世紀の大スター爆誕
『
アナウンサーのマイクパフォーマンスで揺れる程に沸き上がる会場。観客は優に五百人以上はいるだろうか。それにたった今司会者の人は会場が狭いと言っていたけれど、ここ、小さい野球スタジアムくらいの広さがあると思うんだけど……。
「確かに狭いステージだが、まぁ最初はこんなもんだろう」
「ソウ、デスネ……」
「とは言え、折角観客も来てくれているんだ。盛大なファンサービスで、観客全員を盛り上げてやろうじゃないか」
「ソウ、デスネ……」
「おいおい、もう試合が始まるってのに元気が無いぞ。腹でも減ったのか?」
「緊張してるんですよ‼ ……ッ、ウェップ……」
「折角こんな場所でやれるんだ、楽しまなくちゃ勿体ないぞ」
「……そもそも、私は最初から大勢に狙われることが決まっているんですよ⁉ 平然となんてしていられる訳ないじゃないですか⁉」
「別に命懸けで戦う訳でもないんだ、そんなに気負うなよ」
「命懸けじゃないって言っても……危険なことには変わりないじゃないですか……」
「安心しろ、
「えっ、命綱?」
「ボディーアーマーの左胸に取り付けたそのエンブレムのことだよ。それを付けている限り、ここでは簡単に死ぬことはない」
私のボディーアーマーの左胸の窪みには、金属製の丸いエンブレムが取り付けられていた。係員の人に配られた際、会場に入るまでには絶対に取り付けておくように言われた物だけれど、一体これが何の役に立つというのだろう。
「あの、これって一体なんなんですか? 控え室で、選手全員に配られていましたけど」
「そいつは“レイズプロテクター”。使用者のレイジスに反応して、体の周囲に薄いレイジスの膜を張る装置だ」
「レイジスの、膜?」
「分かりやすく言うなら、バリアを発生させる道具だな。そいつが機能している間はダメージの一部を肩代わりしてくれて、一定以上のダメージを受けるとそのエンブレムが割れる仕組みになっている。ついでにアリーナコロシアムでは、こいつが勝敗を決める道具になるって訳さ」
「あっ、そうか。戦っている最中にエンブレムが割れたら負けになるんですね」
「そういうこと。戦闘中にエンブレムが割れたやつは失格になるが、エンブレムが割れて失格になった奴を攻撃しようとしても失格だ。つまりエンブレムが割れてさえしまえば、闘技者の安全は保障されるようになっている」
「はぁ、良かった……。それなら傷付けることも、傷つけられる心配もありませんよね」
「ただこいつはアリーナ用の低性能なエンブレムだ。ダメージを肩代わりするのにもすぐに限界が来るし、一回で許容量以上のダメージを受けるとしっかり痛いからな。最悪死ぬこともあるから、ま、気を付けろよ」
「…………えっ?」
『さぁ‼ 会場も盛り上がってきたところでルールの説明をするぞ‼ 相手に攻撃を加えてレイズプロテクターを壊すか、相手を場外に落とせば一ポイント獲得‼ 先に八ポイント獲得した奴から勝ち抜けだ‼ 今回の参加者は四十二名‼ よって本戦へ行けるのは最大五人まで‼ 名も無き闘技者共、準備は良いか⁉ READY……――』
「えっ、ちょ、待っ――」
『FIGHT‼』
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼‼」」」
開始の合図と共に、大勢の闘技者たちが一斉に雄叫びを上げながら私の方へとやって来る。その目は血走って、まるで飢えた獣のようだった。
「いやぁぁぁぁぁ⁉ バレ、バレルさぁぁんッ⁉ …………ッ⁉ どぅえぇぇぇぇ⁉ い、いないぃぃッ⁉ どこへ行ったんですかぁぁぁ⁉」
助けを求めて隣を向くと、既にそこからバレルさんの姿は消えていた。慌てて周囲を見渡すと、私から随分と遠くにバレルさんの姿を見つける。バレルさんはニヤリと笑うと、私に向かって手を振っている。駄目だ、どうにかしてバレルさんの元まで……いや、それじゃあ間に合わない。今は自分でどうにかしなくちゃ――。
剣を抜いて、的を絞るように前を見据える。だけど私の方へ向かって来る闘技者の数があまりにも多すぎて、標的を絞り切ることができない。そうして泳ぐ視線の先、闘技者達を掻き分けるようにして真っ先にやって来たのは――。
「邪魔だぁッ‼ その女は俺様の獲物だぁッ‼ どいつもこいつも俺様の前から吹き飛びやがれぇッ‼」
控え室で私たちに絡んで来た、殺戮のガガス様だった。彼は他の選手たちを巻き込むようにしながら戦槌を横薙ぎに振りかぶる。この距離、恐らく次の瞬きを終えるよりも先にその
この瞬間、私が想起したのは、異形と化したブルーノと戦った際のあの光景。もしこの一撃があのときの薙ぎ払いと同じくらいの威力だとするならば、まともに剣で受けると場外まで吹き飛ばされてしまうだろう。となると、剣で受け止めるという選択肢は選べない。なら、私にはもう回避するくらいしか……。
…………、…………?
それにしてもこの攻撃、遅すぎ、じゃないかな。改めて意識してみると、目の前に迫りくる戦槌のその動きが、異様なくらいスローに見える。これなら回避する必要も無く、そのまま反撃さえできてしまうと思える程に。
もしかして、これには何か裏があるんじゃないだろうか。だって、こんなにも遅くて単調で、しかも隙だらけなのだから。バレルさんやシャロと訓練していた際、こんな風にあからさまな隙を見つけて攻撃しようとすると、実はそれがフェイントや罠だったりして、次の瞬間には返り討ちにされたことが何回もあったし。
………………。
なんか、考えるのが面倒になっちゃったな。いいや、斬り込んじゃえ。もしそれで駄目だったら、それはそのときに考えよう。今彼の体はレイズプロテクターによって保護されている。なら、今私にできる限りのことを。最善、最速、最大限の最適解を――。
“雨衣咲二刀流
体の奥底に意識を向けると、会場を震わせていた観客の歓声も、闘技者たちの怒声も、今は全てが遠くに感じる。下肢に力を込めて一気に踏み込むと、目の前に迫る巨体の中心部を目掛け、左、右の順に剣を振り抜き、二撃目を放つのと同時にリングを蹴って押し込むように、前へ跳ぶ――。
二刀の斬撃を受けたガガス様の巨体は、まるで凝縮されていた時間が一気に解放されたかのように、激しく高く宙へと舞い上がった。観客も、他の闘技者たちも、誰もが状況を理解できず呆気に取られていた。そんな一瞬の静寂の後、宙に舞い上がっていたガガス様がリングに叩きつけられると、会場は今まで以上の歓声に溢れかえる。
『……んな、何が起こったんだぁッ⁉ あの巨体、あの怪力ガガス選手が吹き飛んだかと思えば、プロテクトブレイクしているぞ⁉ 起き上がれなーい‼ 判定の結果、只今のポイントを獲得したのは……雫ッ、雨衣咲選手だぁッ‼』
アナウンサーがそう宣言すると、会場の全てのモニターに私の姿が映し出され、観客たちから私の名前が大歓声でコールされる。
「あ、えっ、私……? え、えへへ……ど、どうもどうも~……」
「お、おい……あの女がガガスをやっちまったぞ⁉」
「い、いや……多分何かの見間違いか、きっとガガスのやつが勝手に自滅したんだろ?」
「ならどうする、お前、やっちまうか?」
「い、いや……俺は……」
「……全員でやろう。全員でやって、ブレイクさせたやつのポイントってことで恨みっこ無し。それで良いな?」
「「「お、おうッ‼」」」
観客の声援に気を取られていると、気付いたときには私の周りは既に数名の闘技者に取り囲まれていて、じりじりと距離を詰めて来ていた。
「えっ、ちょッ⁉ そ、そんなの有りですか⁉」
「残念だったなお嬢ちゃん‼ ここではどんな戦い方も許されるんだよ‼」
「アリーナコロシアムは俺たちのフィールドだ‼ それを昨日今日来たばかりの新人に、デカイ顔させる訳にはいかねぇんだ‼」
「お前のポイントは俺たちのもんだ‼ 覚悟しな‼」
「やっちまえ‼」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」」
***
「どいつもこいつも仲良しの顔見知りかよ。そいつはつまり、ここはいつまでも本戦に進むことのできない連中の溜まり場だって言ってるようなもんじゃねぇか。そんな三下連中と、過去に死線を潜り抜けた雫とじゃ、端から勝負になる訳なんてないのさ。なぁ、あんたもそう思うだろ?」
目の前に対峙する鋭い視線の男にそう問いかける。周囲には、俺たちの一連の攻防に巻き沿いを食らって倒れ伏す闘技者たち。その一部始終を遠巻きに見ていた他の連中は、再び俺たちの戦いに巻き込まれまいと距離を取っていた。
「でもあんたは別だ。悪いが、今はまだあんたと雫を戦わせたくなくてね。だから、ダンスの相手には俺が立候補するよ」
「心配するな。元より私の標的はお前一人だ」
「さっきは熱烈な視線をどうも。ただ俺にはそんな趣味は無いんだ。代わりと言っちゃなんだが、サインの一つでも書いてやろうか?」
「いや、その必要は無い。お前の敗北を持って、勝利の
「そうか? 後で後悔するなよ」
肩に担いでいた剣を構えると、再び槍の男と対峙する。男が持つのは両端に刃の付いた身の丈よりも長い槍。どう見ても愛用の武器だと分るそれに対して、俺が持っているのは、他の闘技者から拝借した片手剣。今までの攻防から考えるに、こいつはまだまだ実力を隠して――。
悠長に槍の男を分析していると、予備動作も無くその一撃は繰り出された。瞬間的に胸元まで届く槍の先端。その一撃は会場全体を揺るがす程の衝撃を生む。
***
煙が晴れて視界が回復した頃、やはりそこに男の姿は無く、ただステージに穿ち貫かれた槍が残されているだけだった。外した? いや、そもそも私が今見た光景は残像だったとでも? バカな。残像を見せる程に素早く動くことなど、実際に起こり得る筈が――。
「追撃が無いようだが、弾切れでも起こしたのか? まるで一発限りのミサイルだ」
視界の端、そこにはたった今私が仕留め損ねた男が剣を肩に担ぎ、余裕そうに笑顔を浮かべて立っていた。
「……どんな手品を使ったのだ?」
「ただ避けただけだよ。種も仕掛けも無くてがっかりしたか?」
「にわかには、信じられんな。少なくとも、私が見逃がす程の速度などと……」
「世の中なんでも自分の思ったようにはならないものさ。だから人生は楽しい。そうだろう?」
「……口の減らない男だ。ならば教えてやろう、私の槍はミサイルよりも強力だが、その神髄は速度にこそある。喜ぶが良い、今からそれを体現させてやる」
「そうかい。なら俺は――」
その先の言葉を待たず、私は槍を突き出した。卑怯とは言うまい。これは戦いなのだから。ただ、不意を打てるとは思っていなかったが、こうも器用に剣で受け流されるとは。が、これも想定の内だ。私の初撃を躱した者が、この程度で終わる筈も無い。
間髪を入れず、嵐のように突きを繰り出した。最初の内は男の剣に受け流されてはいたものの、それでも徐々に端へ、端へと追い詰めて行き、次第に槍の先端が肌の表面数ミリ上を掠り始める。その度、まるで硬質なガラスを引っ掻くような甲高い音が鳴り響く。
間もなくだ、間もなく、次こそは私の槍が男の胴体を捉えるだろう。
しかし次の瞬間、男は細かくステップを踏んで私の槍の一突きを横へ回避すると、瞬時に私の懐へと潜り込み、不安定な体制で片手剣を振りかぶる。
この男、技は荒く、直感と身体能力でのみ戦っているものと思っていたが、決してそれだけでは無いらしい。この男の強さを支えているもの。恐らくその本質は、戦闘中の思考能力の速度と精度。
私の得物は槍。突くことを最大の攻撃手段とする槍は、懐に潜り込まれるとどうしても弱い。利点である長いリーチそのものが、ショートレンジ内では最大の弱点となり得るからだ。これだけ
「槍使いの弱点、それは私の弱点とはなり得ないぞ」
私は遠心力で槍を反転させると、懐に潜り込んで来た男に向かって石突きの方の刃で薙ぎ払うように斬りつける。
距離、捕捉。回避不能。獲った――。
“
繰り出すは高速の八連突き。男は徒手空拳。私との距離は一メートルと少々。回避できる距離にあらず、受け流す為の剣は失われた。
そうして勝利を確信したそのとき、私の目に信じ難い光景が飛び込んで来た。同時に繰り出した八つの突き、それらの全てが私の意志に反し、男を避けるようにすり抜けて行く。いや、すり抜けたのではない。その手の動き、体に触れる直前、槍の刃の腹を叩くようにして軌道が逸らされ――。
…………? なんだ、腹部に当たる、この拳――。
瞬間、全身を覆う膨大な衝撃。それは腹部を中心として全身へと広がり、幾度も視界が暗転する。気が付くと私は思考を整理するよりも先にリングへと叩きつけられ、遅れて肩に取り付けられたレイズプロテクターが破裂する音が耳に届いた。
***
「意識があるのか。随分とタフなやつだな」
「……な、にを……した……?」
「
「そうでは、ない……。私の繰り出した、八連の突き……あれを、どうやって……」
「ま、それもカンフーってやつさ。映画鑑賞が趣味でね」
「……冗談にしては、全く面白くもないが……この有様では、笑ってやることも敵わない、な……」
その言葉を最後に、槍の男は意識を手放した。
「ナイスファイト。次はきっと、あんたの前に雫を立たせてやるよ」
槍使いの男の健闘を、サムズアップで称える。それと同時に会場から沸き上がる盛大な歓声。参ったな、必要以上のパフォーマンスで予定外に目立ってしまっただろうか。まぁ、観客も試合を楽しみにやって来ているんだ。少しくらいはサービスの内ってもんだろう。
さて、雫はどうなっているかな。控え室で見た限り、脅威になりそうなのはこの男だけだった筈だが――。
『く、く、空前絶後ぉッ‼ 雫選手、迫りくる選手全員をKOしてしまったぁッ‼ 獲得ポイントは……なな、なんと二十七ポイント⁉ 前人未踏‼ 世紀の大スター誕生の瞬間だぁッ‼』
盛大に司会者が絶叫する。俺の勝利で沸いたと思っていた観客の歓声は、その全てが雫に送られたものであったらしく、誰一人として俺の方になど見向きもしてはいなかった。
………………。
好都合じゃないか。雫が観客やスタッフの注意を全て引き付けてくれたお蔭で、俺は全く目立たずに事を済ませられたのだから。いやむしろ、この華々しい結果は雫の自信に繋がるだろうから、
『あぁっと‼ 雫選手の反対側では、ダレン選手も八ポイントを獲得して勝ち抜いていた模様‼ 残念ながら私、雫選手の方に目を取られていてダレン選手の方を一切全く見てはおりませんでしたが……な、なんと! ダレン選手は雫選手のチームメイトであるとの情報が入ってまいりました‼ 二名揃って初回でエントリー戦を突破ッ‼ 本戦出場への切符を勝ち取ったぁ‼』
観客席で、いつものように表情を崩さず腹を抱えて爆笑しているシャロの姿が目に付いた。この後で、あいつには確実に指を差されて笑いものにされるだろう。いやいや、最善の形で雫が本戦へ出場できたんだ。そう、結果オーライ、結果オーライだよ、こいつは。だから俺には何一つ、欠片ほども文句なんて有りはしない。とは言え――。
「……俺はオマケ扱いかよ……泣けるぜ……」
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