アニーの華麗?なる作戦

その後、いつまで経っても帰って来ない私をジョバンニが迎えに来るまで、その場で立ち尽くしていたようです。だけどよく覚えてなくて、結局私はよくわからないまま、地獄から現世へと帰っていた。

「また、何か余計なことを考えているな」

 ビスの家の屋根で寝転がり、夜空を見上げる私の視界にジョバンニが入ってきました。

「……見えない。どいて」

 その言葉にジョバンニは顔を引っ込めましたが、私の隣に座りました。

「なんでしょうか?」

 ことさら嫌そうに言ってやりました。

 主人が寝ている間、俱生神は基本自由行動可です。眠る必要もありませんし。

 故にこの時間まで私はジョバンニと一緒にいる義務はないのですが。

「悩み事があったら、空を眺める癖。いつまで経っても一緒だな」

「……何?お前のことはいつも見ているアピール?」

 正直気持ち悪いんだけど。

「近づいて欲しくない時に、相手の神経を逆なでする癖もそうだ」

「だから、なんなの!」

「千百二十番と話しをしたそうだな」

 その言葉に起き上がろうとした体をもう一度沈めて、ジョバンニに背中を向けて。

「盗み聞きしていたの?」

「違う。彼女とペアを組んでいる同名と話しをしたんだ」

 全てを理解しているというジョバンニのその声質に私は無視を貫きます。

「何を考えているかは知らんが。余計なことはするなよ」

「……」

「今までここら辺の地区長が千二十番だったから、ある程度は見逃してもらっていたが、次の地区長である千二百六番は融通聞かないぞ。

 もし変なことをしたらすぐに一番から呼び出しを喰らって、最悪お前ご主人から外されるぞ」

 わかっています。わかっているけど。

「じゃあ、『また』ジョバンニは何もしないで、ただ見とけと言うのですか?」

『また』というところを強調したのは以前にもこんなことがあったからです。

 それは前のご主人様のことです。しかしその子と過ごしたのはほんの数時間だけでした。

 前のご主人は産まれて直後に母親に捨てられました。今はほとんどなくなったコインロッカーベイビーでした。

 今も鮮明に思い出します。

 あの時の泣き声も、精一杯保護を求める顔も、どんどん冷たくなっていく主人の温度も。私達はすぐ傍でコインロッカーという狭い空間で雑記帳を広げることもなく、何も出来ずにただ、主人が死んでいくのを見ているしかなかったのです。

 その子は今頃、賽の河原で転生を待っていると思いますが、その後のことはよくわかりません。

 その頃からです。私が俱生神の仕事に疑問を抱いて、そしていろんなことに手を伸ばし始めて異端児扱いされたのも、煙たがられたのも。それでも。

「……私は嫌です。目の前で何もせずに、また人が死んでいくなんて」

 ジョバンニは肩で息を吐きました。私が背中越しにチラリと彼の方を見たら遠くをじっと眺めていました。

「俺も嫌だと言われれば嫌だ。でも、何も出来ないというのも、これもまた事実だ」

「そんなことない!」

 ガバット起き上がり、ジョバンニに詰め寄る。だけど、ジョバンニは全くたじろぎも、表情一つ変えずに。

「何が出来る?」

「それは、その……これから考えて」

 しどろもどろの私の口調にジョバンニは何も言わずに立ち上がり。

「別に業務に支障なく、規則違反しなかったら、別に俺は何も言わない」

「お兄ちゃん」

「ところで。今日、保健の先生言っていたよな」

「え?」

 突然のフリに呆気に取られて、言葉を失った私に構わずジョバンニは続ける。

「決して譲れないものは自分で決めとけって」

「そ、それが」

「それって、線引きも大事にしとけってことじゃないのか?

 目につくもの。手に届くもの。全てをなんとかしようとしていたら、いつか自分が足元すくわれるぞ」

 兄はすっと、こちらを向いて。厳しい目つきで。

「それだけは肝に銘じておけ。俺にだって譲れないものがある」

 ジョバンニはそう言って去って行きました。

 しばらくして再び空を見上げます。

 月はまんまる。今日は満月ですね。

「……」

 確かに。これだけ長い間この仕事を続けたら何度も人の死を見てきました。しかし、だからといって慣れるものではありません。

 何度殴られても慣れないように、痛いものは痛いです。そしてそれは親密になればなるほど、痛みも増します。だから、ジョバンニもリタも他の俱生神も主人に寄り添う一方で決して踏み越えてはいけない一線を持っています。

 言葉でわかっていても、気持ちがわかっていても、理屈でわかっていても、どれだけそのことが愚かだということがわかっていても。

 私はゆっくり立ち上がって。

「それでも、私は越えて行く」

 それがあの時、自分に誓った決して譲れないものです。



 次の日から私は行動にうつりました。

 一晩、最善の策を考えました。

 ジュリエッタの死期をずらしたり、その死をなかったことにしたりすることは私には出来ませんし。それはどんな全知全能な神様も恐らく出来ません。

 軌跡というのは神様にとっても軌跡なのです。

 ですから、ジュリエッタに出来ることはありませんし、私がビスの俱生神である限り、ビスから離れることは休憩時間以外駄目なので無理です。大体、自分の憑いている人以外の人に何かをするなんて重大な違反です。それに大して何も出来ませんし。

 つまり私に出来ることはビスがジュリエッタの死んだ時に後悔しないようにサポートすることです。それはつまり。

「告白しかない」

 後、一ヶ月で告白まで持っていくしかありません。

「……出来るのかな」

 先行きが一気に真っ暗になりました。

 普通の人ならいざ知らず何せ告白するのは世界大会ヘタレチャンピオン決定戦があれば間違いなく、日本代表に選ばれて、下手したらメダル圏内を狙えるほどの我がご主人、ビスなのですから。 

 お見舞いすらもちゃんといけないし、相手を目の前にしたら固まり、壊れたロボットのように噛み噛みの我がご主人ビスなのですから。こんなことでもない限り、『無理』の一言で投げたしたくなるほどです。

「しかし、どれだけ困難でも私は成し遂げないとありません」

 そして告白するのにはやはり、ジュリエッタの死を伝えるしかない。

 その時、ジョバンニから咳ばらいが聞こえて来ました。エスパーですか。あなたは。

 当然の如く直接的に人の死期を人に伝えるのは重大な規定違反でバレたら牢獄だけじゃすまないかもしれない。そもそも私の声はビスに届きません。最終手段としてはありますが、それはあくまで最終手段です。それに使うとなったら許可が必要。絶対許可降りない。つまりそれは禁じ手なのです。使わないに越したことはありません。

「ということは、間接的に尚且つ。ばれないようにしないと」

 中々ハードルが高い。

「ちゃんと記録しろよ」

「おっと、失礼。兄に注意されるマイナス1ポイント」

「なんでお前のミスをご主人の悪行にいれる」

 間違えました。よくあることです。

「そんな間違いしょっちゅうされたら、あっという間にご主人地獄行きだよ」

 インカムからジョバンニの溜息が聞こえてくる。これはいけない。あくまで仕事を真面目にやるという名目の下私の行動を見逃してもらっているのに。

「歩きスマホマイナス1ポイント」

 とはいえ、優秀な私は他のことを考えながら仕事が出来ますので、考えながら。

「上靴の踵を踏むマイナス1ポイント」

う~ん、でも流石の想像力豊かな私でもそんな方法中々思いつかないです。

「先生の目を見て挨拶しなマイナス1ポイント」

 出来るだけ形に残らないものがよくて。

「クラスメイトに挨拶せずマイナス1ポイント」

 直接的じゃなくて。

「授業中に欠伸マイナス1ポイント」

 でも、しっかり思いが伝わるもので。

「ひじをついてご飯食べるマイナス1ポイント」

 お金がないから出来るだけ安くつくもの。

「おい!」

「はい?」

 気付くと、目の前にジョバンニがいました。

「どうしたの?休憩の時間?」

「それもあるんだが、あのな、お前が記録している悪行、どれだけ小さなことなんだよ」

 今の言葉は聞き捨てなりません。

「罪に小さいも大きいもないと思います」

「授業中に欠伸しただけで、地獄に送られてたまるか!後、お前何か余計なこと考えているようだけど」

「なんでわかるの!」

 やっぱりジョバンニ。神様じゃなくてエスパーだった。

「インカムに向かって小声でつぶやけば誰だってわかるよ」

 あ、声に出ていた気をつけないと。

「でも、何か問題でも?仕事はしっかりしていますし」

「いや、別に考えること自体では問題ではないのだが……まるで、誰かにプレゼントを贈るみたいだから兄としては聞いていて複雑なのだが」 

「何か言いました?」

「いや、なんでもない」

 ジョバンニが何か顔を赤くして目を逸らしたので、私は首を傾げましたが、今はそんなこと気にしている時間はありません。

 それからも私は仕事をこなしつつ、なんとか明日からすぐに実行できる作戦をいくつか思いついて、次の日から決行することになりました。

 作戦第一。

 小説の文字の伝えたい部分を塗って伝える。

 これなら直接的じゃないので、規定にもひっかからないうえに、文字で伝えることが出来るので確実的です。

 仕込みはビスが寝ている時にしておきました。大切な小説に落書きをするのは心苦しいのですが、これもビスとジュリエッタの為です。

「ん?なんだこれ?」

 朝、目を覚ましてビスは早速机の上の本に気付きました。

「こんな本、あったけ?」

 これもまたさり気ない本のチョイスです。

 選んだのは俗にいうライトノベル。つまり、文学小説が全くなく、本棚のほとんどが漫画と猥褻物図書をカムフラージュする為に並んである百科事典(当然親にはばれている)とラノベしかない部屋にあってもおかしくない小説なのです。ですからそこまでビスもそこにその本があることに対して、疑問を抱かないでしょう。

「目について買った奴かな」

 案の定ビスは首を傾げながらも徐にその本を手に取りペラペラと数ページめくりました。よしです!

 ビスの顔は本をめくる度にミルミル硬直していきます。どうやら成功のようです。

「よし!」

 思わずガッツポーズ。流石私の立てた作戦で、成功するのは当然なのですが、でも、こんなにも上手く行くなんて思いも寄らなかったです。

 さぁ、ビス。これを知ってあなたはどういう行動に。

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 唐突にビスが悲鳴を上げながら、本を投げ出しました。私の小説を乱雑に扱うな。

後ろに後退して壁にぶつかりその場にしゃがみこんでしまいました。そんなに驚く出来事だったのかな、まぁ、当然ですね。もう少しで大好きな人が亡くなってしまうのですから。

でも、その驚き方が本に書かれていることに対してじゃなくて、まるで本自体に怯えているように見えるのは気のせいでしょうか。気のせいでしょう。

「はぁ~」

「ちょっとジョバンニ、何で溜息を」

「これは呪いの本だ!」

「……はぁ?」

 唐突なビスの言葉に私は首を傾げるしかありません。何を言っているの、この子。

そんな私を置き去りに彼は肩をガタガタ揺らしながら。

「どうしよう、どうしよう。捨てたら呪われるし、かといって持っていたら、そうだ!」

 何かを思いついたように、ビスは部屋を飛び出して、ドタバタと一階に駆け降りて行きました。何が起きたのか私にはさっぱりわからない。

「お前、何をしたんだよ」

 頭を抱え、完全に呆れたような顔でジョバンニが部屋に落ちていた小説を徐に持ち上げて、ページをいくつかめくる度に眉間に皺が寄って行きます。そして。

「……間違われても仕方ないな」

「どうして!」

 断固抗議です。私が一晩かけて作った仕込みを。

 しかしすぐにジョバンニは私の顔に押し付けるように小説を広げたまま見せました。

「まず。なんで、赤の筆を使った」

「えっ。だって、赤って注意しろ、って意味なのでしょう?」

 信号機も道路標識も赤だし。赤鬼だっているし。

「これじゃ、どっちかというと血を連想させるな。乾かないうちに閉じたから所々に滲んで、しかも微妙に垂れて、それが更にリアルだ」

「……」

「後、何故、文じゃなくて文字一つ、一つに塗りつぶしている」

「だって、もうすぐ死ぬとか、告白しろとか、ジュリエッタとかいう単語がなくて」

 しかも直接的に伝えたら、下手したら既定に違反すると思って。

「これじゃ全く意味が伝わらない!縦文字を横文字に読み間違えるレベルじゃない」

「でも、単語だけ塗られているんだよ。普通、これは何かあるとか解読するものじゃないの?」

「それはお前が好奇心旺盛で勝気な性格だからだ。我が主人はどうだ?」

「……」

 臆病で考えるのが苦手。

 今度は私が頭を抱える番でした。見た目凄く綺麗に出来たのに実は中は空洞でした。みたいな感じです。つい数分前のドヤ顔の私が憎らしい。

 しかし、落ち込んでいる暇はありませんでした。

 私服になって戻ってきたビスが落ちていた小説を拾い上げて、また部屋を出て行きました。

 しばらく私は思考を停止して、文字通り負抜けた顔で右肩に乗っていましたが見る見ることの重大性に気づきました。

「……ちょっと待って!ビスは私の小説をどこに?」

「?呪われているものを持っていくっていったら普通、神社だろうな。

今は別にどんと焼きとかしてないだろうから納札所じゃないのか?一応供養するってことになっているから」

「ちなみにそこに入ったものを私達が回収することは?」

「出来るわけがないだろう!神様のくらいが違う。そもそも聖域で俺達が物理干渉する時点でアウトだ」

「私の小説!」

 しかし、そんな悲痛の叫びは当然ビスには届かず、結局ジョバンニの言った通り、ビスが向かった場所は神社の納札所でした。放りこまれる小説を見ていることしか出来ませんでした。しかも、駆け足でビスがその場を去ったので、私はお別れも出来ませんでした。

「うっ、うっ、うっ」

「……さっさと仕事をしろよ」

 鬼兄。私は涙を流しながら。

「…わが友を奈落の底にマイナス10ポイント」

「おい、こら」

 これ以上の悪行がありますか。と、ジョバンニに立てつきましたが、当然ながらその悪行は『自業自得』の一言で却下されました。

作戦第一、失敗。被害は甚大なり。


迎えた次の日。

「よし、今日も頑張るぞ!」

「立ち直り早いな~」

当たり前です。神様は皆の前を歩かないといけません。つまり全ての人の見本になる行動を取るものです。いつまでも立ちどまって、ウジウジしていられません。

「というわけで次の作戦です」

「しかも、まだ懲りてないし」

当然。これしきのことで諦めていられませんから。

作戦第二。

「名付けて、足止め作戦です」

「直接的な事は駄目だぞ」

「心配ありません」

「心配はつきないな」

インカムからジョバンニの悲痛の声が聞こえてきますが、今度の作戦にはぬかりはありません。

いつものように登校するビスですが、とある角を曲がろうとした時に私は向こうから野球ボールを転がしました。ちなみにこの野球ボールは昨日の休憩時間に河川敷で見つけたものです。決して盗んだものではありません。しかし。作戦第一の前に作戦第二の用意をする。

「なんかとても仕事が出来るぽい、人みたいです」

「最初っから失敗すること前提だったんだろう。だから作戦何個も考えたんだろう?」

「……」

 べ、別に図星だからって、黙ったわけじゃないですよ。ほら、ここ日本。保険大国日本。故に保険をかけるのは当たり前なのです。

 そうこうしているうちに。

「うわぁ!」

雄叫びをあげながら物の見事にビスが転びました。

「よし!」

作戦通り。流石ビスです。こんなことで転んでくれるなんて、駄目と負の方向に向かう点では期待は裏切りません。

ガッツポーズをしている私。そして多分ジョバンニは頭を抱えていますが、まぁそれは放っておきましょう

「いて~、なんでこんなところに野球ボールが」

起き上がって、思いっきり打ちつけた腰を右手でさすりながら、左手で自分を転ばした野球ボールを手に取りじっと観察します。違います!見るのはボールではなく、傍にある掲示板です。

ビスの横には町内の催しものなどのポスターが貼ってある掲示板があります。その中の一枚のポスターを見て欲しいのです。

しかしビスは立ち上がり、ちらりと掲示板を見ただけで気に止めることなく。

「まぁ、これは後で交番にでも届けるか」

そう言って立ち上がり、野球ボールをバックにしまって歩き出してしました。

「……」

「落し物を交番にプラス1ポイント」

「鈍いので、マイナス1ポイント」

インカムからあからさまな溜息が聞こえてきました。

「それで、お前は何をしたかったんだ?」

項垂れながら、不承不承に、掲示板を指差す。

「あの中に自衛官募集のポスターがありまして」

「はぁ?」

意味が解らないということを全面で押し出したようなジョバンニの言葉に。

「そのキャッチフレーズが『君が動けば世界が動く』だったから、それを見て察して欲しくて」

「……」

無言が痛い。

「だってこの前、直球が駄目だったから、今度は変化球だと思って」

「変化球過ぎる」

変化しすぎて球審にデットボールを当てたと、言わんばかりの変化球だと言われましたが、野球は良く知らないのでよくわからない。

「そんなことで察するほど、我がご主人様は、察しはよくない」

「……」

ジョバンニも大概ビスを馬鹿にしているよな。こんな二人が俱生神で本当に彼の死後の裁判大丈夫なのだろうか。

そんな素朴な疑問を浮かべつつ、結局失敗した作戦を嘆く私。

「しかし、諦めない!」

こんなことで諦めていたら、人は救えない。どんなクズでも救済するのが神様なのだから。

「今、さりげなくご主人を罵倒したな」

めげない。打たれ強いが私の唯一の長所だとジョバンニが言いました。当然です。私は打たれ強いのですから。

「単に学習能力がないともいえるがな」

「ジョバンニも突っ込んでないで手伝ってよ!」

「出来る事しかやらない。やりたいことしかやらない。やりたいこともどうしてもじゃないとやらない」

「遠回しに何もやりたくないって言っているだけでしょう!」

 なんか発言がドンドンダメ人間っぽくなっているけど、まぁいいや。こんな男に構っているほど私は暇ではありません。早速今日の晩からリベンジです。

作戦第三。

「告白しろ~告白しろ~ジュリエッタに告白しろ」

 寝静まったガンプの枕元で一晩中のシュプレヒーコール。

「告白しろ、はいいけど、いやよくないけど。ジュリエッタってお前の中でしか通じないだろう」

「あ、そうか。え~と、ジュリエッタの本名って何?」

「お前本当にこの二人を付き合わせる気あるのか」

 ありますよ。やる気満々です。

「じゃあ、ご主人の本名は?」

「……告白しろ~告白しろ」

 頭を抱えるジョバンニの横で私は一晩中続けました。これだけ言えば万全です。

 向えた朝。目覚めたビスは頭を抱えながら。

「……幻聴が聞こえる。しかもなんだよ。『釧路国』って。釧路って国じゃないだろう?」

「……」

 どうしてそこで切る。

「これはあれか、あの小説の呪いか」

 そして何故、負の連鎖を続ける。

「まぁ、そうなるな」

 納得するジョバンニ。

「まだ、めげませんよ!」

これぐらいなんともありません。さぁ、次の作戦です。

作戦第四

次の日の晩。

「……キミノコトヲオモッタラヨルモネムレナイ」

「えっ?急にそんなこと言われても」

「キュウジャナイ。デアッタシュンカンカラノヒトメボレサ」

「ジョバンニ!もうちょっと感情こめて読んでよ!」

 幼稚園のお遊戯会よりも演技力低いし。

 しかし私のクレームにジョバンニは顔を真っ赤にして、抗議してきます。

「よめるか!なんで妹相手にこんな、歯の浮くようなセリフ、読まないといけないんだ!」

ビスの枕元で恋愛小説を音読する。当然、私にはバスもテノールも出ませんので、ジョバンニに呼んでもらっているのですが。全然だめです。

しかし妹を意識するとは、やっぱりジョバンニは現世の人たちがよくいうところのシスコンなのでは。注意しないと。

 とはいえ私の作戦に男役は必須なので、必死でジョバンニを宥めすかします。

「これもビスの為なんだから、しっかりやって」

「……」

そんなやり取りを繰り返しながらなんとかやり遂げましたが。

 翌朝。

「……今度は金縛りかよ。どうなっているんだよ」

「……」

本当に金縛りに合わせてやりましょうか、この男は。どうなっているのかはあなたの頭です。

「まだ諦めませんよ!」

「……もぅ二度とこんなことに誘うなよ」

生気を吸い取られたようなジョバンニの声は私の耳には届きません。

 作戦第五。

「わぁ!」

「おはよう、良く逢うね」

「う、うん……じゃあ」

 せっかくジュリエッタと逢ったのに逃げるように去って行くビス。しかしそれも想定内です。

「フフフ、これぐらいで上手く行くとは思っていませんよ」

 偶然を装って、何度もジュリエッタと逢わせる作戦はまだまだ序章です。

 不敵な笑みを浮かべて、次の作戦に映る私を見て、

「お前は一体、何キャラなんだ」

 ジョバンニが青ざめた顔でそう言いますが、答えは当然。

「恋のキューピットです」

「いっそう、マヨネーズ作っている会社に転職してしまえ」

いやいや、私にはフルヌード写真を撮られて店頭に大量に並べられる勇気はないので却下です。

 話は脱線しながらも、直実に回数を積み重ねます。下手な鉄砲数打ち当たるです。

 それから一日五回ほど、ビスはジュリエッタと目線を合わせたり、時間を調節して近くにいたり、するようにしましたが、結局告白するまではいきませんでした。

「まだまだ、こんなの序の口です」

 継続こそ力なりです。

 ただ、欲をいえば、出会いの神様の依頼料も馬鹿にならないので、出来るだけ早くしてほしいです。

 迎えた二日目の放課後。遂にビスに動きがみられました。

 向った先は神社です。さては、恋愛の神様に神頼みしてからの告白ですね。全くビスは臆病ですね。

 期待を膨らませる私にジョバンニは冷めた声で。

「ここ、厄除けの神様がいる場所」

「……」

「神様!彼女と意図してないのに逢います!これじゃ、絶対ストーカーに思われてしまいます。助けて下さい!」

「なんでだよ!」

 思わず突っ込んでしまいました。なんでこの男は悪い方、悪い方にしか思考が回らないのですか、貧乏神もびっくりです。

「諦めたか?」

「……まだまだ」

「出会いの神様から請求書来ている」

 そう言われて、請求書を受け取り、額を見て。

「……」

 更に追い打ちをかけるように。

「それと、千百三十二番からさっきクレーム『いい加減にしないと、今度は折檻じゃ済まさないよ』って、本当に怒ってた。

「……」 

この作戦は終了ですね。来月タダ働き決定です。

 その日の晩、私は覚悟を決めました。

「こうなったら最後の手段」

「やめろ」

 何も言っていないのに、何もやっていないのに、ジョバンニは私をけん制します。

「夢枕に立とうしているんだろう」

「……」

思わず沈黙する私。図星だからです。

夢枕とはその人の夢の中に登場出来る権利です。あまりにも大きな悪行を行おうとしていたり、自殺することで他人に迷惑をかけるようなことがあったりする時に使うものなのですが、当然それは許可を取らないといけませんし、申請には時間がかかるので、ここ数十年間、使われた例は聞きません。

 でも、これが最後の手段なのです。これなら直接ビスと私は夢の中で話しが出来ます。直接的に伝えなくても告白を促すようなことは出来るはずです。だけど。

「言ったよな。規則に違反しない程度なら傍観してやると。

 夢枕に立つことは重大な規定違反だ。故に俺はお前を止めざるを得ない」

「で、でも。お兄ちゃん」

 何かを言おうとした私に対してお兄ちゃんは冷たく、鋭い口調で私を断罪します。

「許可を取ったのか?」

「……いいえ」

 許可を取っていたら、タイムオーバーになることは目に見えているし、何より許可が下りるわけがない。

「許可を取らずにそんなことしたら、お前はどうなるかっていうのはさすがのお前でも想像出来るだろう?」

 俯いた首が上がらない。反論もでない。当然です。お兄ちゃんの言ったことは至極真っ当なことで、そしてその冷酷な態度は私の身を案じていることだとわかっています。その気持ちは馬鹿な私でもわかります。でも。

「でも、もうこれしかないの。ジュリエッタが死ぬまで後、半月。それまでに告白さしてあげないと、ビスは絶対後悔する」

 しかしその一線をお兄ちゃんは、

「お前がどれだけ饒舌的に喋ろうが、俺の同情を誘おうが、無駄だ。俺は絶対お前の行為を許すことは出来ない」

 越えさしてくれません。

 それでも歯軋りをしながら、涙を流しながら、私はお兄ちゃんに喰ってかかります。例えそれが、どれだけ愚かで、兄不幸なことでも。

「じゃあ、お兄ちゃんは黙ってみとくの?このままじゃ、ビスが後悔するのは火の目を見るよりあきらかだよ!

 そうなったらもぅ、取り返しがつかない。下手したら廃人になる。

お兄ちゃんは廃人になったビスの隣でずっとただひたすら善行を記録していくつもり?」

「……それが、我がご主人の運命なら、俺はその隣でずっと仕事を全うする。それが俱生神同名の務めだ」

「仕事、仕事ってそんなに仕事をすることがえらいの?」

「少なくとも今、掟を破ろうとしている、お前よりは偉いと確信している」

 もぅ、話しにならない。そうだ。別にお兄ちゃんに許可を取る必要はないのだ。

 そう思い、私はゆっくりとビスの元に近づこうとしましたが、私の意識は次の瞬間に断裂しました。

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