嫌な男

 突如声を掛けられると、驚きのあまり腰が抜けて尻もちを付いてしまう。恐る恐る声のした方を見ると、そこにはスーツ姿の男が一人と、同じデザインの制服を身に着けた男女数名が、こちらに向かって銃を突き付けていた。


 私はどうにか体制を立て直すと、斧槍を集団の方へ向け、威嚇するよう語気を強めて言葉を発する。


「だ、誰ですかあなたたちは⁉ 今は取り込み中です‼ 部外者はさっさと立ち去りなさい‼」

「部外者ではないよ。私はこの街の町長だからね」


 スーツの男がそう名乗る。手の中には硝煙の立ち昇る銃。さっきの威嚇いかく射撃はどうやらこの男によるものらしい。しかし銃の構え方は素人そのもので、銃口は私からかなりずれた場所を狙っているようだった。


「……町長? こんな、廃墟の?」

「こんな廃墟の、だ。とは言え、それもただの予定に過ぎないのだがね」

「ちょ、町長だからなんだと言うのです⁉ この二人が私になにをしたかも知らないで‼ 貴方に私を邪魔する権利などありませんわ‼ 早々に消えなさい‼」

「そこの二人が君になにをしたのかは、見れば凡そ見当が付く。だが誤解しないでほしいのだが、別に私は君たちの個人的な揉め事に口を出す為に、わざわざこんな場所までやって来た訳ではないのだよ」

「ならば一体私になんの用があると言うのです⁉」

「先ほど、武器を持った女が街で暴れていると街の住民から通報を受けてね。しかも聞くところによると、その暴れている女というのが、最近この街で無法者たちを相手に暴れ回っているという人物と特徴が一致するんだ。そして今の状況から察するに、それは君のことじゃないかと思うのだが、違うかな?」

「だったらなんだと言うの⁉ まさかこんな無法者だらけな廃墟の街の、なにかのルールに抵触したとでも言うのですか⁉」

「そういうことになる。君のしでかしたことを有体に言うなら、街の住人への迷惑行為というころだ。加えていうなら、傷害罪とかかな」

「そんなもの私の知ったところではありませんわ‼」

「君は随分と我儘なことを言うね。しかし、郷に入っては郷に従えと言うだろう。この街でルールに反したのなら、この街のルールで罰せられるべきだと、私はそう思うのだが」

「……罰する、ですって? この、私を……?」

「その通り。今は無法な街だが、ルールを敷くことで今後少しずつ良い街にしたいと考えている。世界一とは言えないまでも、ここ素晴らしい街にすることが私の目標なんでね」

「……貴方に、この私を罰せられるとでも? 言っておきますが、もしもこれ以上邪魔をするつもりならば、私はこの場にいる全員を手にかけても構わないのですよ?」

「それは困るな。だがこの状況で、我々よりも先に動くことができるかね?」

「見くびらないで。私はジニアン。素人の撃った銃弾を躱すことなど、造作もありませんわ」

「しかし、そこで寝ている君の従者たちはどうかな? 私の予想では、そちらの槍が届くよりも前に、こちらの弾が数発は当たると踏んでいるのだが」


 その言葉で、男の銃口がずれていた理由に思い至る。この男の狙いは端から私ではなく、倒れている三人の従者だったのだ。それに良く見ると、制服を着た周囲の者たちの銃口もまた、その全てが私の後方を向いていた。


「ひ、卑怯な‼」

「そうだとも。私は非力で臆病者だからね、悪いが人質を取らせてもらったよ。だが君のように我儘な人間は、きっと従者の三人くらい見捨ててしまうのではないだろうか。だから正直に言うと、この人質作戦が成功する確率は非常に低いと考えているのだけれど」


 なんて嫌な男。こんなにも卑怯な手を使っておきながら、なにがルールだ。なにが町長だ。顔を合わせた瞬間から、仕草も表情も喋り方もしゃくに障る男だと思っていたけれど、そんなものでは到底済まされない。こいつはどうしようも無いクソ野郎だ。


 だけど、本当にこんな連中が自分の命を捨てる覚悟をしているのだろうか。町長を名乗る男も、制服を着た他の者たちも、銃の構え方を見れば一目瞭然。全員が素人か、そうでなくとも素人に毛が生えた程度にしか思えない。もしも戦闘になったならすぐにでも混乱し、男の指示など無視して私の方を狙おうとするに決まっている。


 ……。…………。


 だけど、それでももし万が一従者たちに向かって引き金を引かれたら?


 いや、分かっている。こうして私を惑わせることがこの男の策略だ。そして今、私はその術中にまんまとまっている。ならば一体私はどうすれば――。


「とは言え、実は私も命が惜しい身だ。そこでどうだろう、今回は互いに手を引いて、これ以上干渉せずに立ち去るというのは? 君がそうしてくれるなら、こちらも君のことを罰しようとはしない。双方にとって、これは理想的な取引だと思うのだがね」

「はぁ⁉ なにが理想的なものですか‼ そんなもの、なんの取引にもなっていませんわ‼ 私を馬鹿にするのも大概になさい‼」

「ならば仕方がない。君を狙ってもどうせ当たらないだろうから、我々はそちらの三人と心中することになるだろう。損な話だが、こちらもそれで手を打つとするよ」

「お、お前たち程度の命が私の従者と同価値な筈が無いでしょう⁉」

「だが君は迷っている。それはどうしてだね? 我々の命とで吊り合わないなら、答えなんてもう決まっている筈なのだが」

「き、貴様ッ……」


 従者を見捨てる? そんなことできる筈がない。この三人は今後の目標を達成するのに必要不可欠な人材で、なにより私にとって大切な従者だ。幾らでも替えの利く有象無象たちとは違う。


「さぁどうする。そこの三人と我々の両方を生かすか、それとも殺すかだ。決定権は君にあげよう。但し今から五つ数える間だけだ。これ以上時間が経って、そこの三人に意識を取り戻されては困るからね。五つ数えたなら、私は躊躇い無く引き金を引くよ。ほら、一――」

「ま、待ちなさい‼ そんな……そんなことすぐに決められる訳――」

「二、三、四――」

「――ッ、わ、分かりましたわッ‼」

「ん? なにが分かったと言うのかね?」

「…………ッ、……全員で、この場から立ち去る……。それで良いと……そう言ったのです……」

「助かるよ。先ほども言ったが、私は命が惜しくてね」


 未だ銃口を向けられる中、屈辱を噛み締めながら、倒れているウィンソープの元まで歩み寄る。


「ウィンソープ、起きられますか?」

「……ぐっ……お、嬢様……」

「撤退します。私はキーツとエルシーを担がねばなりません。辛いでしょうが、貴方は自分で立ってちょうだい」

「……申し訳、ございません……。せめて、どちらか一方を……私が……」

「そうしてくれるかしら」

「三人だけで良いのかい? なんなら、そこの二人以外なら他は全員連れて帰っても構わないのだけど」

「こんな役立たずなど、必要ありませんわ。元はこの街の住人なのですから、そちらで片づけて下さい」

「そうかね。やれやれ……町長として、目の前で倒れられている者を見捨てる訳にもいかないのだが。正直に言えば、君の方で引き取ってくれると助かったのだけれど」

「……貴方、名前を聞いていませんでしたわね。せめて名を名乗りなさい」

「あぁ、そうだね、これは失礼した。私はロブ・ロシェットと言う。先ほども言ったが、いずれこの街の町長になる者だ。覚えておいてくれ」

「ロブ・ロシェット……いつか、そこの二人と同様に、貴方にも借りをかしてやりますわ。いつか絶対に、必ず」

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