ。カメラマンの腕じゃなくて、被写体としての副島さんは完璧なのよ。自分のイケメンぶりに自信満々。この目つきといい、口元に浮かべた笑みといい、見てくれの美しさに何の疑いも持っていない。・・・そこがひっかかるのよ。腰かけた写真、立ち姿の写真。そして、これ。得意なテニスで、バックハンドを決めた瞬間の写真。こんな動きのある写真にも、前の二枚と同じ目つきと口元の微笑が写ってる。三枚ともみんな一緒。でもさ、そんなことってある?不自然じゃない?」

 ユイは胸の中のひっかかりを洗いざらいぶちまけようとしていた。

 まだ言いたりない、といった顔つきで、言葉を探しているユイに向かって、ルカは不審そうにこう聞いた。

 「アオイさんに副島さんを紹介したこと、ユイさんは後悔しているんですか?」

 すると、すぐにユイは首を横に振った。

 「全然。文句なしの美男美女カップル、互いに求めているものを全て満たしている組み合わせだもの、二人の見合いに迷いなんてないわ」

 よどみなく言い放ったユイの言葉に嘘はなかった。それだけにいっそう、ルカの表情に浮かんだ不審の影は濃くなった。何と言えばいいのかよくわからずに、口ごもってしまったルカの顔を見て、ユイは薄笑いを浮かべて、こう言葉を継ぎ足した。 

 「結婚相談所の所長として、この二人を会わせるのは当然のこと。上手くすれば、短期間で成婚までこぎ着けられるかもしれない。所長として、今なすべきことは、二人の背中を押してあげること。ブレーキをかける必要なんてどこにもないわ。・・・でもね、所長であると同時に、私だって一人の女、しかも、独身のね。アオイさんの立場に立って、副島さんという男性を結婚相手として、信頼して人生を共に歩むパートナーとして、どうなのかと考えた場合、何だかひっかかるものがある。それだけの話。

 結婚相談所の使命は、恋愛の手助けをすることじゃない。成婚への手助けをすること。それ以外のことは、当事者の問題だし、当事者で解決してもらうしかない。困り果てて意見を求められれば、応えてあげるわ。もちろん、有料でね。だけど、それ以外のことはしない。してはダメだと思っている。・・・わかる?」

 そう言い終えると、ユイはルカの目をじっと見つめた。一瞬、目と目が合ったが、すぐにルカの目は、あらぬ方向へと漂っていった。

 そのとき、また、

 パキッ!

 と、木の割れる音がした。ルカはとっさにその音がした方へと首を曲げた。ユイの祖父が祖母に贈った最後のプレゼントの人形。さっき見たときよりも、浮遊感が強く感じられた。棚に収納されているのではなく、浮いている感じ。

 ユイの耳には、あの音がホントに届いていないのだろうか?と、ルカは再び目をユイの方へと転じたのだが、ユイはもの憂げそうにテーブルに頬杖を突き、すっかり夜の闇が濃くなった窓の外を眺めていた。ルカは確かめたかったが、どうしても声にならなかった。


 ユイの視界にはルカはなかった。外に広がる闇はユイの心につながっていた。その心の中にポツリと雨垂れが落ち、波紋が広がるようにして、言葉になっていった。

 見合いの結果は、神のみぞ知る・・・と。

 

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