マリッジ・ハンター ユイ

ともひで

第1話 アオイと副島

 パキッ!

 木の割れる音がした。小さな音であったが、人一倍繊細なルカの神経を刺激するには、十分な音であった。

 テーブルの角で、ユイと肩を寄せ合うようにして座っていたルカは、音のした方に目だけをむけた。大通りに面したガラス窓の下にしつらえられた棚の端に、それは置かれていた。

 古びた西洋人形。

 足を伸ばせば、1メートル近くあるだろうか。1週間前、ユイに誘われて雑居ビルの3階にあるこの事務所を初めて訪れたとき、棚に並んだ数多くのガラス工芸品とともに、目を惹きつけられたのが、その人形だった。ルカが人形の前にしゃがみ込み、じっと見つめているのに気が付いたユイが、ボソリとつぶやいた。

 「おじいちゃんが、おばあちゃんに贈ったプレゼント」

 どこか投げやりな口ぶりだった。

 「アメリカ南部の古道具屋で買ったらしいんだけど。百年前に作られた一点物の人形だって話。その人形が海を渡って、おばあちゃんの手に届いた直後に、二人は別れたの。アメリカに女が出来たらしいのね。貿易商というふれこみで、世界中を飛び回っていたらしいんだけど・・・。港、港に女がいて、というのを地でいくプレイボーイでさ。まぁ、要するに、ダンナや父親としてはサイテーのクズ男ね。

 世界各地で買い求めたものが、次から次へと送られてきてね、倉庫はいっぱいだった。それと通帳に残っていた相当な額になるお金にも手をつけないまま、おじいちゃんは着のみ着のままで、惚れた女と逃避行―それっきり、連絡を断ってしまった。おじいちゃんが残した物とお金のお陰で、おばあちゃんは何不自由なく暮らしていけたんだけどね・・・。

 でも、やっぱり捨てられた女の人生って、惨めよね」

 独り語りを続けるユイの横顔をルカはじっと見つめていたのだが、ユイはルカの顔を一度もみようとはせず、窓ガラスに向かって淡々と語った。淡々と語ることで、込み上げてくる思いを押し殺しているようでもあった。

 「一度だけ、おばあちゃんから聞いたことがあるんだけど。離婚後に、庭で焚き火をしたとき、おばあちゃんはその人形を炎の中に投げ入れようとしたって言うの。でも、結局できなかった。

 『悪いのはこの子じゃない。おじいちゃんなんだから』

 って言ってたけど。炎の中に投げ込もうとしたとき、おばあちゃんには人形が自分に思えたんじゃないのかな。人形に自分の味わった苦しみを味わわせたくない・・・。未練を断ち切るのって、難しいことなのよね。」

 プツン。

 糸が切れるように言葉が途切れ、室内は静寂に包まれた。それっきり、ユイは窓ガラスを眺めたまま、口をつぐんでしまった。ルカはしゃがんだ姿勢を崩さずに、いつまでも人形の青い目を見つめ続けた。


 「・・・・・ホント、ホレボレしちゃう! どのアングルで、どう口角を上げれば、サイコーのイケメンに撮れるか、知り尽くしてる男の笑顔だわぁ~」

 ユイの声に、ルカはハッと我に返った。ユイの視線は、手にした一枚の写真に注がれていた。

 11月ともなれば、日没は早い。窓の外には夕闇が迫っていた。窓のブラインドは下ろされてない。事務所の照明は弱くして、テーブルに設置されたスタンドの灯りの輪の中に、何枚かの写真と書類が広げられていた。

 ユイの手にした写真には、椅子の上に軽く腰を掛け、少し開き気味の両ひざの間で、ごく自然に手を重ねた好青年の上半身を中心に切り取ったモノだった。

 カメラに正対するのではなく、青年から向かってやや右斜め前方に構えられたカメラに顔を向け、視線を送っている。顔の輪郭はシャープであり、これ以上はないといった角度で上がった口角。頬には、キュートなえくぼさえ浮かんでいる。二重のパッチリとした目。前髪のラインに見え隠れする眉毛も、キリッとして凛々しい。若々しく清潔感に溢れた写真だった。

 その写真を顎でしゃくりながら、ユイはルカに言った。

 「今週の土曜日にお見合いする副島そえじま純一さん。この人、幾つだとおもう?」

 ルカは首をかしげた。そんなルカにはお構いなしに、ユイは話を続けた。

 「ぱっと見、20代後半と言っても通ると思うんだけど、私と同い年。38歳よ!?アラフォー。びっくりじゃない?」

 そう言いながら、ユイは写真をテーブルの上に無造作に投げ出し、代わりに2枚の書類を手に取った。一枚は副島さんの直筆のプロフィールシート。もう一枚はパソコンで印字された副島さん本人と家族全員の生年月日、学歴、職歴などが記してある釣り書きだ。

 ユイは書類に目を走らせながら、冷静な口調で話し出した。

 「副島さんと父親は、共に最難関私大のW大学を出てる。母親と二人の妹も、全員この地域ではお嬢様大学の代表格としられているS大学の卒業生。学歴では申し分なし。父親は地域一円の土地管理を請け負っている大手不動産会社の社長。いずれは会長職に退いて、長男である副島さんに社長職を譲ろうとしているの。今、彼は、父親と親交のある別の不動産会社の管理部に勤めているけど、年収は1800万とある。将来性、収入面という点でも、非の打ち所のない男性ね。

 それでもって、こんな若々しいイケメンときてるんだから、よほど目の肥えた女性か、トンデモナイ高望みをしているバカ女でもない限り、見合いが成功しないわけがない・・・と思うの」

 見合いの成功間違いなし、と太鼓判を押しておきながら、なぜか、ユイの表情は曇っていた。

 ルカはそれが気になって、理由を聞き出そうとしたのだが、思うように言葉が出てこなかった。 

 書類から目を離したユイは、ルカに顔を向けて、こう切り出した。

 「ルカがこの事務所にやってきた翌日、あなたも会ったよね。大学教授の娘さんで、ユーチューバーでもある高阪葵さん。彼女のユーチューブを見せてもらったよね」

 ルカもはっきりと覚えていた。大学教授の父親を持つエリート家庭で育ち、今は地元の女子高校で国語の先生をしていると言っていたアオイさん。笑顔を絶やさない可愛らしいお嬢さんで、確か自分より二つ年下の25歳だったように記憶している。

 

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