Last Vegas
――イルミナス セントラルタワー コート―ヤードスタジアム――
セントラルタワー内にある闘技場。そう聞いていた私は、これだけの高さを誇る建物の内部に設営した会場なのだから、大した規模ではないのだろうと高を括っていた。そしてその想像は、易々と裏切られることとなる。
セントラルタワーの五階層を打ち抜きで設営されているこの場所は、これだけの高層建築物の内部に造られた空間とは思えない程に広く、観客動員数もまたエントリー戦での入場者数とは全く比較にもならない程だった。
試合前の会場内は最低限の光量に抑えられていて薄暗くはあるものの、地上からの眩い光が窓の各所から入り込む度に幻想的な光景を演出し、試合を待ち望む観客たちの興奮と期待を静かに煽っているかのよう。
暫しの後、全ての灯りが遮断され、会場内が暗闇と静寂に包まれた。そして次の瞬間、燃え上がる炎が会場中央のリングを激しく照らし出す――。
『夜は暗いのだと、誰が決めた‼ 世界が凍り付いていると、誰が言った‼ 暗闇も寒さも、この時この場所は全てを退ける‼ そう‼ 今この街こそが世界の中心だ‼ 世界に残された
リングアナウンサーのコールで人々の歓声が一つの塊となり、会場中が割れんばかりに
「おーい雫ー、この試合、お前が三連勝するのに賭けたからなー。事務所の借金返済の為にも負けるなよー」
「ついでにファイトマネーも出ますから、勝ったら今晩はご馳走ですわー」
声のする方を振り向くと、そこには選手待機席でお酒を飲み、観戦モード全開なバレルさんとシャロの姿があった。しかも席の傍らには、既に空になった酒の容器がいくつも並んでいる。いや、確かにこの試合は私の試験の為のものなのだろうし、全試合を私一人で戦わなくちゃいけないのはもう納得したつもりではありますけど……。
チラッと対戦相手の方を盗み見る。すると、対戦相手の皆さんは、こちらの待機席の様子とは完全に対照的で、明らかに、それも非常に機嫌の悪そうな顔をしているではありませんか。アリーナに来てから常々思うことなのだけれど、どうして、どうして私はいつも誰かに恨まれるような状況で戦わなければいけないのだろう。勝利の余韻もあって、昨日はつい軽い気持ちで本戦出場を決めてしまったけれど、こんなことならもっと躊躇っていれば良かったかもしれない。
『さぁ、ここでお待ちかね、選手の紹介をしていこう‼ 五勝一敗、怒涛の勢いでチャンピオンの座を狙う荒くれ共‼ チーム、トロピック・サンダース‼ ダグ・スティラーッ‼』
会場中に沸き上がるダグコール。昨日のエントリー戦でも観客の声援に圧倒されたけれど、この会場でのそれは眩暈を覚える程だった。
『対するは、おーっとぉ……こちらは〇勝〇敗のルーキーチーム‼ 強敵トロピック・サンダースを相手にどこまでやれるのか‼ チーム、ノーバディーズ‼ 雫、雨衣咲ィッ‼』
私の名前がコールされると、少ないながらも観客席から声援が送られる。だけどその大半は野次や嘲笑を含んでいて、会場内には既に私が負けたかのような同情混じりの空気が漂っていた。
「おいお前、エントリー戦で勝ち上がってきて良い気になってるんだろうが、ここはあんな雑魚の溜まり場とは違うぞ。それになんだ、あの控えの連中は。ふざけてんのか? あっ?」
「い、いえ! 決して、ふざけて、なんて……。で、でも、私にも後に引けない理由が……あるにはあると言いますか……」
「どうせファイトマネー目当てなんだろ? 止めておいた方が身のためだ。怪我をする前にさっさと帰れよ」
「いや、あの……確かに、お金は……、……その、おっしゃる通りですけど……」
「言い返すこともできねぇのかよ。先鋒のお前は腰抜けで、控えの連中は酒浸りのボンクラじゃねぇか。良いか、俺たちは本気でチャンピオンを目指しているんだ。そんな俺たちの前に居座られると目障りなんだよ。さっさと後ろに下がって、ボンクラチームメイトにもそう言っとけ、クソ野郎共」
カチリと、私の中で何かが噛み合ったような音を、このとき確かに私は聞いた。すると――。
「……えぇ、そうですよ。私は何を言われたって仕方が無いと思います。でも――」
何かが体の奥底でボコボコと泡立つと、膨張するそれを体の中へ留めておくことができなくなった。すると次第に、熱くて冷たい刺激を伴うそれが腕を伝って指先までやって来ると、ドライアイスのスモークのように、静かにボディーアーマーの内側からステージの上にこぼれ落ちる。
『選手の両名、準備は良いか⁉ いいや、良くなくたって始めるぜ‼ さぁレフェリー、戦いの火蓋を切ってくれ‼』
「スリープロテクトブレイク、リングアウト、気絶、死亡が確認されたら即敗北! 試合形式は勝ち抜き戦! エンブレムは一試合終了毎にその状態で引き継がれる! 両者とも、良いか⁉」
「さっさと初めてくれ。秒で終わらせてやる」
「……大丈夫です」
「
開始の合図と同時に、相手の闘技者は剣を振りかぶりながらステージの床を蹴って加速する。遅い、遅すぎる。今の私には彼の表情が余裕に満ち、自分が負けることなんて微塵も考えていないことさえ読み取れる。
私は静かに息を吐くと、ゆっくりと鞘から剣を抜き、それを逆手に構え、ギュッと硬いステージを踏み込んで、瞬間的に下肢を爆発させるように力を込めると――。
“雨衣咲二刀流
ステージを蹴って繰り出したのは、逆手に構えた二刀から放つ高速の六連突き。その全てが目の前の闘技者に命中すると、衝撃で後方に吹き飛んで、プロテクターに取り付けられていた三つのエンブレムが、パン、パンパンと一気に全て砕け散った。
闘技者の彼は何度もステージの上を跳ね転げ回り、勢い止まらずリングの外へ放り出されると、そのまま相手選手の待機席に叩き込まれてようやく静止する。静まり返る会場。観客もリングアナウンサーも、レフェリーでさえも呆気に取られ、少しの間、目の前で起こったことを理解できないようだった。
「……あ……ト、
『……えっ、な、あっ……き、決まったぁ‼ なんと雫雨衣咲選手、初のアリーナ本戦で洗礼を受けること無く一瞬で決着ぅ‼ 誰がこの結果を予想できたぁ⁉ おぉっと、ここで雫雨衣咲選手の情報が入ってきたぞ‼ …………ッ、な、なんとッ‼ 昨日行われたエントリー戦にて測定されたCDINは六百三十‼ しかもその際に獲得したポイントは……に、二十七KOで二十七ポイント⁉ 怪物だ‼ このコートヤードの舞台に、超、超大物怪物ルーキーが誕生したぁッ‼』
未だ戸惑いの中から抜け出せない観客。しかしそれは次第に小さな声援から始まって、まるで燃え広がる炎のように大きな歓声へと拡大して行く。ただこのとき、私は先日のような高揚感を覚えてはいなかった。チリチリと体の内側を焦がすレイジスはフルスロットルの状態を維持し、私の視線は一心に相手チームの選手待機席を見据え――。
「早く、次をやりましょう。すぐに上がって来て下さい」
ただ尚も、強く闘争だけを求めていた。
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