答えを求めて。
目を覚ました場所は何もない真っ白な空間でした。右も左も上も下もよくわからない。自分が立っている位置もあやふやです。
キョロキョロ辺りを見回して歩きはじめようとしましたが。
「久しぶりね。千二百番」
後ろから聞こえて来たその声に慌てて振り返ると、そこにはキャサリンがいました。
身長は百八十センチほど。私からみたら正に巨人なのですが、綺麗におしろいが塗られて、赤い口紅をして、綺麗に化粧をしているのですが、その体つきは正に巨体で、彼女に踏みつぶされるようなことがあったら、あっという間に厚さ一ミリぐらいにブレスされそうです。そして何より。
「……」
感じてくる威圧感は凄いです。
さっきまで見えなかったところを見ると、恐らくこのキャサリンは映像に近いものなのでしょう。それでも以前に対峙した時と同じぐらいの威圧感を感じて、私は思わず立ち尽くします。
「お久しぶりです。一番」
そう言って、私はなんとかひざまずき、頭を垂れました。
玉座に座るキャサリンは不敵な笑みを浮かべて。
「随分とまだやんちゃしているらしいわね。あなたも大変な妹を持って大変ね、同名千百番」
「いえ、千二百番を立派な同生に育てあげるのが私の仰せつかった役目ですので。むしろ他人に任せずに兄とされる私に預けて下さった同生一番様には感謝しています」
いつの間にかに隣にいたジョバンニがそう言ってひざまずいて頭を下げます。
「ということは、今回のことは監督不行き届きにしても問題ないと?」
「そ、そんなジョバンニは何も」
次の瞬間私の体は吹き飛ばされました。風圧のような強烈な力が私の体に直撃して数メートル後方まで吹き飛ばされて、壁もなにもないのに、まるでそこにあるかのように私の体はめり込みました。
「っううううう」
俱生神に物理的攻撃を与えられるのは地獄の関係者だけ。しかも怪我や病気という概念がないので、怪我はしないもののそれでも痛覚はあるので、体に激痛が走りました。
動けずに倒れる私を念力のような力で一番は私を元にいた場所に戻しました。
「今、あなたに聞いているのではないの。黙っていなさない」
「は、はい」
なんとか起き上がって私がひざまずいたところで。
「はい、今回のこと。私の指導が怠った為に起こってしまった暴走です。ですから、処分をするなら私も」
「……」
惨めです。あれだけ迷惑をかけずにすると言ったのにどれだけ迷惑かけているんですか。
「千二百番」
「…はい」
「今回夢枕に立とうとしたが、許可は取ったのか?」
「……いいえ」
「それが罪になるという自覚は?」
「ありました。でも、時間がなくて」
再び吹き飛ばされる私。風圧といってもジョバンニは微動だにしないので、恐らく私だけに力が加わるようにしているようです。
今度は倒れたまま動けなくて、ただキャサリンの声だけが聞こえてきました。
「同生千二百番をしばらく幽閉して更生を図ります。もしその間に更生が見られなかったらその時は追って処分を下します」
その声を最後に私の意識は再び落ちました。
次目覚めた時に私の視界に入って来たのは真っ暗な場所でした。でも今回はどこまでも続く大きな空間ではなく、はっきりと先が見える場所でゴツゴツとした岩肌がむき出しのその場所はとても冷たい空間です。どうやらここは岩宿のようです。地獄や天国の関係者が罪を犯した時に幽閉される場所です。
「……」
声が出ない。いくら発音しようとも自分では喋っているつもりなのに一切。どうやら今回のことは相当キャサリンの逆鱗に触れてしまったようです。
ゆっくり立ち上がり鉄格子の隙間から見える真っ暗な景色をじっと見つめました。
外は屋外なのですが、ここは不夜。つまりここに夜明けという概念はなく、ずっと真っ暗で唯一の光源は空に浮かぶ月と星だけです。
ここに来るのは二度目です。一度、色々と試していた時にその行動がキャサリン見つかりつかまったのです。懐かしいです。あれからもぅ、16年は経つのですから。でもあの時は流石に声まで奪われることはなかったので、今回やったことの重大差を物語っています。
しかしそんなことよりも私は違う意味で絶望しています。
ここにいる期間が何日間はわかりませんが、恐らくジュリエッタが生きている間に出て行くのは不可能でしょう。
「……」
私は失敗したのです。
思い上がり、自分がやっていることが全て正しく、自分のやっていることが全てビスの為になると思い込んで。そんな保証どこにもないのに。
そして周りに散々迷惑かけて、何も出来ず結果がこの様です。笑えます。
なのにどうしてでしょう、どうして涙が出るのでしょうか。
悔しいとは少し違う気がする。泣きたいのはビスなのに、振り回されたジョバンニやリタなのに、私に泣く権利なんて一切ないのに。どうして涙が出てくるのでしょうか。
岩宿の真ん中でうずくまり、その泣き声が聞こえないように光が漏れている場所から背を向けて、じっと目をつぶりました。
しばらく月日が流れました。
仰向けになり、天井を見上げています。時間がなんでも洗い流しくれる理論なのかどうかはわからないけど、随分とざわついていた心が落ち着きました。開き直ったということなのでしょうか。
もしかしたら私はただ、あの時の自分を許せないだけかもしれない。何もせずただ見送っただけのあの時の自分を。
しかしそれはあくまで私事。ビスにはなんら関係ありません。
もしかしたら時期じゃないのかもしれない。
あの二人は周りよりもゆっくりと時間をかけて、段取りを踏んで、そして結びついていくのかもしれない。それを無理矢理くっつけようとしたのだから、ビスが私の思ったような解釈をしてくれなかったのは当然のことなのかもしれない。
「……でも、その時にはもぅ、ジュリエッタはいない」
どうしたらいいのでしょう?
本当に私には何も出来ないのでしょうか?
運命には神様も何も逆らえないのでしょうか。もし、それなら。
一掃、ビスと離れるべきじゃないのか?
このまま反省の色が見えないとなると、恐らく私はビスの元から離れて行く事になる。下手したら俱生神ですらいられないかもしれない。
でも、その方が良いんじゃないの?
ずっとこの苦行を受けるぐらいなら、傍にいてもただ傍観しているだけなら、一掃この役目自体、この定め事態から脱却すればいいんじゃないの?
俱生神ではいない自分。何になるのだろう。でも、そんなこと後から考えればいいのです。少なくともリセットは出来る。それだけで十分気持ちが楽になるはずです。
「それはリセットじゃなくて、デリートだな」
鉄格子の向こうから聞こえたその声に私は起き上がり、そこにあった顔に思わず涙を流してしまい、思わず駆け寄りました。シスコン、シスコンと言っていましたが、私も大概ブラコンのようです。でも無理はありません。何せ百年近く一緒にいる、唯一の兄妹なのですから。
「なんちゅう顔をしているんだよ」
呆れたような顔を浮かべて、ジョバンニはハンカチで私の涙を拭ってくれました。卑怯です。こんな時だけ優しくして。
「本当に凄い顔しているな」
今度は私の顔を見て噴きだしました。人の顔をみて笑うとは失礼な。
「どうせ、自分が悪いとか、何が出来るのとか、そんなくだらないこと考えているんだろう?」
く、くだらないって。
「くだらないよ。お前は今、何故そこにいると思う?何も出来ないことを知ってもらう為じゃないのか?それなのに自分に何が出来るかを考えているのなら、くだらない以外どう表現するんだ」
「……」
「まぁ、とにかく。後数日でまた一番が来てお前の意志を聞きにくる。その時にはちゃんと自分の意志を伝えるんだぞ」
「……」
ムスッとする私の頭をジョバンニがポンポンと撫でました。
「そんな顔するなって。あ、そうだ愚妹にお土産だ」
そう言って出されたのは絵本でした。私はその絵本に見覚えがありました。
これって確か。
受け取って、その本をマジマジと見ましたやっぱりそうだ。
「昔、ビスが子供の頃に読み聞かせた本だ。まぁ、本棚の中に埋もれていたから数日間なくてもばれないだろう」
随分あっけらかんと説明しましたが、ジョバンニも結構危ういことしているような気がするけど。
「まぁ、初心に戻るつもりと思って読んでみろ。じゃあな」
そう言って去ろうとするジョバンニに私は手を自然に伸ばしました。自分でもびっくりです。
伸ばした手はジョバンニの着物の裾を掴みました。
徐に伸ばしたその手にはしっかり感触が伝わって、それはどこかとても温かいものでした。
「なんだよ」
「……」
心の中でつぶやけば、ジョバンニにも伝わるのですが、普通に頼んでも承諾してくれなさそうなので、ここはあざとく行きましょう。
私は口パクで、
「よ・ん・で」
とつぶやき、本を指指しました。
それを見たジョバンニの顔が赤くなりました。どうやら伝わったようです。
「な、なんで妹に絵本を読み聞かせないといけないんだよ!」
そう言いながらもジョバンニは私と少し距離を開けて、向かい合うように座って本を開きました。素直じゃないのは誰なのでしょうか。
ジョバンニが咳払いをすると同時に首だけでお辞儀をしました。
『あるところにとても、仲の良い二人がいました。トムとアンです。二人は幼馴染でとても仲良しで、いつも一緒に遊んでいました。何をやるのも一緒で、なんでもかんでも話し合う中でケンカなんて一度もしたことありませんでした。
トムは負けん気が強くていつも率先して行動していました。ところが素直じゃなくて、何をやっても謝るということをしませんでした「俺、悪くないし」が口癖でした。
一方アンはとても良い子でしたがとても内気な子で、とても素直で正直な子だったので、トムが悪いことをすれば率先して謝っていました。
そんな二人でしたので、大きくなって周りに同年代の子供たちが増えた時には、それは全然違う扱いをされました。何事も謝らないトムはみんなからの嫌われていて、素直なアンはとても人気者でした。
ある日のことでした。ほんの些細なことで言い合いになり、トムはアンに「お前となんてもぅ、友達じゃない」と言い放って、それから一言も二人は喋らなくなりました。何度もアンはトムの元に訪れるのですが、トムは自分から言ってしまったため、心の中では仲直りしたくても、仲直りできませんでした。
どうしたらいいのかとトムは森に住む神様に相談したら、「修業すればきっと強い心になる。だが、その間一切誰とも喋らないこと。そして修業は終わるタイミングは自分で決めていい」
そう言われてトムは森にこもり修業をしました。その間掟を守り、一切誰とも喋らないどころか、誰とも接触しませんでした。
何度か神様が「もぅ、十分だろ?」と言いましたが、トムは頑なに拒否して納得行くまで、精神と肉体の鍛錬を続けて、修業が終わったのは二人が口を聞かなくなって、三年後のことでした。
修業が終わり帰った頃に、トムとアンの住む国は西と東に別れて戦争が始まっていました。東に家があるトムは西に家があるアンに会うことは出来ませんでした。
しかしトムはどうしてもアンに謝りたいので、必死で戦争を生き延びました。
なんとかトムは戦争を生き延びましたが、アンは死んでしまいました。トムはアンの墓の前で何度も何度も泣きながら謝りました。
「俺が悪かった。ごめんよ、アン」
そこで初めて、トムは素直になりました。
最後まで読み終えたジョバンニは何も言わずに本をパタンと閉じて、私の表情を確認します。
私はまた泣いていました。しかし今度はその顔を見て何かを察したのか、ニコリと笑って去って行きました。
数日の時が流れて私の元に再びキャサリンが来ました。
「さて、まずは貴様の意見を聞こうか。今までの行いを反省したか?」
「はい、反省しました。自分がどれだけ思い上がりで人の迷惑になっていたかを思い知りました」
「今までの行いを間違いだと?」
「いえ、それは間違ってないと思っています」
私の返答にキャサリンの顔が歪みました。
「じゃあ、自分の行いは全て正しいと思っているのか?」
「いえ、はっきりいうとわからないというのが本音です」
「わからないとは?」
キャサリンの放つ威圧感。
息をするのもやっと。体を縛られて、ギロチン台に首を突っ込められて、彼女の一言で、ギロチンが振り下ろされる。そんな威圧感。そんなことで死ぬのかどうかはわからないのに、そもそも死という概念がないはずなのに、恐怖でいっぱいです。
それでも瀬戸際で食いしばり、私は下げていた頭を上げて真っ直ぐ彼女を見ます。震える体で、震える声で。
「自分の行いが正しいのかは全くわかりません。でも、今までこれだけ迷惑かけてまでやってきたことが間違ったで、全てが水の泡になるのが、私はどうしても嫌なのです
「……それでお前が地獄行きになってもか?」
体が崩れかける。それでも耐えることができたのは、こんな私でも見捨てず、諦めず、一緒にいてくれる存在がいたからだと思います。
「はい。でも、今すぐは困ります。私にはまだわからなければいけないことがあるので」
「わからなければならないこととは?」
「はい、私はまだ俱生神とはなんなのか全くわかっていませんので、それに関して知る必要があるのです」
キャサリンは表情一つ変えずに。
「お前は俱生神の同生をどう捉えていた?」
「ただ、人の粗探しをする神様」
次の瞬間、弾き飛ばされました。しかし今回はそこまで激しくありません。けど、痛いものは痛い。
「続けろ」
全身が痛い。足は立ち上がることもできないし、吐きそうになる程気持ち悪い。それでも私はキャサリンの前まで体を引きずっていき、ひざまづいて、辿々しい口調でいう。
「はい、私は俱生神の役目。ただ主人の悪行をあげつらうだけの役目に不信感を抱いていました。
でも、それは私が俱生神の同生の役割をわかっていなかったからです。
いや、わかろうとしなかったからです。ただ、都合の悪いことに耳を貸さず、意地を張っていただけなのです」
私はトム。全て自分が正しくて、間違っているものは認めない。
でも、今なら少しわかります。間違いの中にある正しさを。白と黒で、正解と間違いで分けられないものがこの世にはたくさんあることを、何百年も人間世界に来て、ようやく分かった気がします。
「ですから、もぅ、しばらく私に俱生神の同生として、今のご主人の元について、俱生神の同生というものを理解する為の時間を下さい!」
首を垂れる。いやどっちかというと体がボロボロで、上がらないというのが、本音。
「……今の主人じゃないと駄目な理由は?」
「はい、彼となら答えが出せる気がするからです」
しばらくの沈黙。
「顔を上げろ」
え〜しんどいのに。
歯を食いしばり。重力に押し潰されそうな首を上げて、顔をあげるとキャサリンの鬼よりもおっかない顔が目に入る。それでも私は彼女の烈火の炎のような赤い瞳を睨みつける。
まるで目を逸らした方が負けだと言わんばかりに。
だから私はじっと、一瞬も目を離さず、キャサリンの顔を見ていました。この時初めて、目を逸らした方がしんどいということを知った気がしました。強いんじゃなくて、いつも通り、楽な方を選んだだけ。
やがてキャサリンの顔が破顔して、大仰な息を吐く。
「わかった。一ヶ月、執行猶予という奴だ。その間に俱生神というものがなんたるかを己の行動で示して、お前の答えを聞かせろ。
もし、それで納得行く答えが出せなかったら、お前を亡者と一緒に地獄に送ってやるからな」
最後の一言を言う時のキャサリンの顔どう見てもヤクザ。
でも、これで。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。これで、なんとかなりそうです。なんだキャサリンって話せばわかる人ですね。安心しました。
「一ヶ月間だけ、お前の薄っぺらい言いわけを真に受けといてやろう」
「……」
信用は全くされていないようです。
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