あなたにしかできないこと。

結局、寿さんの質問に答えることはビスには出来ませんでした。

そりゃそうです。

なにせ、ジュリエッタはビスが初めて好きになった女の子で、一目惚れだったのですから。

 そこに理由とか理屈とかそういうものをくっつけろというのにはちょっと無理があります。

「そうなんだ。じゃあ、先生は?」

 保健室に担ぎ込まれたビスを治療しながら寿さんの質問に溜息を吐く先生。

「寿よ。お前もぅ授業始まっているんだぞ」

「知っていますよ。でも、委員長として見届けないと思って。いわゆる使命感という奴です」

「とてもそんな風には思えないのだが。まぁ、帰る時は一緒に戻るなよ。豪打にこいつ嫉妬されて、また殴られることになるからな」

 その言葉にビスは目を見開いて、必死な形相で寿さんを見るが。

「大丈夫ですよ。アッ君。森君のこときっと気にいったから」

「ジョバンニ。この女の子の話しを聞いていたら、人付き合いってなんだろって思ってしまうんだけど」

「まぁ、別に俺らが人付き合いの心配をしてもな」

 じゃあ、神様付き合いってなんだろうと思ってしまう。

「きっと、森君の一途な気持ちアッ君にも伝わったよ」

「凄く誤解を招く言い方だな」

 溜息を吐いて、先生は寿さんからビスに目線を戻して。

「それにしても見直したぞ。やっぱり、お前のやる気の源は馬渡目なんだな」

 上手く、馬渡目を使えないかな~と小言で何か言っていますが、気にしません。

「ところで、先生答えて下さいよ。愛について」

「お前については何も知らない」

「親父ギャグはいいですから」

「大体お前の恋愛観は少しずれている」

 良かった。やっぱりずれているんだ。

「普通、好きになってから人は付き合いだすものだ。好きじゃなかったら普通友達からはじめないか?」

「え~でも。それだったら他の人に告白されたら断る理由ないじゃない。それって裏切る行為にならないの?」

「すまん。その質問には答えられない!」

「え~なんで」

 答えはまた他の人に告白されることを前提で人の告白を受ける人なんてほとんどいないからです。神様調べ。

「そんなに好きとかそういう知りたかったら、こいつの恋愛を手伝ってやれよ!」

 面倒そうにそう吐き捨てる先生。

 そして突然話を振られて戸惑うビス。しかし、その提案はどうやら寿さんのツボにはまったらしく、まるで獲物を見つけた狩人のような目で。

「いいかも。それ!人の恋愛を手伝って恋をする。私も好きということを知ることが出来て、二人も幸せ。良い事づくめだね!」

 当の本人は狩人に銃口を向けられた獲物のように怯えていますけど。

「よし、それでいこう。でもな~手伝うにも、馬渡目さん学校来てないし」

 その言葉にビスは目を見開き立ち上がり、一礼だけして、保健室から立ち去って行きました。

「あ、ちょっと!」

 制止を求める寿さんを尻目にビスは全力疾走で逃げ去って行きました。

「廊下を走るマイナス1ポイント。後、それと寿さんのあだ名はダイアナ先輩にしようと思います」

「どうでもいい情報が入ったな」

 否定されないところ、どうやら良いみたいです。

 結局ビスはそのまま全力疾走で学校から逃げて行きました。どうやらまたジュリエッタのことを思い出してしまったのでしょう。

「無断早退マイナス2ポイント」

 走り去ったビスが辿りついた場所はあの公園でした。

 数日前に来た時はまだ桜の面影が残っていたのですが、数日前に降った雨の影響か。桜は完全に散っていて、またいつもの冷たい印象だけを受けるステージ。

「なんか、二重の意味でここがトラウマになりそうな」

 しかも今度は笑いごとじゃすまないぐらいに。

「……」

 じっとステージを見つめる。あの時とは全く違う心境なのでしょう。

 俯いて、その場から立ち去ろうとした時だった。この前、ビスとジュリエッタが座っていた椅子に人が座っていましたしかもそれが。

「!!!!!」

 ビスが驚く人。そうキエフが座っていたのです。

「昔っから思うんですけど、どうして人って逢いたくない人ほど、逢ってしまうんでしょうね」

 永遠の謎です。

「‥‥‥‥」

 子鹿のようにビクビク震えるビス。先ほどの勇気は何処へやら。完全に今は猛獣の檻に放り込まれた獲物です。

 そんなビスが取る方法はただ一つ。逃亡です。

 見つからないように、見つかっているんですけど。ゆっくりと彼の横を通り過ぎていき、すぐに猛ダッシュで逃げようと構えたところを。

「おいちょっと待てよ」

 そんな呼びかけで逃げるのをやめる程、ビスの肝は坐っていません。

 しかしそこから動けなかったのは、その声に立ち止まったからじゃありません。さっきまで全力で走ってきた足が急激に冷えて固まって、つったのです。

 驚いたのは振り返った時にその場に倒れていたビスを見たキエフの方でした。

「だ、大丈夫か?」

 そう言って、駆けよってきたキエフにビスは助け起こされました。

「お前、軽すぎるだろ。体重あるのか?」

「……」

 向き合った二人ですが、当然目を合わせることが出来ないビスは真上を向いています。

「普通斜め下に目線を逸らすのに」

 どこまで不器用なのですか、あなたは。

「首痛くないのか?」

 最もなキエフの言葉にようやくその目線の逸らし方の欠点に気づき目線を降ろしましたが、今度は俯きました。あっち向いてホイですか。

 どこか困ったような顔を浮かべながらも。

「まぁ、いっか。とりあえず。あの、そのすまなかった。今まで」

 突然の謝罪に呆気に取られるビスですが。

「いや、いや。あなた謝罪の一言で今までのことをすませるのですか」

 馬鹿なのか、単純なのか、愚かなのか。

「全て、ご主人のことを貶す言葉だな」

「だって、そんなのは信じられなくて!」

「ようはお前の方が、ご主人より心が狭いってことだよ」

 なんか貶された。私の方がおかしいの?

「後、悪かったな。お前の彼女悪く言って」

 その言葉に一気にビスは顔をあげて、キエフを真っ赤な顔で見ました。彼は思わず驚いて一歩、二歩下がって、そして全力で首を振る彼を見ながら。

「え、何?お前ら付き合ってるんじゃないの?」

 その質問にしょんぼりと首を一度縦に振りました。

「……」

 まるで珍しい動物を見るように見ていましたが、やがてビスの両肩を掴んで。

「お前、ちょっと俺の相談に乗ってくれ!」

 真剣な眼差しで、ビスを見るキエフの目から当然逃げることは出来ませんでした。

 ベンチに横に並ぶ二人。今度は違う意味でそわそわするビス。

 なんですこの構図。

「このベンチは相談所ですか?」

「さぁ、でもまぁ、善行かな。断らなかったし」

 正確にいうと断れなかったのですが、流石にそこまで細かく見ることはないので、気にしません。

 嫌な空気が流れる中、キエフは思いこんだように真っ直ぐ見ながら。

「俺には付き合っている奴がいるんだ」

 その言葉にビスはビクリと弛緩して小声で「こ、ことぶきさん」とつぶやいたら。

「はぁ、なんで知ってんだ!」

 詰め寄られて、半泣きになりながらも。

「ほ、ほんにんにきいた」

「はぁ?ああ、そうか。アイから聞いたのか。らしいな」

 そう言って、キエフは離れていき、ビスは安堵の息を漏らします。

「俺はなアイのことが好きなんだ」

 それって、先の言葉言い換えただけじゃない。

「この男は馬鹿なの」

「言葉を慎め。向こうの俱生神に聞こえたらことだぞ」

「でもな。肉より好きかって聞かれると首を傾げてしまうんだ。どう思う?」

「この男は馬鹿のようです」

「……」

 流石のジョバンニも言葉を失った。どこの世界に彼女と好きな食べ物を比べる彼氏がいるのですか。このカップルおかしい。

「正直な。お前はイラッとするんだ」

 そして脈絡なく罵倒するビス。もちろん反抗など出来ません。さっき反抗できたのは、ジュリエッタがいたからです。ということは。

「じゃあ、私が『お前の好きな人、でべそ!』って、言ったらビスはやる気がでるのでしょうか!」

「お前の声が聞こえないとか、そういうものを突っ込む前に、何故お前の発想は常に小学生レベルなんだ」

 呆れかえるジョバンニ。どのようなことが小学生レベルなのでしょうか。からかうところ。

「からかい方だ」

 頭を抱えるジョバンニ。そんなに幼稚っぽい言葉でしょうか。今でも根強く残っている気がするのですが。

 そんな私達の会話を尻目にキエフのビスへの罵倒は続きます。

「自分の意見をはっきり言わないし、いつでもウジウジしているし、いつも生きているか死んでいるのかわからないようにムスッとしたオーラだしているし」

 何故貴様に我がご主人を罵倒されないといけないのかとか、なし崩し的とはいえ相談に乗ってやっているのに、罵倒するとはどういう了見とか、そんな怒りはもちろんあるのですが。

「意見が的確過ぎて、反論できない!」

 正にジレンマです。

「お前って、主人の良い所いくつ言える」

「え?え~と。あまり動かないから記録が楽。あまり喋らないから暴言も少ないから記録が楽。思考回路が単純だから深く考えなくて記録が出来るから楽。それと……」

「誰がお前にとってご主人様の都合の良いところを答えろと言った」

 え、都合が良い所も、長所じゃないの?

 じゃあ、ビスの良い所って他に何があるの。え~と。

 私が頭を悩ましている間も二人の会話は続きます。

「だから正直いって、今日のお前は驚いたし、この前馬渡目を背負って全力疾走している姿も良かった。

 だから頼む。どうしたらあんなに人を愛せるのか、俺に教えてくれ」

 なんかさっきも同じような質問をされたような。

 もちろん。その質問にもビスは答えることが出来ません。ビスにとってそれはどうしてお前はそんなにも息を吸うのかと言われているようなものなのですから。

「わ、わからない。い、いつのまにか、まだらめさんのこと好きになっていたから。だけど、ぼ、ぼくはおにくよりもまだらめさんが好きだって、か、かくじつにいえる」

 どうして比較基準が肉なのでしょうか。謎です。

「……そうか」

 そう言ってキエフが立ち上がったところで。

「あ、あのどうして?」

「うん?」

「ど、どうしてこ、ことぶきさんが好きなことかくすの?」

「はぁ、それが普通だろう。現にお前も隠していたし」

 しかしビスは首を横に振って。

「し、しらない。だれも。ご、ごうだくんと、こ、ことぶきさんがつきあってること」

 ああ、確かに。

 クラスのトップカースト的存在の男と委員長が付き合っていたら、いくらビスがクラスの空気的存在でも、その手の話しがどこからか入ってくるはずです。

「ビスはともかく、私達も知らないのはさすがにおかしいですね」

 私のその疑問にジョバンニはあっさりと「体裁だよ」とあっさり答えました。

 何を言っているのかわからないジョバンニの言葉に答えてくれたのはキエフでした。

「ほら、俺って素行悪くて、乱暴者じゃないか。加えてアイはクラスの人気者にして委員長で優等生。

 もし俺なんかが彼氏だってわかったら、色々と弊害が出るからな」

 そう言って、キエフは去って行きました。その姿を見て、呆気に取られている私。

「あ、あの人。そんなに気を遣える人だったんですね!」

 びっくりです。

「もぅ、我がご主人のことは諦めているが、他人のご主人のことを悪くいうくせ、やめろ!」

 果たしてジョバンニが諦めているのは私でしょうか、ビスでしょうかという質問には。

「当然お前だ!」

 即答されました。ひどくないかな。

  

 とんでもカップルに絡まれた一日でしたが、当然のことながらまだ何一つ解決してなくて、今日の晩御飯もビスはロクに食べずに部屋にこもりました。

 流石の両親も心配しているようですが、なんでもないというビスの言葉を反抗期というなんとも明確ではない曖昧模糊みたいな答えを、信じて疑いませんでした。

 部屋にいる間はほとんどベッドの上でいますが、決して寝ることはなく、ただ俯いて、いるだけでした。

「ねぇ、ジョバンニ。気絶さして寝かすぐらいは許されるんじゃないの?」

「グレーゾーンだろそれは。もし、お前今変なことしたら、それこそお前も危ういぞ」

 ですがこのままじゃ、ジュリエッタの前にビスが死んじゃう。

 どうすれば。でも、妙案が思いつきません。当然です。流石にこの状況で前を向いて歩けというのはいささか酷ですし、第一今の状況下でビスの事を理解してそんなアドバイスを送れる人なんているわけがありません。そんな人なんか。

「……」

「お前、また余計な事考えているだろ」

「どうやらそのようです」

 そう言ってニコリと笑いかけたら『開き直ったよこいつ』とジョバンニが頭を抱えました。

「そういうわけで、私、ちょっと地獄に行ってきます」

「何を考えているのかは知らんが、門前払いされるのがオチだぞ。最悪の場合、何もしてもらえないのに、お咎めだけ受けることになるぞ」

 そ、それは嫌ですね。でも。

「何もしないよりかはましかもです」

 そう言いきった私にジョバンニはまたもや頭を抱えます。そろそろ頭痛薬を買った方がいいのでは。俱生神に効くかは知りませんが。

 地獄に降り立ち、私は閻魔殿の中にいるキャサリンつまり、同生一番の部屋の前まで来たのですが。

「……震えが止まらない」

 よほど私の中でキャサリンは私の中でトラウマになっているようです。

 しかしここで諦めては、なんの為に地獄に来たのかわかりません。私は意を決して、その足を踏み出そうとしましたが、踏み出せません。

「私ってこんなに臆病だったけ?」

 それともドア越しから伝わるキャサリンの覇気がバシバシ私に伝わって来るからでしょうか。出来れば後者であって欲しいのですが。どっちにせよ、この足をなんとか動かさないと。え~と、こういう時は。

「動け!足!」

 エールを送ってみましたが、動きません。あれ、違ったっけかな。

「君、そこで何しているの?」

 突如話しかけられて、慌ててそちらを見たら、そこには大柄な男の人が立っていました。

 今、私は普通人間サイズ。身長一四〇センチぐらいなのですが、その姿でも見上げるぐらいの大男でした。

 口に髭を蓄えて、寝巻きなのか、着物を着て、どこか柔和な笑みでその人がそちらに話しかけてきた時には自然に体が動いていて、さっきまでバシバシ伝わってきたキャサリンの覇気も今は感じません。

「君、俱生神だよね。一番に何か用なのかな?」

「あ、はい。すいません。もしかして睡眠のお邪魔でしたかね?」

「いや、いや、ちょっと眠れなくて、散歩していたんだよ。せっかくだからどうかな、私とお月見しない?」

 いきなり女の子をしかも神様をナンパするなんて、この人何様のつまり。

「あの、せっかくですか、私、いそ」

「君みたいな可愛い子とせっかく出会えたわけだし」

「是非、ご一緒させてもらいます」

 そして私はその男の人について行きました。あれですよ。これは接待みたいなものです。決して可愛いと言われたわけじゃないですから。

 月が綺麗というだけあって、本当に今日は綺麗な満月でした。月を地獄から見るのは岩宿に閉じ込められていた時以来です。

 私とその男の人は閻魔殿の中庭からその月を並んで見ていました。

「う~ん、本当に綺麗だね」

「はい、私の心のようです!」

 しまった。つい、本音が。

「ハハハ、君は本当に人間っぽい、俱生神だね」

 良く言われます。

「それで、君は一番に何の用事出来たんだい?」

 唐突な質問。いや、そう簡単に話せることでもないし。

「せっかくだから話しちゃいなよ。可愛い女の子の相談にのるなんてことはおじさん滅多にないから、嬉しいんだよ」

「実はですね」

 それから私はビスの事ジュリエッタの事、そして私の今までの経緯をその人に話しました。話している間その男の人は終始無言で、でも柔和な笑みを崩さず、時には相槌を打ってくれたので、とても話しやすかったので、最初から最後まで包み隠さず話しました。そしてそれを聞き終わったその人の感想は。

「ハハハ、君は本当に変わった俱生神だね」

 良く言われます。

「こんな俱生神変ですよね。俱生神っていうのはただ、その人の善行、悪行を書き記すだけの存在なのに」

「確かに、君の行動はどう考えても俱生神の通常業務から大きく逸脱しているね」

 この人、結構ストレートに物言うな。流石の私でも傷つく。

「でもね、僕は好きだよ。君のような俱生神」

 いきなり告白された。いやいや、私にはその……口うるさい兄しかいない。

 え、私って案外孤独。

「一時期あったんだよ。俱生神にある程度の権限を与えて、もっと地獄に送る人を減らそうという計画。でもね、頓挫しちゃった」

「どうしてです?」

「まぁ、一番の理由が我々あの世の人間が現世の人の人生に関わるってこと自体がおかしいっていう最もな意見からだけど」

 確かに。そんなんじゃ、現世とあの世の境界線が滅茶苦茶になってしまう。

 人を裁くのはあくまで人ですか。

「そしてもう一つが、俱生神がその人の人生を背負い込む危うさからだよ」

「……」

「我々あの世と現世の人達の価値観の違いは未だにかけ離れている。裁判ではそういうことも考慮しないといけないから、出来るだけ理解するように視察とか色々なことはしているけど、それでも未だにその隔たりは大きく、そして果てしない。

 そんなあの世が生み出した俱生神が人を正しい道に導けるわけがないという意見からだよ」

 思わず肩を落とす。いくら私が無鉄砲の美少女神様だからといって、そのことを理解できないほど、馬鹿じゃない。

 本当に私が今から行うことは正しいのか。

 最終的にはこの方法は私がビスに助言をするということになる。それしか道はないと思っている。でも、それって失敗したら私とビスは共倒れ、いや、私がビスを間違った方向に導く、道連れになる。そんな責任を私は背負いきれるのか?

 突然降って湧いたその疑問の答えを私は持ち合わせてないし、恐らく誰も持っていない。これはやってみなければわからないことなのだから。

 しかしそれはリスクが大きすぎる賭けなのでは。そんな賭けにビスを巻き込む権利なんて私のどこにある?

 不安に満ちた表情を浮かべてしまったのか、男の人は私の顔を見て。

「なに、誰だって悩むさ。それに100パーセントの答えなんて、存在しない。私もしょっちゅう決断しなければいけない立場だが、何回も後悔して、後悔し続ける。そしてその後悔は次の選択肢に生かす。

 だから、君は君の信じた道を行けばいいさ。一つ言えるのは人間って結構強く、そして図太い。多少のミスじゃへこたれないさ。彼らのことわざにもあるだろう『七転び八起き』というのが。

 それだけ、人は失敗してきるということだ。

 だから君も主人と一緒に挑戦してみたらどうだい?」

 柔和な笑みを浮かべてそう言った男のその言葉に私は吹っ切れました。

「わかりました。なんか力が湧いてきました」

 そう言って私は立ち上がって。

「ありがとうございました。相談に載って頂いて」

 そう言ってペコリト頭を下げる私に男の人は笑みを崩さず。

「いや、いや。こんな時でしか現場の声を聞けないから」

 現場の声って、今更だけどこの人何者なのでしょうか?

「そうだ、君の名前は?」

「あ、はい。アニー……じゃなくて、同生千二百番です」

「アニー?」

 やってしまった。地獄では慎んでいたのに。

「あの、番号だけじゃ可愛くないし、味気ないので、あだ名を」

 とても苦しい、私の言い分を、

「ハハハ、いいね。あだ名!」

 凄く絶賛されました。

「どうだろ?私にもあだ名をつけてくれないか」

 しかもまさかの展開を。

「いや、いや。そんないきなりは」

「頼むよ。ノリでいいから」

 この人も大概人間臭いな。

「じゃあ……モーガンなんてどうでしょうか?」

「モーガン。格好いいね。うん、じゃあ、アニー。気をつけて!」

「はい、ありがとうございました。モーガンさん」

 そう言って私は駆けだしました。そして今度は何の気なしに、扉を開け放ちました。しかし、部屋に入ることは出来ませんでした。何故なら、吹き飛ばされたからです。

 物の見事に壁にめり込んだ私にキャサリンは机の上で何か書き物をしながら。

「ノックをする」

 そう言って、扉が閉まりました。ついあっさりと切り抜けられたものだから調子乗りました。

 そして、今度はノックしてキャサリンの返事を待ってから、扉を開けて、ひざまづいて、

「お願いがあります」

 吹き飛ばされました。

「言葉遣いがなってないね」

「……」

 普通に注意してくれないかなと心の中でつぶやきながら……吹き飛ばされました。

「言ったでしょう。言葉遣いがなってないと」

 心詠まれました。当然ですね。ジョバンニにも詠まれているのですから。

 もう既にボロボロの体で、もう一度キャサリンの部屋に飛び込みました。次はなんでしょう。服が汚いとかいいそう。吹き飛ばされました。

「もうちょっと、ちゃんとした格好で来なさい」

 ビンゴです。無茶苦茶な。でも、わかりました。キャサリンは元々私の話しなんて聞くつもりはないのです。当然ですね今の私の立場からしたら。

 しかし私は諦めません。例え何回吹き飛ばされても。

 廊下でひざまづいて、そして地面におでこをつけて、頭を下げます。

「お願いします。私の話しを聞いてください」

 吹き飛ばされました。

 そんなことを数回繰り返したところで、ようやく次のステップに進めました。

「ここまで往生際が悪く、頑固で、そして底抜けの馬鹿だと思わなかったよ」

「はい、私は底抜けの馬鹿です。でも、馬鹿にもやりたいことがあるのです」

 そうつぶやいた私にようやくキャサリンは書いていた手を止めて、大きな溜息をつきました。

「で、何の用だい?」

「夢枕に立たして下さい」

「……あなた、今自分が立場かわかっているの?」

「はい、私はたちばか、かもしれません」

 どうしてそこで区切るという呆れた声が聞こえて来ました、なんのことかさっぱりわからない。

「大体、夢枕に立つには、その地区の俱生神の統括。あなたなら百番に書類を提出して、それを俱生神会議にかけてから、検討の末、了承されたものが私の元に届けられて、ようやく了承されるってことわかっているわよね?」

「はい、わかっています。でも、その方法じゃ二週間後には間に合いません」

 前にも言ったように正規の手続きを取ったら、最短でも一ヶ月かかる。つまりそんなのを待っていたら、ジュリエッタは死んでしまう。故になんの役にも立たない。

「ですから、こうやって直に頼みに来たのです」

「……通ると思っているの?」

「思っていません!」

 自分でもびっくりするぐらいの清々しい返事でした。

「あなた言っていること、支離滅裂よ」

 わかっている。キャサリンの言っていることが正しく、当然のことだと。でも、それでも。

「これしか方法がありませんでした。ですから、無理を承知してお願いします。私の願いを聞き入れて下さい!」

「どうして私があなたを特別扱いしないといけないの?」

 キャサリンのその言葉に私は思わず言葉が詰まりました。しかし、すぐにキャサリンを見据えて。

「特別扱いしなくていいです。規則を破ったものとして、終わったら、二週間後には罰してもらっていいです」

「……つまり、あなたが無断でやったと?」

「はい!」

「……この前は勝手にやろうとしたくせして。何?私に共犯者になれと?」

「いえ、ただ、罰せられるのなら一番がいいと、そう思ったからです」

 キャサリンはふ~っと溜息を吐いて。

「どうしてそこまでして、自分のご主人に肩入れするの?」

「自分が納得したいからです」

「自分の為だと?」

「はい!」

「それであなたは何を得られる?」

「わかりません!」

「あなたと話していると、本当に疲れるわ」

 キャサリンは深く椅子に座りこんで、頭を抱えながら。

「もし、本当にそんなことしたら、あなた俱生神じゃなくなるわよ。前にも言ったように亡者と一緒に本当の地獄に送ることになる。それでもいいの?」

「いいです。これは私が望んだことです。むしろこれをしなかったら、私は私じゃなくなる。そんなのじゃ俱生神を続けても意味がないです。自分を騙し続けるのも宥め続けるのも限度があるので」

 しばらく私とキャサリンは睨みあいました。本当に何度目でしょうか、こうやってキャサリンと睨めっこするのは。

「どうでしょうか?私も満足できる。一番は厄介者を文字通り厄介払い出来る。良い取引ではないでしょうか?」

 どう転ぼうがこれが最後のキャサリンとの言い合いです。なら、存分に楽しみましょう。

「……わかった。一回だけ。一回だけ夢枕に立たせてあげる。その変わり、二週間後には必ずあなたを罰する。それでいいのね」

「はい!ありがとうございます。流石キャサリン!」

 吹き飛ばされました。

「さっさと、帰れ!後、誰がキャサリンだ!」

 もっと丁寧に部屋から出して欲しかったです。


 結局夢枕に立てたのは、地獄から帰ってから12時間後ぐらい。空がオレンジ色に染まった夕暮れ時。ようやくビスが眠ったのです。

「中々しぶとかったですね」

 ようやく眠った主人の前で私は不敵な笑みを浮かべます。

「今のお前本当に悪人面をしているぞ」

 そうですかね。

「さて、じゃあ、行きますか」

「……本当に何があっても後悔しないのか?」

 どこか暗い顔を浮かべているジョバンニに私は笑顔で答えてやりました。

「はい、もちろんです。私が決めたことですので。喜んでください。後、二週間で妹とも離れることが出来ますよ!」

「……」

 そんな顔しないでもらいたいです。こっちも悲しくなってきます。

 とはいえ、もぅ始まったのです。巻き戻しのできない、私の賭けが。

 私はふと目をつぶって、そしてビスの夢の中に飛び込みました。

 夢枕の主導権は私にあります。故に周りの景色も私の姿も私の思うままです。そして私は今、ファーストフード店の一席にいます。

憧れていたんです。放課後の寄り道。

「あの~あなたは?」

「私は神様です」

 向かいの席で破顔する私にビスは警戒心剥き出しです。こんな可愛い人を捕まえて。

 ちなみに今の私の容姿はほとんど変わっていません。ただ、ビスの高校の女子の制服を着ていることと、慎重とある部分を多少盛っただけにとどまっています。

 詐欺だろ。というジョバンニから突っ込まれること請け合いですが、夢の中ぐらい夢を見させてください。

「あなたは、え~と。まぁ、名前なんてどうでもいいですね」

 本名忘れました。

「は、はぁ~」

「まぁ、夢の中なのだし、気楽に」

 その瞬間、私は頭の上の拳骨を振り降ろされたような鈍い痛みが走りました。どうやら夢の中が禁句ワードのようです。

「ど、どうしたの」

 頭を抱え悶え苦しむ私を心配そうに見つめるビス。

「だ、大丈夫。ところで、あなた何か悩んでいるのではないの?」

「え、ど、どうして?」

 痛みが治まり、咳払い一つ、営業スマイル。

「なんとなくかな。浮かない顔しているし」

 それは多分、目の前にいる怪しい神様への警戒心なのですけど、あえてここは言いません。

「せっかくだから、話しちゃいなよ」

 私から無理に引っ張り出したら、また変な言葉を口ずさみそうなので、出来るだけ、ビスに喋ってもらわないといけませんので。

 ビスはしばらく沈黙していましたが、やがて夢の中だという割り切りもあったのでしょう。話してくれました。全てが知っていることなので、退屈という気持ちが否めなかったのですが、それでも私は熱心に聴く振りをしました。悩んでいる中にキエフのことも入っていたのには正直驚いて『お前より、ご主人の方が心はヒロインだよ』とジョバンニに罵られた気分になりました。

 話し終えた後に私はしばらくの沈黙の後。

「ねぇ、あなた『いじっぱりトム』という絵本を知っている?」

「は、はい知っています」

「あの絵本の中で一番作者が訴えったかったことって何だと思う?」

「え、え~と、ケンカしない?」

「小学生みたいな答えね。そんなわけないでしょう!」

思わず声を荒げてしまい、目の前で涙目を浮かべるビスを見て、咳払い一つ。

「それは違うわよ」

「じゃ、じゃあ、なんなのですか?」

 もう少し考えさしたかったけど、起きたら元も子もないので、話を続ける。

「正解は、トムの意志にアンの意見が全く入ってなかったこと」

「アンの意見?」

「そう。アンに頼まれてトムは修業に行ったの?アンに頼まれて鍛錬しに行ったの?」

「ち、ちがう」

「そう。アンの為によかれと思ってやったことなのだけど、でも人間のその思いやりの多くは単なる自己満足なの」

 自己満足でこんなことやっている私がこんなこと言うのも心苦しいけど。

「つまり、作者が言いたかったのは、ケンカの大抵の場合はお互いの意見のすれ違いで起きていること。で、その意見のすれ違いを失くすためにはお互いに目を見て、顔を見て正直に話しあうことが一番だってこと。

 だからまずあなたはウジウジ悩んでないで、馬渡目さんっていうその女の子に相談して、それで二人で一番良い方法を考えるのよ。そしたらきっと、上手い答えが出て来るわよ」

 正直に言ってしまえば、これは嘘です。作者が何を考えてあの本を書いたのなんて私には全く分からないです。ただ、単に私があの本を読んだ感想を述べただけです。

 でも、偽りの言葉でも私の本心に変わりはありません。

 人と人が理解し合うのは話し合う事。それが全生物の中で唯一人間が持っているいわば人間の特権なのですから。

 しばらくビスは俯いていましたが。

「こ、こんな僕でも。馬渡目さんの役に立てるのでしょうか?」

「もしかしたらあなたにしか出来ないことかもよ」

「ぼ、僕にしか出来ないこと」

「うん!だからウジウジせずにぶつかってきなさい。大丈夫、誰も見てなくても私がちゃんと見ているから」

 次の瞬間、夢枕が崩壊しました。どうやらビスが目を覚ましたのでしょう。

 元の世界に戻ってきたら、ビスはベッドの上で呆けていました。しかし。

「何を話したかは知らないが、良い目つきをしているじゃないか」

 そう言ってジョバンニが称賛したのを聞いて私は思わず微笑みました。

 その日。ビスは珍しく晩御飯を少しだけ食べて、そして少しですが夜は眠りました。

 そして次の日、ビスは登校途中のキエフを捕まえました。

 突如腕を掴まれたキエフは驚いていましたが、そんな彼にビスは。

「ひ、ひとりで考えちゃ駄目」

「はぁ?」

「こ、ことぶきさんが好きならちゃんと、つたえないと駄目。ど、どんな場面でも、ちゃんと向き合わないと駄目。た、た、たとえ恥をかくことになっても、そ、その人の為にかくは、はじなら、ほ、ほこれることだと思う。い、今のままだったら、いつまでもその恋は偽物!……だと思う」

 どうして最後の方は声が萎むのかは知れませんが、それを聞いたキエフは急に走り去って行きました。

 教室に着いた時には教室内はどこかソワソワしていて、当然その中心にはキエフとダイアナがいました。その様子を見たら大方上手くいったのでしょう。

 それを証明するかの如く、お昼休みにビスの席にダイアナとキエフがやってきて。

「ありがとう。森君!君のおかげでなんとなく、恋っていうのがわかったよ」

「サンキューな。俺もなんとなく好きっていうのが分かった気がしたよ」

 二人に称賛されて、思わず照れるビスにダイアナは笑顔で。

「これは益々二人の恋を応援しないといけないわね!」

「え?」

「そうだな。俺も今まで詫びと礼もかねて全面的に応援するぞ!」

 追い打ちをかけるようにキエフもそれに乗っかって。

「よし、善は急げね。そうね。よし、来週に行われる野活。それを告白日にしましょう」

「いいね!じゃあ、今度の学活で班決めするだろう?俺達四人で班を組んだら、やりやすいんじゃないのか」

「アッ君いい考え、そうしましょう!」

 そう言って、当然ノリノリの二人に逆らう事も出来ずに、喜ぶべきなのかどうなのかはわからないが、Xデーは来週の野活の日になり、それはジュリエッタの余命当日でした。

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