天を衝く摩天楼

 ――イルミナス セントラルタワー 四十階 コートヤード級選手用宿泊室――


「うわ、うわー……ふへぇ~……」

「なぁ雫、いい加減飽きないのか? 四十階なんて、セントラルタワーの中ではまだまだ随分と低い部類なんだぞ」

「いや、そうかもしれないですけど……それでも十分凄い景色ですよ、これは……」

「安上がりで結構なことだ」

「そんな安上がりな部屋にタダで泊まれるのも、雫のお蔭だということを忘れてはいけませんわ。ねぇ、そうでしょう? 雫と同チームのダレンさん? ……フッ、ククク……」

「……あぁ、雫と同じチームで本当に助かったよ……」


 私の目の前、窓の外には夜の闇を遠ざけるように明滅めいめつする光の絨毯じゅうたんが敷き詰められたかのような光景がどこまでも広がっている。試合を終えて本戦への出場資格を手に入れた私たちは、イルミナスの中心部、ここセントラルタワー内のホテルへとやって来ていた。


 地上二百四階、高さ千三百メートルを誇り、天を衝くように聳え立つこの摩天楼は世界で最も高い建物とされ、イルミナスの象徴、或いはそのものとさえ例えられる。


 そんなセントラルタワーは入場料と宿泊費もまた世界一高い場所であるらしく、一泊の宿泊料を聞いたときには、桁を三つくらい間違えているのではないかと疑う程だった。


 下階層にはカジノや大型ショッピングモール、プールにレストランなどの娯楽施設がいくつも入っているけれど、やはりこのタワー最大の目玉は、なんと言ってもアリーナコロシアム。タワーの上層は全てが四つの階級から成るアリーナ関係の施設で構成されており、建物の内部にはそれぞれの階級に専用の四つの大きな闘技場が収められているのだとか。


 そんな本来なら一生縁が無く、入ることさえ叶わないであろうこの場所に私たちが無料で宿泊できているのは、私とバレルさんがエントリー戦に勝ち抜き、本戦出場選手としての権利を獲得できたから。なの、だけれど……。


「いやぁしかし、目立たないように事を済ませるなんて言っておきながら、実際にはあれだけ派手にしておいて、最後にはサムズアップまで決めて。挙句それを誰にも見られていなかったとは……わ、笑うなという方が無理というものですわ……ブフォフフー!」

「こ、のッ……器用な顔で笑いやがって……」

「フ、ククク……ハァー。しかし、雫は本当に良く頑張りましたね。アリーナ基準の測定とは言え、初回でCDIN六百三十と測定されることはそうあることではありませんわ」

「そ、そう? いやぁ~えへへ~」

「それで? 今回同じく大活躍だったダレンさんは、CDINがいくつと測定されたのでしたっけ?」

「…………、……三百七十だよ……」

「は、初めてにしては上出来ですわー!」


 シャロはベッドの上でお腹を抱えて笑い、バレルさんはどんどん不機嫌そうな顔になって行く。折角の豪華なホテルだというのに、凄く気まずい。どうにか空気を変えなくちゃ。


「で、でも、バレルさんもシャロも本当はずっと数値が上なんですよね? 実際にはどれくらいなんですか?」

「どれくらいって言われてもな。もう随分と更新していないから、俺たちの数値なんか全くアテにはならないぞ。俺が最後に更新したのは、確かジャンポールに来る前だったんじゃないか」

「私も二年以上更新していませんし、なんなら今日受付で教えてもらって数値を思い出したくらいですわ」

「あぁ、拘りとかは全然無いんですね……」

「ま、とりあえずCDINのことはどうでも良いじゃないか。それより、そろそろ今回の試験のことを話しておこうぜ」

「えっ……あの、試験って、今日の試合でお終いだったんじゃないんですか?」

「そんな訳無いだろ。大体今日で終わりだって言うなら、俺たちはどうしてこんな場所に泊っているってんだよ」

「いや、それはその……なにか、私へのご褒美みたいなものなのかなーって、思っていまして……」

「能天気な奴だ」

「フ……アホ可愛いですわ」

「も、もう! また二人はそんなこと言って! 本当は分かっていましたよ! ちょっと冗談で言っただけだもん!」

「悪かったって。なにか旨い物でも奢ってやるから機嫌を直せよ」

「……えっ、本当ですか? ……ま、まぁそういうことなら、別に良いですけど」

「(……なぁシャロ、実は前から思っていたことだが、雫の奴、ちょっとチョロすぎるとは思わないか?)」

「(えぇまぁ……。でも、そこが雫の良い所でもありますし……)」

「あの、どうかしたんですか?」

「いや、どうってことは無い。それで試験の内容だが、雫、お前にはコートヤード級の本戦で十勝してもらう」

「十勝って……まさか、私一人で、じゃないですよね?」

「お前一人でに決まっているだろ。こいつはお前の試験なんだから」

「いや、それはまぁ……そう、ですよね……」

「ちなみに一チーム最大三人までエントリーできるルールですから、合計すると最大三十人、最低でも十人とは戦ってもらうことになりますわ」

「さ、三十人⁉ 私、一人で⁉」

「安心しろ、一日で全員を倒せって言ってるんじゃない。期限は設けないし、ここに居る間は何敗したって良い。それに本戦では一対一の勝ち抜き戦だ。一人で一度に二十七人も倒したお前なら楽勝だよ」

「で、でも、本戦の選手はエントリー戦よりもずっと強いんですよね? それを一度の試合で三人と戦うなんて……」

「今回参加するコートヤード級はエントリー戦で勝ち上がったばかりの選手か、一つ上のマンダレイ級に行けず足踏みをしている闘技者が大半を占めています。CDINの話をするならば五百前後が平均ですから、数値上は雫の方がずっと強いことになりますわ」

「そう、なの? だけど三十回も戦うってなると、流石に無傷ではいられないんじゃ……」

「本戦ではレイズプロテクターの数が三つに増える。この程度の階級でなら死ぬことはおろか、怪我をすることだって難しいってもんさ」

「えー……いや、う~ん……でもぉ……」

「と言うか、雫はもう逃げも隠れもできませんよ」

「……どういうこと?」

「ほら、これを見て下さい。ここへ来る前に配っていたものですわ」


 そう言うとシャロはテーブルの上に何枚かの紙を広げる。それはどうやらアリーナで起こった出来事が掛かれている情報誌のようで、その全てに私の写真が一面に載っていた。そしてそのどれにも‟超大物ルーキー出現⁉”、‟前人未踏‼ エントリー戦にて二十七人をKO‼”なんてことが書かれている。


「……なに、これ……?」

「ここでは幾つかアリーナ内の情報が載ったフライヤーが発行されているのですが、その殆どに雫のことが書いてありました。幾らでも見どころの有る本戦の情報を差し置いて、末端であるエントリー戦の情報を一面記事で、ですわ」

「そんな⁉ ど、どうしよう……」

「ファンの期待に応えるのが、スターの宿命というものでしょう」

「スターって……私が?」

「勿論。そう言えば、この記事にはバレルのことも書いてありましたね。なになに……‟もう一名の本戦出場選手ダレン氏は、雫雨衣咲選手のチームメイト。雫雨衣咲選手のチームは有望株揃い?”ですか。クク……よ、良かったですねバレル、ちゃんと貴方のことも褒めてくれていて……フフッ……」

「……ほっとけ。……良いか雫、今日見て分かったが、今のお前ならエントリー戦で戦った程度の相手じゃ話にもならん。リベレーターを目指すならリスクを覚悟しなくちゃいけないことだってあるんだ。今すぐ決めろとは言わねぇが、本戦で戦うことは決定事項だ。長引かせたってどうしようも無いからな」

「…………、……やります。やるなら、……あ、明日にでも!」

「へぇ、そいつはまた突然だな。どういう心境の変化だよ?」

「あぁいえ、その……今日、大勢の前で戦ってみて、お客さんたちが喜んでくれたのもそうですけど、なんか、あの感覚をもう一度体感してみたいな、なんて……」

「大丈夫、雫ならできますわ」

「そうだな。少なくとも、これからあと十試合分は味わってもらうつもりだ。なぁに、終わる頃にはきっと帰りたくないって思っているだろうぜ」

「いや、流石にそれは無いと思いますけど……」

「よし、試合の申請を終えたら飯にしよう。今日は雫の本戦出場祝いで盛大にな」

「やった!」

「バレル、私はメニューの端から端までというのをやってみたいですわ」

「お前、さっき誰のことを笑い散らかしていたか覚えていないのか?」

「そんな昔のことは忘れました」


 摩天楼から覗く光の溢れかえる街。エントリー戦での戦いと本戦出場。そんな沢山の出来事に浮かれていたこのときの私には、想像できる筈も無かったのだった。


 二人の過去と因縁。ストーンヒルのメンバー。そして私たちが、どんな結末を迎えるのかなんてことを。

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