第2話 アオイと副島

 その日、アオイさんは見合い用の写真と釣り書きを持参して、この結婚相談所への入会を申請しに来たのだった。結婚相談所の所長であるユイは、既に信頼する筋からアオイさんのお世話をするよう依頼されていたから、彼女と直に会う必要はなかった。だが、彼女のたっての希望でユイと会って相談したいことがあると言うので、この日、事務所で面談したのだった。

 型通りの挨拶を交わした後、アオイさんは早速相談事を切り出した。

 「見てほしいモノがあるんです。私、お見合いは初めてなものですから、相手の方にこれを見せることがいいことなのかどうなのか、判断がつかないんです。それで、一度見てもらって、ご意見をいただこうと思って・・・」

 そう言いながらハンドバッグの中からスマホを取り出し、ユーチューブを見せてくれた。


 始まりは、よく似た顔立ちの二人の女性の笑顔が映っている。片方はアオイさんだった。顔をくっつけるようにして隣にいるのは、たぶん妹のアカリさんだろう。釣り書きに、アオイさんには妹が一人いて地元にある国立大学に在学中と記されていた。

 ニコニコ顔の姉妹が、息をそろえて後方へダッシュ。振り向いたとき、その全身が映し出された。

 色違いの、キャップからブーツまで同じブランドでそろえた完璧な山ガールスタイルだった。ただ一点、二人が肩に掛けているモノが、普通ではないことを物語っていた。皮のベルトに吊るされた黒光りする猟銃だ。

 そこに、白い布を巻き付けた2メートルほどの棒が差し出され、二人はその両端を握った。

 「せーの!」

 という姉妹の掛け声と共に、棒に巻き付けられていた布が垂れ下がった。その布にはこう書かれていた。

 「美人姉妹、シカ狩りに挑戦!」

 画面が切り替わり、猟銃を肩にかけた年配の男性5~6人が先導していく後を、クマザサをかき分けながら、姉妹は追いかけていく。猟銃が重たそうだった。ずり落ちそうになる銃を何度もかつぎ直して、姉妹は次第に山の奥へと入っていく。そんな画像を見せながら、アオイさんは説明し始めた。

 「伯父が猟友会の会長をしている関係で、5年ほど前から狩猟の手ほどきをしてもらっていて。昨年、増えすぎたシカの駆除のためにシカ狩りに行くと言うので、連れて行ってもらったんです。

 初めての体験で、上手く仕留められるかどうか分からなかったんですが、せっかく実践に出向くのだから、記念にその様子をユーチューブにあげようということになったんです」

 思いもよらぬ動画の登場に、ユイもルカも面食らった。垂れ幕に「美人姉妹」と堂々と記されていたところで、思わずユイは声を上げて笑いそうになり、慌てて口を押えた。伯父さんの手による墨書とはいえ、自称同然の「美人姉妹」という言葉に嘘はなかった。確かにアオイさん姉妹は美人だった。それでも、だ。「美人姉妹」という形容をアッケラカンと受け入れてしまえるアオイさん姉妹のおおらかさが、ユイは何とも言えずおかしかった。その性格から育ちの良さが透けて見えるような気がした。

 そんな美人姉妹が揃ってワイルドなシカ狩りに興ずる様子がいかにもミスマッチであり、だからこそ意外性もあって、興味をそそられた。

 だが、一方で、アオイさんが相談にのってほしいという心配事も分からないではなかった。

 害獣駆除という大義名分があるとはいえ、命ある生き物を殺す、殺生であることには変わりがない。いくら狩猟本能の強い男性でも、みんながみんなハンティング好きとは限らない。中には、殺生に抵抗感、嫌悪感を抱く男性だっているだろう。見合いの席での話題作り、自己紹介のために見せた動画で、相手の男性にドン引きされては、笑うに笑えない。

 そのことに思い至ったとき、自称「美人姉妹」に笑い声を上げそうになったユイの表情が、急に引き締まり、結婚相談所の所長らしい真剣そのものの表情へと変わっていった。

 隣にいたルカは、というと、薄い唇を固く結び、画面を見ているようでいて、焦点が合ってはいなかった。そして、もうこの場にはいられない、とばかりに、そっと席を立ち、硬直した表情を浮かべたまま、小声でユイにささやいた。ユイが小さくうなずくと、部屋の隅にあるキッチンへと向かった。間もなくして、芳ばしい紅茶の香りがテーブルにまで漂ってきた。

 ルカがお盆に紅茶の注がれたティーカップを載せてテーブルに戻ってきたとき、動画は手ブレの激しい荒々しい様子を映し出していた。その直後、何人かの男たちが猟銃を構えた先を、飛び跳ねるようにして、逃げていくシカの後ろ姿がとらえられていた。

 重い猟銃をかかえて走ったせいで、息を弾ませたアオイさんがカメラ目線で早口で語りだした。

 「5、6頭の群れだったでしょうか。シカと遭遇したのですが逃げられてしまいました。1回目のトライは失敗に終わったようです。う~ん、残念・・・」

 そこへ、横から体をぶつけるように割り込んできたアオイさんの妹がニカッと笑った後、

 「ドンマイ!」

 と叫んだ。姉妹は顔を見合わせ、興奮さめやらぬ表情で嬉しそうに笑っていた。だが、それもつかの間だった。伯父から

 「あの小高い丘の向こう側に別の群れがいる。子供を連れた10頭以上の群れだ。すぐに移動しよう」と指示が出た。

 姉妹の笑い声は断ち切られた。再びその場に緊張感が走ったのを、はっきりと映し出していた。すると、アオイさんが説明した。

 「この後です。シカ狩りの場面が出てきます」

 ユイはいずまいを正すようにして、スマホに顔を近付けた。そんなユイとは対照的にルカは再びお盆を手にしてキッチンの方へと歩いていった。ユイはルカにチラリと目をやったが、すぐにまた目は動画へと吸い寄せられていった。

 「狙うのはボスジカだ。迷うな。撃て!」

 その直後に二発の銃声が轟いた。ほぼ同時だった。立派な角を生やしたシカが宙を舞った。高い鳴き声を上げて、猛然と駆け出した。

 「はずしたか!?」

 伯父の漏らした声が録音されていた。

 ボスジカは姉妹の放った弾丸をよけたのだが、ちょうどその陰にいた短い角を生やしたシカの腹に命中していたのだ。

 動けなくなったシカの後ろ足の片方を持ち上げながら、伯父は声を張り上げた。

 「二人ともやったな!初めての猟で大したものだ!」

 伯父からの賞賛に、姉妹は大喜び。嬌声を上げて抱き合い、何度もハイタッチを繰り返した。

 画像は変わって、そのシカを中心に取り囲むようにして記念撮影をする場面になった。全員が満面の笑みを浮かべて写真に収まった。カシャ、という音が入り、画面はストップモーションになった。


 「どうでしょうか?見せても構わないでしょうか?」

アオイさんはユイの目を真っ直ぐに見て、そう聞いてきた。声質に不安感がにじみ出ていたが、その反面、はっきりとした物言いに、彼女の自信がのぞいているようにもユイには感じられた。間をとろうとしたのか、ユイはティーカップを手に取り、紅茶を口に含んだ。ダージリンティーの爽やかな味わいと香りがユイの心の揺れを鎮めてくれているようだった。つられるようにして、アオイさんもティーカップに口をつけた。そのタイミングで、ユイは口を開いた。

「アオイさんは、お見合いの席で、この動画を見せたいと思っているんですよね?」

直ぐに返事があった。

「ええ。妹が上手に編集してくれたお陰で、配信したらびっくりするくらい大勢の方が見てくださったんです。見せれば、きっとお見合いの場は盛り上がると思っているんです・・たぶん・・・」

ユイの心の揺れが収まった分、アオイさんの心の揺れを冷静に観察することが出来た。彼女の言葉が切れたのを見計らって、ユイは慎重に言葉を選びながら、話し出した。

「見合いの場を盛り上げることが目的なんですか?自分の長所、チャームポイントをお相手に伝えることが目的なんじゃないですか?この動画を見せて、お相手のハートをつかめると思えるのですね?」

 アオイさんは伏し目がちになり、しばらくの間、考え込んだ。必死になって、自分の心の中を探っているようだった。それから、目を上げるときっぱりと応えた。

 「ハイ。この動画で表現されている私を気に入ってくれる男性を望みます」

 ユイはまばたきを忘れたように、アオイさんの目を見返した。そして、ニッコリと微笑むとこう告げた。

 「わかりました。数日余裕を下さい。あなたに気に入ってもらえるお相手を紹介します。連絡しますから、待っていて下さい」

 その言葉にアオイさんは心底安心したようだった。緊張がほぐれ、パッと彼女本来の明るい笑顔が広がった。

 「よろしくお願いします。また何かあったら相談にのって下さい。頼りにしています」

 そう言うと、アオイさんはユイにペコリと頭を下げた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る