平凡なトム ―人生の挫折編―
俺の名前はトム・ヘイボン。WEフォース第五支部、五階第三押収品保管室室長をやっている。いや、やっていた、と言うべきか。今の俺様の境遇は、まぁ一言で言い表すなら、ただの自由な渡り鳥ってところだ。
二か月前のとある移送物を巡った大事件。それは自らの私腹を肥やさんとする為に、一部の上層部が画策したっていう、どうしようもない事件だったらしい。しかもその大元というのが、俺の勤めていた支部のいけ好かない准将様だったというのだから、輪を掛けてどうしようもないオチだったって訳だ。
その事件は日本からやってきた新米WEフォース隊員の下っ端と、作戦を共同で行っていたリベレーターの二人組によって解決されちまったってもんなのだから、うちとしては面目丸つぶれの大赤っ恥をかくことになったらしい。
だが俺は思ったね、良くやったってさ。俺は元から支部長のブルーノが気に入らなかったし、WGOの軍部組織っていうだけで、デカイ顔をしている上層部そのものが大嫌いだったからだ。ま、少なくともブルーノのやつは普段から黒い噂の絶えない男だったし、いつかはこんなことをやらかすだろうとは思っていたがね。
この件には随分な人数がブルーノに加担していたらしく、当然うちの支部にも監査が入り、現在第五支部は事実上の凍結状態となっている。噂に聞いた話だと、WGOの諜報機関
俺か? 当然無実だったさ。当たり前だ。俺にやましいところなんて、何一つありはしない。事情聴取の後、俺を含め無実を証明できたやつらは、無期限の宿舎待機を命じられた訳だが、そんな命令なんてクソ食らえだ。だってそうだろう? 俺にはやましいところなんて一つも無いし、今回の件とは全くの無関係なんだから。
大体上の連中は普段から
そう思った俺は、待機命令を出された初日から宿舎を抜け出して、街へと繰り出し、朝から晩まで飲み歩いていた。折角だからこの機会を、ちょっとした休暇だと思うことにしたのだ。
が、俺の休暇計画は早々失敗に終わることとなった。宿舎待機を命じられてから毎日のように飲み歩いていた俺は、ある朝知らない部屋のベッドで目を覚ますこととなり、今寝かされているのはWEフォースのどこかの支部の拘置所だと聞かされた。寝起きの上アルコール漬けな俺の頭を醒ますのには、その説明だけで十分だったよ。
しかも事はそれだけで済まされはしなかった。待機命令無視に加えて、昼夜の問わずの飲酒。しかも話を聞くと、酒に酔った俺は、今回の事件のあれこれや、WEフォースの内情を
こうして俺は再就職先を探すことにした訳だが、こんなクソったれな世の中じゃ、職場一つ見つけるのも楽じゃない。何せ俺も良い歳だし、何か特技があるって訳でも無かったしな。
結局世間の荒波に耐えられなかった俺は、僅かな貯金と雀の涙程の失業手当を握りしめ、この欲望の都市、イルミナスへとやって来たって訳さ。今日まで毎日のように一獲千金の大富豪を生み出してきたこの街でなら、たった一晩であの狭い部屋で一生働いたって手に入れられないだけの金を手に入れることさえ不可能じゃない。そう思ったからだ。
だが、やっぱり現実は厳しかった。どうやら俺にギャンブルの才能は無かったらしく、二百万はあった金も、今は五万を残すばかりとなっていた。まぁ良く考えてみりゃ、それも当たり前のことだ。ここへ来ただけで大富豪になれるってんなら、誰だって人生で苦労することなんて無いんだから。
たった一人の勝者の下には、幾千もの敗者が積み上がっているという事実を、そして俺が後者に属しているという現実を、俺はちゃんと知っていた筈だったのに。
もう既に二日も前から宿を引き払い、今は排熱の暖かい飲食店の裏で夜を超す始末だ。それでもし、今日一勝もできなけりゃ、俺はこの光輝く街の路地裏で誰に知られず野垂れ死ぬことになるだろう。
しかし、そんな終わり方も悪くはない。人知れず全てを失うなんて終わり方、考えようによっちゃ最高にハードボイルドじゃないか。ほらな。そんな最後も、悪くはないってもんさ――。
………………。
って、良い筈があるか⁉ 四十年近くも野暮仕事をさせられて、毎日のように出来合いの飯と安酒を喰らい、今では友達と言えるようなやつもおらず、一度だって女にモテたことは無い‼ どう考えたってクソったれだ、こんな人生は‼ 今日こそ勝つ‼ そして手に入れるんだ……今日まで勝ちえなかった勝利と、バラ色の人生をッ‼
震える手で、今日出場予定のアリーナコロシアム闘技者が記載されたフライヤーを見る。直近の試合の出場選手を見る限り、本日の一番人気とされているのはCDIN二百七十のガガス・ゴイナス。オッズは一・三倍でぶっちぎりの大本命だ。他はと言えば、ずっと本戦へ行けずにいつまでもエントリー戦で
大穴を狙うのは止めだ。俺はいつもそれで失敗してきたのだから。今日は安定を取って、一番人気に少額ずつ掛けるべきだ。例え配当金が少なくとも、勝ちさえすれば今日を生き残れる。それで良いのだ。
本当に、そうか?
「なんだと……?」
負ける確率を恐れて小さな利益だけを求めるなんて、そんなの今までの人生と何一つ変わらないんじゃないのか?
「う、うるさい‼ 負けたらその瞬間に全てが終わりなんだぞ‼ そうしたらどうする⁉ 物乞いでもやって飢えを凌げとでも言うのか⁉」
あぁ、うん……それは、嫌だな……。ごめん、確かに俺の言う通りだったよ……。無茶はせず、無難な手で勝ちを拾う方が俺には合っているよな……。
クソ……余計なことを考えちまった。
………………。
でも、念のため他の選手もチェックしておこうじゃないか。過去に一番人気の選手を、ぽっと出のルーキーが吹っ飛ばしたという実例も、確かに見たことが無い訳じゃないのだ。とは言え、CDIN二百七十もの選手が負けるとは思えないのだが。まぁ、一応今後のことも考えて……、……ん? あれ、この顔……この女って、確か例の事件の……――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます