I want you

 ――セントラルタワー二十七階 フードコート Wishウィッシュ Comeカム Trueトゥルー――


 時刻は既に二十三時を回っているものの、フードコートは闘技者と思われる客で随分と賑わっており、店員たちもせかせかと忙しそうに歩き回っていた。試合を終えた私たちもまた、この場所へ遅めの夕食を取る為にこの場所へとやって来ていた。の、だけれど――。


「一つ提案なのですが、次から食事はルームサービスか、個室のあるレストランでしませんか?」

「あぁ。これじゃあ落ち着いて飯も食えやしないな」

「ただ私たちの場合、これはある意味いつも通りと言えるのでしょうが」

「あのな、ここはイルミナスで、しかもセントラルタワーの中なんだぞ? いつもと同じじゃ困るんだよ」

「ま、まぁ、もう誰も近寄って来なくなった訳ですし……アハハ……」

「良かったではありませんか。その顔も使いようということですね」

「……俺の顔は関係無ぇだろ」


 ここへやって来てからというもの、既に二十人以上の闘技者と思わしき人たちに難癖を付けられ、喧嘩腰の態度で絡まれてしまい、今まで落ち着いて食事をするどころではなかったのだった。しかもその度、バレルさんとシャロが片っ端から手荒い方法で応対するものだから、私たちの周りには絡んで来た何人もの闘技者たちが倒れ伏している始末である。


 今も周囲からはヒソヒソと噂話をされ、遠巻きに敵意を含んだ視線を向けられているこんな状況では、正直全く落ち着かない。とは言え、二人のお蔭で直接絡まれることはなくなり、ようやく私たちは夕食にありつけそうだった。


「とりあえず雫、今日は本当にお疲れさまでした。あっという間の三連勝でしたね」

「……うん、ありがとうね、シャロ」

「? どうしたのですか、あまり嬉しそうではありませんが」

「い、いや、全然! そんなことはないよ!」

「なぁ雫、ちょっと腕を見せてみろよ」

「えっ、腕……ですか? でも、あの――」


 私の言葉を待たず、強引にバレルさんは私の服の袖をまくる。普段おどけているバレルさんの様子とは違って、今の雰囲気は真剣そのもので、そんな風に見られてしまうと、なんだか直視するのが恥ずかしくて――。


「やっぱりな。ほら、見てみな」

「あ、いえ、だって、その……ちょ、ちょっと、顔が近いと言いますか……」

「……雫、それ、痛くないのですか……?」

「えっ、痛いって、なに、が……あっ、痛ッ――」


 袖の下、腕の数か所に火傷のような痕が出来ていた。それを見るまではあまり気にも留めていなかったけれど、目で見てそれを自覚したからか、遅れて痛みを感じてしまう。


「第一試合が始まる直前、お前の腕の辺りから普段とは比べ物にならない濃度のレイジスが溢れていたのが見えたよ。現状痛み以外の症状はあるか?」

「……実は、さっきからあまり腕に力が入らなくて。あと少しだけ、熱っぽいような……」

「指先が動かないとか、痺れは?」

「い、いえ、痺れとかは、全然……」

「ちょっと動かしてみな」

「は、はい……」


 バレルさんに言われるまま、手を握ったり開いたり、肘を曲げ伸ばしてみせる。その度少し腕に痛みが走るけど、どうにか顔には出さないようにした。

 

「断定はできないが、とりあえず神経に問題は無さそうだな。部屋にレイジス熱傷ねっしょう用の薬がある筈だから、後でシャロに塗ってもらえよ」

「……ありがとう、ございます」

「安心しろ、これくらい、ジニアンなら跡も残らず綺麗に治るさ」

「あぁいえ、別にそんなことを気にしていた訳ではないのですが……」

「それで、試合が始まる前になにがあったんだ?」

「…………、対戦相手の人が、二人のことを悪く言ったんです。それが悔しくて、ちょっと、ムっとしちゃって……」

「あー、つまりお前は、相手の軽口で腹を立てたって、そういうことか?」

「……はい、そうで――うわっ!」


 私の話を遮るように、突然シャロが私の腹部に顔を埋めて頬ずりする。


「えっ、ちょ……シャロ、どうしたのさ? くすぐったいってば」

「雫、お願いですから、今後そんなことで、それこそ私の為だけに腹を立てたりなんかしないで下さい……。こんなに痛々しい雫の姿なんて、見たくありませんわ……」

「……うん。ごめんね、シャロ」

「なにが私の為だけに、だよ。ただ、こいつは俺たちの想定が甘かったと言わざるを得ないな。ジニアンとして覚醒したばかりの雫が、短期間でここまでのレイジスを練り上げるなんて正直全くの想定外だった。悪かったな雫、もっと注意してやるべきだったよ」

「い、いえ、そんな! この間二人にちゃんと言われていたのに、カっとなった私が悪いんです……」

「……んんッ、まぁ、今後は上手く聞き流すんだな。どんなことを言われたって、別に死ぬ訳じゃないんだ」

「はい、気を付けます……」

「雫、今のはこの男なりの照れ隠しですわ。内心少し嬉しいくせに、素直じゃないんですから」

「……余計なこと言ってんじゃねぇよ」

「それよりほら、雫が本戦三連勝の快挙を達成したというのに、空気が湿っぽいですわ。こういうとき、やるべきことがあるでしょう?」

「あぁ、そうだな。めでたいときにやることなんて、人類が誕生した瞬間から決まっている」

「あの、それって……」

「「乾杯するのですわ」」

「え、えぇ⁉ でも、明日の試合は?」

「おいおい、その体で明日も戦うつもりか? 明日は休みだよ。どうせハングオーバーで動けやしないって」

「ハ、ハングオーバー……? でも、今はまだ症状は出ていませんよ……?」

「ハングオーバーとは二段階に分かれていると説明したでしょう? 一段階目は早期に発生する体内のレイジスを失った際に感じる虚脱感。そして二段階目が、時間をおいてから体内にレイジスが蓄積される際の疼痛とうつうや倦怠感。つまり、この間の飛行機の中で雫が感じていたあれですわ」

「だけど、今回は一段階目の症状が出ていないんだよ? それなら、二段階目だって……」

「熱傷ができる程の高濃度なレイジスを使ったのです。残念ながら、二段階目は避けられないでしょうね」

「あぁ……また、あの気持ち悪さが……」

「後に控えている不幸を呪うよりも、とりあえず今は勝利の余韻を楽しめよ。それこそが人生を快適に過ごすコツってもんだぜ」

「…………、そ、そうですよね! よぉし! それじゃあ、私だって今日はとことん楽しんじゃいますよ!」

「なんでも好きに注文して良いぞ。今日はファイトマネーも賭けの配当金も十分にあるんだからな」

「ということは、アルコールメニューの上から下まで全部頼んでも?」

「頼め頼め! ヘイウエイター、アルコールメニューの上から下まで全部持って来てくれ!」

「それとチャイサーをピッチャーで。美人のコンパニオンも呼んで下さいね。あ、ほら雫、お酒も良いですが、デザートメニューも充実していますよ」

「え、本当? それじゃあ私は、この超特大ストロベリーサンデーにしようかなぁ」


 誰の返答も無い。というか、あまりにも静かすぎる。


 疑問を覚えて周囲を見渡してみると、少し前まで忙しそうに歩き回っていたウェイターも、私たちの近くで倒れていた闘技者たちも、いつの間にかどこかへと消えていた。


「なんだ、騒ぎ過ぎたか?」

「バレル、やはり貴方の顔が悪いから」

「……あのな、この顔はお前がメイクしたんじゃねぇか」

「バレルの悪人面は、私のメイクではどうにもならなかったということですね」

「……次にこういう機会があったら、今度はもっと良い顔にしてくれよ……」

「私の技術にだって限界がありますわ」

「……あなたたち、一体いつになったら私に気付いてくれるのかしら?」

「えっ?」


 声のする方を向くと、そこには一人の女性が赤絨毯の上に佇んでいた。豊満な胸を強調する豪奢なドレスを身に纏い、金髪の長い髪を縦ロールにセットし、執事とメイドを連れているその有り様はまさにお嬢様という風格。しかしその表情は不機嫌そうで、凛としつつも高圧的な顔立ちに拍車掛けているようだ。


「この私を無視し続けるなんて、不敬にも程度と言うものがありますわ。ですが、寛大な私はそれを許して差し上げましょう。光栄に思いなさい」

「は、はぁ……。えっと、すみません、どちら様でしょうか?」

「私を知らない⁉ はッ……! これだから、無知な田舎者は困るのです。まぁ良いでしょう。本来私に先に名乗らせるなど無礼極まりないことですが、今日の貴女の試合結果に免じて、今回だけ特別に名乗って差し上げます。イルミナス・ラストベガスアリーナコロシアム、コートヤード級クラスマスター、パトリシア・ハンバートですわ。勿論、名前くらいはご存知ですわね?」

「……あの、クラスマスターって、なんなんですか?」

「ムキ―ッ‼ どこまで貴女は無知で田舎者なのです⁉ ここは驚き畏怖いふし、ひれ伏すところでしょう⁉」

「イルミナスには四つの階級があると言っただろう。その階級ごとに一人ずつチャンピオンが設定されていて、その女はコートヤードのトップってところだ」

「はぇ~。良く分からないですけど、つまり……凄い人、ってことですよね?」

「ハハッ! ま、そうと言えばそうだな。だが所詮は一番下の階級、別に恐縮する程のことじゃないさ」

「な、なんですかその大雑把な認識は‼ それに貴方‼ 試合にも出ていないくせにその無礼な物言いはなんなんですの⁉」

「こいつは失礼、俺は正直者なんでね」

「…………、貴方、以前私とどこかで会ったことはありませんでした?」

「さぁね、気のせいじゃないか。そんなことより、こんなところまで何の用だ? ここは下々の闘技者たちが飯を食う所で、クラスマスター様が足を運ぶような場所じゃないと思うんだがね」

「どこまでも腹の立つ……まぁ、良いですわ。それでは単刀直入に言いますが、雫雨衣咲さん、貴女、私のモノになりなさい」

「えっ、……えぇ⁉ い、いや、モノって言われても……。突然、そんな……」

「悪い話ではない筈です。貴女には今後、クラスマスターである私の側近闘技者として試合に参加する権利を与えるのに加えて、武器も防具も貴女専用の物を開発して差し上げますわ。実は私、アクセルギアメーカーHumbertハンバート Designsデザインズ Weaponウェポンの社長令嬢ですのよ」

「あ、あまりにも唐突で――……それに、雫は――」

「申し訳ありませんが、外野は黙っていて下さいますか?」


 なにかを言おうとしたシャロに向かって、パトリシアさんは顔も見ず高圧的にそう言い放つ。パトリシアさんのその態度に私は少しムっとしたけれど、さっき二人にああして言われたばかりなのだから、今度はちゃんと冷静にしなくちゃ。


「……でも私、自分で戦わなくちゃいけない理由があるんです。それにほら、私はもう武器も防具も持っていますし」

「はっ、貴女、そんなみすぼらしい装備で人前に出て戦うつもりなのですか? ねぇ雫雨衣咲さん、もしも私のモノになるのでしたら、最新技術の粋を凝らした装備を無償でいくらでも提供すると言っているのですよ? それに、そうですわね、貴女くらいのビジュアルなら、今後うちの社の広告塔として起用して差し上げても――」

「――ッ‼ お断りします‼ 新品だか最新だか知りませんけど、武器もお金もいりませんよ‼」

「……貴女、自分が今、誰に、なにを言っているのか、ちゃんと理解していらっしゃるのかしら?」

「貴女が誰かなんて知りたくもありません‼ だけど自分で言ったことくらい、ちゃんと分かってます‼」

「良いですか、確かに貴女は今私にスカウトされている立場で、今回偶然私の目に留まりました。それでも貴女は所詮ルーキーで、ここアリーナコロシアムは私のホームグラウンド。言っておきますが、今私の庇護下ひごかに入らないというなら、今後このコートヤードで勝ち進むことは絶対に不可能ですわ。何故なら――」

「パトリシアさんがなにを言っているのかなんて、私には全然分かんないですよ‼ 私、テストで全科目赤点だったんですから‼」


 大声でそう言い捨てて立ち上がると、私はアテも無くどこかへと走り出した。



 ***



「待って下さい! 雫!」


 飛び出した雫の後をシャロが追いかける。去り際に一瞬目が合い、こっちは任せろと目線で応じると、小さく頷いてから一気に加速した。


「な、シャーロット・チョークス⁉ どうして、こんなところに……」

「うちのボスがそう言ってるんでね。悪いが、勧誘なら他所でやってくれ」

「……まさか、それじゃあ貴方……いや、お前はッ……。……ですが、以前はそんな顔では……」

「相手の中身を見ようとしないから、そうやってすぐに憎い俺のことにも気付けないのさ。なぁお嬢様、肩の傷はもう大丈夫なのかい?」


 そう言葉を投げ捨てると、パトリシアを中心にこの場の空気が一気に圧力を増し、周囲のテーブルに置かれていた食器類にヒビが入った。


「どんなに顔が変わっていようと、この際もうどうだって構いませんわ。バレル・プランダー、せっかくこうして私の前に姿を現したのですから、五年前の決着を付けようではありませんか」

「ここで始めるつもりか? 今?」

「どこだって構いませんわ」

「あぁ、お前はそういう女だったな。ただ俺としては、酒でも飲んでムードを盛り上げた後で、シャワーを浴びてからゆっくりと事に及びたいんだがね」

「お前ッ――」

「まぁ待てよ、せっかくアリーナっていうおあつらえ向きの舞台があるんだ。そいつを使わない手はない。それにどうせやるなら、大衆の面前で派手にやった方が気が晴れるってもんさ。そうだろう?」

「……ッ‼ …………、この場に来たことを、必ず後悔させてやりますわ」


 そう言うと、パトリシアは肩を怒らせながら赤絨毯の上を歩いて立ち去り、その後を二人のメイドと執事の男が、律儀に絨毯を巻き取りながら付いて行く。


「やれやれ、面倒なことになったぞ……」



 ***



 気が付くと、全く見覚えの無い場所に立っていた。辺りには閉店した露店が立ち並び、視線を逸らせば街の景色が一望できる。どうやらここはタワー内に設営された屋外飲食スペースであるらしい。


 一体私はどこへどこまで来てしまったのだろう。吐き出す息は荒くて白く、この心拍数の上がり具合からして、それなりのスピードで結構な距離を走って来たのだと思うけど。


 冷静に現状を分析していると、外の空気で冷やされて、興奮していた頭が冷静になって行くのを感じる。


「……ハァ~……。……もう、私、なにしてるんだろ……」

「あの……雫?」

「うひぇっ⁉ シャ、シャロ……? いつから、そこに……?」

「ずっと、横にいましたが」

「そう、だったんだ……。全然気付かなかったよ……」

「…………、ちょっと、その……座りませんか?」

「あ、うん……そうだね……」


 近くに階段を見つけると、暖を取るように二人で身を寄せ合って腰かける。街を広く遠くまで見渡せるこの場所は、部屋から外を見るのとはまた違ったおもむきがあり、まるで地上に星空が広がっているようでとても綺麗だった。


 ……。…………。


 だけど、それより今は、この空気が気まずい。無言が息苦しい。


 あぁ、もう! どうして私はこんなにも短気なんだろう。さっきバレルさんとシャロに諭されたばかりだったのに、また私はカッとなって、こうやって飛び出して来ちゃって……。


「……あ、あのね、シャロ、さっきは――」

「ごめんなさい、雫」

「……えっ?」


 不意をつくようにシャロの口から発せられたのは、私を諭すものでもなく、呆れた様子でもなく、謝罪の言葉だった。


 どうしてシャロが私に謝るのだろう。疑問を覚えながらシャロの方を見ると、その顔はいつも通りの無表情ではあるものの、どことなく哀愁のようなものを醸し出していた。


「あの、シャロ? どうしたの?」

「……私は先程、あの女の勧誘を遮ろうとしてしまいました。結果的に交渉は決裂しましたが、もし私さえ止めてさえいなければ、或いは……。そう、雫のことを考えたなら、止めるべきではなかった筈なのに……」


 そう言ったシャロの顔の先には、無表情では隠し切れないなにか複雑な心境のようなものが透けて見える。


「……もしかして、前にパトリシアさんと、なにかあったの?」

「…………、少し、昔の話をしても良いですか? 長くなりますし、楽しい話という訳でもないのですが……」

「聞くよ、聞く! 私で良ければ、なんだって!」

「……ありがとう、雫……。そう、あれはまだ、私とバレルがジャンポールの街に来たばかりのことですわ――」

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