8 Run into.
Royal Lady
――イルミナス セントラルタワー 五十一階――
尋常ならざる程の
コートヤード級は、四つあるイルミナス内のアリーナコロシアムでは原則最もCDINの低い選手たちが集う場所とされているが、その頂点に君臨するクラスマスターの部屋ともなると、他選手とは一線を画する待遇で迎え入れられるのだ。
この部屋の主パトリシア・ハンバートは、電気を消したバスルームの浴室で一人、バラの香油が香る広いバスタブに身を沈めていた。室内にはフットライト以外の光源は見当たらないが、外との境界が一面ガラス張りとなっているこの場所には煌びやかに揺らめく街のネオンが入り込み、この空間の優雅さを一層引き立てている。そんな微かにパトリシアの息遣いだけが聞こえるバスルームに、控えめなノックの音が響いた。
「パトリシアお嬢様、至急お伝えしたいことがございます」
「……それは、
「そう判断いたしましたが、後にいたしますか?」
「…………、……今出ますわ……」
気だるげにバスタブに沈めていた体を起こし、傍に掛けてあったバスローブを羽織る。タオルで適当に髪の水分を拭き取っていると、つい無意識に姿見の方へと視線が向く。そこに映っていたのは、濡れていても尚美しいブロンドのロングヘア。目を見張るような美貌。張りのある豊満な胸と、それでいて引き締まった肉体。そして肩の上にある、醜い傷跡――。
それを目にする度、パトリシアの心はささくれ立つような思いだった。鏡さえ見なければこんな心境を抱くことも無いのだろうが、日に日に美しくなる我が身に、我がことながら目を背けることもできなかったのだ。
そんな完璧な体に刻まれた傷を見る度に思い出すのは、あの忌々しい男の顔、バレル・プランダーの顔。故にバスルームより出てから暫くの間は自ら自覚する程に酷く荒れた気持ちになり、普段なら小間使いはおろか、執事や側近のメイドでさえ下がらせているのだ。
勿論従者もそれを重々承知の筈で、余程のことが無ければ暫くは近付こうともしないのだが、それを理解した上での急用とはいったい何であろうか。そんなことを考えながらバスルームを後にすると、そこには律儀に直立姿勢で待機している執事長のウィンソープの姿があった。
「それで、機嫌の悪い私に、いったいどのような急ぎの用事なのかしら?」
「はいお嬢様。こちらをご覧ください」
そう言うと、ウィンソープは数枚の紙を手渡してくる。それはほぼ毎日のようにアリーナ各所で発行しているフライヤーで、普段のパトリシアならば見向きもしないものだが、その一面の情報を見ては驚愕を隠せずにはいられなかった。
「……何かの、間違いではなくって?」
「どうやら事実のようです。本日のエントリー戦にて、観客全員と闘技者の数名がその一部始終を目撃しております」
「もし本当なら、これは久しぶりの逸材ですわね」
「既に彼女の情報は他の階級のチームにも伝わっていることでしょう。エントリー戦の結果とは言え、早々に行動された方が宜しいと存じます」
「なるほど。貴方はこの娘をどうするべきだと思うの、ウィンソープ?」
「実物を見てみないことには、なんとも。能ある鷹は爪を隠すとも言いますし。ただ、他のチームに取られるくらいであれば」
「そうですわね。彼女の次の試合、いつになるかしら?」
「アリーナ関係者からの情報によりますと、既に明日の試合にエントリーしたとのことです」
「相手は誰? うちの私兵の誰かかしら?」
「いえ、野良の闘技者、トロピック・サンダースでございます」
「あぁ……確か、近々声をかけようと思っていたチームですね。では、どうするかは明日の試合を見てから決めるとしましょう。準備を進めておいてちょうだい。どちらのプランも実行できるようにね」
「かしこまりました、お嬢様」
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